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「優しさ」という才能


 その日、幼小中高一貫の教育施設ーーー学庵(がくあん)にて、幼年組と低学年を対象に紙芝居を終えた雪代は、その足で直接に友人のもとへ向かった。


「ーーーてことがあってさ。帰りがけ、もらってきた。ほら、見て見て。どの子も上手いだろ?」


 病院のベッドで上体を起こした里田に雪代が見せたのは、十数枚にも及ぶ画用紙の束である。いずれも子供の()()()であり、それぞれには学級の楽しい様子を描いた絵と、紙芝居を読んでくれる雪代への感謝の言葉が綴られていた。当のボランティア熱心な青年は、常の無表情を崩し、嬉しそうに頬を緩めている。

 それを見て、里田はわずかに苦笑した。


「よくもまあ続くよな。今どき紙芝居なんて、物好きもいたもんだ」

「良いものはいつになっても良いものだよ。僕達だって、小さい頃は紙芝居を見たことがあるだろ? そういうの、しっかり子供達に伝えていかないとな」

「へいへい。子供好きなんだもんな? 分かった分かった」

「おい、やめろよその言い方。なんかアレだよ」


 二人とも学庵高等部、世間ではいわゆる高校生というやつだ。それなのに、爺でもないのに好々爺然とした雪代を見ていると、床に伏している自分はそんな場合ではないなという気になる。自分達はまだ若者なのに……そんな、相手を居ても立ってもいられなくする、奮い立たせるような振る舞い。この友人は多分に、変なところで気遣わしげで意図的なのである。


「………ま、ボランティア熱心なのはいいことだがな。俺はお前のそういうとこ、結構好きだぞ」

「な、何さ急に?」

「見舞いの度に一工夫(こしら)えやがって。仕返しだ、バーカ」


 急に褒められて少し慌てる友人を見て、里田もその彫りの深い顔立ちに少し明るみを取り戻す。元々、ガリガリに痩せて吹けば飛びそうな彼に、今だけは厚みが戻ったようである。


「僕はただ………子供達が、子供達の可能性みたいなものがだね………」

「お? なんだなんだ? 大丈夫だろうな、その先の話」

「真面目な話だって! それと僕をロリコン扱いするのやめろ!」


 本人はよくロリコン疑惑をかけられているが、それについては本当に納得いっていないそうだ。

 しかし、余り揶揄いすぎるとこの友人は拗ねてしまうので、里田もこの辺にしておく。


「で、何だよ。サトにいさんがお前の人生相談に乗ってやるよ」

「余り揶揄うなよ……。ん、まあ相談っていうか、宣言みたいなものなんだけどな………」

「ほうほう? ユキシロクンのマニフェスト、聞こうじゃないか」


 軽い口調で応じながら、雪代の表情が、何かを決意したようなものに変わるのを、里田は微笑ましげに眺めていたーーー






 ーーーのだが。

 いつの間にか、ベッドに座った里田と、傍の椅子に腰掛けた雪代との間で、白熱した議論が交わされていた。


「ーーー昔って、今ほど才能が埋もれるってことはなかったんだ。芽を出さず、あるいは摘み取られる前にダメになってしまうことさえ多かったから」

「そりゃ、単純に人口が少なかったしな。あとは文明レベルとか、それに伴う衛生管理技術や意識の推移が最も根幹にある要因だろ。短い寿命で生まれ死ぬを繰り返し、人間の種としての新陳代謝が活発な時期を経て、時代とともに平均寿命が伸びてきたって経緯がある」

「そう。でも、それは種として見た場合、余り良いこととは言えない」

「……なんとなく言いたいことの察しはついてきたが。でもまあ、そうだな。一人が百余歳まで生きるより、いっそ五十歳寿命で二世代に渡るっていう方が、同じ百年でも環境への適応力に差が出るからな。種族全体で見るなら、活発な世代交代が行われた方が、都合がいいってことだ」

「単純に考えれば、ね。でも実際には、種の世代交代と環境への適応力及び進化っていうのは、車のギアみたいなもので、種の黎明期のローギアから現代の四速五速っていう加速度が、発展の速度と回転に見合った力が必要不可欠なんだ」

「………で、そこでお前が問題視するのは?」

「この先、子供達の才能が埋もれてしまわないか、心配なんだ」

「………」


 話もここにきて、里田は黙り込んだ。


「世に才能が溢れる。若く弱い芽も、すくすくと育って花開く。野には一面の花畑ーーーかつて、それは夢のような光景だったかもしれないけどさ」

「………」

「でも、多くの花が競うようにして地の栄養を吸い尽くすと、結局はみんな枯れてしまうだろ?」

「………だな」


 里田は、雪代のこういう真っすぐなところが嫌いではないが、同時に、彼の真っすぐな想いは危ういとも思ってしまう。


「この先気をつけなければいけないのは、そういうことだと思うんだ。単純な夢想家や革命がその浅慮で意図せず世を腐らせてしまうメカニズムに似てるけど」

「でも、今お前の言いたそうなことを突き詰めると、独裁者の言動になっちまうぞ」

「そういう危険があることも承知さ。それにはもちろん気をつけなければならないとして。問題は、先に言ったことが、文明レベルで起こる危険性についてなんだ」


 雪代は(はや)るように続けた。


「技術や文化。そこにポッポコポッポコって新しい才能が新しいものを産み出すのはいい。でも、それが埋もれて腐ることも多くなる。だから、大枠で、才能を編集ないし編纂することが必要なんじゃないかと」

「……何を言うかと思えば。それってつまり、検閲ってことか?」

「まさか! そうじゃない」


 雪代はその発想はなかったと、不用意な自分を恥じるようにして少し考え込んだあと、今度はゆっくりと言葉を選ぶように話し始めた。


「問題の核心は、才能に人心が追いつかないことなんだよね。どんな道具も、使い手次第で凶器に成り下がる」

「そうだな。才能も技術もただの道具だ。その性質と向かう先を使用者に依存する」

「だからさ。今の人類に足りないのは、才能をコントロールする才能なんだよ」

「……それだけを聞くと、やっぱり危ないやつの考えなんだが」


 雪代の「大枠で」という部分に多分な言い訳の含みを感じながら、里田は雪代本人に先んじて、話の肝を掻い摘んだ。


「要はアレだろ、才能が埋もれないよう拾う仕組みとか、ちゃんと育ててやる仕組みがほしいってことだろ。才能が誤った方向に進まないよう、あるいは進んでも正せるよう、導いていけるものが」

「そういうこと」


 雪代は満足そうに微笑んだ。既に自分の中では答えが出ていることであろうに、わざわざ「相談」しにきてくれた友人の足労を思い溜息を吐く。里田は、病室の窓の外に視線だけを投げ、ふてくされたようにボソリと呟いた。


「俺に報告なんて要らねえよ………」

「ーーー待っててよ、サト。君のビョウキだって、いつか治療法を見つける」

「……!」


 里田は目を見開いた。


「僕は医者じゃないし才能も無いから、正しくは『治療法を見つける才能を見つける』、ってことだけどね」

「………」


 雪代は「ややこしいね」と笑いながら、頭を掻いた。

 里田は相変わらず窓の方を向いたまま、雪代の方を向こうとしない。


「サト。君が石になっても、僕は諦めない。だから君も、まだ諦めないでくれ」

「………お前ってほんと、良い性格してるよな」


 里田の唇がわずかに震えた。


「ユキ、もう帰れ」

「………。また来るよ」


 雪代はゆっくりと椅子から立ち上がって、病室から出て行く。

 扉が閉まると、風になびきかけた窓のカーテンがぴたりと止まった。

 里田はやはり、窓の方を向いたままで。


「………もう少しだけ頑張ってみるさ。期待しないで待っててやるよ」

『…………』


 病室前の廊下から人の気配がなくなったのを確認し、里田は仕方なさそうに、しかしどこか嬉しそうに肩を落とした。

 







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