2-10 負傷
「フフフ......両目潰されたら当てれるものも当てれないだろ!」
実は内心ヒヤヒヤしていた。密かに懐に忍ばせて置いたあの矢が無ければ、今頃逆の立場だったかもしれないから。
数日前から夜な夜な小道具作っておいて良かった。よつばの話を聞いたあと、急に心配になって矢も作っておいてたのが結果的に助かったのかなぁ。今ので手元に残ってる武器は無くなってしまったのだが、馬車にある武器を取りに行く時間も惜しい現状だ。
ていうかマジか、今の当たるのか。変に図体がでかくてちょうどいい位置でジャストミートしてくれた。
どちらにせよ今後目潰しは多分使わないだろう。ハイリスクハイリターンだけど、そのリスクがデカすぎるから。だいたい目潰ししても魔法で直せる世界だからますますリスクしかない。
それに......そんなことで勝っても悪名が広がるだけだし。いやまあ今の目潰し勝ちは誰も見てないだろう。今は気にしなくていいのかもしれない。
「争いには綺麗事なんてないのになぁ......」
「ナァ......モットカイラku......」
どうやらオークは動くことすら出来ない身体になっているようだ。
しかし、奴は再び立ち上がろうとしていてまだ諦めていない。既に両眼は潰れ血の涙を流し、荒い息を立てながらも右手に斧を持ち未だ攻撃を止める気は無いという闘志を見せつけている。
「なぜだ......なぜ戦おうとする。お前は......ハッ!」
確かコイツや悪魔達は金目当てでドラゴンや王族のよつばを狙っていた。もしかしてコイツにも家族が居て、一家の大黒柱だったら? 家族を養うために命を賭けていたとしたら、必死になるだろう。
理由はなんにせよ命を奪い合った同士、さらに魔王軍の魔物なら慈悲は要らない。ここで見逃してこいつが人類に危害を加えることになったら俺は必ず後悔するだろう。
でも魔物にも家族が居るとしたら人類にも家族がいるんだ。それを忘れてはいけないんだ。俺は自念をなるべく殺しながら苦しめないようにオークの息の根を止めた。
「すまんな。勝てば官軍、負ければ賊軍。自然界、世の中の摂理なんだ」
悲しい命の奪いあいだった。
それにしても、人間じゃないとはいえ人語を話す奴を俺が殺したのか......なんか嫌だな。もしも俺が殺したやつが自分と同じ人間だったら、はたして同じように非情になれるのだろうか?
感傷に浸ってるひまはない。出血はまだ止まらないし身体中痛いけど、根本的に事態が解決していないんだ。次はマール達の元に加勢しなきゃ......
◇
まずは俺も参戦する前に今の状況を知りたかったので、隠れるにはちょうどいい岩場で出方を伺っていた。岩場からはよつばやジュンティルが見えないのがどうも気がかりなのだが......
「お前達の力はこんなものか! もっと僕を楽しませろ!」
......ていうかなにあれ? マールが悪魔達の鉄拳を容赦なく受けている......なんで満面の笑みを溢して嬉しそうなの? とにかくMマールが二つの意味でやばそうだから、ここで飛び出すか。
「やい! そこで悪趣味なことを人がいる場で堂々とやってる奴らよ! なんかもうツッコミ入れるの面倒だしさっさとケリつけさせてもらうぞ」
俺の乱入によって悪魔達の手が止まった。それと同時にマールの不満顔が見え隠れする。
「私達が激闘を繰り広げていた裏であなたはどんな激戦をしていたですの!? 全身傷だらけで満身創痍じゃない」
よつばも馬車の中から加勢してくれていたそうで、みんな命を失ってはいなかった。
「お前は......仲間であるオークに八つ裂きにされたはずお! まさかお......お前の名はなんというお」
「俺は盾使いハルト! ついさっきオークを倒した名だ!」
「ハルトだと......コイツを連れてる時点で大層名が広がってる人物かと思ったがただの無名雑魚じゃないかお。それにしてもあのオークを倒したのかお」
悪かったな、パーティーから追放されるレベルでの無名雑魚で。ていうか悪魔のお仲間さん、その無名雑魚の仲間に大分傷つけられてるけど、よくそんなことが言えるね。
そんなおそらく隊長格の悪魔は満身創痍である部下の悪魔達にある命令を下していた。
「この傷じゃどうせ足手まといになるだけだお。だからお前達は戦線離脱をするお」
「なっ! まだ戦えます! こんな無名冒険者共に舐められてはプライドがたたん!」
「お前達はそんな人間にこんな傷を負っているお。お前達はまだ若いんだ。我が足止めをするから、その間にお前達はあの城に退却してそいつらに情報を伝えてくれお。我もこいつらを片付けたらすぐに報告に向かうから安心するお」
「か、頭ぁぁぁ......」
悪魔達は隊長格の悪魔を残し、どこかへ飛び去っていった。
「これからは悪魔アガレス様直々にあいさつしてやるお」
アガレスはそう叫んだ瞬間、気づいた時には俺の目の前まで刃が来ていた。間一髪、盾で防いだものの、これまでに食らった傷が衝撃で徐々に開いていくのが感覚的にわかる。しかも一撃が重くて全ての衝撃を受け流すことが出来ねぇ。
俺自身、雑魚魔物ぐらいなら傷一つ付くことなんてないぐらい身体はとても硬いんだけど、それ+盾魔法やら攻撃の受け流しを使わなきゃ盾使いとして一人前になれない。たとえ、自身がどれだけ満身創痍だったとしても。
◇
「重傷を負ってもなお、まるで堪えていない様子の生命力、この盾の感触、奴が言っていた面白い盾使い。貴様、やはりとある転生者のふざけた一味か! いい情報を手に入れたお!」
「は?」
そう言葉を吐き捨てたと思ったらいきなり凶変してきてさあ大変! アガレスは頭がおかしいんじゃないかと思えるぐらいの猛スピードで追撃を仕掛けてきたのだ。自分としてはもう何に当たっても致命傷になりかねないので心臓がアップアップルになりながらも奴の攻勢を捌き続ける必要がある。
「ハルト!?」
「来るな! 近づいたら斬られるぞ!」
援護しようと駆け寄ってきたガドラとマールを止めたのは自分なんだけど、それで俺はこの身体で孤軍奮闘する羽目になってしまった。
転生者......? この世界では数ヶ月に1人程度現れるとどこかで聞いたことがあったが、今と何が関係あるのか?
苦虫を噛み潰したかのようにアガレスは過去に殺されかけたということを喋り出した。
「あいつの名は疾風丸湊と言っていたがそいつらと関係があるらしいな! 容赦なく半殺しにされたあの時にお前の名を確かに聞いたお!」
なんで湊がここで関わってくるのか......あいつも確か別の国の勇者とか言ってたし、アガレスと交戦する理由も大体納得できるけど、なんでよりにもよって俺の名前を口にだしてんの? どうせ放っておいても死ぬだろうと奴らは判断して、個人情報をベラベラと喋ったという大方の予想は俺の中でまとまったけどねぇ。
正直、本気の殺し合いでトドメを刺さないのは悪手だわ。魔物達の生命力を舐めちゃいけない。ちなみに驚異的な回復力を持つ悪魔族じゃなければ今頃冥界入りを果たしてたとアガレス本人が語っているわけだし。一例として悪魔族を挙げているが、そいつらに限らず大半の魔物は呆れるぐらいしぶといぞ。侮ってはダメな奴らなんだ。
現にこの悪魔アガレスは今、俺に刃を向けている。これはトドメを刺さなかった疾風丸達のせいと言っても文句は言われないよね。
「確かに疾風丸達とは知り合いだけどそれがどうした! もしかしてよつばやあの希少価値のあるジュンティルについてもアイツらから聞き出し、ここに俺たちが来ると踏んで待ち伏せていたのか!」
「いや正直、金やドラゴンはどうでもいいお。あのオークに話したらついでに誘われただけだからお。目的はサイコパス疾風丸が1番名前を口にだしていたハルトの首とついでに王女の身体だお!」
単なる逆恨みかい!? 部下達を逃したのもあくまでアガレス自身のケジメに部下達を巻き込みたくなかったかららしいが......そんな理由で俺まで狙うのはお門違いだろ......コイツ俺の首をが欲しいとか言ってるが、もしかしてその首を湊に見せつけて絶望に叩き落としてやろうと考えてるんだろうな? とんでもないゲス野郎じゃないか!
さてと、このアガレスって奴完全に殺しにきてることが分かった。なら俺も容赦なく殺しにいっても文句は言われないよな。
「貴様はこの時点で満身創痍だお。今すぐ、首を差し出せ。そしたら楽に死なせてやるお」
「フンッ! そっちこそ油断してると足元をすくわれるぞ。盾はな......攻防一体の武器なんだ!」
悪魔族の隊長格はたしかに素早いもののMオークのようなパワーは無いし明確な弱点が分かってる分さっきのような絶望感は無い。なんとか隙を突いて奴の急所に一撃を叩き込めれば勝機はあるはずだ。俺の傷が広がる前に短期決戦で終わらしてやる!
「スター☆リングウォーター•ザ•グングニル!」
アガレスと対峙した俺は隙を見て決死の突撃をかましてやろうかと思ってたのだが、その前に唐突な横ヤリ(物理)がアガレスの身体を掠っていった。
「ふむ、水系統最強格の魔法の一つ......しかしこの程度の練度はまだ不完成のようだな。そこの小娘はあとで貰っていくから抵抗はやめるお」
よつばが旅に出る前俺に撃ち放ってきた魔法だ。剥き出しのコアには当たらなかったがこうやって後方から攻撃してくれるのはありがたい。
「この一発に相当な魔力を消費してかつ、時間をかけて溜めながら放つ私の最強の一撃を難なくかわしてくるとはさすがは強者ですわ」
ていうかこの槍を奴のコアに当てることが出来れば倒せるんじゃ......
よし一筋の活路を見出したぞ! 俺がアガレスの気を引いている隙によつばの一撃でビクトリーだ!
そうと決まれば善は急げだ。アガレスはよつばがさっき放った魔法についてを呑気にベラベラ喋っており1人の世界に入っちゃってるようだから、俺がこっそりマールと入れ替わっていても気づかないだろう。
よつばは俺の提案をもちろん快諾してくれて、この戦いも終わりが近いことが肌身に激しく感じる。
よし、作戦開始だ!
「マールどいてろ」
「こんな雑に扱われかた......キュゥゥゥン//」
もうこの際マールが囮役を担ってもよかったんじゃないかと少しだけ思いつつ、アガレスに近づいていく。
(この足取り。よほど足止めに自信があるようですの。いったい何をするつもりなんでしょうか?)
「......悪魔さんの魔法講座は終了だお。この講座で王女は魔法使いとしてレベルアッ......」
「ムチュムチュミチュ! チュピチュチュピチュチュピチュピチュ~」
「ダァッ!?」
後ろで誰かがすっ転んだけどアガレスの気を引くために継続だ!
「キラリーン☆チュピチュ! キラリーン☆チュピチュチュピチュ! キラリーン☆」
現在進行形で黒歴史を作ってる気がするが何にせよ魅惑のダンスで奴を視線を釘付けにしたし俺は時間を稼いだ......
「よっちゃんイカ! 隙を見せたぞ! よつばヤレェェェェ!」
「えええ!? どこに隙を作ったンデスの?」
アッヤベ。アガレスさんのお目目が完全に充血してますね......あれ俺死んだ?
「おいおい。ギャグ漫画の主人公じゃないのに無茶して......逆に怒らせてるじゃないっすか!」
おい待てガドラ! この位置は相手側にとってみると丁度直進だ。これは......
「さっきから目障りだお!」
「しまった!? 避けろぉぉぉ!」
ドカァァァ! という騒音と共に飛ぶ斬撃が俺の後ろにある大きな岩に直撃し無惨にも砕け散った。ガドラはなんとか交わしたようだ。
そしてその飛ぶ斬撃を乱射してくるアガレス。下手に煽るのはもしかしなくても悪手だったか……
「これは危険だ! 少し間を!」
「隙ありだお!」
「なっ!?」
やってしまった。
アガレスを止めることが出来ず、奴は鋭利な刃を振る気マンマンでガドラに向かって行ってしまった。急いで追いかけなきゃ......
その時、嫌な冷たい汗が背中に走った。悪魔の振りかぶった攻撃がガドラに当たる! 盾使いとしてなんとしてでも防がなきゃ......
しかし自分の身体がまるで重い荷物を背中に背負っているかのように動けなくなっていた。地に膝をつきながら、盾を持ち這いながらでも近づく。
動け、間に合え、守れ!
「フンッ!」
「ァァァ......」
だけど、間に合わなかった。ガドラの肘から下がバッサリと切断されて俺の目の前に転がってきていたのだ。
なんてことを......やりやがったな......お前らの目的は誘拐とは言ってだが、流石に限度を超えた。アガレスの目的上、俺とよつば以外は関係ないはずなのに、ガドラの腕を潰したリお前は許さない......
俺の心の中で煮えたぎる何かが暴走し始めていた。後悔、絶望、怒り、悲しみ、この感情達が混ざり合い満身創痍であるこの身を突き動かす。
ロクに動かすことが出来ない身体で悪魔に一発フレアをぶち込んでみたが、やっぱり魔力が枯渇ぎみの一撃じゃまるでダメージを与えることができていない。
だが、なんとかガドラから俺に標的を向けさせることは成功した。悪魔は『まずはお前から死にたいようだお』と言い俺に向かってきた。
「アガレス様! 至急四天王様の要請で帰ってこいと」
その声にアガレスの動きが止まる。見てみるとアガレスの背後には誰かが居て何かを喋っている。
「なんだと! 1人も人間を殺せてないでノコノコと帰ってこいと言ってるのかお!?」
「はい。そこの盾使いには念には念をとってこいと。転生者と関わりがあると四天王のお一人から忠告を受けまして」
「我も転生者の一味かそれ以外かまで、情報を絞れたところだったが仕方ないお。野郎ども! ドラゴンと王女は一旦諦めて根城に帰るお!」
あの悪魔が退散していくだと......? クソ、魔力は僅かに残っているはずなのに身体が魔法を使うのを本能的に拒んで撃てない......
「帰るな! 盾使いとしてのプライドをかけて戻って戦え!」
必死に叫び続けたものの、奴らは引き返してこなかった。俺は崖を飛び降りてでも追いかけようとしたのだが、マールに止められてしまい断念することに......
その時悪魔が落とした紙が俺の目の前に落ちてきたのだけど、その紙をしばらく見つめているうちに自分の中で冷静さを取り戻したのか、俺は無言で自分の服にしまった。
◇
どうしようもない怒りが収まるに連れて同時にやるせない感情が俺の心を支配し続けていた。なんてったって俺は動けたはずだったのにガドラの腕一本守ることが出来なかったのだ......
もういやだ。
こんなのあんまりだ。
俺は俺なりに努力したつもりだ。
でも肝心な場面で届かなかった。
どうしてあの時......
もういやだ......
◇◇◇◇◇
次回に続く





