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止まらない青春の味



 キャンプ道具一式を用意する。しっかりキャンプしようと思えば、テントやタープに寝具などかさばる物が意外と多いものだ。ペグ用の金槌などの道具や調理器具は厳選し、軽い素材を選ばなければいくらでも重くなってしまう。

 後は虫や怪我対策の道具も用意し、種々のことに気を付ければ、こうしてようやく出発の段になる。


「ところでサト、何でそんな感じ? 海に行くんだよな?」


 家の玄関で自分にとぼけた調子で聞いてくるのは、愛すべき我が朋友の雪代だ。

 リュックを背負い、半袖にハーフパンツにサンダル。白い肌が眩し過ぎるほどに眩しいが、手に持ったトートバッグからはシュノーケルや空気の入っていないビニール浮具がのぞいている。日焼けしていないことを除けば完全にビーチリゾートの客だ。

 因みに彼の色白の肌は全く日焼けせず、さらにはクリームすらも使ったことがないという。一体どういう体の構造をしているんだ。


「あの山の。あそこの山小屋に一式だけ置いておこうと思ってよ」


 細かい事情は省くが、俺は内海に島を所有している。砂浜と山のある小さな島だ。

 時々手を入れなければ虫ばかりになるので、偶に掃除してくれているという雪代には感謝しかない。


「なるほど。好きな時に気軽にキャンプできるね。……あれ? でも小屋あるんだから、そこにテントとか持ち込むのって………?」

 

 分かってねぇな。


「分かってねぇな。山小屋に泊まったらキャンプじゃねぇよ。自然の中に起居するからキャンプなんだろうがよ」

「……? そういうもんかな」

「そういうもんなんだ」

「もやしっ子なのに自然大好きっ子………あっ、サト、それは? いいの?」


 ちっとも趣を解さないやつにキャンプの醍醐味を教えてやろうとしたところで、雪代が忘れ物に気付いてくれた。

 下駄箱の上に置かれていた、その高さ五センチほどの小瓶こそは。


「おうおう、忘れるところだった。サンキュー」

「それ砂糖、じゃないね………塩? えらく高級そうな瓶に入ってるね」

「実際、高級だからな」

「ふうん? どのくらい?」

「五万」

「は⁉ たった一瓶で⁉ すごくね⁉」

「お前も物の価値が分かるんだな!」

「失礼なやつだな。でも実際すごいよ、何でただの塩がそんなに?」

「ただの塩じゃない。いいか、これはな、俺が去年予約して、ずっっっっっっっっっっっっっっっっと待って、一昨日届いた至高の嗜好品……!」

「でも塩化ナトリウムなんでしょ」

「馬鹿野郎! 馬鹿野郎お前、瓶に刻まれたこの銘が目に入らぬかぁ!」

「えぇと……『プレミアム歯潟の塩』? ………は?」

「よくぞ聞いてくれた!「いや別に聞いたわけじゃ、今のは「これはな、歯潟湾と呼ばれる有名な場所があってだな! 赤い色をした岩から成る湾の至る所から突き出た岩塩層! その奇跡の地形から取れる! 数千年物の! 太古の! 神秘の! 奇跡の! 塩! なんだぞ!」

「………………お、おう。ごめんごめん、見くびってた、すごいねそれは………ごめんってば、分かったから! 稀に見るハイテンションで瓶を顔に押し付けてくるのやめて!」

「ありがたく思え! 五万円のグリグリだぞ! 五万円の!」

「サト、それはキモいしイタいしちょっと下品だよ! やめて!」


 ……まあ、雪代の自然大好きっ子という評価もあながち間違いではない。

 そう、大自然の中で、大自然の神秘を噛みしめるからいいんだ、こういうのは。

 分かってもらえないことの方が多いが。

 しかし誰もが、大なり小なり持ってる感覚だと思うぞ?

 キャンプで酒を飲むなんて珍しくもないだろ?

 そういう嗜好品―――それが自然の在り方に近しかろうがそうでなかろうが、自然の中で愛でてるんだから同じことだ。

 同じことだとも。

 うん。


「不思議だよなぁ。どこからどう見てもただの塩―――分かったよ悪かったよ、睨むなよサト。それよりほら、皆待ってるし、早く行こう」






 炎天下の中、車の周りで自分達二人を待っていたのは、五人の女子だ。

 女子率高過ぎだろ。一人を除き雪代の連れだった。

 車のトランクに荷物を押し込む雪代に、女子の内一人から、透き通るような綺麗な声がかけられる。


「忘れ物、ない?」


 可愛らしく小首を傾げそう言ったのは、蒔葉奏美という美少女だ。

 身長は雪代より頭一つ分ほど小さい。茶色がかった髪は地毛だろう、光の下では黄金に縁どられる。雪代に近付いて腕でも組みそうな勢いだったが、流石にこの場でそんなことはしなかった。

 愛らしさの中に、どこか芯のある少女。強い意志の宿る瞳が、いつでも雪代を見つめている。見ていて少しハラハラするタイプの女というところか。

 なぜハラハラするのかといえば、雪代に対する異常ともいえるほどの執着を、彼女の様子に垣間見るからだ。


『あっ、ごめん』

『……? カナミちゃん、何かした?』

『ううんっ、何でもっ』


 今だって、車に次々と乗り込もうとして動きが雑になる隙を狙って、さりげなく雪代の太ももに触れて存在をアピール………すると同時に、そうした不意打ちで劣情が刺激されるかどうかの確認をし(これは接触時間が短すぎて失敗したようだが)、さらにはポケットの中身までチェックして、それがただの乾電池式のライト(先程俺があげたやつ)であることを確認している………。

 ああいった過剰なスキンシップは、一挙手一投足にいくつもの意味を込めた、雪代攻略の一手なのだ。

本人がそういう技術を叩きこまれたというよりは、ああいう技術が、本人のその場の欲望と絶妙に合致してしまう―――本人の欲望を実現する技術の即時取得―――つまり、いわゆる天才肌というやつなのだろう。

 その手練手管なら逆ハーレムでも作れそうなものだが、生憎とそのエネルギーが全て雪代攻略に向けられてしまっている。

 本人達には言う必要もなさそうだったので言わない。……いや、正直どうしてよいか分からない。そういう強過ぎる想いというのもあって良いとは思うが……。

 それを受け入れてしまう雪代も雪代だ。あいつ、そういうところは底がないから。ブレーキぶっ壊れてるから。だから、いつか誰かに刺されそうな危うさっていうのも感じてて、友人としては少し心配だ。


(怖ぇ………)


 偽らざる気持ちだ。

 運転席に座りながら、胃の口を締めるかのようにシートベルトを引いて、呻き声のようなものをギリギリで押しとどめる。


「どしたの? 酔った? 吐きそう?」


 俺のギャル系カノジョこと小夜香が隣でふざけてる。


「ちげーわ。もう何度も一緒に出掛けてるんだから、俺が乗り物酔いしないこと知ってんだろ」

「そうだそうだ。ふっふー」


 あらまあ、そんなことを誇っちゃって……っ! 可愛いよ! ああ可愛いさ‼ でも今はそれどころじゃねぇんだわ‼

 実は一番強くてヤバい思慕の念が雪代に向けられている。強すぎる好意が、太い縄のような形を持って雪代を縛っているのを幻視する。


「……お前、変態とかヤンデレって、どう思う?」

「ウチは変態じゃないけどヤンデレだから」

「何だと?」


 これは一言、物申しておかなければなるまい。


「はいはいヤンキーデレとでも言うんだろでもそれはデレたヤンキーだから正しくはデレヤンだからデレヤンはデレヤンであってヤンデレではねーんだわそこ分かっといてなそれじゃ改めて訊くけどもし自分の親友にヤバい女あるいは男がついてしかもいつの間にかイイところまでいってたらそれを『お前本気か?』とか言う? 言うよな? 一応は友として止めておかないととかさ」

「早口キッモ。全然聞き取れないんだケド」


 ダメだわ。

 通じないわ。

 というか俺の好感度っていっつも乱高下すんだよな。何でだろ。


「いや、マジな話」

「ストーカーみたいなヤツねぇ。でも二人の間に確かな愛があるなら………」

「ていうか聞き取ってんじゃねーか」

「愛があれば……愛があれば……愛があっても………」


 ガヤガヤうるさくてだが聞かれてる可能性もあるわけだし、それについての意見を聞いたら切り上げようと思った時。

 我が愛しの女性が出した結論とは。


「ま、いんじゃね?」


 よし、出発するかー!(やけくそ)






 忘却の彼方へさあ行くぞー、って、そうは行かなかった。

 各々が荷物を車のトランクに押し込んだところまで良かったものの、そのままスムーズに出発できない。できるわけがなかった。

 自分は運転席に乗り込み、助手席には俺のギャル系カノジョこと小夜香が。

 そして後ろの席には、中列と後列に誰が座るかという(つまり、雪代の隣は誰かという)ことで揉めていた。くだらねー。小学生かよ。いや、小学生に失礼か……。


「早くしろよなー」


 うんざりしながら急かす。どうせ結局は雪代を中心に据えて、その両側を奏美さんと波止羽で固めるんだろ。それで終始ギャーギャーイチャイチャするんだろ。結末は見えた。


(……ったくよ。これだからモテ男ってのは――――)


 シートベルトを締め、エンジンをかけたところで、しかし意外な様子がルームミラーに映った。


(なん……だと………⁉)


 なんと、中列で雪代の両脇を固めたのは、愛花・愛菜姉妹だったのだ。

 最後列では、奏美さんと波止羽が互いにそっぽを向いて、窓から外を見ていた。


「意外な展開もあったもんだな………」


 独り言つと、助手席の小夜香がこちらを見た。


「何が?」

「いや、ほら」


 ちらと視線移動を用いてアイコンタクトを取る。小夜香は「ああ」と納得した様子で事情を説明してくれた。


「いつも仕事の手伝いしてるから、「このくらいの役得は」って、お姉さんの方が。ウチには分からん」

「そうか。俺にもさっぱりだ」


 そして何より意外だったのは、顔を突き合わせれば皮肉ばかり言い合っているあの愛菜さんが、さして嫌そうでもなかったということくらいか。

 うわ。ということは、あれってハーレムという名の女の闘い(バトルロイヤル)…………いや待て、いつも正妻風吹かせてるあの普遍さんも入れれば、これは、もう―――。


(頼むぞ………頼むぞマジで……マジで勘弁…………!)


 刃傷沙汰(デスマッチ)だけはな!


 どこぞの神にでも祈って、俺はアクセルを踏んだ。






 さて、出発してしまえば呆気ないもので、遠足前の子供でもないのに、眠れなかったという波止羽から眠り、次いで愛菜さん、奏美さんという風に脱落していった。

 高速道路を走る車の走行音、反対車線の車が風を切る音くらいしか聞こえなくなった。

 バトルロイヤルどこ行った。

 因みに小夜香は、いつの間にか隣で寝息を立てていた。ちくしょう、何で俺は運転なんてしてるんだ。ああそうか、自分で言いだしたんだっけ……。

 あっと、そうそう、鬼の居ぬ間にといえば………。


「おい、ユキよー」

「なに?」

「あとで内緒の話があるから、一緒にテント張ろうな」

「いいよ」


 本当は起きていたのに、空気を読んですぐに寝たふりに入っていた愛花さんはありがたく無視させてもらった。






 水をかけ合いバレボールを飛ばしキャッキャはしゃぐ女達を尻目に、男共(二人)はテント(ビーチ用の、ほぼ屋根だけのやつだ)を設営しながら、持ってきた椅子やテーブルに手を伸ばす。

 いいなあ。

 小夜香の水着は、ピンクのセパレート。内から湧き出る豊満を何とか抑えている拘束具のようだ。言うまでもない。

 最高だ。

 波止羽の水着は谷間を大胆にアピールするものだ。腰のあたりが紐になっているのもグッド。黄色い水着と小麦色の肌とが妙にマッチして、健康的な色気というものをこれでもかと発散している。

 一方奏美さんの水着は、胸の露出は控えめながら、それをしっかりフォローして上品に見えるタイプだ。下半身もスコートを履いて、パンチラスタイルになっているのもグッド。水色というチョイスが控えめさ、清潔感というコンセプトをしっかり主張している。


「これは評価点高いですよ~、ユキシロさん」


 実況風に尋ねると、雪代は誰かに見惚れていた。

 まあ、こいつの好みなんて清楚一択なんだからあの人で決まりだろ。当然だ。だってこいつだぜ?

 しかし、非常に悩ましいダークホースの存在があった。

 鬼柏姉妹だ。


「愛菜さん、思いの外巨乳だな。隠れ巨乳か。普段のああいう感じなんだから、本当の色気って分からないもんだなぁ」


 雪代の感想を尋ねると、もうテント設営に戻っていた。


「しかし愛花さん、黒のビキニって。大人の色気、本気出し過ぎだろ~」

「? いなくない?」


 お、こっちにはちょっと食いついた。設営の手を止め、海の方を見ている。


「あっちの岩場で通話してる」

「ほんとだ。いったいだ―――」


 誰と話してるんだろ、と言いかける雪代に先んじて、その相手が山井さんだと教えてやる。


「そっかそっか。確かにいい感じだもんなー、あの二人」


 山井さんに雪代のことを根掘り葉掘り聞くのが愛花さんだが、雪代はそうしたことを知らないらしい。これが天然ジゴロ、鈍感ジゴロ。自分では鈍くないとか思っている、無自覚女たらしの思考か……!


「山井さんと共通の話題が欲しいからって僕を使うのはどうかと思うけど」

「……そうか」


 いや、コイツ知ってた。でも絶妙な解釈加減で真実から逸れてる。しかも頑なに自説を信じてる。

 でも、確かにありそうな話ではあるから、こちらがブレそうになるが、俺は愛菜さんの独り言とか(なぜか)よく聞く(場面に遭遇する)から、何となく察してしまっているのだ。

 あの人、お姉さん関係はポンコツで面白いわぁ。助かるわぁ。


「ユキは少し残念なんじゃないのか?」

「何で?」

「なんでって、お前………」


 心底驚いてた。大真面目に聞き返してきやがって。言うか、言わないか、それが問題だ………。

 やっぱ言っとくか。


「お前ってさ、変なところで人の好意に鈍感だよな」

「コウイ………ああ、愛花さんが気があるんじゃないかって? 僕に? ははっ、ないない」


 おかしそうに手をブンブン振って否定している。

 そう。

 こういうことを話せば、理解もできるんだよなぁ。

 それなのに鈍感。

 それも、ラノベ主人公のような無理がある鈍感さではなく。

 ラノベ主人公以上に無茶苦茶な、意固地。

 だから質が悪い。


「愛花さんは山井さんが好きなんだから。僕にアピールなんてしてこないし、もししてきたとしても、そんなのどこのビッチだって話だよ」

「いやビッチとかじゃなくてだな、そういうことじゃねぇよ、分かんだろ、アレ」


 すぐには言葉が出て来なくて焦る。偶に、こいつは話の逸らし方が上手い時がある。天然だろうからまだ叱ってないが………。


「でも一目でお前を気に入って、すぐ部下にしてくれって頼んできたし、その後もキョウリョクダー、キョウリョクサセテクダサイダー、ってグイグイ来てんだろ?」

「もともと押しが強いんだよ。ハングリー精神ってやつ。だから若くして大きな会社の経営までできるのさ、きっと」

「⁉ ………っ、ああああああもう! ほんと、お前って、ほんと………っ!」

「ど、どうした、サト」


 目を丸くしていた。確かに、癇癪はちょっと俺らしくなかったな。

 だって仕方ねぇだろ!

 お前、変なところで思い込みが強過ぎだろ! 自分の感性に自信持ち過ぎだろ! 対人関係ではとにかくポンコツのくせに………っ‼

 ここまで合理化して自分の世界を固められたらもう芸術だわ! もうそれが現実でいいわ!


 いや良くないんだが!

 ああもうめんどくせえ!


「ぐああああああああああんもおぉう!」

「サ、サト……? 怒った………?」

「…………………………怒ってねぇよ」


 仲の良い相手を怒らせてしまって原因に心当たりがない時は低く出る。それはいい。だが、そのナチュラルな上目遣いをやめろ、気色悪い。こういうところが年上キラーなんだよ、お前いい加減にしろよ。小一時間くらい説教してやりたいが、でも待て、それって俺の役目か? もっと適したやつがいるだろ。

 あのちっこいのとか普遍さんとかちっこいのとか普遍さんとか。

 でも、言わねぇんだろうなぁ。


(言わねぇんだろうなぁ)


「言わねぇんだろうよ、結局は。お前のそういうところも愛してるんだろうからな。いや、この場合は『萌え』にカウントしてる可能性の方が………?」

「う、な、何さ、いきなり。さっきからどうしたんだよ」


 睥睨してやるが、そんなのお構いなしに、壊れたテレビを慎重に観察するように見つめてくる。


「サト、大丈夫? 今度は身体だけじゃなく、頭の方も病院で診てもらおう?」


 ぶっ飛ばす。


「痛いっ!」

「お前、一から十までわざとか? わざとなのか? わざとそこらの女を引っかけてんのか⁉ だったら大したもんだ、俺はもう何も言わねぇよ‼」

「は⁉ 僕が⁉ 何で⁉ おい待て、そんな言い方はやめろよ! それじゃあまるで僕が女たらしみたいじゃないか!」

「よし説教だ。座れ」

「あ、はい………」


 しゅんとしながら。

 まるでコントだ。

 ………こういうやり取りも楽しいんだろうな。顔には出ないウキウキが、ほんの一瞬、手足の先ぐらいには現れちまうんだよ、こいつは。

 ったくよぉ。

 我ながら、こいつの良き友人であると思うわ。






 先程の俺達のやり取りを見ていたのだろう、テント設営を終えた雪代をつかまえて、奏美さんが何やら詰問している。その様子も遠巻きに「怖ぇ~」と見つめながら、俺はクーラーボックスを開けた。


「うっわ! あいつ、飲み物とかは任せろって言ってたのによ~~‼」


 よりにもよって、容積の半分を自分の好きなアイスで埋めるかね⁉ 端っこの実アイスその他バラエティ勢の形が変わっちまってるじゃねぇか!


「あちゃ~。ユキ、またやっちゃったのね」


 出発からこのかたテンション低空飛行だった波止羽も、呆れて笑っていた。流石にずっと険悪なままでいるほど子供じゃないか。男手がテントにかかりっきりの時も、奏美さんと少しは話していたようだしな。


「あいつ、実生活だとマジでポンコツだよな」

「だね」

「だが俺は既に、あいつがポンコツであることを知っている」

「私も私も!」

「そこ。張り合わなくていいから」

「ホモっぽい濃ゆ~い雰囲気を中和してあげてるのに?」

「フッ。だがこんなこともあろうかと、親友である俺は、そう親友である俺は、用意しておいたのさ!」


 こんなこともあろうかと、実は俺もクーラーボックスを持参している。飲み物オンリーだが。

 期せずして、アイスボックスとドリンクボックスが手元に揃った。

 ビーチガチ勢みたい。


「息ぴったり」

「戦友とはかくあるべし」

「なぁんだ、結局いつもみたいにお惚気か~」

「やめろ」


 波止羽が軽口を叩いている間に説教は終わったのだろう、雪代がアイスを求めてこちらへフラフラと。それを面白がって、愛菜さんも追っかけてくる。


「サト~、なんかめっちゃ怒られた~」

「普段自覚がない分のツケだな。噛みしめて精進するがよい」

「おっ、滅矢ソーダーじゃん!」

「シンプルイズベスト。原点にして頂点だ」

「分かってるぅ~」


 雪代は迷わずソーダを取ると、そのままキャップを開けた。

 プシュッ、という音すら心地好い。

 貸し切りのビーチに、各々が飲み物の封を切る音だけ。

 これは、良いものだ。


「私もソーダーにしよっと」

「愛花さんは何が……てか、まだ話してんのか。愛菜さんは何にする?」

「お茶をいただくわ」

「サ………ん? そういえば、小夜香が見当たらないんだが」


 波止羽を見たら「さあ?」と首を傾げられてしまう。


「おいおい」


 しかしそこで奏美さんが苦笑して答えた。


「なんか『マテ貝獲ってくる』って………」

「おっさんか」


 自分の彼女に対してこの言い草はないか。

 マテ貝とは、浜辺に生息する細長い貝のことだ。砂浜にたくさん開いた小さな穴はマテ貝の隠れ家。やつらは塩分濃度にうるさいとのことで、その穴に塩を振りかけてやると、たまらず、こう、「ニョキッ」と出てくるらしいのだ。


「そうだ! サト、着火剤あったろ? 後からあれで火を起こそう」

「お、焼きマテ貝か、いいな!」


 棒みたいな見た目のくせに、いっぱしの貝のように美味だと聞く。楽しみだ。

 それにしても。


「ところで、獲る時に振りかける塩ってどうするんだ?」

「持ってきてたみたいだよ」


 奏美さんの報告に、俺と雪代以外の全員が笑った。


「多分それ、サトの『プレミアム―――」


 雪代が言いにくそうに切り出し。


「――――ッッッ‼‼」


 俺だけが走り出した。






 過ぎたことを言っても仕方がない。

 俺の持ってきたキャンプ道具に数えていた『プレミアム歯潟の塩』は帰らぬ塩となってしまったが、それは大量のマテ貝という大きな恩恵をもたらした。


「ふっふー。どう? ウチのとってきた粒ぞろいのマテ貝は!」

「んん⁉ 美味しい!」

「ほんとだ! 見た目よりずっと貝っぽい!」

「うおおぉ、美味い……!」

「どう? マモル、美味しいでしょー?」

「こっ、こんなのっ……、美味しくなんか………っ!」


 これは………これは、俺が一年越しの予約とワクワクの果て、金と時間をかけた末にようやく手に入れた超高級な塩を犠牲にして得たものだ! 小夜香が振りかけた『プレミアム歯潟の塩』を、余すところなくその身に受けて………っ! 全身に染みわたらせて………っ! こんなの納得できるか‼


「美味いっ……! 悔しいっ……でも美味い! 嫌なのに……嫌な筈なのに、頬がユルユルになっちゃう!」

「サト~、キモいぞ~」

「『へっへ~。口では嫌と言いながら、その口で美味しそうに頬張ってるじゃねぇか~』」

「うおっ⁉ 小夜香さんもノリノリか⁉」



 皆すげえ笑ってたし、楽しそうだったし、良しとする。




 マテ貝は思いの外、しょっぱかったです、まる。


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