修理
テレビが映らなくなったので、近くの電気屋まで直しに行くことにした。
そばにあった風呂敷にテレビを包んで、体の前で抱えてアパートの部屋を出る。32型のテレビはそこそこの重さだが、徒歩十分の距離なら大丈夫だろう。
その考えが甘かった。
テレビを抱えて部屋を出て、アパートの階段を下りる。アパート前の横断歩道が青になるのを待つ。何分待っても信号が青にならない。どうやら誤作動らしいと気づいたのは、日差しの中、十分以上突っ立った後だった。仕方なく違う横断歩道を探す。
が、探しても探しても横断歩道が見つからない。季節は夏。私は体重40キロの腕の細い女子。既に全身汗ダラダラで腕の筋肉はプルプルしている。
アパートに戻ろうかと何度も思ったが、今戻ってしまうと今日はもう二度と外に出ないだろう。今夜は見たい番組がいくつもある。意地でも戻らないと決めた。
ようやく横断歩道を見つけて、少し待って渡る。先程の壊れた横断歩道の辺りまで、息を切らしながら十分以上かけて戻る。日陰を見つけて、風呂敷を地面に置き、少し休憩する。
少し歩いて、踏切にぶつかる。電気屋に行くにはこの踏切を通らないといけない。
なぜか忘れていたが、この踏切は開かずの踏切として有名である。すでにグレーのTシャツは黒く変色している。
十分待ってもまだ開かない。二十分、まだ開かない。暑さとテレビの重さでもう限界である。周りの人も苛立っている。
三十分待って、ようやく開いた。小走りで線路を渡る。実はトイレに行きたくなっていた。急いでコンビニを探す。
五分探して見つけたコンビニに入ると、涼しさで生き返る。品出しをしている男性店員に駆け寄ると、店員が抱えた風呂敷を見て不審な顔をする。
「トイレ借りてもいいですか」
「どうぞ」
慌てて店の奥に向かい、ドアを開けてトイレに入る。風呂敷を床に置き、用を済ませる。スッキリして手を洗い、風呂敷を抱えてトイレから出ようとすると、ドアが開かない。
え、なんで。何度か押し引きするが、全く開かない。
「すいません」
恥ずかしいが、助けを求める。
「開かないんですけど、すいません」
無反応。何度かドアを叩く。
「すいません、開けてください」
ようやくドアが開く。外にいたのは先ほどの無愛想な男性店員。
「このドア変なんですよね」
謝りもせず店員が言う。店員の横を通り、店を出ようとすると、店員が呼び掛けてくる。
「その風呂敷、何ですか」
「……テレビですけど」
「テレビ?」
「はい」
「何でそんなもの持ってるんですか?」
「壊れたんで、直すんです」
「捨てたらどうですか」
「は?」
「どうせ直んないでしょ」
「捨てませんよ」
頭にきて店を出る。なんだあの店員は。
外は真夏の日差し。だが電気屋はもうすぐである。
ジュースでも飲もうと思い、コンビニの前の自動販売機の横に風呂敷を下ろす。ポケットから財布を出し、小銭を出そうとしたところで小銭が地面に散らばった。
「ああ」
汗を垂らしながら小銭を拾う。一枚の百円玉がコロコロ転がって道路の方へ。慌てて拾いに走り、戻ってくると、先ほどの店員が風呂敷を開けていた。
「何してるんですか!」
「これ、盗品じゃないですよね」
「違いますよ。触らないでください」
店員を押しのけると、店員は少し笑って自動ドアから店内に戻っていく。私は怒りと混乱でさらに体温が上がっている。テレビを風呂敷に包み、抱えてコンビニを離れる。ジュースを買う気は失せた。
電気屋への道を歩き出すと、腕に水滴が当たる。見上げると、いつの間にか頭上に灰色の雲が垂れ込めている。まさか。
慌てて走って戻り、先程のコンビニに駆け込んだ瞬間、土砂降りになった。風呂敷の端が少し濡れている。風呂敷の隙間から覗くと、テレビ本体も少し濡れている。
あの店員がこちらを見ている。私は目を逸らす。今日は厄日か。
「警察に追われてるんですか」
「違います」
「僕が直しましょうか」
「結構です」
この店員はおかしい。
十分ほど雑誌を立ち読みして待つと、雨が止んだので店を出る。もうアパートを出てから一時間近く経っている。
水溜りを避けながら、電気屋への道を歩く。横をバイクが通り、水しぶきでスカートが茶色く濡れる。
ようやくたどり着いた電気屋は、半年前に閉店していた。思わず風呂敷を落としそうになった。
また雨が降り出した。自分もテレビも濡れながら来た道を戻り、コンビニの前の自販機で缶ジュースを買って飲んでいると、あの店員が出てきて、
「そんなに濡れたら直んないでしょ」
と言ったので、中身の入った缶を投げつけた。