あけましておめでとう短話
突然の日常回。一般的な学年でいう主人公高2の年始頃を想定。
「にーさまぁ、ここ、すわって?」
「おっと」
「にーさまー」
「はいはい」
炬燵を前に座椅子へと腰を下ろした雪代の膝の上に、催促していたミゾレもトスンと腰を下ろす。間髪入れずに、白装束の可愛らしい座敷童は、途中だった手作り絵本の続きを描き始める。
おせちなどに遅れて、本格煮物料理を持ってきた奏美は、その様子に何となくショックを受けて盆を落としそうになったが、何とか体勢を整えて事なきを得た。小さな背丈に栗色の髪を乱しながら片手で額を拭っている。
「これが」
「コタツ」
双子の姉妹であるアラレとヒョウがしきりに感心し、掘り炬燵の周りをぐるぐる回ったり、足を突っ込んだり、布団をめくって中を確認したりしていた。
この双子の姉妹は真っ黒で長い髪、色白の肌に白装束と、それこそ絵本の中から飛び出してきた雪女のような見た目をしていた。その美貌は作り物のように美しく、やや無理矢理に人目を集めてしまう妖の雰囲気すら漂っているため、外を歩かせるわけにはいかないのが難点というほどである。
「お茶どうぞ」
「ありがとう」
「ありがとう」
奏美が差し出したお茶とお茶請けに手を伸ばしながらミゾレが「ミゾレも、ミゾレも」と可愛らしく催促するので、雪代は頬を緩めながらお菓子を与えていた。
「お客さんは珍しいって言ってたのに」
「実際、ここの住所を知ってる人は少ないよ」
「ふうん?」
そう言いながら、奏美は不満そうな顔を背けた。雪代にはどうしようもないが、この三人が少々特別であることは奏美も理解しているだろうと、それ以上は変に言い訳をしない。
「すっかり新妻」
「新年早々ごちそうさま」
「えっ、にっ、新妻だなんて、そんな………」
すかさず双子が奏美をおだてる。雪代のフォローのつもりだろうが、妙な連携だった。
「と、ところでさ。どうして急に、うちに来ることになったんだ?」
「どうしても何も」
「行きたいと言ったらツユ様が承諾してくれた」
「? 何か用事があったわけではないんだな」
「雪代くん。それ、悪い癖だよ」
「ああ、悪い」
何でもすぐに自分の仕事などと絡めて考えるのは、雪代の悪い癖だ。奏美に指摘され、雪代は心を少し楽にした。
「私達は来たいから来た。それだけ」
「それだけ」
「ツユさんが承諾、ねぇ。しかしまあ、長がそれをしちゃって、いいのか?」
「何を言う」
「郷を外界に開かせた張本人なのに」
「はいはい。そうでしたそうでした」
元々、双子は郷の外から拾われて来たので、外界についてある程度の知識はあったし、興味もあったのだ。雪ノ郷の郷長を務めるツユも、そうした事情から、側近の帯同と雪代の側を離れないことを条件として外出を許可したのだ。
「にいさまが郷に来るとなると、また忍び足で来て、忍び足で帰って行く。そうに決まってる」
「そうに違いない」
「だからこちらから行ってみろって言われた」
「こちらから行って、堂々と嫌味でも言ってこいって言われた」
「わかった、わかったって」
遠回しに「郷の皆とうち解けろ」と言われて、雪代は諸手を挙げて降参のポーズだ。
先程から説教しか受けていない、情けない主人公である。
「あ、そうだ」
雪代の分かりやすい話題転換もいつものことだ。誰も何も指摘しないが、それも彼の可愛げであるとの理解であった。
「三人だけじゃないよな? 護衛の人とかは?」
「外にいる」
「外で、ちひろさんと山井さんといる」
「あ、そう」
ミゾレの両脇に手を入れて持ち上げ、自分の代わりに座椅子に座らせると「にーさまー、まだー!」雪代はそのまま家の玄関に向かう。
外には、ガレージに停めた車の側に立つ、山井、ちひろ。そして玄関の小さな門扉の前に仁王立ちするレイの姿があった。
山井は雪代の腹心の部下であり運転手の男で、男装した年下の少女であるちひろも同様に部下であるが、レイという少女はスーツを着ているわけでもないその格好からも、二人とは違うことがわかる。
白い装束に身を包み、本物の刀を腰に携え、微動だにせず前を向く姿は、格好よくもある。頭の後ろで結んだ白い紐は、長い髪を細くまとめるためのもの。その凛とした佇まいは、彼女自身が一本の刀剣のようであった。
ちひろは遠慮し、山井はそもそも仕事に対する意識が高いということで、家の中に入って団欒に加わろうとはしない。だから雪代はレイを誘ってみることにするが―――。
「レイさん。あなたも入ってください」
「…………」
「あ、あの。ほら、外は寒……くはないですよね。でも人目もありますし」
「………」
(うっわシカトかよコイツ………)
近所に変な目で見られるだろうが、玄関の真ん前につっ立ってないで早く中に入れとも言いたかったが、雪代はその言葉を何とか呑み込む。
「レイ」
「入ろ」
玄関から顔を出した双子に言われて、「二人がそう言うならそうする」と、雪代を押しのけてレイは家の中に入って行った。
「…………」
納得できないが、非常に釈然としないが、雪代は溜め息を吐いて後を追う。
色々と挨拶を述べ終わり、皆が落ち着いて居間でくつろぎだした時、ふと思い出したように雪代は提案する。
「初詣どうする」
奏美が苦笑しながらそれに応じた。
「そういえば、だね。年越しはバタバタしてたから、お参り行ってなかったね」
初詣。この都に住む者は、慈天院、萌春院、遊楽院という三院のいずれかに参ることになる。そのすべてを回る奇特な者もいるにはいるが、それはそういう特別な信条を持つ者であったり、修験者や貴僧などの仏僧であったり、ただの観光者であったりするだけで、数がいるわけでもない。神仏習合が進みそのルーツすら渾然一体となっているこの都では、院が抱え込む信徒は多くなる筈だが、五百万人と(歴史上の宗教国家群に比べれば)決して多くはない全人口に照らして、また熱心な信仰を持つ者は、さらにその数パーセントしかないのだ。
「院にいたのにお参りしてない、ってのは変な話だと思うけどな」
「でも神子様って、神様なんでしょ?」
「宗教上はね。普遍が言ってたように、『私にお参りしてみない~?』っていうのは、ある意味、それも正しいやり方ではあるんだ」
「…………」
実は、初詣など歴史ある行事は、観光地としての院―――神を祀り、奉じるための祭祀の拠点としての『奉院』が仕切るのが普通である。もっとも、その『奉院』という呼び名も、ほぼ関係者のみが使うものであり、世間一般で言う『院』は普通、この『奉院』を指す。各『院』が神子―――神の子孫の住む場所、及びその周りの血縁者や職員等が住む場所としてある一方で、こうしたものも存在しているのだ。ただし、民も『奉院』の性格を理解しているので、年末年始に人でごった返すのは『奉院』で、本当の『院』―――神の子孫が起居する場としての『院』は、よほど熱心な信者でもない限りその周囲をうろつく者もない。
もっとも、『奉院』は歴代の神子を祀る場所ではあるので、その配役も決して的外れではなく、むしろ至極妥当なものだ。観光するならこちらである。
「いつの間に………『私にお参りしてみない~?』って………普遍さんにそんなこと言われてたの?」
しかし、そういう厳密な「区別」を必要とする世界に首をつっこんでいる奏美の関心事は、都の仕組みや宗教の成り立ちなどではないようだ。
「いつ誘惑されたの?」
「えっ、ああ、いや、ていうか『誘惑』って………」
「いつ?」
「えっ?」
「いつなの?」
普遍の「私にお参りしてみない~?」には絶対に変な意味が込められているという確信があった。奏美は光を失った虚ろな目で雪代を詰問する。
「また始まった」
「きっといつもこんな感じ」
「にーさまー? どしたのー?」
呆れた双子は我関せず。ミゾレは雪代の膝の上で彼を見上げながら首を傾げる。
「………雪代くん、次に目覚める時はベッドの上ね」
「それ別におかしなことじゃ―――いやきっとおかしいことだよね、おかしいことをするつもりなんだもんね⁉ 嘘でしょ⁉ 誤解だって! 違う違う、さっきのは普遍が勝手に言ってるだけだから!」
「いつもそんなこと言って、普遍さんとナカヨシする口実にしか―――」
「だからそれは仕事上の―――」
ギャーギャーと夫婦喧嘩が始まった。周囲は呆れを通り越して「慣れ」ている。
「軽蔑します」
ただ一人、レイだけが顔を背けた。ほっそり細くまとめた後ろ髪が不機嫌そうにひらひら揺れる。
「いや誤解ですからね」
「女性関係にだらしのない殿方は去勢されるべきです」
「いやだから―――」
「男として、いや理性ある人間として恥ずかしい。死ぬべきだと思います」
「いや何もやましいことはしてないですよ。アレでも普遍は職場での上司に当たるわけだから、最低限ご機嫌はとっておかないと―――」
先程のやり取りから一転、雪代はレイに対し真面目な顔で釈明すると、容赦ない軽蔑の眼差しが雪代を流し見る。
「うわぁ」
「…………」
その軽蔑が本物だと分かるから、雪代の心は少し折れそうになった。
「新年初罵られ」
「しまった」
「適当な理由探してたら先越された」
「レイもなかなか」
「アラレさん、ヒョウさん。二人とも、やめてください。私は真面目にこの人を軽蔑しています」
新年初罵られ。いや何の記念だという話である。
「………とりあえず山井さんに車を出してもらって、皆でお参りに行かない?」
「行く」
「行く」
「わーい! おまりー! はつもでー!」
「雪代くん、まだ話が―――」
「ごめんちょっとその話はまた今度―――」
「軽蔑します」
雪代の家は、今年こそ賑やかになりそうである。
遅ればせながら、新年明けましておめでとうございます。今年も宜しくお願い致します。