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キクちゃんのさがしもの

作者: 岩礼ゆえん

 小学校しょうがっこう入学にゅうがくしてから、おれは、ずっとヒヨリがすきだった。

 もうすぐ、クリスマスがやってくる。

 こんどこそ、プレゼントをわたそうかと、おれはしんけんにかんがえていた。



 ある日のほうかご。

「ヒヨリちゃんがすきな人って、タテワキくんだよね?」

 ヒヨリがクラスメートのナナとはなしているのを、おれは、ぐうぜんきいちゃった。

「えー! なんでわかるのー」

 ヒヨリもおどろいていたけど、おれはもっとびっくりして、こおりついた。

「そんなの、みていればわかるよ。ヒヨリちゃんは、気もちがかおに出るから」

「ナナちゃんはよくみてるねえ。あーあ、ばれちゃったかあ。じゃあいっちゃうけど、わたし、入学(しき)のときに、イツキくんに一目ひとめぼれしちゃったの」

 おれは、いきがとまった。

 おれの名前なまえは、タテワキでも、もちろん、イツキでもない。

 ぼうぜんとしていたおれに、

「どうした。なにやってんだ、アオヤマー? 早くかえれよー」

と、先生がのん気にこえをかけてくる。

 おれは、大きくいきをすいこんだ。

「さよなら!」

 大声でいって、はしりだす。


 ちくしょう!

 ひどいと思わないか?

 いきなりだぞ! おれはまだ、こくはくだってしていないんだぞ。

 それなのに。

 おれのこいは、とつぜん、おわってしまった。

 むしゃくしゃしたおれは、足元あしもとにおちていた石を、力いっぱいけっとばした。

「キャー! いたい!」

 さけび声があがった。

「あっ! ごめんなさい!」

 おどろいて、とっさにあやまりながら、おれは声のほうにかけよった。

 女の人が、めんにたおれている。

「だいじょうぶですか!」

 きゅうきゅうしゃ! けいさつ?

 たいほ! けいむしょ?

 あたまのなかが、ぐるんぐるんまわる。

 ……いき、してるかな?

 おそるおそる、のぞきこむ。

 ぴくりともうごかなかった女の人が、とつぜん、おれのほうにかおをむけた。

「へいき」

 おれは、しょうげきをうけた。からだにビリビリって、電気でんきが走った。

 なんで? って。

 だって、すごくきれいな人だったから。

 おれの人生じんせいで、一番いちばんだったから!


 女の人は体をおこすと、地めんに正座せいざをした。

 おれも、ちゃんとすわりなおした。

「ごめんなさい。石をけったのはおれです」

 手をついて、きちんとあやまる。

 おれの家は、しつけにはきびしいんだ。

「だいじょうぶよ」

 おれは頭をあげて、女の人をじっくりとみた。

 か、かわいい。

 たしかに女の人だけど、〈おねえさん〉だ。

 おれはうれしくて、こうふんしてきた。

「……はなのあな、ひらいているわよ」

 デレデレしてたのを、してきされてしまった。

 お姉さんは立ちあがると、

「それじゃあね」

といって、あるきだそうとする。

 このままさよならなんて、だめだ!

「ちょっとまって! えーと、あの、どこかに、……そう、イベントとかに、いくところだったんですか?」

 ひっしにきとめたが、おれは、しどろもどろだった。

「イベント? どうして、そう思うの?」

「だって、コスプレしてるから」

 きものすがたのお姉さん。

 そうなんだ。

 おれが、この人をかわいいって思ったのは、そのせいもある。

 きものがよくにあっていた。しかも、かみがたまで、時代じだいげきに出てくる人みたいだった。

 お姉さんはくびをかしげる。

「いまから、帰るところだけど」

「どこにすんでいるんですか?」

「この、ちょっと先」

と、道の先をゆびさした。

 この先にあるのは、おてらだ。

 そうか、わかったぞ! お寺の人だから、きものをきているんだ。

 なーんだ、そういうことか。

 お姉さんは、もう歩きだしている。

「まってください! おれ、おれはツヨシ! 二年生、八(さい)! お姉さんは?」

「わたしはキク。十六」

 十六かぁ。

 いとこのナオミとおんなじだ。ナオミは女子高生じょしこうせいだ。それじゃあ、キクちゃんも女子高生か。だいじょうぶ。そのくらいの〈年のさ〉なんて、おれは気にしない。

 さすがに、もう引きとめることはできなくて、おれは、キクちゃんのうしろすがたをみおくった。



 キクちゃんは、お寺の〈ほんどう〉に入っていった。

 やっぱりどうしても気になって、おれは、キクちゃんのあとをつけてしまったんだ。

 いっておくけど、ストーカーじゃないからな。

 だって、しんぱいじゃないか。おれが、石をててしまったんだから。

 キクちゃんになにかあったら、せきにんをとらなくちゃならない。せきにんをとって、おれは、キクちゃんとけっこんをするかくごだってある。


 おれは、キクちゃんのあとをおって、本どうに入った。

 本どうのかたすみには、ふるぼけた〈びょうぶ〉がおいてあった。

 キクちゃんは、すぅーっと歩いていって、そのびょうぶのかげに、ひょいと、かくれた。

 それきり、出てこない。

 いつまでたっても、すがたをあらわさなかった。

 もうまつのがいやになって、おれは、びょうぶの後ろがわをのぞきにいった。

 だれもいない。

 びょうぶの後ろは、かべだった。とびらがあるわけでも、あながあいているわけでもない。

 キクちゃんはどこへいっちゃったんだ?

 もう一ど、びょうぶの後ろをみて、だれもいなことをかくにんする。しかたなくあきらめて、おれはじいちゃんのいえにむかった。



「こんちはー。じいちゃん、きたよー」

 げんかんさきで声をかける。

「おうー。あがってこーい」

 なかから、じいちゃんがこたえた。

「おじゃましまーす」

 じいちゃんはこたつに入って、新聞しんぶんひろげていた。

 きのうから、ばあちゃんは、りょこうにいっている。

『学校の帰りに、ちょっとようすをみてきてよ』

って、おれはかあさんにいわれたんだ。

 じいちゃんとばあちゃんは、ふだんから、けんかごしで話をする。ふたりとも〈江戸えどっ子〉だから、口がわるいらしい。

 でもばあちゃんがいないと、じいちゃんは、なんだかしょぼくれている。だからちょっと心ぱいだった。

 それに、じいちゃんは心ぞうもわるいみたいだから。


「おう、なんかうれしいことでもあったか?」

 おれの顔をみて、じいちゃんがにやにやした。

「なにいってるんだよ」

 うれしいわけなんて、ないじゃないか。おれは、ヒヨリにふられたばかりだぞ。

「だってよぉ、おめーの、鼻のあな、ふくらんでるぞ。ぷーってな」

 おれはあわてて、鼻のあなをかくす。

「ちがうんだ! これは……」

 キクちゃんのことをいおうと思ったが、やっぱり、やめた。

 おれが人様ひとさまに石を当てたなんていったら、じいちゃんの心ぞうにわるそうだもんな。

 とりあえず、じいちゃんは元気げんきそうだったので、おれは家に帰ると、かあさんに、そうほうこくした。



 つぎの日。

 おれは、キクちゃんにいたくてたまらなかった。

 だから学校がおわると、走って、きのうのばしょにいってみた。

 やったあ! いた!

 おれは、いきをととのえながら――ついでに、はなのあなが広がらないようにおさえながら、しばらくキクちゃんをみていた。

 キクちゃんは足元あしもとをみながら、ゆっくりと、お寺までの道を歩いているようだ。

 なにしてんのかな?

「キクちゃん」

 おれが声をかけると、キクちゃんはこまったような顔になる。

「なにか、よう?」

「えーっと、けがをしてないか、心ぱいだったから」

「だいじょうぶよ」

 キクちゃんは地めんをみながら、また歩きはじめた。

「なにやってるの?」

「……さがしているの」

「おとしもの?」

「……なくしたの。どうしても、みつからないの」

 すごくかなしそうにいうもんだから、むねがチクッとなった。キクちゃんをたすけたいと思った。

「おれもいっしょにさがすよ。なにをさがしてるの?」

「……おさら」

「おさら? おさらって、べものとかをのっける〈さら〉のこと?」

「そう。……おさら」

 どうしよう。うちどころがわるかったのかな。

 だって、おさらだぞ。

 そんなもんが、道におちてるのか?

「……もしかして、ものすごーく小さいおさら、とか?」

「そんなに小さくはないわ」

 やっぱりへんだよ。

 おさらって、なくしちゃうものなの?

「……そろそろ、もどらなくちゃ」

 キクちゃんは、お寺にむかって歩きだす。

 おれもとなりにならんで、きいた。

「どんな、おさらなの?」

大切たいせつなおさらなの。十まいあったのに、一まいなくなってしまったの」

「十まいもあるんなら、一まいくらいなくたって、だいじょうぶだろ」

「十まいそろっていないと、だめなの」

 話をしているうちに、お寺についてしまった。

 本どうに入ると、キクちゃんはびょうぶの後ろがわにまわった。おれはすぐ後ろにいたのに、キクちゃんは、もう、いなくなっていた。

 きえた。

 手品てじなか?

 ひょっとして……おばけ? おばけか……。おばけなのかなあ……。

 でも、でもさ、おばけだからって、それがなんだよ!

 たとえキクちゃんがおばけでも、こわくなんかないぞ!

 おれはひらきなおった。


 それから、おれはじいちゃんの家にいくことにした。

 思い出したことがあったんだ。ついでに、いいことも思いついちゃった。

「たしか、じいちゃんちに、古いおさらがあったよな?」

「どうした? やぶからぼうに」

「いいから、みせてくれよ」

 よっこらしょ、とかけごえをかけて、じいちゃんは立ちあがった。〈とこ〉のよこにある、ふすまをあける。

「いろいろと、しょぶんしたからなあ。もうこれしかのこってないぞ」

 そういって、木箱きばこをとりだした。

「これはきりの木でできているんだ。こうきゅうなはこなんだぜ」

 ひもをほどいて、ふたをあける。

「ほらよ」

 なかから、さらを一まい出してみせてくれた。

「なあ、さらって十まいそろってないと、だめなのか?」

「そんなこたぁ、ないだろう」

「だよなあ。なあじいちゃん、このさら、もらってもいいか?」

「ん? いったいぜんたい、どうしたっていうんだ? じいちゃんに話してみろよ」

「うん、じつはさあ」

 おれは、キクちゃんがさらをさがしていることを、じいちゃんに話した。

 みるみるうちに、じいちゃんの顔が白くなっていった。

「うっ……」

 いきなりうめいて、むねをおさえる。

「じいちゃん!」

 おれはうろたえた。

「心ぞうか! きゅうきゅうしゃか!」

 あわてて立ちあがったおれのうでを、じいちゃんがつかんだ。

「いや、まて。だいじょうぶだ」

 じいちゃんの目が、ぎらぎらしていた。

 こんなこわい顔のじいちゃんは、はじめてだ。

「そんなことより、ちょっとこい!」

 そういうと、ものすごい力でおれを引っぱって、おもてに出た。



 じいちゃんにつれてこられたのは、お寺だった。

 本どうのおくまで、ずかずかと入りこむと、

「すまねえ! 『じゅうしょく』は、いるか?」

 大声でよびかけた。

「いま、いきまーす」

 へんじがきこえて、ひょろりとした、せのたかい男の人があらわれた。

「なんだ。ぼうずか。じゅうしょくはどうした?」

「いないです。かいごうで、出てますけど」

 それをきくと、じいちゃんは「ちぇっ」と、したうちをする。

「まごの一大事いちだいじだってぇのによぉ」

「どうかしたんですか?」

 じいちゃんは、おれのほうをみて、あごをしゃくった。

「こいつ、〈つかれちまった〉らしいんだ」

 おれはむっとして、いいかえした。

「つかれてなんかないぞ。元気だぞ」

「そうじゃねぇよ。おつかれさま、の〈つかれ〉じゃねえ。ゆうれいに〈とりつかれた〉ってことだ」

 おれが、ゆうれいにとりつかれた?

「この子が?」

「ああ。これは、まごのツヨシだ」

 男の人がひざをおって、おれに顔をちかづけてくる。

 まゆげが〈はち〉にさがっている。ほんわかしたふんいきのおにいさんだ。

「こんにちは。ぼくは、この寺のじゅうしょくのまごの、ハヤトです。いま、高校二年生なんだ」

 みかけとおなじく、のんびりとしたしゃべりかただった。

「さらをほしいって、いいやがった。おキクさんが、さがしてるんだとよ」

「へえー、おキクさんですかぁ」

 ちょっとうれしそうなハヤトが、おれにきいてくる。

「ねえ、きみ。どういうことか、くわしくきかせてくれないかな」

「いいよ」

 おれはハヤトに、キクちゃんのことを話した。


「あのびょうぶのところで、きえたんだね。それはすごいなあ」

 かんしんしたようにいうと、ハヤトはうでぐみをしてから、

「うーん」

と、うなった。

 やっぱり、キクちゃんはゆうれいだったのか。

 でも、みたわけでもないのに、なんでじいちゃんにはわかったんだろう。

「なあ、どうしてキクちゃんが、ゆうれいだってわかったんだ?」

「ゆうめいだろうが」

「ゆうめいって?」

「あれー、ひょっとして、きみは知らないのかい」

 おれがうなずくと、ハヤトがむかし話をおしえてくれた。

 おれのらない、キクちゃんのかなしい話を。



* * * * * * * * *


 それは、江戸えど時代じだいのこと。

 「青山あおやまはりま」という〈ぶし〉の、やしきでのできごとです。

 やしきではたらく人たちのなかに、「キク」という名前の女の子がいました。

 キクは、しゅじんのはりまに、とてもかわいがられていました。

 ところが、それを知ったはりまのおくがたが、キクにやきもちをやきました。そして、十まいあったほうのおさらのうち、一まいをかくしてしまうのです。

 そして、それはキクのせいにされてしまいます。

 キクのことをかばってくれる人は、だれもいません。

 かなしみのあまり、キクは井戸いどに、みをなげてしまいました。

 それからは、よるになると、井戸からキクのゆうれいが出て、

「一まい、二まい……」

と、おさらをかぞえるようになったということです。


* * * * * * * * *



「――だいだい、こんな話だよ」

 「青山」って、おなじみょうじだ。おれとかんけいがあるのかな。

「なあ、アオヤマって、おれんちのことか?」

「まさか! うちには、そんなせんぞは、おらんぞ」

 おれはほっとした。

「一番ゆうめいなのは、おキクさんが、おさらを自分じぶんでわったっていう〈かいだんばなし〉だね。それから、おさらをかくしたのは、おキクさんをねたんだ、ほかの人だっていう、せつもある。いろいろな話がつたわっていて、どれが本当ほんとうなのかは、わからないんだよ」

「どっちにしろ、キクちゃんは、やしきでいじめられたんだろ。それでしんじゃったんだろ」

 あんまりじゃないか。キクちゃんがかわいそうだ。

 鼻のおくが、きゅんとしてくる。

「キクちゃんはさがしているんだよ。いまでもずっと。おれ、なんとかしてやりたい。だから、じいちゃんのさらを、あげようと思ったんだ」

「ツヨシくんはやさしいなあ」

 ハヤトは、おれの気もちをわかってくれたみたいだった。

 でもじいちゃんは、

「へんなこといわないでくれよ!」

と、ハヤトにもんくをいった。

「ツヨシ、おまえはおキクさんがすきなんだろ?」

「うん」

「それはな、おまえがすきになるようにって、おキクさんが、そう〈しむけてる〉んだ。それが、〈ゆうれいにつかれる〉ってことなんだぞ」

 なんにも知らないじいちゃんが、キクちゃんのことをわるくいうから、ちょっとむかついた。

「キクちゃんをみれば、じいちゃんにもわかると思うぞ。キクちゃんは、本当にかわいいんだ」

「だから、そうみえるようにだな――」

「知ってんだからな!」

 おれは声をはりあげた。

「な、なんだよ、きゅうに……」

 じいちゃんがひるむ。

「おれが、会ったばかりのキクちゃんをすきなったのは、それは、じいちゃんのせいだ! キクちゃんがとりついたんじゃなくて、じいちゃんのせいだ!」

「お、おれのせいだと?」

「ばあちゃんがいってたぞ! じいちゃんは、ほれっぽいって。わかいときは、そりゃあくろうしたって。おまえはじいちゃんににてるから、気をつけなさいよって!」

 顔を赤くしたじいちゃんの、鼻のあながふくらんだ。

「ぷっ……あ、はははは」

 ハヤトがふきだした。

 じいちゃんが、かたほうの目でにらむ。

「す、すいません。でも、おかしくて……」

「ちっ!」と、したうちをしたじいちゃんは、

「まったくよう、なんだかなあー」

と、ぼやいた。

 なみだをふいて、ようやくハヤトがわらいおわる。

「いや、すみません。……でも、ツヨシくんは、ゆうれいにとりつかれてないと思いますよ」

「なんでわかるんだよ」

「まあ、カンです」

 じいちゃんはためいきをつく。

「そうそう、そのびょうぶですけどね」

 ハヤトにうながされて、おれたちはびょうぶのまえにいく。

「みてください。ここ。きえかかっているんですけどね。井戸のがかいてあるんですよ」

 よくみると、うっすらと、井戸みたいなものがみえる。

「おいおい! こりゃあ、おキクさんが、みなげした井戸か? それじゃあな、さらを数えに出てくるなんてぇことが……」

 じいちゃんの声が、だんだんと小さくなっていく。

「出ませんよ。井戸がかいてあったのは、たまたまでしょう。このびょうぶは、ゆいしょあるものじゃないですから」

 どうやらハヤトは、じいちゃんがこわがっているのを、おもしろがっているようだ。

「でもキクちゃんは、この絵に入ったんじゃないよ。こうやって、後ろがわに――」

 おれは、びょうぶの後ろにまわった。


 びょうぶの後ろにいったとたんに、まっくらになる。

「わっ! ていでん!」

 あれ?

 でも、いまは夕方のはず。

 どうしてくらいんだ?

 ふしぎなことに、おれは井戸の前に立っていた。

 どこだ、ここ? 

 ちかくには、もくぞうの、古そうな家がたっている。みたことのない家だ。

「なんて、ごうじょうなんだろう!」

 声がした。

 家のかべにそって、声のするほうへむかうと、にわに出た。

 そこから、へやのなかがみえた。

「おキク! 正直しょうじきにいいなさい!」

 女の人の、かんだかい声がひびく。

 キクちゃんが、へやのまん中にすわっていた。その前に、きものすがたの女の人が立って、キクちゃんをみおろしている。女の人の後ろには、きものをきた男の人がすわっていた。

 キクちゃんは、うなだれている。

「いいかげんにおし!」

 女の人がどなった。

「あなたが、だんなさまにかわいがられているのは、知っています。けれど、こんどばかりはゆるしません!」

 キクちゃんは、ないていた。

 女の子をなかせるなんて! ゆるさないぞ!

「いじめるな!」

 おれは、キクちゃんの前にとび出していった。

 みんな、きゅうにあらわれたおれに、おどろいたみたいだった。

「……なにものだ?」

 男の人が、ひくい声でおれにきく。

「ツヨシだ。おまえが、はっ、はり、ハリーか?」

「ハリー?」

 まるっきりのたにんだけど、こいつがおなじアオヤマだから、よけいにはらが立つ。

「キクちゃんをかわいがってたくせに、なんで、かばってやらないんだよ!」

「なんという、口のききよう!」

 女の人が、おれをキリキリにらみつける。

「そんなものはきかないぞ! かあさんなんか、もっとこわい顔だ!」

「ええい、ぶれいもの! 出ておいき!」

 おれをつかまえようと、手をのばしてくる。でも、きものをきているせいか、スローモーションみたいに、うごきがのろい。

 おれはよゆうで手をよけると、キクちゃんのうでをとって立たせた。

 キクちゃんは、目をまんまるにひらいていた。

「だいじょうぶだ。おれがなんとかするから」

 おれは女の人をゆびさして、にらみかえした。

「やったのは、このおばさんだ! このおばさんが、さらをかくした!」

 つぎに、ハリーを指さす。

「わるいのは、ハリーだ! キクちゃんはなにもわるくない!」

 おれは大声でいうと、目の前にあったさらを、一まいとった。そのままはしらになげつける。

 ぱりん。

 まっぷたつに、われた。

 しーんと、しずまりかえる。

 おれは、なんだかとっても、すっきりした気分きぶんだった。

「ひっ、ひいー!」

 女の人が、ぎょっとするような、みみざわりなひめいをあげる。

 でも、だれもうごかなかった。

 そのすきに、おれはキクちゃんを引っぱって、にわにおりた。

かえろう、キクちゃん」

「帰る?」

「うん。キクちゃんはもう、こんなところにいなくていいよ」

「でもわたしは、このおやしきで、はたらいているのよ」

「どうせもう、ここにはいられないよ。キクちゃんがおさらをとったとか、わったとかって、おこられていたんだろう?」

「わたしは、おさらをとってもいないし、わってもいないわ」

「だったら、なおさらだよ。キクちゃんのせいじゃない! いま、おれが一まいわったから、かくしたさらを出してきても、九まい。もし、それがわれてたとしても、のこりは八まいだ。どっちにしろ、おれのせいだ。だから、キクちゃんはもう、さらをさがさなくてもいいんだ」

 キクちゃんは、なにもいわなかった。

 ふたりで手をつないで、井戸の前までやってきた。

「どうやって、もどるんだ?」

 からだをのり出して、井戸をのぞきこんでみる。

 くらいあなのそこから、かすかに、

「……おーい、……おーい……」

と、声がきこえてくる。

「あっ、じいちゃんの声だ!」

 とたんに、おれは、みえない力に引きずられるようにして、井戸におちた。



「……ツヨシ……ツヨシ……。ツヨシ! おい、しっかりしねえか!」

 目をあけると、じいちゃんの顔があった。

 おれはねむっていたようだ。

「だいじょうぶか」

 心ぱいそうなじいちゃんの声。

「ここは、どこ?」

 みおぼえのない、だだっ広い、たたみのへやだった。

「寺だよ。おまえ、びょうぶの後ろで、いきなりたおれやがって。おれはもう、生きた心地ここちがしなくってよう……」

 あっ、思いだした!

「キクちゃんは?」

 じいちゃんはまゆげをよせて、こわい顔になる。

「まだそんなことをいってるのか。やっぱり、おまえ、おキクさんにとりつかれて……」

「とりついてなんて、いませんよ」

 おぼんをもったハヤトが、へやに入ってきた。

「気分はどう?」

 そういって、白いゆげのあがる、ゆのみをわたしてくれる。

 うけとって、おれは一気いっきにのみほした。

 むねのあたりが、すぐにぽかぽかとあたたかくなる。ほっこりとして、すこしあまくて、やさしいあじがするおちゃだった。

「ツヨシくん。キクちゃんがね『ありがとう』って」

「キクちゃんに会ったの?」

「うん。『もう、さがさないわ』っていってたよ」

「そうか。よかった」

 キクちゃんのあんなかなしい顔は、もう二どと、みたくなかったから。

「ツヨシくんはすごいね。はりまと、おくがたの前で、おさらを柱にたたきつけてわったんだって?」

「うそだろ!」

 じいちゃんが、すっとんきょうな声をあげる。

「だって、あのおばさん、キクちゃんをしかりながら、にやにやしてたんだ。だからおれは本当に頭にきたんだ」

「えらい! それでこそじいちゃんのまごだ。江戸っ子だ!」

 頭をぐりぐりとなでられる。

 にこにこしているハヤトに、おれはたずねた。

「ねえ、キクちゃんは?」

「うん。びょうぶのところでね、きえちゃったよ」

 キクちゃん……。

「……ちょっといってくる」

 おれは本どうにいった。

 びょうぶの前に立っていたが、キクちゃんはあらわれない。

 もう、会えないのかな。

 そう思うとさびしい。

「気がむいたらさ、出てきてくれるかもしれないよ」

 いつのまにかハヤトがきていた。

「いいんだ」

「いいの?」

「うん。だって、こころのこりがあるから、おばけになって出てきたんだろ。もう安心あんしんできるなら、出てこなくてもいいよ」

「……ツヨシくんは大人おとなだなあ」

「そんなことないけど」

「まあ、〈じょうぶつ〉するのには、ちょっと時間じかんがかかるかもしれないけど」

「じょうぶつ、できないのか?」

「ちゃんとできるよ」

 ハヤトがそういったから、おれは安心した。



 あくる日の学校帰り。

 おれはむいしきに、キクちゃんと出会ったばしょにきてしまった。

 キクちゃんはいない。

 もうさがさないって、そういったんだから、ここにはこないんだろう。

 なんとなく寺まで歩いていって、本どうをのぞきこんだ。

 びょうぶの前に、ハヤトが立っている。

 なにやってんだ、あいつ?

 おれは気になったので、こっそりと近づいた。

 ハヤトは、手にしたゆのみを、さしだしていた。

 目の前にいる、キクちゃんに――。

 うそ!

 おれは目がてんになった。

 キクちゃんは、ハヤトの手からゆのみをうけとると、ゆっくりと口にもっていく。

 ハヤトのお茶。心がほかほかとあったかくなる、やさしいお茶だ。

 ふわっと、はるの花がさいたように、わらった。

 か、かわいすぎる!

 ハヤトが、てれたように頭をかいている。

 どういう、じょうきょう?

 おれはやきもきした。

 とび出していきたかったが、がんばってこらえた。

 キクちゃんがかなしくなければ、おれはそれでいいんだ。

 それに、ハヤトはいいやつにちがいないから。

 おれは、そっと本どうから出た。



 道を歩いていると、空から白いものがおちてきた。

 ゆき

「ホワイトクリスマスだね」

 耳元みみもとで声がして、おれは、とびあがるほどおどろいた。

「どうしたの? ぼーっとしちゃって」

 クラスメートのナナだった。

「……べつに、いいだろ」

「そっけないなあ」

「おまえこそなんだよ、こんなところで」

「はい。これ、あげる」

 ナナは小さなつつみを、おれの手におしつけてくる。

 みどりと赤の、きれいなリボンがむすんである。

「なんだよ」

「メリークリスマス! わたしから、アオヤマくんへのプレゼント」

「おれに? なんで」

「このあいだ、下級生かきゅうせいの子がころんだときに、たすけたでしょう」

「みてたのか」

「うん、しっかりと。その子、ひざからが出ちゃったから、ハンカチをむすんであげてたじゃない。いいやつなんだなーって思ったから、わたしからのごほうび」

「よくみてるよなー」

「まあね」

「……いいのか、もらっても」

「うん。なかみはハンカチなんだけど――」

「サンキュー。そうか、今日はイブか」

 キクちゃんには、クリスマスプレゼントをわたせなかった。

 ちょっとざんねん。

 でもキクちゃんには、ハヤトがほっこり茶をプレゼントしてたから、まあいっか。

「ちゃんとつかってくれる? そのハンカチ」

「……え? ええとー、うん。つかうよ」

「うそじゃないよね?」

 うたぐりぶかそうな目で、おれをみる。

「そんなことで、うそなんかつくかよ」

 ナナは「へへへ」と、ぶきみにわらった。

「じつはそのハンカチ、わたしとおそろいなんだー」

「うそだろ!」

 そんなもん、はずかしくって、つかえるわけがない。

 だいいち、だれかに……ヒヨリにみられたら、どうすんだよ。

 ナナはヒヨリとなかがいい。しかも、ナナはたんじゅんだ。だれかにきかれたら、おれとおそろいだって、バカ正直しょうじきにいうにきまってる。

 ぜったいに、ごかいされる!

「じゃあねえー」

「ちょっとまて!」

 おれがなにかいい出す前に、ナナはつむじかぜのように走りさった。

 むねが、ざわざわする。

 めんどうが、おこりそうな、よかん。

 空をみあげた。

 あとからあとから雪がおちてくる。

 おれはプレゼントを手にしたまま、ぼんやりと立っていた。指先ゆびさきが、じんじんとしびれてくる。

 なあ、サンタさん。

 たのむよ。

 注文ちゅうもんしていたブタのちょきんばこは、キャンセルでいいからさ。

 おれに、へいわな学校生活がっこうせいかつをプレゼントしておくれ。


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― 新着の感想 ―
[良い点] 石河翠様の「冬童話大賞」から拝読させていただきました。 自分の気持ちに正直な真っ直ぐな少年。 読んでいて気持ち良かったです。 本当に将来モテそうですね。 じいちゃんに似たのでしょうか?
[一言] ガキ大将ってかんじのツヨシくんの語り口が、すごく可愛らしくて、微笑ましい気持ちで読み進めました。 キクちゃんがお皿を探している、という話が出てきたとき、「あれか!」ってなって。あの話とさてど…
[良い点] 自分に小さい息子がいるので、男子小学生ってこんな感じなのかな……こんなこと(恋愛絡み)を言い出したら「大丈夫か?」って言いそうだなと思いながら読んでました。どうも最近は親目線になるせいで、…
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