第5話 オリエンテーション(中編)
中編は玲也の対戦になります。バトルというには少々拙いですが、読んでいただけると幸いです。
オリエンテーションが始まってから、しばらく対戦の様子を見ていた玲也の評価はこのようなものだった。
(全体的に剣と槍を使う生徒がかなりの割合を占めてるが、その反面後衛タイプの割合が少ない。どうも自分のBDに対して適性が分かっていない生徒が大半のようだ。実力に関してはまだまだ初心者の域を出ないが、逆に考えると伸びしろしかないともいえるな。今ならまだ矯正も可能だろう)
ちなみに玲也は最も使用頻度が多い刀を選択していた。正直に言って武器無しでも全く問題ないのだが、自分だけ持っていないのは悪目立ちすると判断したのだった。
(術技についてもたまに中級技を使う生徒がいるくらいで、ほとんどは初級技しか使えないようだ。レベルは今のところ香住の二十五を超える生徒はいないな)
玲也はエルゲスト学院に入学する一年前から香住に手解きしており、BDのレベルや現在の実力をかなり正確に把握している。その基準で考えると、周りの生徒は香住と比べて数段劣っているのが現状であった。
(一年前のことは今でも鮮明に思い出せるな・・・)
今から約一年前、玲也がエルゲスト学院に行くと告げたときの香住の表情は驚愕で彩られ、しばらく時間が止まったように固まっていたことが印象的だった。そして、数分後にようやく再起動した時に発した一言が、
「なら、私も学院に行く!」
であった。
玲也としては共に居ることで危険が及ぶ可能性もあったし、何より香住はBDを触れたことも無かったため考え直してもらおうと必死に説得したのだが、香住は頑として首を縦に振らなかった。
挙げ句の果てに、
「私と一緒に行くのがそんなに嫌なの・・・?」
と悲壮な表情で涙ぐまれてしまっては、玲也も折れるしかなかった。
その後香住はすぐに施設長にお願いをして、あっという間にBDを入手した。当然、香住がBDの使い方を知る筈もなかったので、玲也が指導することとなった。
幸い、センスがかなり有ったので、たった一年で学院の入学試験がトップ成績になるまでに成長したのは玲也としても嬉しい誤算だった。
ただ、玲也からすれば香住もようやく初心者を卒業出来そうなレベルなので、まだまだ教えることが多いのだが。
(ま、あと一年教えれば上級者レベル近くには出来そうだが)
無論、そのレベルに到達するには香住のたゆまぬ努力が必要不可欠だがな、と玲也は思っていた。
(それに、学院に来た本来の目的についても動き出さないとな)
情報屋からもたらされた目撃情報。父親である聖俊弘がエルゲスト学院周辺に姿を現したという。俊弘は玲也が物心ついた頃に突如姿を消したため、行方を追っていた。
全く音沙汰も無く、すでにこの世に居ないのではないかと諦めかけていたところ、目撃情報が飛び込んできたのが一年前。しかもこの一年で数回もあり、その全て王都エルゲスト周辺であった。
なぜ目撃情報が最近になって増えたのかは分からず、なぜエルゲスト周辺なのかも不明だが、とにかく一度会う必要があると感じていた。
(やることはそれなりにあるが、まずはオリエンテーションか)
玲也がステージに目をやったところで、ちょうど呼ぶ声がかかったのでステージ前に移動した。
すると、ステージを挟んで対面に一人の女子生徒が立っていた。身長は百五十センチ程度と小柄で、ショートカットにした水色の髪が印象的だ。さらにもう一つ印象的なのはブラウスをこれでもかというほど押し上げている双丘である。男子であればまず視線が吸い寄せられるであろうそれは、オドオドするたびに微妙に揺れていて正直目に毒であった。
容姿は可愛いと表現して良いのだが、かなり不安げな表情をしている。
(これはまた、人見知りが激しそうだな・・・)
第一印象はこれしか思い浮かばなかった。
おそらく彼女が対戦相手のセイラ・シャルティオなのだろう。
「よ、よろしくお願いしましゅっ!」
玲也の姿を見たセイラは腰を曲げて挨拶した。緊張によるものなのか舌を噛んでいたが、それよりも腰を曲げたときに激しく揺れる双丘が他の男子生徒の注目を浴びていた。
視線を感じるのか、セイラの態度が益々挙動不審になっていく。その様子がまるで怯えた小動物のようで、玲也は思わず苦笑しそうになった。
「そんなに緊張しなくても良いよ。よろしく頼む」
「は、はひっ」
セイラは震える手でリンクブレスレットから何とかリンクギアを取り出すと、ビクビクしながら頭に被った。
玲也も同様にフルフェイスのリンクギアを被った後、ステージ上に銀髪のBDが姿を現わす。
玲也のBDで、名を『真月』という。
真月の腰には鞘が差されており、玲也が先ほど選んだ訓練用の刀が収められている。
対面を見ると、セイラもBDを出したところであった。
(へぇ、こりゃ珍しいな)
玲也がセイラのBDに関心示した。なげなら、青のローブと黒のとんがり帽子を被ったBDが持っているのは先端に宝玉が付いている杖であったからだ。
(魔術師タイプのBDとはな。滅多にお目にかかれないが、果たしてどれくらい使えるのか)
魔術師タイプのBDは非常に数が少ないことで有名である。巷では数千体に一体の割合と噂されているほどだ。
(さて、まずは様子見とするか)
互いに準備が整ったところで、開始の合図が鳴り響いた。
「「リンク・イン!」」
二人の声が同時に重なった。
BDとの接続が完了し、互いのデータがスクリーンに映し出される。
聖玲也
所有BD『真月』 レベル15
SP ????/????
リンク率 75%
セイラ・シャルティオ
所有BD『ロズマリア』 レベル16
SP ????/????
リンク率 41%
(リンク率はレベルの具合から考えると平均より少し上って感じだな)
セイラのデータを見て、玲也はひとまずそう判断しておく。
直後、ステージ対面からセイラの声が聞こえた。対戦前とは打って変わり、凛とした声音であった。
「大いなる大地に縛られよ!」
ロズマリアが杖を掲げると、真月が立っている地面から魔術陣が形成される。
(おお、略式詠唱か。こいつは驚いたな)
真月が素早く魔術陣の外に出た直後に魔術陣が白く発光し、地面から直径十センチ程度の植物の蔓が数十本も飛び出した。
BD魔術中級技 プラントバインド。
この技は地面から数十本もの植物の蔓を出現させ、対象に巻きつくことで動きを封じる効果を持つ。
ちなみにBD魔術は魔術師タイプ限定の術技である、というよりはこれこそが魔術師タイプの大きな特徴となる。
BD魔術は攻撃面、防御面、補助面の全てに於いて優秀であり、特に攻撃面が非常に強力である。初級技でも、他の術技における中級技並みの威力がある程だ。
しかしその反面、発動行程が複雑なため脳内の処理量が増え、脳にかなりの負荷がかかるという大きなデメリットも抱えている。
この大きなデメリットを軽減するために取り入れられたシステムが『詠唱』である。定型の詠唱文を唱えることで脳内で処理される行程をリングギアが簡略化し、負荷を抑えることに成功した。しかし、詠唱文を全て唱えて技を発動させるまでにかなりの時間を要するという別のデメリットが発生してしまった。
このデメリット軽減策として『略式詠唱』が取り入れられた。略式詠唱は詠唱文を簡略化することで技が発動するまでの時間を短縮することができる。しかし、脳内イメージがかなり必要であり、脳への負荷も多いことから高等技術とされている。
こういった背景もあり、魔術師タイプBDを使用するBDMが少ない要因の一つとなっている。
(開幕からいきなり中級技とは。しかも拘束型の魔術というのも良いな)
数十本もの蔓が真月に迫る中、玲也のセイラに対する評価は大きく変わっていた。対峙したときの様子を思うとかなり心配だったのだが、実際に対戦が始まるとスイッチが切り替わったかのようだった。
「ふっ!」
真月が蔓に呑み込まれようとした時、真月は最小限の動きで横にそらし、刀を一閃させた。
刀剣術初級技 居合斬。
鞘から刀が抜かれた瞬間、高速の斬撃が繰り出されて再び鞘に収める技である。
斬撃範囲に入っていた蔓は全て真っ二つに切られ地面に落ちた。
すると地面に落ちた蔓の破片は色が薄くなり、最後には消えていった。
しかし、蔓が全て無くなったわけではない。今度は真月の前後から残りの蔓が拘束しようと迫ってきた。
真月は腰を少し落とし、左手で鞘を添え、右手で刀の柄を握り締めると、
「はっ!」
真月は右足を軸として左足で地面を強く蹴る。同時に鞘から刀が一瞬で抜かれると、真月の身体が水平に一回転した。
刀剣術中級技 居合斬・円月。
この技は円を描くように高速で一回転すると同時に、居合斬を放つ応用技である。
残り全ての蔓に白い線が走ると、先ほどと同様に真っ二つになり地面に落ちた。これで全ての蔓を斬ったと思った直後、前方から燃え盛る槍が真月に襲おうとしていた。
BD魔術中級技 ファイアランス。
この一撃を喰らえば、一発で防護フィールドが破壊されるだろう。
しかし玲也の表情には驚きの色は全く無かった。
(これが本命か。ならばこれで驚いてもらおう)
真月はファイアランスを前に硬直したような様子を見せた。
玲也が対面のステージ外の様子を一瞥すると、セイラの表情がわずかに緩んだような気がした。
そして真月にファイアランスが突き刺さったかに見えた。しかし、
「えっ!?」
思わずセイラが声を上げたのも無理はない。なぜなら、ファイアランスがなんの抵抗もなく真月をすり抜けたからだ。
セイラが呆然としていると、突如ガラスが割れたような音が耳に届いた。その音は、
「俺の勝ちだ」
ロズマリアの防護フィールドが破壊されたときに起きた音だった。
「ふぇぇ、ま、負けちゃいました・・・」
対戦が終わると、セイラは地面に座り込んでしまった。ヘッドギアを外すと、セイラの額には大量の汗が滲んでいた。
(BD魔術の中級技を二回使っていたから無理もないな)
BD魔術は他の術技に比べて脳の負荷が大きく、今回の場合だと他の術技でいうと上級技を二回使ったのと同等の疲労度だろう。
しかもSPゲージも残り一割を切っており、最後の一撃に勝負をかけていたのは明白だ。
「立てるか?」
玲也はセイラの方に近づくと右手を差し伸べた。
「は、はい何とか・・・」
セイラは玲也の手を握り、ふらつきながらも立ち上がった。
「お疲れさん。随分無茶をしたな」
「す、すみません・・・」
セイラの表情が今にも沈みそうだったので、玲也はすぐに口を開いた。
「いや、怒ってるわけじゃない。むしろよく頑張っていたと思うぞ」
玲也の称賛にセイラは顔を上げた。
「略式詠唱をしていたし、BD魔術の中級技を二回も使っていたのは、BDのレベルから考えても凄いことだ。しかも懐に入られないように、最初から拘束型の技を選択したのも評価できるし、二属性使えるのもかなりの強みだろう」
玲也の評価を聞くうちに、セイラの目が大きく見開かれていく。そしてキラキラと目を輝かせて声を上げた。
「し、しゅごいのは聖さんですっ!な、何でそんなにBD魔術に詳しいですか!?そ、それにプラントバインドの蔓をあっさりと切り裂いていましたし、最後に至っては何が起こったのか全くわからなかったですっ」
セイラの勢いに玲也の頬が微妙にひきつった。
(しまった、少々喋りすぎたな・・・)
内心で反省しながらも、今更答えないわけにもいかなかった。
「・・・知り合いに魔術師タイプのBDを持ってるBDMがいたからな。あと、最後のは残像だ。その後気づかれないように近づいて防護フィールドを切っただけだ」
正確には火属性のファイアランスを利用した蜃気楼なのだが、結果は変わらないので詳しく説明しなかった。
「そ、そうでしたか・・・。あ、あのセイラはこれからどう強くなればいいですかっ」
セイラの質問に対する返答はいくつもできたが、とりあえず無難な内容を教えることにした。
「まずはBDのレベルを上げることだな。次にもっと実戦を経験することだ」
「あ、ありがとうごさいますっ!」
セイラは掴んだ手をぶんぶんと上下させた。
「あ、ああ、どういたしまして・・・。それと、そろそろ手を離してくれないか?もう大丈夫そうだしな」
玲也の言葉にセイラは慌てて手を離した。
「す、すすすすすいませんっ!」
セイラの頬は真っ赤になっていた。
「あ、あのっ!こ、これからも色々教えてもらえましゅかっ!?」
それは教師の仕事ではないかとも思ったが、セイラからのお願いを無下にするには少々心苦しかった。
「教えられる範囲でなら構わない」
結局、このように答えるしかなかった。
「や、やったっ!こ、これからもよ、よろしくお願いしましゅっ」
セイラは輝くような笑顔を浮かべたのだった。
(面倒な約束をしてしまった気がするが、仕方ないか。あとはエリーにも伝えておくか)
押し切られてしまったのはともかく、セイラは今後の成長次第で大化けする可能性があるのは確かであった。
(はぁ、気疲れしたし、あとはゆっくりしたい)
と、玲也は思っていたのだが、残念ながらこの後の騒動でさらに気疲れすることになる。
「ち、ちょっと待ってよ〜」
聞き覚えのある声がしたので振り向いてみると、そこには香住ともう一人男子生徒がいた。
(ん?何だ?)
よく見ると香住は困ったような笑みを浮かべているし、男子生徒の方に至っては敵意すら感じたのだ。
(なぜ、よく知らん奴に睨まれているんだ?)
玲也は不思議に思っていると、男子生徒が玲也に指を差してこう叫んだ。
「レイヤ・ヒジリ!僕と勝負しろ!」
「は?」
予想もしない展開に玲也はポカンとしたのだった。
セイラの初登場回です。モブではなく、メインキャラクターの一人になります。ただし、ヒロインという位置づけにするかはまだ決めていません。今のところヒロインは香住とエリーの二人です。次回は香住の対戦回!