二十頁
「【圧壊】」
【引力球】によく似た闇色の球体。だがそれは、もっと破壊的なチカラだ。
「ぐっ……!?」
【圧壊】の球体は、異常な重力を発して、大地を踏み締めるラインハルトを引き寄せようとする。ラインハルトが、【圧壊】に触れた瞬間、その肉体は文字通り、圧壊する。
「……」
ラインハルトが、笑ったように見えた。
「ぐわぁああああ!?」
次の瞬間、ラインハルトの抵抗が終わる。ラインハルトの身体が宙に浮き、【圧壊】へと引き寄せられる。しかし
「……あんたは、死に場所を求めていただけだ。クソ親父」
【圧壊】を解除したハルトの愛剣が、宙に投げ出され四つん這いとなったラインハルトの首筋に当てられていた。
「そこまで!勝者、ハルト・サースロウス!」
ハルトが愛剣を鞘に納める。
「それでホントに、おふくろや兄貴たちが報われると思うのか?」
「すまない、すまない……俺も、お前らのところに行きたかったんだ……」
ラインハルトが、ハルトの言葉を認める。四つん這いのまま、大男が大粒の涙を流していた。ラインハルトの拳が、土を握り締める。
「だが、そう、だな。最期まで、王国を護るのが筋ってもんだ……もう少しだけ、待っていてくれ」
『最高の騎士』が目を覚ます。
だが、そこに水を差すように、金属音が鳴り響いた。
「何だ!?」
観戦していた者たちの方だ。
そこで、レオパルトのレイピアとエロイースの長杖が鍔迫り合っていた。
エロイースの背後には、王女。
「ちっ、魔女め!いつから気づいていた!?」
レオパルトが、エロイースを罵倒する。
「あら?十年もの月日が流れたのよ?とっくの昔に、調べはついていたわ、狂信者さん?再会した時、その耳飾りで確信したわ」
レオパルトの耳にあるのは、黒い十字架のピアス。
十字架は、オリジン教の象徴。だが、この世界のほぼ全ての人間がオリジン教徒だ。それ自体は、問題ではない。
「黒い十字架は、統一派の直属組織〔祓魔狂典〕の証。そうでしょう?」
「何処から情報が漏れた!?我々に裏切り者などいるはずがない!我ら〔祓魔教典〕が正義なのだから!」
「虫や小動物たちにまで、気を配ったかしら?」
「……使い魔か!」
統一派。それは、オリジン教の過激宗派だ。
融和の教義を、世界は『原初の意思』の元に再び統一されなければならないと解釈することで、聖戦による世界征服を掲げている。
当然、多くの人々は、争いよりも平穏を望むため、その勢力自体は小さいが、それでも一定数が世界中に潜伏していた。
そんな集団が設立したのが、〔祓魔狂典〕だ。当人たちは、〔祓魔教典〕と呼ぶが、その実態はやはり〔祓魔狂典〕の名の方が相応しいだろう。
オリジン教の異端審問会に隠れるように設立され、その構成メンバーは全員が孤児であり、幼き日から統一派の教義を叩き込まれた狂信者。正義のためならば、殺人も自害も厭わない者たちだ。
「【氷柱乱舞】」
レヴィアが、レオパルトを狙って魔法を行使する。
「ちっ!」
レオパルトは、エロイースの鍔迫り合いを無理矢理に弾き返して、バックステップでそれを避けた。
「グラくんを殺したのも、あなたでしょう?彼の死体には、何か細身の刃で貫いたような傷跡があったわ」
「あぁ、私がやった!私が神の元に帰してやったのだ!それだけじゃない!あの暑苦しい男も、私が神の元に帰したのだ!」
モルドの生存を確認したのは、レオパルトだけ。レオパルトが裏切り者だというのなら、当然、モルドは確かに死んでいたのだ。
「グラくんには、モルドくんが裏切り者だとでも言って協力を仰いだのかしら?」
「あぁ、その通りだ!純朴な彼は、神の代弁者たる私の言葉をすぐに信じてくれたよ!なんと、敬虔深い素晴らしい者だっただろうか!」
罪悪感は無いのだろうか。レオパルトは本当に喜ばしげに、モルドとグラへ為した所業を語る。
「「レオパルト、貴様ぁああああ!!!」」
ハルトとラインハルトが異口同音に、怒声を上げる。しかし
「おっと、私に刃を向けて良いのか?黒と白の悪魔め。これが見えるか?」
余裕綽々で、レオパルトはそんな言葉と共に懐から、あるヌイグルミを取り出す。
「なっ!?」
それは、何だかよくわからないがお世辞にも可愛くは無いという特徴を備えたヌイグルミだった。
ハルトは、それの持ち主を知っている。
「キネアを何処にやった!?レオパルトぉおお!」
ハルトの表情が、憤怒に染まる。感情に呼応した闇の魔力が、ハルトの周囲の重力場を乱す。
「さてね?でも、私を殺せば、一生、逢えないよ。明日だ。明日、あの小娘を連れて来よう。王女の首と交換でね?」
レオパルトは一方的にそう告げて、何処かへと走り去っていった。
「クソがぁあ!!」
ハルトが、大地を殴りつける。未だ、魔力の制御が効かず、殴られた大地が陥没していた。
「お父さん、落ち着いて」
「……」
「大丈夫、大丈夫だから」
「そう、だな。ハク」
根拠は無いと思われるが、ハクのその慰めが、ハルトの心を鎮める。
「私の首を取るか?ハルト・サースロウス」
そこに掛けられる王女の声は、挑発にしか聞こえなかった。
「本気で言ってるからタチが悪い」
だが、ハルトは王女の真意を理解していた。
「俺は、私は騎士です。そのような手段はとりません」
「うむ、流石は『黒玉』だ。私が見出しただけのことはある、クククク」
王女にあるまじき笑声を、その場にいる者たちは聞かなかった振りをするのだった。




