表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

修理

作者: にんた

 テレビが映らなくなったので、近くの電気屋まで直しに行くことにした。

 そばにあった風呂敷にテレビを包んで、体の前で抱えてアパートの部屋を出る。32型のテレビはそこそこの重さだが、徒歩十分の距離なら大丈夫だろう。

 その考えが甘かった。

 テレビを抱えて部屋を出て、アパートの階段を下りる。アパート前の横断歩道が青になるのを待つ。何分待っても信号が青にならない。どうやら誤作動らしいと気づいたのは、日差しの中、十分以上突っ立った後だった。仕方なく違う横断歩道を探す。

 が、探しても探しても横断歩道が見つからない。季節は夏。私は体重40キロの腕の細い女子。既に全身汗ダラダラで腕の筋肉はプルプルしている。

 アパートに戻ろうかと何度も思ったが、今戻ってしまうと今日はもう二度と外に出ないだろう。今夜は見たい番組がいくつもある。意地でも戻らないと決めた。

 ようやく横断歩道を見つけて、少し待って渡る。先程の壊れた横断歩道の辺りまで、息を切らしながら十分以上かけて戻る。日陰を見つけて、風呂敷を地面に置き、少し休憩する。

 少し歩いて、踏切にぶつかる。電気屋に行くにはこの踏切を通らないといけない。

 なぜか忘れていたが、この踏切は開かずの踏切として有名である。すでにグレーのTシャツは黒く変色している。

 十分待ってもまだ開かない。二十分、まだ開かない。暑さとテレビの重さでもう限界である。周りの人も苛立っている。

 三十分待って、ようやく開いた。小走りで線路を渡る。実はトイレに行きたくなっていた。急いでコンビニを探す。

 五分探して見つけたコンビニに入ると、涼しさで生き返る。品出しをしている男性店員に駆け寄ると、店員が抱えた風呂敷を見て不審な顔をする。

「トイレ借りてもいいですか」

「どうぞ」

 慌てて店の奥に向かい、ドアを開けてトイレに入る。風呂敷を床に置き、用を済ませる。スッキリして手を洗い、風呂敷を抱えてトイレから出ようとすると、ドアが開かない。

 え、なんで。何度か押し引きするが、全く開かない。

「すいません」

 恥ずかしいが、助けを求める。

「開かないんですけど、すいません」

 無反応。何度かドアを叩く。

「すいません、開けてください」

 ようやくドアが開く。外にいたのは先ほどの無愛想な男性店員。

「このドア変なんですよね」

 謝りもせず店員が言う。店員の横を通り、店を出ようとすると、店員が呼び掛けてくる。

「その風呂敷、何ですか」

「……テレビですけど」

「テレビ?」

「はい」

「何でそんなもの持ってるんですか?」

「壊れたんで、直すんです」

「捨てたらどうですか」

「は?」

「どうせ直んないでしょ」

「捨てませんよ」

 頭にきて店を出る。なんだあの店員は。

 外は真夏の日差し。だが電気屋はもうすぐである。

 ジュースでも飲もうと思い、コンビニの前の自動販売機の横に風呂敷を下ろす。ポケットから財布を出し、小銭を出そうとしたところで小銭が地面に散らばった。

「ああ」

 汗を垂らしながら小銭を拾う。一枚の百円玉がコロコロ転がって道路の方へ。慌てて拾いに走り、戻ってくると、先ほどの店員が風呂敷を開けていた。

「何してるんですか!」

「これ、盗品じゃないですよね」

「違いますよ。触らないでください」

 店員を押しのけると、店員は少し笑って自動ドアから店内に戻っていく。私は怒りと混乱でさらに体温が上がっている。テレビを風呂敷に包み、抱えてコンビニを離れる。ジュースを買う気は失せた。

 電気屋への道を歩き出すと、腕に水滴が当たる。見上げると、いつの間にか頭上に灰色の雲が垂れ込めている。まさか。

 慌てて走って戻り、先程のコンビニに駆け込んだ瞬間、土砂降りになった。風呂敷の端が少し濡れている。風呂敷の隙間から覗くと、テレビ本体も少し濡れている。

 あの店員がこちらを見ている。私は目を逸らす。今日は厄日か。

「警察に追われてるんですか」

「違います」

「僕が直しましょうか」

「結構です」

 この店員はおかしい。

 十分ほど雑誌を立ち読みして待つと、雨が止んだので店を出る。もうアパートを出てから一時間近く経っている。

 水溜りを避けながら、電気屋への道を歩く。横をバイクが通り、水しぶきでスカートが茶色く濡れる。

 ようやくたどり着いた電気屋は、半年前に閉店していた。思わず風呂敷を落としそうになった。

 また雨が降り出した。自分もテレビも濡れながら来た道を戻り、コンビニの前の自販機で缶ジュースを買って飲んでいると、あの店員が出てきて、

「そんなに濡れたら直んないでしょ」

 と言ったので、中身の入った缶を投げつけた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ