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亡国の騎士道  作者: 龍崎 明
第二部
32/46

二十九頁

 アスカ・レッドレイジは才媛だ。幼き頃より利発で、読書を何よりの楽しみとした少女だった。

 しかし、だからといって、武家に生まれたならば、武術の稽古をすることになる。そして、彼女はそちらにおいても、天賦の才を示した。


 ともすれば、鼻高々に驕るような環境にあり、故にこそ、父であり当主であったレッドレイジ卿は娘に厳しく接した。


 いくら才媛とはいえ、まだ幼き少女。これが庶民の家庭ならば、まだ良かったかもしれないが、彼女が生まれたのは、武家貴族の家庭だ。レッドレイジ卿は仕事で家を空けることも多く、厳しくされた上になかなか会えないというのでは、心に不足ができるのは当然だった。


 されど、利発ゆえに周囲の期待もまた、理解できる。不貞腐れるわけにもいかない。そんなことをすれば、自分の周りから人がいなくなってしまう。


 ある時のこと。それは忌々しいまでに晴れやかな空模様であった日のことだった。


 当時から既に、《七つの宝玉》にあった伯父モルド・レッドレイジが久々の休暇に、屋敷にやって来た。


「お初にお目にかかります、伯父様。アスカ・レッドレイジです」


 淑女の礼で迎える少女に対して、モルドの反応はどこか難しい顔をしていた。


「よし!」


 かと思えば、さっぱりとした笑みを浮かべて、アスカを抱き上げて、肩車した。


「え!?あの!伯父様、何を!?」

「遊びに行くぞ!」

「はい?」


 アスカの問い掛けにそれだけ答え、訝しげな少女を置いて、モルドはその巨躯からは想像もできない俊敏さで、屋敷の裏手にある森の中へと走っていった。


 モルドが果たして、どこまで考えていたのかはわからない。何せ、感覚的に生きている人物であり、本人も考えることが苦手だからこそ、長男でありながら当主の座を放棄して、騎士となったのだから。


 泥だらけになって帰って来たモルドとアスカを見て、家人の多くは、仕方ないといった雰囲気を醸し出していた。

 それがモルドだからだったのか、アスカの子どもらしくない振る舞いを心の奥では心配してのことだったのかはわからない。結局、アスカが子供らしくあったのは、たまの休暇に屋敷にやって来るモルドと遊ぶ時だけだったからだ。

 それでも、父の厳しさも周囲の期待も忘れられるそのひと時が、アスカの心に深く影響したことは確かである。


 やがて、彼女はモルドの職務を知り、同じく、騎士を目指すことを志して、驕らず稽古に励むようになった。

 そして、その様子に厳しくする必要のなくなったことを認めたレッドレイジ卿だが、それ以外にどうやって接すれば良いのかわからず、妻に泣きついたとかなんとか。


 ……


 今、王の御前に跪き、アスカに後悔はなかった。


 モルド・レッドレイジの遺志を継ぐ。


 その言葉に嘘偽りはなく、それこそが敬愛する伯父への唯一の手向けになると、アスカは考える。


 王女が共に跪いていることは、驚愕のことではあったが、だからこそ撤回などできず、また、撤回する気もない。


 王女が跪いてから、少し間を置いて、王が口を開く。


「モルド・レッドレイジが担った《宝玉》は、王国最強の証であり、王国の安泰と繁栄の象徴。その責務は重く、唯一度の敗北さえも許されぬ。……武家貴族筆頭レッドレイジの娘よ、其方の双肩はそれを負うに足るか?」

「勿論です!我が双肩は我が伯父の遺志と共に、その責務を背負ってさえまだ軽く、故にこそ、軽やかに御役目を果たして見せましょう!」


 王の問いに、彼女は高らかに応じる。


 その様子に、アーサーは僅かな笑みを浮かべる。


「頼もしいことだ。……良かろう、汝、アスカ・レッドレイジを、《七つの宝玉》が一席、『紅玉(ガーネット)』の騎士として認めようではないか!」

「はっ、ありがたき幸せ!誠心誠意、務めさせていただきます!」


 歓喜の表情を浮かべ、アスカが王の言葉を受け取った。


 ……


 この日よりいくらかの後、レッドレイジ領より国王存命の報と、新生《七つの宝玉》就任の報が広がってゆく。


 多くの民が待ち望んだその吉報は、しかし、叛徒たちにとっては凶報である。あれから十年、逃亡生活の中、どこかで野垂れ死んだものとたかを括っていた連中からすれば、慌てることとなり、多少は知恵の回る者からすれば、ようやくといったところ。


 これより始まるは、十年前の決着のための内乱紛争。


 そして、陰謀渦巻く悲劇の種明かし。


 後の英雄譚の原典である。


 ……


 雨降りしきる中を、女が走っていた。腕に抱えるのは、布で覆われた何か。


 雨のせいで視界は悪く、されど、女の外套の下に覗くのは、上等そうな衣服だった。


 何をそんなに焦っているのか。女は裸足であった。


「お姉さん?風邪ひいちゃうよ?」


 その声に、女がビクッと反応する。されど、声を掛けてきたのが孤児の少女だとわかると、女はその子に抱えていた何かを押しつける。


「うん?わぁ、赤ちゃんだ!」

「えぇ、そう、私の、可愛い子……」


 女は愛おしげに赤子の額を撫でる。そして、少女に小袋も押しつけた。


「私じゃ、育てられない、わ」

「え?」


 少女の反応は、まず呆ける、そして、怒り。けれど、それが表に出る前に、少女は理解した。女の恰好は身分の高いそれ。けれど、女はボロボロで、だからこそ、仕方のないことなのだと、理解できた。


「わかった」

「お願いね」


 それだけのやり取り。女はまた、走り出した。


 少女はゆっくりと、歩き出す。流石に、一人では育てられない。目指すのは、真っ当だけど、それ故に経営難の孤児院だ。押し付けられた小袋の中身が価値あるものなのだとは、少女も理解していた。

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