第13話 初依頼(後編)
少し残酷な表現が出ますのでご注意下さい。
今回で初依頼の話は終わりになります。内容は長めになっています。
(ちっ!また黄色い反応が消えやがったか!)
森の中を走る玲也は、探知の反応を見て内心毒づいていた。
探知に反応が出た当初は六つずつ有った黄色い点と青い点だったが、現在は共に三つずつになるまで減っていた。
赤い点に関しては数を減らすことはあるものの、ある程度時間が経つと赤い点が増えて最初の数に戻ってしまうのが繰り返されている。
(これじゃ間に合わん!やむを得ないか・・・)
玲也は脳内でイメージして真月の全身に力を沸き上がらせるような情報を伝えると、真月の全身に淡い光を纏ったように見えた。
アドバンスドスキル 身体強化。
このスキルはSPを消費することでBDの身体能力を大幅に上昇させ、さらに攻撃力、耐久力、反応速度も合わせて上昇する高等技術である。しかし扱いが難しく、加減を誤るとBDの破損にも繋がるし、無駄にSPを消費することになってしまうため、相当な手練れのBDMしか使いこなせないとされている。
ただ、玲也にとっては慣れたもので、今では息をするのと変わらないくらい自然に使いこなせるのだが。
身体強化によって真月の移動速度は遥かに上昇し、現場までの距離を一気に詰めていく。
そのお陰もあってか、真月は現場まであと一キロというところまで迫ってきている。この速度で進めばあと十数秒程で現場に到着するはずだった。
しかしここでまたもや探知の反応に変化が訪れる。
(くっ、黄色い点が二つ点滅し始めたか!頼む、もう少し耐えてくれよ・・・)
玲也は歯を強く噛みながら、真月を一刻も早く現場に到着させるためにさらに速度を上げようとする。しかし、探知の反応に変化があったのはそれだけでは無かった。
(赤い点が十個程こっちに向かってくる。どうやら気付かれたか)
玲也が確認して間もなく、真月の視界には十体程のグレイウルフの姿を捉えていた。
(邪魔をするなら、容赦はしない!)
真月が刀の柄を右手で握りしめた瞬間、姿が掻き消える。
アドバンスドスキル 瞬駆。
このスキルは両足に力を集中させることで、瞬間的に急加速する高等技術である。
一瞬にしてグレイウルフの眼前まで距離を詰めた真月は刀の柄を右手で握りしめ、居合斬で進行方向を一閃する。
「ギャッ!?」
進行方向にいたグレイウルフ二体は反応すら出来ず、あっさりと両断される。
攻撃されなかった他のグレイウルフ達も最初何が起きたか分からない様子だったが、状況がつかめると真月を追いかけようとした。
だが、その脚が真月に向けられる事は無かった。なぜなら、他のグレイウルフ達がいる地面が突如として沼地に変わり、脚を取られたからだ。
(お前達に構っている時間はない)
真月はアース・ボグを発動し、他のグレイウルフ達を足止めしたのだ。
真月は一瞥もせず現場へと足を進めていくが、状況はさらに悪くなっている。
(また黄色い点が一つ消えた)
感知で黄色い点が消えた直後に、青い点も一つ消えてしまう。
(もうすぐで到着だ!)
すでに真月の視界には現場が見えている。森の中にしては珍しく開けた場所で木々も一切生えておらず、一面に空が眺められる程である。しかし、状況はほのぼのとした景色とは裏腹に切迫している。
周囲はウルフの群れで囲まれ、その中心には二体のBDと二人の女性がシルバーウルフと対峙している。そして、地面には無惨にも破壊されたBDが数体転がっており、同様にそのBDの使い手だと思われるBDMも地面に横たわっていた。
(・・・三人はもう手遅れ、だな)
玲也が真月を通して見えたのは、四肢がウルフ達に噛み千切られて欠損し、かろうじて原形を留めているが血塗れになっている三人の変わり果てた姿だ。性別すら見分けることが出来ず、もはや誰が見ても助かる状態ではないと容易に判断が出来るほどだった。
しかし、さらに状況が悪い方へと傾く。シルバーウルフの爪の一撃が一体のBDに直撃し吹っ飛ばされたのだ。
「ああ!?」
一人の女性が悲鳴を上げた後、力尽きたように地面にドサッと倒れる。
おそらく先程の一撃でBDのHPがゼロになり、強制リンク・アウトが起きたのだと玲也は判断した。
「ネフィ!!」
もう一人の女性が思わず大声を上げて視線を地面に向けた。おそらく、今しがた地面に倒れたのがネフィという女性なのだろう。しかし、その行動は現在の状況を考えると致命的な隙といえた。
シルバーウルフはニヤっと笑うように頬を歪めると、右前脚を大きく振りかぶっていた。
(真月が割り込むにはまだ距離がありすぎる。ならば!)
玲也は瞬時に判断して脳内に魔術陣を描き、真月へと情報を伝える。
BD魔術初級技 アースウォール。
真月が手を翳すと地面に魔術陣が浮かび上がり、もう一体のBDとシルバーウルフの間に地の壁を形成する。
幸いギリギリのタイミングでシルバーウルフの一撃を防ぐことが出来た。
さらに真月は次の動作に移っており、右手で刀の柄を握り素早く抜刀する。
黒刃の軌跡は八の字を描き、再び鞘に収まった。
刀剣術中級技 波刃・双牙。
この技は波刃の応用で、八の字を描くことで二刃の衝撃波をクロス状に放つのである。
アースウォールに一撃を阻まれたシルバーウルフは前方に意識を向けていた。そのため、二刃の衝撃波が気付かれること無くシルバーウルフの胴体へと突き刺さる。
「ギャァァァァァ!?」
シルバーウルフは悲鳴を上げ、胴体からは血が噴き出していた。
「えっ・・・!?」
女性は目の前で起きている光景が呑み込めず、呆然とした声を出す。
(ま、そうなるのは仕方ないか・・・)
シルバーウルフの攻撃を防ぎ、ダメージを与えることに成功した玲也はひとまず安堵するが、さらに続けて術技の準備に入る。
真月はシルバーウルフが硬直しているところで瞬駆を発動し、巨体の下に潜り込む。
(終わりだ)
真月は刀の柄を左手で逆手に持ち、滝登りを発動させる。
一瞬にしてシルバーウルフの胴体に下から上へ黒刃が走り、巨体を真っ二つにした。
「・・・ば、BDなのですか?」
しばらく呆然としていた女性だったが、真月の姿を見て驚きの声を上げる。
生憎、玲也はまだ現場に到着していないので、真月が首を縦に振ることで応えた。
リンクギアを被っているので容姿までは分からないが、薄めの金髪が背中まで伸びているのは見えている。
しかし、その女性から紡がれる言葉は感謝では無かった。
「は、早く逃げてください!」
女性は焦ったように大声を上げ、さらに言葉を続ける。
「そ、そのシルバーウルフが群れのボスではありません!さらに恐ろしい個体が控えているのです!」
女性は必死になって真月へと語り掛けるが、勿論玲也はその状況を把握した上で来ているので特に驚きは無い。
しかし女性は尚も説得しようと言葉を続けている。
「いくら貴方がシルバーウルフを倒せたからといって、あの個体に敵う筈がありません!今ならまだ間に合います、ですから」
「断る」
「えっ!?」
女性が声をした方へと視線を向けると、そこには玲也が立っていた。
女性はポカンと口を軽く開けた後、我に帰って一気に捲し立ててくる。
「な、なぜここに来てしまったのですか!?BDだけならまだしも、BDMである貴方までこんな危険な場所に来る必要は無かった筈です!わざわざ命を捨てに来たようなものです!」
(ま、普通ならそう思うよな)
玲也は内心で苦笑しながらも、女性の問いに答えることにする。
「別に大した理由じゃない。探知で反応が複数あったからだ。BDだけでは手当てとかロクに出来ないだろうからな。ま、反応があったのに放置するのも気分が悪かったしな」
「あ、貴方、そんな理由のために・・・」
女性は口をパクパクさせながら玲也を凝視する。本当に大したことがない理由だったので驚きすぎて声が出ないのだろう。
「それに、ボスのお出ましだ」
玲也の言葉にハッとして背後を振り向くと、シルバーウルフよりもさらに二回り程大きい巨体がズドンと音を立てて地面に着地した。
鮮やかな白金色の毛並みを持つその狼の佇まいは、まさに強者の風格を持つと言っても過言では無かった。
「も、もう逃げられない・・・。私も貴方も、もう終わりよ・・・」
白金色の狼のプレッシャーをまともな感じてしまい、女性の全身がガクガクと震え、もはや何もかも諦念した表情となっている。
その表情を見た玲也は女性に対してニヤリと笑みを浮かべる。
「おいおい、俺がプラチナウルフごときに負けるわけないだろ」
「なっ!?な、何を言っているのですか・・・。相手はランクⅥの魔物なの!が、学院生が一人で手に負える相手じゃないです!」
女性の言う通り、プラチナウルフはランクⅥの魔物である。もし、プラチナウルフを討伐するためには最低でも協会ランクⅥのBDMが五人以上必要とされている。つまり、学院生の制服を来ている玲也ではどうすることも出来ないと考えるのは当然の事といえる。
しかし、世の中には何事も例外が存在する事を女性はこの後存分に思い知らされることになる。
「はは、心配は無用だ。あんたとBDは真月から少し離れていな。分かってると思うが、リンク・アウトしたらあんたの命は無いからな」
「そ、そんな事は分かっていますっ!」
「なら良し。では、まず雑魚どもには大人しくなってもらおうか」
玲也は脳内で幾つもの魔術陣を構築し、真月に情報を瞬時に伝達して発動する。
BD魔術中級技 アイシクルレイン。
この技は上空に魔術陣を出現させ、魔術陣から無数の氷で出来た針を地上に降らせる。氷の針が突き刺さると周辺が凍り付くので、全身に突き刺されば対象を完全に凍り付かせることが出来る。
上空に複数の魔術陣が出現し、ウルフの群れへと氷の針を無数に降らせる。
範囲が広く、氷の針の降り注ぐ速度も早いため、ウルフの群れに逃れる術は無かった。
「む、無詠唱・・・、しかも瞬時に複数の魔術陣を展開するだけでなく、氷属性をいとも簡単に使いこなせるなんて・・・」
女性は呆然としながら呟く。BDMだからこそ、玲也が使った技術の凄さがはっきりと理解出来た。
しかし玲也にとってこの位の技術は当たり前に使えるので、高度な技術だという感覚はあまり無かった。
「さて、あとはお前だけだな」
ウルフの群れが全て凍り付いている事を確認した玲也は唯一残ったプラチナウルフに視線を向ける。
当然、プラチナウルフにもアイシクルレインを降らせていたのだが、頑丈な体毛に阻まれて毛の表面しか凍り付いていなかった。
ただ、玲也としては予想通りだったので特に驚きは無い。
「ウォォォォォン!!」
プラチナウルフは身体全体を振って氷の針を取り除き、真月へ突進する。その速度は並のBDMでは見切れない程速い。
(流石に速いな)
ただ、身体強化を施し反応速度が上昇している真月には動きが見えており、右にステップして突進をかわす。
プラチナウルフの側面に来たところで攻撃を繰り出そうとするが、プラチナウルフは急停止し何か力を込めているように見える。
(っ、来るか!)
真月は右手で白いロングコート裏地を掴み、全身が隠れるように覆った。
「オォォォォォォォン!」
プラチナウルフの全体から針状の何かが放出される。
プラチナニードル。
プラチナウルフの体毛は通常状態でもかなり頑丈であるが、体毛に魔力を通すことでさらに頑丈で鋭くなる。この体毛をプラチナウルフは放出することが出来る。
玲也はプラチナウルフの特徴を知っていたため、素早く白のロングコートを覆うことで盾代わりにしたのである。
ちなみに真月が装備している白のロングコートは通常状態でも防御力が高いが、SPを消費することでさらに防御力が上昇する特別仕様である。
プラチナウルフが放った毛針は白のロングコートに当たると、硬質な音を立てて地面に落ちた。
真月はすぐさま距離を詰め、プラチナウルフの胴体に居合斬で一閃する。
(っ、固いかっ!)
金属同士がぶつかり合うような甲高い音を立てて、刀が鞘に収まる。
プラチナウルフの胴体を確認すると、斬った跡は残っているがうっすら血が滲んでいるだけで大きなダメージは無さそうだった。おそらくは魔力を体毛に纏わせて防御力を上げたのだろう。
「グォォォォァ!」
プラチナウルフがギロリと真月を横目で確認すると、左前脚を横凪ぎに振り抜いてくる。
真月は後ろに飛び退いてプラチナウルフの一撃をかわす。
(流石に生半可な一撃じゃ致命傷を与えられないな・・・っと、あれは!)
真月が距離を再び詰めようとしたところで、プラチナウルフが大きく息を吸い込む動作をし始める。そしてプラチナウルフの視線の先には、女性とBDの姿がある。
(面倒な事を!この状況では彼女達を護らざるを得ないか)
玲也は舌打ちをすると、瞬駆を使って真月をBDと女性の前に躍り出させる。
次に玲也は真月の身体強化を解除し、脳内で魔術陣を描いてゆくが、並の魔術陣と比べてかなり複雑なため、まだ完全に描き終えていなかった。
「グォォォォォォォォ!!」
プラチナウルフが四肢を地面に食い込ませ、首を前に振り出し、口から白金色の光が放出される。
プラチナブレス。
プラチナウルフの切り札というべき白金色の魔力砲である。口内に全身の魔力を集中させて放出するこの技は、あらゆる物を消滅させると言われており、格上の魔物すら葬れる程の威力がある。
真月達はプラチナブレスの光に呑み込まれていき、放出は実に十数秒にも及んだ。
プラチナウルフは勝利を確信したのか、ニヤリと笑みを浮かべている。
しかし、玲也も同様に笑みを浮かべていた。
「残念だったな」
プラチナブレスの放出が終わり、白金色の光が薄まった中から現れたのは、まるでダメージを受けていない真月達の姿であった。
「!!!」
プラチナウルフの表情が驚愕に染まる。
渾身の一撃が消滅どころか全くの無傷だという結果に終わり、呆然とするのも無理は無い。
(何とか間に合ったか・・・)
真月達の方をよく見ると、地面に魔術陣が浮かび上がり、真月達の周辺に半円状の膜が出現していた。
BD魔術上級技 エレメンタルバリア。
この技は基本属性である地、火、水、風の四属性のエネルギーを同じ割合で組み合わせることによって強力なバリアを形成する。BD魔術に存在する防御技の中でもトップクラスの防御力を持つが、基本属性を全て習得していなければ使用できず、また魔術陣も非常に複雑なため超高難度な術技とされている。
「これで終わりだ」
真月はエレメンタルバリアを解除し、刀の柄を右手で握って腰を低く落とす。さらに玲也は二つのスキルを発動する。
アドバンスドスキル 身体強化発動。
付与スキル 属性付与『風』発動。付与対象『白夜』。
次の瞬間、真月の姿が掻き消えたかと思うと、黒刃の一閃がプラチナウルフの首元に軌跡を残していた。
刀剣術上級技 瞬一閃・風刃。
この技は刀に風属性を付与することで斬撃力を強化して瞬一閃を放つのである。さらに身体強化を施しているので速度が上昇しており、斬撃の威力も強化されている。
プラチナウルフの首が胴体と別れると重い音を立てて地面に落ち、遅れて胴体も地面に倒れた。
「ふう、これだけ術技を使ったのは久しぶりだな・・・、ん?どうした?」
玲也が女性に視線を向けると、信じられないといった表情で立ち尽くしていた。
「プ、プラチナウルフを単独で討伐・・・。しかも、使っていた術技が高難度なだけじゃなく、完璧に使いこなしているなんて・・・」
(・・・ちょっとやり過ぎたか?)
状況が状況だけに短期決着を臨んだ結果、色々と高度な技術を使ってしまった気がするなと玲也は今更ながら思った。
(ま、仕方ないか)
結局そう結論付け、女性に声を掛ける。
「おい、大丈夫か?」
玲也の呼び掛けに、女性が我に返ったようにこちらへと顔を向けた。
「え、ええ、わたくしは大丈夫です。でも、他の皆は・・・」
女性は顔を歪めながら強く唇を噛む。
玲也であっても女性の心中を察するに余り有った。
女性達が何故こんな場所に居たのかは分からない。
しかし、次々に倒れて屍となっていく知り合い達、助かる可能性がほとんど無い絶望感、次は自分がやられるのではないかという死への恐怖等
、様々な感情がない交ぜになっていたことは確かである。
このような状態の女性に生半可な励ましは無意味だと判断し、玲也は別の言葉を投げ掛ける。
「三人はもう助からないだろうが、他の二人はどうなんだ?一人は知らんが、もう一人は強制リンク・アウトの影響で気を失っているだけだから特に問題ないだろう」
「そ、そうでした。アレン!」
女性は慌ててアレンと呼ばれた男性が倒れている場所に駆け寄り、容態を確認する。
「し、心臓は動いています。で、でも意識は無いですし、腹部の傷が深くて血が止まらないです。こ、このままでは・・・」
「ならこれを使え」
玲也は腰に着けているポーチから透明な瓶を取り出す。中には薄い黄金色の液体が入っていた。
「飲んだ方が効果はあるが、意識が無いなら患部に掛けるしかないな」
「こ、これは?」
「いいから早く掛けろ。手遅れになるぞ」
「は、はい」
女性は玲也から瓶をもらうと、蓋を開けて患部に液体を満遍なく掛ける。
しばらくすると血が止まり始め、傷も徐々に塞がり始める。
その光景を見た女性は何かに気付いたように声を上げた。
「こ、これはまさか聖水なのですか!?」
「高級なやつではないがな」
玲也が肯定したことで、女性は大きく目を見開く。
聖水はあらゆる病や傷を直すことが出来ると言われている液体で、質によって効果は変わるが最低品質でも入手が非常に困難とされている。
「そ、それでも金貨数十枚は下らないはずです!このような貴重な物を使わせてしまって、申し訳ないです」
「人の命には代えられん。それにまだ幾つか持っているから問題は無い」
玲也がそう言うと、女性はリンクギアを外して深々と頭を下げた。リンクギアを外したことで前髪が零れ、見目麗しい容姿が玲也の目に映る。
「私達を助けて頂いただけではなく、貴重な聖水まで使っていただいて本当にありがとうございます。貴方は紛れもなく命の恩人です!これだけの事をして頂いて何のお礼をすれば良いか・・・」
「そんなものは必要無い。ほんの気まぐれだし、まずはあんた達が助かることだけを考えていれば良い」
「で、ですが・・・」
「気にする必要は無いと言っている。それに俺はこいつを持って帰るしな」
玲也はプラチナウルフの死体へ近づいて手を置くと、突如として巨体が消え去ったのだ。
「え!?まさか腰のポーチは空間拡張型なのですか!?い、いえ、それよりもプラチナウルフは貴方が討伐した正当な報酬なのですから、お礼とは言えません!」
「俺はプラチナウルフを討伐しに来ただけで、助けたのはついでだと思ってくれたら良い」
「そんな事思えるはず無いです!そうじゃなければ私を庇って助ける必要も無いし、わざわざ聖水を使うはずも無い筈です!」
女性が瞳をうるうると滲ませているのを見て、玲也は思わず右手を女性の頭に乗せて撫で始める。
「え、あ・・・」
「落ち着けって。あんたは俺のことを気にせず、自分のことだけを考えていれば良いんだ」
女性の頬がどんどん赤くなっていくのも気付かず、優しい手つきで玲也はしばらくの間撫で続けていると、探知に反応が出る。
「どうやら、お迎えが来たようだな」
「え?え?」
「BDとBDMの反応が多数有るな。あんた達を探しに来たんだろう」
玲也が女性の頭を撫でるのを止めて手を離す。
「あっ・・・」
女性が残念そうな声音を出すが、玲也は気付くことなく言葉を続ける。
「俺の出番はここまでのようだ。このまま顔合わせするのも面倒だし、ここでお別れだ」
玲也と真月は踵を返し、来た道を戻ろうと歩み始める。
「ま、待ってください!」
女性は制止の声を上げるものの、玲也と真月の足が止まることは無い。
「わ、わたくしの名前はシスティナです!せ、せめて貴方の名前だけでも教えて頂けませんか?」
「・・・名乗るほどのものじゃない。じゃあな、システィナ。元気でやれよ」
玲也は最後にそう告げると再び森の中へ走り去っていった。
「あっ・・・待って・・・」
システィナが力無く呟く頃には、すでに玲也と真月は森の中へと姿を消していたのだった。
本当は次話も今回の話に入れるつもりだったのですが、思った以上に長くなってしまったので分けることにしました。
システィナについては今後登場する予定です。