二十五頁
果たして、レオパルトがハルトに求めたのは、理解者であることだったのだろうか。
しかし、現実として、ハルトとレオパルトは異なっている。
底辺ではあったが仲間のいたハルトは、孤独を知らない。
施設で人間性を排除するように成長したレオパルトは、孤独だった。
ハルトは神を信じない。人を信じ、故に、理想家である。
レオパルトは人を信じない。神を信じ、故に、理想家である。
似ているようで、彼らは根本的に異なっている。
地上からラインハルトの【穿光】が放たれる。
それは、呆然としていたレオパルトを貫き消失させる。
すかさず、ハルトは【空間把握】以外の魔法を解除して、探知範囲を最大化した。
「見つけた」
その呟きを終える頃には、レオパルトのカラダが一つ形成されていた。
「待ってくれ!ハルトォオオオオ!!」
遂に、レオパルトは領都へと牙を剥く。
だが、ハルトに迷いは無い。
大上段に構えた重剣を斬り下ろすのは、空を覆う黒雲の中に見つけたレオパルトの魔石。
領都を心配する必要は無い。
「【断空】」
「ァァァァァアアア!!!!!」
ハルトの斬撃が空間を斬る。黒雲を縦一文字に斬り裂いて、その中に隠された魔石をも正確無比に斬り砕いた。
レオパルトが断末魔を轟かせる。
最期の轟雷が、領都へと降り注ぐ。
だが、それは彼女の魔法に防がれることになる。
……
領都は、レッドレイジ家の屋敷の庭。
「【大樹の守護者】」
エロイースが魔法を唱えれば、庭から一本の樹が急速に成長していく。やがて、大樹は空高く聳え立ち、その枝葉は領都全体を覆い隠した。
それが避雷針となって、レオパルトの轟雷は防がれた。
……
「あ、ぁぁ……ぅ……」
残滓が僅かな音を遺して、レオパルトが消滅した。
斬り裂かれた黒雲が晴れてゆく。
「終わったな」
地上に戻ったハルトの肩を、ラインハルトが叩いた。
「あぁ」
ハルトが短く応じた。
「お疲れ様です、サースロウス卿」
「あぁ、お疲れ」
合流したレヴィアからの労いにも、やはり、軽く応じた。
それでも重ねた月日があった。
そこに嘘があったとしても、過ごした時は本物だ。
どうか神の元に、アイツが帰ることができていますように。
ハルトは、そう心の中で柄にも無く祈った。
……
「良くやった、お前たち」
屋敷に戻れば、開口一番、王女からお褒めの言葉が齎された。
「この調子で、王権復興にも力を貸してくれ」
「「「「はっ」」」」
《七つの宝玉》が片膝をつき、返答した。
『白玉』ラインハルト・プラウドルチェ。
『黒玉』ハルト・サースロウス。
『翠玉』エロイース・ラストアーン。
『蒼玉』レヴィア・エンヴィナンナ。
三つの宝玉は喪われた。だが、まだ四つ、世界屈指の実力者が揃っている。
王女アナスタシア・シャルルゴンの脳内には、三つの空席を埋める人材が二人ほど浮かんでいる。
一人は、すぐにでも登用できる。
もう一人は、行方知れずだ。
だが、一先ずは充分。戦力が足りないわけではない。万全を期すならば、七つ揃えるべきだ。それでこそ、王国の最高戦力。しかし、無い物ねだりなど無意味であるし、何より『最高』と『最強』は揃っているのだ。
これで勝てないならば、それは自分に王の器がないときだ。
「くくく……」
思わず、王女に似つかわしくない笑声が漏れる。
面白いと思った。自分を試せるまたとない機会だ。
だが、その機会は割とあっさりと奪われることを、王女はまだ知らない。
……
「キネア」
「クロさん!あ……えっと、ハルトさん?」
キネアは、情報過多で気絶してから客室の方で休んでいた。
そして、目を覚ましてから少し経ったくらいのところで、ハルトが訪れたのだった。
「ん、あぁ、悪いな。あの頃は、目立ちたくなかったんだ。改めて、《七つの宝玉》の一人、『黒玉』ハルト・サースロウスだ」
キネアの様子に、ハルトは改めて名乗り上げる。
それを受けたキネアは、ハルトをどこか遠くに感じてしまった。
シュバリア王国の《七つの宝玉》と言えば、この辺りで知らぬ者はいない最強格の騎士たちだ。そして、『黒玉』はその中で、『最強の騎士』とされる人物。
それが目の前にいる。
知っているはずだ。だが、それはクロとして。
ハルト・サースロウスとしての彼は、どうだろうか。
「あぁ、それでなんだが、まだ、マチャルアには行けそうにないんだ」
言いにくそうに、しかし、はっきりとハルトは告げた。
キネアとて、わかっていたことだ。先の王女との会話で、そうなるとは思っていた。そもそも、自分がマチャルアに戻ることができるかも怪しい。
しかし、それらのことは今は関係なかった。
キネアにとって重要だったのは、あの約束をハルト・サースロウスが果たそうとしているその事実だけだ。
ハルト・サースロウスとクロに違いはないことの証明のように感じられた。
「ハルトさん」
「ん?」
「私、王女殿下の侍女になろうと思います」
「え?いや、どうやって」
キネアの突然の発言に、ハルトが戸惑う。しかし、キネアは止まらない。
「今から、王女殿下とお話してきます」
善は急げとばかりに、キネアが部屋を飛び出していった。




