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クロは安酒の注がれたグラスを左手で呷った。
追加の酒が隣の旧友によって注がれる。今度は、旧友が頼んだらしいそこそこ上等な酒だ。
「流石は、S級冒険者様だ。稼いでらっしゃる」
「お前だって、やる気を出せば、すぐに辿り着けるだろう、ハルト」
紫髪の優男、レオパルト・グリーディアはニヤニヤと嫌らしい笑みを浮かべ、クロの本名を口にした。
クロはグラスを眺めながら口を開く。
「生憎だが、あんたと違って目立つのは嫌いでね」
「何言ってんだ。あの頃のお前は随分、目立ってたぜ」
「あの頃は、立場があった。団長への恩もある」
昔の話で反論するレオパルトに、クロは静かに応え酒を呷る。クロの鼻を芳醇な香りが抜け、穏やかな甘味が舌を包み込んだ。それでいて酒精は強く、喉に強い刺激を生んだ。
クロが酒を呷り、会話の途切れたところで店主がツマミを差し出した。カラッと揚がった軟骨だ。それを一つ口に含みつつ、クロが再び口を開く。
「それで何をしに来た?」
「奇妙な噂を聞いてな。祖国復興を目指す集団がいるらしい」
クロは軟骨のコリコリとした食感を楽しみつつも、目の奥に真剣な様子が現れていた。
「そうか」
「だが、実態はどうやら犯罪組織であるらしい。主に、闇市での用心棒を請け負っている武力集団だ」
「依頼でもあったか」
「そうだ。そして、この町にも潜んでいる。土地勘のあるお前に案内を頼みたい」
軟骨の濃い味が残る口を、クロは酒で洗い流した。
「俺がその組織の一員とは思わんのか?」
皮肉げにクロが問い掛ける。レオパルトはその言葉に目を丸くして、答えた。
「確かに、その可能性はあったな。だが、お前にそんな器用なことはできないさ」
確信を持ったレオパルトの顔には、人好きのする笑顔が浮かんでいた。
……
翌日、クロとレオパルトの姿はラナックに程近い森林の前にあった。
なお、レオパルトは昨日のラフな恰好に変わって、S級らしく業物らしいレイピアと竜鱗を用いた鎧を身につけている。
「それで何で森林なんだ?」
レオパルトの問い掛けに、クロは森林に入りながら答える。
「ラナックってのは、小さな町だ。貧民街もあるにはあるが、そもそもの規模が小さ過ぎる。一時的に隠れ潜むならともかく、犯罪の拠点にする意味は少ない。それに、ここ最近、小鬼の退治依頼が少ねぇ」
「なるほど、森林に拠点を構えた連中が、安全確保に魔物狩りをしているってわけか」
「そういうこった」
しばらくは獣道に沿って進んだ二人だったが、勿論、これで目標が見つかるとは思っていない。ある程度、奥に入ったところで立ち止まり、同時に探知魔法を行使した。
「【空間把握】」「【風の囁き】」
二人は魔法の結果を確認して、静かに目標と思われる場所へと移動を再開した。
ちなみに、この世界における魔法は、七つの属性に分けられる。
運動の加速を司る炎属性。
運動の減速を司る氷属性。
物質の創造を司る地属性。
物質の破壊を司る嵐属性。
生命の概念を司る樹属性。
時間の概念を司る光属性。
空間の概念を司る闇属性。
これら七つの属性の魔法が自由に行使できるわけではなく、個々人が有する魔力の属性によって行使できる魔法は制限される。
魔力の属性は、主に髪や瞳の色に表れる。
炎ならば、赤系。氷ならば、青系。地ならば、茶系。嵐ならば、紫系。樹ならば、緑系。光ならば、白系。闇ならば、黒系。
これらの性質に合わせれば、クロは闇属性であり、レオパルトは嵐属性であることがわかるだろう。
なお、七つの属性の説明は、あくまで各属性の本質的なところを表現したに過ぎない。今回、嵐属性のレオパルトが行使したように、風を媒介とした探知魔法のような破壊的ではない、本質からズレた魔法も可能だ。基本的には、属性の名称から想像できる事象は全て魔法で実現可能であると考えて良い。
また、実際の行使方法については、具体的な効果をイメージして、魔力を消費する、若しくは、魔力に乗せると表現される。イメージ次第ではあるが、イメージ力は知識量に左右されるので、かなりの才能を持って産まれない限りは、教育に対する時間と金銭に余裕のある特権階級のみが強力な魔法を行使できる。転じて、クロやレオパルトは特権階級出身であると思われるが、その点については、また後ほど。
さて、探知魔法で当たりをつけた二人だったが、移動先に現れたのは、自然にできたのであろう洞窟であった。
ただし、その出入口には二人の見張りが立っており、申し訳程度の補強がなされている。
「当たりだな」
レオパルトの呟きに、クロは首肯で応えた。
「私は右をやる。お前は左を頼む」
レオパルトが愛剣であるレイピアを引き抜きながら指示を出す。クロはやはり首肯で応えながら、こちらも抜剣した。
合図はなかった。しかし、お互い旧知の仲であり、呼吸はわかっている。
「ッ!?」「なっ!?」
驚愕の表情と僅かな声を漏らしながら、洞窟の見張り二人は、喉を貫かれて瞬殺された。
剣に付着した血糊を軽く払って、二人は洞窟の中へと慎重に潜入した。なお、二人は一切の返り血を浴びてはいなかった。
『小鬼ゴブリン 単体:G 群れ:F
醜悪な怪物。子ども程度の大きさで、角を一本生やし、緑色の肌をしている。森に生息し、臆病で狡猾。弱者は寄ってたかって襲うが、強者からは仲間を肉盾にしてでも逃走する。繁殖方法は、何らかの密閉空間への排泄。排泄物には魔力があり、それが一定量溜まると魔石となり、糞尿が彼らの骨肉に変質する。
−魔物図鑑〜妖鬼系〜より抜粋』