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ラーメン・オン・ザ・スカイ

作者: スグル

「ここには、もう二度と来るんじゃない…」


 初老の看守はそう言って、今日で刑務所を後にする針馬十二階はりま じゅうにかいを見送った。雪の降る玄関を後ろに、針馬十二階は看守に軽く頭を下げた。

 彼は足元に置いていた荷物を拾い上げ、歩き出した。



 針馬十二階は、とにかく腹が減っていた。身長168センチの体重60キロの小柄な身体ではあるが、さっきまで世話になった刑務所では満足な食事が出来なかった。

 ぐぅぐぅと鳴る腹を抑え、針馬は通りかかった商店街を見渡す。


「…?」


 彼の嗅覚が、なにか湯気と、程よい醤油スープの匂いを捕まえた。

 ラーメンの匂いだ。

 その食欲を刺激するラーメンの匂いを頼りに、針馬は匂いの元を探す。

 匂いは、商店街から少し離れた屋台風の小さな小汚い店から漂っていた。入り口のドアから、カウンター席が見える。5、6人しか入れなさそうな狭い店だった。

 夕飯時前で客の姿は見えなかったが、入り口には登りがあったし、今とても腹が空いていたので、針馬は四の五の考えずに店に入る。



「いらっしゃませー」


 ガラガラと店の戸を開け、針馬は店内を見渡す。どこにでもある屋台風の狭いラーメン屋だ。店の中は、湯気とニンニク、醤油、ラー油の匂いが漂う。

 店主と向かい合わせのカウンターに座りながら、針馬はメニューの立て札を見る。醤油、味噌、塩、ネギ、チャーシューメン、餃子。このメニューの少なさは、店主のこだわりすら感じさせる。

 一人しか居ない店主から冷やを受け取り、針馬は注文した。


「醤油ラーメン…。あっしは、ラーメンは醤油しか認めないんでね…」


 注文を承った店主は、そそくさと麺を鍋に投げ込んだ。パラパラ…、と一本ずつ鍋へと散らばって行く。

 針馬の目が光った。

 その麺は機械ではなく、手作りだ。配分良く練られた小麦粉を丁寧かつ程よい力加減で鍛え、麺がスープに絡みやすいように一本一本を縮れさせている。

 なんたる玄人の仕事…。針馬は目を輝かせる。

 どんぶりには、かなり品質とブレンドにこだわったであろう醤油の香りと、ここへ足を運ぶきっかけとなったスープの香りが混ざり、針馬の嗅覚を刺激する。 そして、店主は茹で揚がった麺に余計な水分を含ませぬように力強くを切る。飛び散る水滴は、まるでアートの如く。

 さっきほどの醤油、スープが混ざったどんぶりに麺が放り込まれ、ネギ、分厚いチャーシュー、メンマがのせられた。


「お待ち!」


 針馬の目の前に、飾りもなく見栄えもしない普通の醤油ラーメンが置かれた。キラキラと金色のスープで油が輝き、どっしりと構えるチャーシューに脇を固めるネギにチャーシュー。そして、逞しく茹で揚げられた麺。

 このラーメンの存在そのものが、針馬の食欲を挑発した。


「いただきます…」


 箸を割り、針馬は麺をすくう。麺がスープと絡まり、宝石のように輝く。

 針馬は躊躇いもせず、口に運ぶ。


「んっ!?」


 口に含まれた瞬間、舌よりも先に、針馬の本能が刺激され、脳に高揚感が走る。生まれて初めての体験だ。

 このラーメンは、美味い、マズイとかのレベルではない。食べて、幸せか、不幸せかのレベルだ。


「んっ、んん!!」


 針馬は触発され、美味いという言葉を言うのも忘れ、無我夢中にラーメンを食らう。もはや、麺、スープを分析し、長所、短所を考えさせる余裕もない。

 ただ、この高揚感を味わうだけでしかない。

 針馬は、ラーメンをただ食った。

 高揚感が途切れたのは、スープが一滴もなくなった時であった。


「…、なんたるラーメンだ…」


 どんぶりにスープがなくなったのを視認し、針馬は魔法から溶けた。

 かって、自分がラーメン通を着飾っていたことが、ただの裸の王様でしかなかったと恥じざる終えないくらいに針馬は、たった一杯のラーメンに夢中になってしまった。


「そうか…」


 針馬は気付いた。

 食文化の本質とは、美味いか、マズイかではない。

材料となった小麦、ネギ、醤油、豚などを育て上げた百姓への感謝、ただひたすらに客の胃を満たすために苦労と逆境を重ねた店主への感謝、そして、この味に出会うまで己を育て上げてくれた両親、様々な人々への感謝。食文化とは、生命活動であると同時に、すべての地球上に生ける生物に感謝する神聖な儀なのだ…。

 針馬は泣いた。犯罪を犯してしまった己の過ちから、食に対する礼儀と、家族の愛を忘れてしまった自分に。


「ごちそうさまでした…」


 針馬は箸をどんぶりに置き、深く店主に頭を下げた。

 このラーメンに出会った感動を無駄せぬよう、これからの人生を生きよう…。

 そう思い、針馬は席を立ち戸を開けた。


「ありがとう…、こんな気持ちは生まれて始めだ…」


 針馬に頭を下げられ、店主はこう言った。


「お客さん、お金…」


 針馬は笑顔で答える。


「ない」


 店主は耳を疑う。


「えっ、ないって…」

「お金持ってない」

「いや、食べたからにはお金払ってもらわないと…」

「ないもんはない!バーカ!」

「じゃあ、警察呼びますよ…、お客さん…。無銭飲食で、そんな態度されたからには…、こっちも引き下がれないよ」

「うるせえ!バーカ!」


 そう叫ぶと、針馬はダッシュで店から逃げ出した。


「うわー!食い逃げだ!!」


 店主が調理場から出たのも遅く、針馬が見る見るうちに遠くに走っていく。

 すると…、走っている針馬の目の前に一人の男が立ち上がる。


「やめないか!」


 男は叫びながら、針馬の首にウェスタン・ラリアットを食らわせた。口から先程のラーメンが飛ばし、バタン!と針馬は倒れた。

 この無銭飲食の針馬を倒した男こそ、我らがヒーロー、『セクシーハンター肉彦』である。

 セクシーハンター肉彦は、倒れ気絶した針馬に叫ぶ。


「無銭飲食なんて、神や国防長官が許しても、この僕がゆるざん!!」


 セクシーハンター肉彦は、右腕を振り上げた。

 店から店主は、泣きながらセクシーハンター肉彦の活躍に感動した。


「うぇぉぉあああ…、なんて、格好良いんだぜぇ…、セクシーハンター肉彦…」


 店主はハンカチを噛んだ。

 こうして、世界はまた平和になった。






『よい子のみんな!

 この時代で、無銭飲食はやめような!

 もちろん、僕は戦争や暴力には反対だし、麻薬や未成年のタバコやお酒にも反対だ!

 だけど、駐車違反ぐらい、少しは緩和してほしいね!迷惑かもしれないけど、人に危害与えてないんだから、あんなにお金取ることないよね、まったく!!

 ていうか、自転車で歩道走るのはやめろ!特に、自転車を歩行者が動いて避けなきゃなんないの意味解んないよ!!歩行者の方が消費してるカロリー多いし、自転車はエンジンついてないけど走る凶器なんだぜ!!道路交通法にも書かれてるぜ!!

 だから、自転車は歩行者避けろ!バカヤロウ!


 よい子のみんな!セクシーハンター肉彦との約束だよ!じゃあね!』

すいません。オチがこれしか思いつきませんでした。美味いか、マズイかで食料を粗末にするのは否かと思います。ですから、皆さんは食べ物を大切に。

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