第1話 入学式
お待たせしました。読んでいただけると幸いです。
「お前にこれを渡しておこう」
男から少年に渡したのは一体の人形であった。
「これなあに?」
少年は首を傾げた。
「これはな、BDと言うんだ」
男が少年の問いに答えた。
「ばとるどおる?」
「そうだ。これを使いこなすことができれば、悪い魔物達をやっつけることが出来るんだ」
男の言葉を聞いた少年の瞳がキラキラと輝いた。
「すごーい!どうやって使うの?」
「バトルドールを操作するにはまずこれを被る必要がある」
男はそう言うと、背後にある机からヘッドギアを持ってきた。顔全体覆うような意匠となっていて、両目に当たる部分は青く、両耳にあたるであろう部分からはアンテナが伸びている。
「これはリンクギアと言って、BDと自分自身を繋げる装置のようなものだ」
「そうなんだ〜」
少年は男の言葉をほとんど理解できていなかったが、使い方に興味が傾いていたために大して気にしていなかった。
「それじゃあ今から使い方を教える。よく聴いて覚えるんだぞ。まずは・・・」
男が少し笑顔を浮かべながら、少年へ説明をし始めた。
・・・そう、これは俺が覚えている中で数少ない父親との思い出の記憶。幼き日に初めてBDと出会った記憶であり、あの頃で最も幸せだといえる時期であった。しかし、この幸せが長く続くことは無かった。
なぜならこの出来事からしばらく経ったある日、父親が姿を忽然と消してしまったからだ。
「BDMを続けていればいずれ再会する」
という言葉を残して。
*****
「・・玲、ねえ・・・きて玲・・・すぐ・・・るから、・・・起き・・」
誰かの声が聞こえる。とても聞き覚えのある声だ。
「早く・・て玲。もう・・到着す・・ら、目を・・してよ」
今度は肩を揺さぶられる。しかも割りと強めだったので、ここでようやく意識が浮かんできた。
「玲、もうすぐ到着するから早く起きてよ〜」
「んん・・・」
困ったような声に、聖玲也は重い瞼をようやく上げることに成功した。
「はぁ、やっと起きた。もう、一度寝たら中々目を覚まさないのは相変わらずなんだから〜」
目を開けた玲也の視界に映りこんできたのは、長年の付き合いで見慣れた幼馴染ーーー清水香住の顔であった。ぱっちりと開いた黒い瞳、まだ幼さは残るものの、将来間違いなく美人になるであろう整った顔立ち、肩口まで伸びている茶色がかった黒髪は大半の男が振り向いてしまうであろう魅力があった。
服装は白のブラウスの上に、右胸元に獅子の刺繍が施された赤のブレザーを羽織り、膝が隠れる程度の黒と白のチェック柄が入ったプリーツスカートと黒のソックスを履いている。
ちなみに玲也は白のワイシャツの上に香住と同じブレザーを羽織り、黒と白のチェック柄が入った長ズボンを履いている。
「悪いな、香住。ちょっと長旅で疲れてたんだ」
「それは私もおんなじなんだけどな〜」
香住と呼ばれた少女は頬を少し膨らませながら、不満げに呟いた。
「ぐっ、ま、そうだな・・・」
香住の言った通りなので、玲也は返す言葉も無かった。
玲也達が今乗っているのはフィアーユ大陸を横断するフィアーユ鉄道である。全長はおよそ五千キロメートルで、大陸東側の港町ミストレーラから大陸西側の港町アルカ間を結んでいる。そのため、フィアーユ鉄道は複数の国に跨がって線路が引かれている。ちなみにミストレーラはユレイア王国、アルカはラングレス王国管轄の町である。
玲也と香住が目指しているのはユレイア王国の王都エルゲストであり、ミストレーラから鉄道で十時間ほど進んだ距離に位置している。
「で、あとどれくらいで到着するんだ?」
「・・あからさまに話を逸らされた気もするけど、まあいいか。あと五分くらいかな」
「もうそんな時間なのか・・・。香住は朝飯どうしたんだ?」
「とっくに食べ終わってます〜。もし食べるつもりなら早く食べたら?」
「そうする」
玲也はカバンからパンを二個取り出し、急いで頬張り始めた。パンは鉄道に乗る前にミストレーラで購入したものだが、少し固くなり始めていた。
「うっ!?」
予想通りというべきか、玲也は喉にパンを詰まらせてしまった。
その様子を見た香住は呆れながらも、飲料水が入った容器を取り出した。
「はいこれ。急いで食べるからそうなるの」
「はふぅいは」
「もう、何言ってるかわかんない」
玲也は引ったくるように容器を手に取り、一気に飲料水を口に流し込んだ。
「んぐ・・んぐ・・んぐ・・・はぁ、助かった」
「はいはい、どういたしまして。でも、今度はもう少しゆっくり食べて」
「善処する・・・」
玲也は苦笑を浮かべるのだった。
「到着した〜」
鉄道から下車し、駅のホームに降り立った香住は両腕を挙げて身体を伸ばした。座っているだけとはいえ、約十時間に及ぶ鉄道の旅はそれなりに疲労が蓄積していた。
「ほんと、漸くって感じがするな」
玲也も思わず溜息を吐きたくなった。実際にかなりの長旅だったのだ。
玲也と香住はフィアーユ大陸出身ではなく、フィアーユ大陸東側の海であるサルスト海東部に浮かぶ島国『日原之国』の出身である。つまり、フィアーユ大陸へ行くには船を利用するしかない。しかも航路が非常に長く、日原之国からミストレーラまでは実に五日もかかっていた。
結局、二人が王都エルゲストにたどり着くまで要した時間は約五日と半日となる。
そう考えると、二人が感慨深くなっているのも仕方がないといえた。
「ま、本番はこれからなんだけど」
「そうだな・・・なあ、本当に入学式出ないと駄目なのか?」
辟易としたように玲也は呟く。
「当たり前でしょ〜。その後に授業もあるし、オリエンテーションもあるんだから」
「だよな・・・まあ適当にやるか」
玲也の言葉を聞いた香住はジト目になった。
「それなら、入学式の挨拶を代わりにやってくれないかな?」
「は?何で俺が代わりにやらなきゃならないんだ。あれは入学試験でトップの成績を取った者が選ばれるんじゃなかったか?そもそも壇上で挨拶するなんて柄じゃないぞ」
玲也の反応を見て、何かに気づいたように声を上げた。
「まさか、それ新入生代表挨拶が嫌で入学試験の手を抜いたんじゃないでしょうね?」
「・・・おいおい、それは邪推しすぎだぞ」
「微妙に間があったのが怪しい。そもそも私よりも玲の方が強いんだから、普通なら選ばれるはずがないし」
香住の言葉を聞いて、玲也は内心で少し動揺していた。理由こそ違うが、試験の手を抜いたのは事実だったからだ。
(さすがに長い付き合いだけあって鋭い。あまり下手な事をすると勘づかれそうだ)
玲也は頭の隅に書き留めておくことにし、香住との雑談に花を咲かせるのであった。
「ふぁ〜、ここが学院か〜」
香住が門の前で思わず声を上げた。
フィアーユ鉄道の駅から、三十分ほど歩いた所に二人の目的地があった。
王立エルゲスト学院。
フィアーユ大陸内で有数のBDM養成機関であり、特に教育カリキュラムはトップクラスと謳われている。一方で生徒数は他の養成機関と比べて少なく、新入生から最上級生である四年生を合わせると約千人程である。
「漸く到着って感じだな」
「玲ったら、駅のホームでも同じ事言ってなかった?」
香住がくすりと笑った。
「本当に道程が長かったからな。それで、入学式はどこでやるんだ?」
「確か第一ホールだったと思うけど・・・ひょっとして入学案内の資料を読んでないの?」
「いや、一応全部目は通したんだがほとんど内容は覚えていない。覚えているのは入学式の後に授業があることと、授業の最後にオリエンテーションがあること、そして香住と同じクラスだということくらいだ」
「つまり、今日の大まかな行程しか覚えてないのね」
「香住と一緒に行動すれば何とかなると思ったからな」
「・・・な、何でも私任せにされても困るんですけど。ずっと一緒に居れる訳じゃないんだから、少しは玲も自分の力でしてほしいな」
すると玲也は少し驚いたような表情となった後に、にやりと笑みを作る。
「ほう、一年前に俺に付いていくって言った誰かさんの言葉とは思えないが?」
玲也の呟きに今度は香住が狼狽えた。
「ちょ、ちょっとそれを持ち出さないでくれるかなっ!?!い、今のは私に頼りすぎないで少しくらい玲自身で行動してと言いたかっただけだから!・・・・わ、私はいつまでも一緒に居たいから、玲に嫌と言われるまでは離れるつもりなんて無いしっ」
(ああ〜言っちゃった言っちゃった!?後の方は小声だったけど、まさか玲に聞こえちゃってないわよね!?い、いや、聞こえてたのなら聞こえてたで別に良いんだけど!)
香住は頬を赤く染めながら、恐る恐る玲也の表情を見た。
「そうか。ま、考えておく」
玲也の様子を見る限り、まずい(恥ずかしい)部分が聞こえていない様だったので香住は密かにホッと胸を撫で下ろしたが、同時に少し残念な気持ちにもなった。
「何だかはぐらかされた気もするけど、まあいっか。別に全く頼るなと言ってるわけじゃないし。さ、早く行きましょ」
「おう、そうだな」
二人は第一ホールに向けて歩き出したのだった。
「それじゃ、私は挨拶があるから壇上の方へ行ってくる」
「ああ、また後で」
歩き出してから約十分ほどで第一ホールに到着した二人。香住が新入生代表挨拶のため、一端別れることになった。
ただ、第一ホールに向かう途中は妙に視線が集まっているような気がしていた。香住も同様に気づいていたのだが、結局理由が分からず首を傾げることになった。
・・・単に痴話喧嘩(?)の模様が目立っていただけなのだが、二人とも気付かない辺りはご愛嬌といったところだろう。
何はともあれ、一人になった玲也は第一ホールの中へ入っていくと、すでにホール内には多くの新入生の姿が見受けられた。どうやら二人が着いたのは最後の方だったようだ。
(へえ、思った以上に広いな)
玲也は資料をロクに見ていなかったので知らないが、第一ホールの収容人数は千人であり、これは学院生全員が収まる計算となる。
玲也がしばらくホール内を見回していると、壇上に一人の妙齢の女性が姿を現した。同時にホール内の喧騒が収まりつつあった。
(どうやら、始まるみたいだな)
玲也も見回すのは止めて、壇上に注目した。
間もなく、妙齢の女性が口を開いた。
「新入生の皆さん、ご入学おめでとうございます。わたくしはこのエルゲスト学院で学院長を務めているシェフィールド・クライトヘルトです」
シェフィールドが軽く頭を下げた。
「皆さんはすでにご存知かと思いますが、当学院はフィアーユ大陸の中でも名門のBDM養成機関という評価を頂いています。我々教員一同はその評価に胡座をかくことがないように、常に教育カリキュラムを見直しを行っており、皆さんがより良い環境で学んでもらえるように努めています。ですが、この事は皆さんが必ずBDMとして大成することとは同義ではありません。なぜならば皆さん自身が研鑽をすることで初めて実を結ぶからです。残念な事に教育カリキュラムに付いていけず、学院を去る生徒も少なからずいるのが現状です。当学院の教育カリキュラムの中には厳しい内容もあり、挫折してしまいそうになるかもしれません。しかし覚えていて欲しいのは、皆さんは一人ではないということです。これから出会うであろう仲間と時には協力しあい、時には競い合うことで乗り越えていけると信じています。もちろん、教員一同も全力でサポートしますので、困ったことがあればいつでも相談してください。皆さんの学院生活が充実したものとなることを願い、私からの挨拶とさせていただきます」
最後にシェフィールドは一礼をすると、ホール内からは大きな拍手が鳴り響いた。
シェフィールドが壇上から降りた後、生徒会長が壇上に姿を現し、在校生代表として挨拶をし始めている。
玲也としては特に興味が無かったのでほとんど聞き流してしまったが、明瞭な口調で話していたのはかろうじて印象に残った。
そして、最後に壇上に姿を現したのは香住である。歩き方からして、かなりぎこちないのが見てとれた。
(ありゃ、かなり緊張してるな。事前に練習したとはいえ、さすがに状況が全然違うだけに無理もないか)
実は学院へ移動する前に、香住から挨拶の練習台として何度も付き合わされていた。強引に誘われたというのもあるが、入学試験で手を抜かなかったら玲也に白羽の矢が立ったであろうことは容易に想像ができたので、罪悪感から断り切れなかったということもある。
ふと壇上にいる香住を見ると、目があったような気がした。
玲也が右手を軽く上げると、香住がわずかに微笑んだように見えた。
(こっちに気付いたか?少し緊張がほぐれたようにも見えるし、練習の成果を出してくれると良いな)
玲也は香住の挨拶を静かに見守ることにするのだった。
サブタイトルが入学式なのにあっさり終わってしまいました・・・
本文には年月の説明をしていませんでしたのでここで補足します。
一年=十二ヶ月となっています。
各月は全て三十日であり、一年=三百六十日となります。
一週間=六日のため、一月=五週間となります。
一日=二十四時間、一時間=六十分、一分=六十秒です。
※2020年4月15日に玲也と香住の会話部分を一部大幅に改稿しています(後の話と見比べて玲也と香住の言動に違和感があったためです)。ただし物語の流れに影響を与えるものではありません。