十八頁
薄暗い牢獄の中。
美しい少女が囚われていた。
彼女の名は、キネア・シュパイカー。
シュパイカー商家当主の孫娘である。
「どうして、こんなことに……」
呟きを聞く者はいない。この場に人が来るのは、食事を運ぶために、日に三回だけ。顔さえ覆った黒尽くめの人間が、異様な雰囲気を醸し出して運んでくる。最初は色々なことをキネアは問い掛けたが、返答はなかった。
栄養は足りていても、このような環境で時を過ごせば、自ずと気分は滅入ってくる。
「はぁ……クロさん……」
溜息が零れ落ちる。愛しき人の名を呼べば、幾分か気が紛れたように思えた。
……
ハルトたちは、ハクの背に乗って急ぎ、シュバリア王国レッドレイジ領、領都スカラティアを訪れた。
「あら?紅と橙以外は揃ったわね?」
そう言って迎えたのは、王女だ。レッドレイジ家の屋敷の玄関でのことである。
ハルトとハク以外の面々は片膝をついている。
「何故、膝をつかないのかしら、ハルト・サースロウス?」
「俺はもう仕えているわけじゃねぇ」
「ふん、まぁ、良いでしょう。皆さんも面をお上げになって?さぁ、行きますよ」
優雅な微笑を浮かべる姫君は、しかし、目だけは笑っていなかった。
「殿下、そのようなところで、何……を……?」
そこへラインハルトが訪れる。
王女に声を掛けながら、その背後に見えた仲間たちに言葉を途切れさせる。
「ちょうど良いところに来たわね、騎士団長?我が王国が誇る《宝玉》の皆さんがいらしたところよ?」
そんな団長に声を掛ける王女は、どこか悪戯に成功した子どものようであった。
「ハルト、エロイース、レオパルト……?その子は誰だ?」
「ハク」
「そうか、ハクと言うのか。よろしくな」
「うん、よろしく」
ハクを見たラインハルトが目線を合わせるために、しゃがみ込む。それでも、ハクよりだいぶ高かったが、正体が竜であるハクは大柄なラインハルトにも怯えることはない。ラインハルトも怖がられないことに気を良くして、笑顔で挨拶を交わした。
「モルドとグラはいないのか?」
「グラくんは、先日、死亡を確認したわ」
「何?それは、生命の灯火でか?」
「いえ、死体でよ。モルドくんはわからないわ」
ラインハルトの問い掛けに、エロイースはモルドについてのことを敢えて濁した。
グラの冥福を祈るように目蓋を閉じるラインハルトに、ハルトが声を掛けた。それを受けて、ラインハルトも目を開ける。
「団長、いや、ラインハルト・プラウドルチェ」
「どうしたハルト?」
「あんたに、決闘を申し込む」
「……」
突然のことに、ラインハルトは沈黙する。だが、その瞳は、ハルトの真意を覗くように鋭い。
「……決闘を申し込んで、何が望みだ?」
しばらく睨み合い、ラインハルトが続きを促す。
「王権復興の決行について、考え直してもらう」
「何?」
「私の命令よ、騎士団長」
「殿下……」
ラインハルトの脳裏に仕えた国王と妻子の顔がチラついた。だが、後に引くわけにはいかない。
何としてでも、王権復興を果たさなければならない。それがどんな形であろうとも。そうでなければ、流した血が報われはしないのだから。
「良いだろう。だが、お前が負ければ、王権復興を手伝ってもらうぞ」
「わかった」
そのやり取りに、王女は満足げに微笑んだ。何故なら、これでどちらに転んだとしても王女に問題は無いからだ。
ハルトが勝てば、ラインハルトは己の責務を思い出し、真の王権復興を目指すだろう。
ラインハルトが勝っても、《宝玉》最強の騎士が手に入り、多少の問題は無視できるようになる。やはり、王権復興が果たされるだろう。
この決闘に関する王女の目論見は、既に達成されたも同然。可愛らしい見た目に反して、王女は腹黒であった。
後は、もうハルトとラインハルトの問題であった。決闘自体は、王女にとっては闘技場と同じ娯楽でしかない。
「おやおや、王女殿下にプラウドルチェ卿ではないですか、我が屋敷の玄関で何をしておいで……で?おやぁ?貴方がたはまさか、《宝玉》の方々ではありませんか!?」
そこへレッドレイジ家当主すなわち領主が訪れ、ハルトたちの存在に気づいて、些か大袈裟に驚いてみせた。
「騒がしいわよ、レッドレイジ卿」
「しかし、王女殿下。《宝玉》の皆様がいれば、王権復興はより現実的なものに」
「そうね。けれど、その前に白と黒の決闘よ?準備をお願いしてもよろしいかしら?」
「王国最高と最強の決闘でございますか!?それは見物しがいがありますなぁ。しかし、何故、決闘など」
「お黙り。私の命令が聞こえなかったのかしら?」
「いえ、出過ぎたことを致しました。ひらにご容赦を。早速、準備に取り掛かりましょう」
話を蒸し返そうとした領主に、王女が強く言葉を掛ける。それを受けて、領主は大人しく決闘準備のために場を離れる。しかし、その様子はどこか嬉しそうに見えた。果たして、それは史上稀に見る決闘のためか、王女に冷たく扱われたからか。真実は、彼にしかわからない。




