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亡国の騎士道  作者: 龍崎 明
第一部
18/46

十七頁

 クロたちは、その後、物静かな酒場の個室にいた。


 注文の品が届いたところで、エロイースが口を開く。


「さて、レヴィア、一先ずは久しぶりね?」

「はい、お久しぶりです、イース様」


 淡々とレヴィアが挨拶を返す。そんなレヴィアを警戒して、その背後にレオパルトは個室の中で立っていた。


 レヴィアはそれに頓着せず、向かいに座ったクロとエロイース、そして、クロの膝の上で魚の揚げ物を食べるハクを見ている。


「それで用件は、何かしら?」

「サースロウス卿へ、王女殿下からの命令を預かっております」

「団長との決闘だったな」


 既に聞いていたクロが、確認するように言葉を発する。


「はい、その通りです」

「理由は何だ?」

「王女殿下は、王権復興は果たせないとのお考えです。王女殿下の元に集まっている貴族のほとんどが、王女殿下を傀儡として、シュバリア王国をまとめようとしているため、団長は謀殺される、と」

「「「……」」」


 沈黙が降りる。


 レヴィアが淡々と語るのは、祖国の貴族の悪性だ。それは、受け入れ難い事実。だが


 誰もが道義心に満ち溢れるわけではない。


 誰もが慈愛の心で人と接するわけではない。


 多くの人間は、己の利益を優先する。それは、当たり前のことだ。自ら犠牲を払ったとして、それが報われる保障など何処にもない。それ自体は悪ではない。生存のための当然の選択に過ぎない。


 クロは、ハルト・サースロウスは騎士だ。


 弱きを助け、強きを御する。


 国に忠義の誠を示し、時に王の剣となり、時に王を諌め、時に民と土地の盾となる。


 模範でならなくてはならない。


「団長は、理解しているのでしょう?あの人は何故、それでもことを為そうとしているのかしら?」


 エロイースの問い掛けに、レヴィアが淡々と答える。


「団長の妻子が、殺されました。八年前のことです。クーデターの後、王家の全滅を望んだ一派が王女殿下との交換の人質としたのですが、団長は祖国のために妻子を見捨てました」

「弔い合戦、か」

「……」


 クロの呟きを、レヴィアは肯定しない。確信がないからだ。彼女が語るのは、事実だけ。


 団長もまた、騎士であり、一人の人間だった。


 そして、ハルトに騎士道を教えたのは、団長だ。


「団長はおそらく、傀儡でも王家が続くのなら構わないと思っているのでしょうね?でも、大事なことを見て見ぬ振りしている。王家を存続させるよりも、潰滅させることを望む一派がいる。そもそも、傀儡派は一つにまとまることができるとは思えない。誰もが権力を握りたがるはずだもの。そして、国民に人気の高い団長が死ねば、王家の求心力はどうしても減衰する。団長が死んで得をするのは、実のところ潰滅派の方だわ」


 エロイースが、自身の考察を述べる。


 《七つの宝玉》は、シュバリア王国の誇りだった。実働していたのが彼らであることもあって、王家の権威のほとんどは、《宝玉》の人気によるものであるところが大きい。


 現在、公に知られている《宝玉》メンバーはS級冒険者のレオパルトだけ。傀儡派が、レオパルトに渡りをつけた事実はない。もしくは、レヴィアがそのまま仕えるものだと思っているか、先の件で生存が確認されたモルドと繋がりがあるのか。

 どちらにせよ、『最高の騎士』の異名を持つ団長ほどの人気はない。


 誰かと繋がりがあろうとなかろうと、傀儡派の目論見は、見たいものしか見ていない。


「そうなると、グラを殺したモルドは、潰滅派か?」


 レオパルトが、エロイースの考察から浮かんだ疑問を投げ掛ける。


「そうなるわね。《宝玉》のメンバーがいなくなるほど、王家の求心力は減衰するんだから」

「しかし、現在、団長はレッドレイジ家に身を寄せています」

「あら?そうなの、おかしいわねぇ?身を寄せているのなら、いくらでもチャンスはあったはずだけれど」


 レヴィアから飛び出した新たな情報に、モルドに関する情報が曖昧となる。


 そんな中、ハルトがハクの頭を撫でる。ハクは嬉しそうに、はにかんだ。


「団長には、恩がある。今さら、殿下の命令に従うつもりなんかねぇが、団長が道を間違えているなら、別だ」


 ……


 ハルトは、孤児だった。


 シュバリア王国の王都、その貧民街(スラム)に物心ついた時から暮らしていた。


 泥水を啜ったことがある。盗みをして、ミミズ腫れになるほど背中を鞭で捌かれたこともある。


 肩身を寄せ合って暮らした仲間の死を看取ったことがある。


 サースロウスは、その仲間の名を繋ぎ合わせたものだった。


 そんな地獄で生き抜いていた、ある日。


 白髪の大男から、財布を盗ろうとして、バレた。


 隙をついて逃走し、しかし、追いつかれた。


「俺から逃げようなんて、百年速えぞ、小僧?」


 それが団長だった。当時は、シュバリア王国騎士団の副団長。若く期待されていた男だ。


「お前、才能があるな。良し、俺が鍛えてやる」

「なっ!?やめ、やめろ!降ろせ!降ろせよ、この人攫い!」


 有無を言わせず、団長はそう言って、まだ小さいハルトを担ぎ上げた。

 そして、本当に鍛え上げられた。鍛錬は、地獄だった。貧民街での生活の方がまだマシだったと思えた。


 しかし、団長の奥さんが作る温かい食事が、団長の子どもたちと無邪気に遊べることが、そんな日常が、ハルトに活力を与えた。


 いつしか、ハルト・サースロウスは、《七つの宝玉》に任じられた。


 『最強の騎士』たる『黒玉(オニキス)』として。


 ……


「団長の目を、覚まさせる」


 かつての恩を返すために、ハルトは養父であり恩師と剣を交える。

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