二十一頁
翌日、ハルトはハクと王女を伴って、領都スカラティア東にある草原に佇んでいた。
「私の協力は、本当に必要だったのか?」
「賭けに出ることはできません。心配せずとも、事が終われば、もう一度、忠誠を誓いましょう」
「そこは心配していないよ。お前が約束を違えることはないからな。私はこれでも、お前を案じているんだぞ?」
「……性分ですから」
「ククク、それなら仕方あるまいなぁ」
王女との会話で暇を潰していれば、やがて、見晴らしの良い草原の向こうから何かが向かってくる。
露出の全く無い黒尽くめの集団とそれを率いるように先頭を歩くレオパルト。そして、その中心には、あたかも生贄の儀式であるかのように、木製の十字架に縛り付けられたキネアがいた。
【拡声】されたレオパルトの声が聞こえてくる。
「さぁ!腹は決まったか?!黒の悪魔!この娘を取り戻したくば、王女の首をこちらに持って来い!」
王女がニヤリと笑う。ハルトは内心で安堵しながら、静かにハクの名を呼んだ。
「ハク」
ハクもまた、それに応え、小さな両手をキネアに向ける。
「何を!?」
【拡声】されたままなのだろうレオパルトの声が聞こえた。だが、遅い。
「【光と闇の悪戯】」
それは、光と闇の属性を同時に有する白金竜だからこそ行使できる魔法。
その効果は、縛り付けられていたはずのキネアを、ハルトの元へと一瞬で運んだ。
「え?」「は?」
キネアの困惑した声が、レオパルトの【拡声】された間抜けな声が同時に聞こえる。
「良かった、本当に良かった」
「え?あ、クロ、さん?」
ハルトが安堵と共にキネアを抱き締める。その衝撃に、キネアは事態をようやく理解して、涙を流す。
「怖かった、です。怖かったんです。でも、グロ、さんのごとを……考えで……ぞれで……それで……あ、あぁぁぁぁぁ!!」
安堵の泣き声は、すぐに意味を成さなくなった。ハルトは強く強くキネアを抱きしめ続けた。
「バカな!何故、人間に転移魔法が行使できる!?」
レオパルトは予測していなかった事態に、声を荒げた。
転移魔法は、一応、闇属性の魔法として人間たちの間では扱われている。
だが、ハルトが得意とする【黒道】はあくまで瞬間移動であり、点と点を線で結び、引力で引き寄せるイメージによって行使されるため、縛られたモノにこの原理は使えない。
また、それとは別に、点と点を置き換えるイメージによる転移魔法が存在する。しかし、こちらは実際のところ、亜空間に通路を開くことで置き換えており、この亜空間は入った瞬間に時間概念を失うため、生物に行使すれば、即死するのだ。
しかし、時間概念がないのならば、魔法によって時間概念を保護すれば良いのだ。そして、光属性は時間を司る。
融合魔法と呼ばれるそれは、人間にも行使できなくはない。だが、光、闇、樹の三属性は単体であっても制御は困難で、それを他人と息を合わせて行使することは、ほぼ不可能に近い。
だからこそ、人間の常識では、転移魔法で人質を救出することは不可能だった。
しかし、光と闇の属性を同時に持つハクならば、簡単だ。さらに、魔物は本能的に魔法を行使できるため、尚更であった。
「……だが、そう、これは神の試練!これを乗り越えてこそ、私は真なる信仰を証明できる!そうです!正義たる我らが、人質を使うなど間違いでした!おぉ、神よ!蒙昧なる我らに正しき道を示してくださったのですね!さぁ、我ら自身の力で、全てを神の元に帰そうではありませんか!」
「「「全ては神の元に!!」」」
声を荒げてハルトたちを罵っていたはずのレオパルトが、納得のいく論理を組み立て終えた。
黒尽くめの集団、〔祓魔狂典〕がそれに呼応して、彼らの聖句を高らかに発する。
「ハク、王女とキネアを連れて下がれ」
「うん」
「クロさん、お気をつけて!」
「頑張れよ、我が騎士?」
「【時空置換】」
キネアと王女がそれぞれに、ハルトに声を掛ける。それを聞き終えたところで、ハクの転移魔法が発動した。
三人の姿が消える。
そして、ハルトの側には、いつの間にかラインハルトとレヴィアが佇んでいた。
ラインハルトの隠蔽魔法によって、隠れていたのだ。
エロイースは、一応、領都の防衛戦力として残っていた。
「レオパルトはお前に任せるぞ、ハルト」
「あぁ、そのつもりだ。レヴィアも、手を出すなよ」
「承知致しました」
世界でも屈指の実力者三人が、その魔力を解放する。
闇は重く、光は輝き、氷は凍てつく。
「「「……」」」
その様子に、狂信者であるはずの〔祓魔狂典〕が息を呑む。
「怯むなぁああ!我らが神へ信仰を捧げよ!!全ては神の元に!!!」
「「「全ては神の元に!」」」
レオパルトの激励によって、彼らの瞳に狂気が戻る。
《宝玉》と〔祓魔狂典〕は、同時に足を踏み出した。
……
領都スカラティアの領主の屋敷の庭。
ハクの転移魔法によって、キネアと王女とハクが姿を現した。
「あら、殿下にキネアちゃんにハクちゃん。ふふ、上手くいったのね?」
「あぁ、上手くいったよ、エロイース」
そこに、それを待っていたエロイースが声を掛け、王女が返答した。
「あの、あなたは?」
「私は、シュバリア王国第一王女アナスタシア・シャルルゴンだ。頭が高いぞ、ん?」
「はへ?え?ははぁ?」
困惑しながらも、キネアが平伏する。
「うんうん、よろしい。それでお前、私の侍女にならないか?」
「はえ?」
唐突な王女の勧誘に、間抜けな声を上げながらキネアが顔を上げる。
「お前の愛しい人は、私の騎士として忠誠を誓うことになっているからな、悪い話ではないだろう?」
「クロさんが騎士?そうです、なんでクロさんがあなたの騎士、何ですか!?」
「あぁ、キネアちゃん、それは、ね……」
そして、キネアはエロイースにより、クロの正体と自分が救出される上での王女とハルトの約束について教えられた。
「クロさんが、あの『最強の騎士』様です、か?」
「そうなの」
「ハクのお父さんでもある」
「えぇ!?クロさんは子持ち!?」
「あら?」
矢継ぎ早に齎される新事実によって、キネアは気絶してしまうのであった。




