第11話 初依頼(前編)
初依頼は前編、中編、後編と分かれています。前編は協会支部内がメインです。
依頼内容の掲示板までやって来た五人は早速依頼内容を物色し始めた。
「初めて見るけど、依頼って結構多いんだね〜」
香住が依頼内容を一つ一つ確認しながら呟く。
「大半は魔物の討伐依頼だ。たまに護衛依頼や魔物に関する調査依頼があるが、学院生では受けるのが難しいだろうな」
「そうみたいだねぇ〜。ねえ、最初はどんな依頼が良いかな?」
香住からの質問に玲也はそうだな、と腕を組みながら少し考える。
「種類としては魔物の討伐依頼が良いな。それも今の実力で確実に達成できる類の内容にするべきだ。やはり、最初に依頼を達成できるのと失敗するのとでは今後のモチベーションに大きな影響も出ることだしな。そうなると依頼ランクが『Ⅰ』の内容が良いんだがな」
「だが、ランクⅠの依頼がかなり少ないぜ」
ロイドの言う通り、掲示板に貼り出されている依頼書はかなり多いが、ランクⅠの依頼書となると極端に数が少なかった。
「おそらく会員登録が目的でやって来た学院生達が、俺達より先に依頼書を取っていったのだろう。エルゲスト支部の依頼書の割合がどの程度かは知らんが、ランクⅠの依頼書がこれだけ少ないのはまずあり得ないからな」
「つまり、俺達は出遅れたと?」
「そうなるな」
あちゃー、とロイドは額に手を置いて天を仰いだ。
「んじゃ、どうするよ?今日は依頼受けるの止めとくか?」
「いや、依頼の感触を掴む意味でも受けておいた方が良いだろう。折角外出申請をしたのにもったいないってのもあるが」
「じゃあ、こういうのはどうだい?」
声がした方に視線を向けると、クレスが数枚の依頼書を手に持って玲也達の傍にやって来た。
「まずはこれ。ゴブリンの討伐依頼さ。依頼達成条件は十体だし、参加人数も五人まで可能と書いてあるしちょうど良いんじゃないかな」
ゴブリンはランクⅠの中でも代表的な亜人型の魔物で、レベル一のBDであっても容易に討伐可能と言われている。
(確かに最初に受ける内容としては良いが・・)
玲也は依頼書をクレスから受け取り、内容の詳細を確認していく。
「クレス、ちょっと聞きたいことが有るんだが良いか?」
「何だい?」
「依頼主はチクリナ村の村長となっているんだが、村の場所はどの辺りだ?」
「エルゲストから馬車で約三時間ほど西に進んだところに有る小さな村さ。村の近くには大きな川が横切っていて、河魚が主な収入源だったと記憶している。僕も行ったことは無いけどね」
玲也はクレスにお礼を言うと、再び依頼書の内容を吟味し始めた。
その様子を不思議に思ったクレスが、玲也に聞いてみることにした。
「何か気になることでもあるのかい?」
「・・・ああ、ちょっとな」
玲也がさらに依頼内容を読み返した後、ゆっくりと口を開いた。
「結論から言うと、この依頼は受けない方が良い」
「どうしてそう思ったんだい?」
「色々と理由はあるが、仮にこの依頼を受けたとしても失敗する可能性の方が遥かに高いからだ」
「何故だい?依頼内容としては妥当だと僕は思うけどね」
「ああ、依頼内容だけ見れば妥当だろうな。だが、内容をよく読むとおかしいことがいくつか有る。だから、内容が怪しい依頼書よりもちゃんとした内容の依頼書を選ぶべきだな」
「・・・分かった。玲也がそう言うなら他の依頼にしよう」
クレスの表情を見れば完全に納得していない様子なのは分かっていたが、他の三人の初依頼を確実に達成させる事を優先したいと玲也は考えていた。
「悪いな」
「いや、気にしないでくれ。僕も少し拘りすぎていたようだ」
「俺もクレスも同じ事を考えた結果だろうよ。俺はその依頼書についてちょっと話してくるから、クレスは他にも良さそうな依頼が無いか探してくれないか?」
「分かった、もう少し見て良さそうなのを見繕っておくよ」
玲也は頼む、と声を掛けた後に依頼受付の方へと足を進めていくと、支部内が妙にざわついていることに気付いた。
(何だ?)
ざわついているいる方向に目を向けると、そこには三人の女性が居た。三人とも明らかに容姿が整っていて、右胸に三角形の各頂点に星が描かれているマークが印象的だった。
「あれってトリニティ・スターズじゃないか!」
「ツインヘッド・ブルードレイクを討伐して最近ランクⅧに昇格したあのパーティか!」
(へえ、ツインヘッド・ブルードレイクを三人で討伐したのか。大したものだな)
ツインヘッド・ブルードレイクはランクⅧの魔物である。安定して討伐をするためには協会ランクⅧのBDMが十人以上必要になるはずだが、三人で討伐したとなればかなりの実力を持つはずだった。
(気が向いたら調べてみるか)
玲也は頭の隅に覚えておくことにして、再び依頼窓口へと足を進めていった。
「すまない、この依頼書について話がある」
「あら、あなたは学院生ね。どうしたのかしら?」
反応したのは薄い銀髪を緩いウェーブ状にした受付嬢であった。目鼻筋が通っていて容姿も美人であり、大人の女性の魅力を感じさせるほどであった。実際、この受付嬢へ向ける男達の視線がかなり多かったし、玲也も気付いていた。
ただ、玲也としては特に興味が無いことだったので話を続けることにする。
「この依頼書だが、今すぐに撤収するべきだ」
ため口で言われたことに一瞬だけ眉をひそめた受付嬢だったが、すぐにもとの表情に戻して玲也から依頼書を受け取り、内容を確認した。
「・・・これのどこがおかしいのかしら?」
「依頼内容だけ見れば、ランクとしては妥当だろう。だが、よく読んでみるといくつかおかしな点がある」
「・・・話を続けて」
「まず報酬が良すぎることだ。ゴブリン十体討伐するだけで銀貨五枚というのは相場からしても明らかに高すぎる。たとえ五人参加しても一人当たり二体討伐だけで銀貨一枚というのはおかしい」
「貴方の言う通り、協会でも報酬が高いというのは認識していたわ。でも依頼主が相場を知らなかっただけかもしれないし、内容にも問題は見られなかったわ。仮に受けたとしても得するだけだと思うけど」
「そうだな、多少気になりはするが正常の範囲内に見える。だが、依頼主の村は決して裕福とはいえないはずだ。金銭的に余裕があまり無いのであれば、相場くらいは調べるもんじゃないのか?」
「・・・一理あるけれど、少し考えすぎではないの?」
「報酬面だけならな。だが、おかしい点は他にもある」
玲也としては報酬面の話は序の口で、むしろここからが本題であった。
「一つはなぜ、この依頼書がエルゲスト支部に届いたんだ?依頼主の村は馬車で約三時間西へ進んだ場所と聞いた。その位置ならば近くに協会支部のある市町村があると思うんだが」
受付嬢は玲也の言葉で、ハッとなった。席をはずしたかと思うと、何かの資料を広げて確認をしているようだった。
しばらくして、受付嬢が席に戻ってきて玲也の問いに答えた。
「貴方の言う通り、チクリナ村から馬車で一時間ほどの距離にメリクリナという町があるのだけれど、ここには協会支部があるわ」
「では、その支部の評判はどうだ?」
「ちょっと待って・・・、規模こそ小さいけれど、評判は決して悪くないわね」
「では、そちらの支部に依頼を出すのが普通じゃないか?距離的にも近いわけだしな」
この時、ようやく受付嬢の中でも小さな疑念が浮かび始める。確かにわざわざ遠い支部に依頼を送る必要は無いはずだった。
「他にもおかしい点はあるの?」
「ああ。参加人数とゴブリン討伐数の兼ね合いに違和感がある。BDの性能からして、ゴブリン十体に対して五人まで参加可能というのは明らかに過剰戦力だ。仮にも依頼主が村長である以上、街道上から外れていない村に情報が全く入らないということはないはず。さて、これらの点を総合すると、決定的に違和感を抱く部分が浮き彫りになってくる」
「・・・討伐数ね」
受付嬢が呟いた言葉に対して玲也は頷いた。
「そういうことだ。なぜ依頼内容の討伐数がたった十体なんだ?その程度の数なら、近くの支部に依頼を出しても問題ないはずだ。そもそも、十体と指定してきている時点でおかしい。ゴブリンは繁殖力が強い魔物であり、十体で行動することはあっても、規模として本当に十体程度で収まるのかが疑問だ」
玲也の話を一通り聴いた受付嬢の表情は最初とは明らかに違っている。苦い表情をし、顔色も青くなりつつあった。
「・・・すぐにこちらで調査させてもらうわ。思ってる以上に深刻かもしれない」
「その方が良いだろうな」
玲也としては用も終わったので場を離れようした時、受付嬢が頭を下げた。
「お礼を言わなければならないわね。ありがとう、貴方がいなければ見逃していたわ」
「・・・見つけたのは偶然だ。今後は内容をよく吟味してから掲示板に貼り出せば良いだけだ。それじゃ、友人達を待たせてるんで失礼する」
玲也は掲示板の方へと戻っていった。
それを見送った受付嬢は、ふとあることに気が付く。
(あ!?あの子の名前を聞いてなかったわ!)
玲也はすでに場を離れており、呼び止めることができる状態ではなかった。
(仕方ない、今度会ったときに絶対聞こう)
受付嬢はそう心に決めるが、その機会が意外に早く訪れることまではこの時思いもしないのであった。
「悪い、受ける依頼は決まったか?」
四人のもとに戻ってきた玲也は、開口一番クレスに聞いた。
「うん、これにしようと思ってね」
「ん・・・、ワイルドウルフの討伐依頼か。人数は五人、達成条件は討伐数二十体、報酬は銀貨一枚。ランクⅡではあるが、比較的難易度は低めだし、依頼主は協会支部か。悪くないんじゃないか?」
ワイルドウルフはランクⅠの魔物である。ランクⅠの中では比較的素早いが、注意すべきなのは噛みつき攻撃だけなので討伐難度としてはそれほど高くないとされている。
「あと、ヴァレンテの森ってのはどこだ?」
「エルゲストから北に歩いて一時間ほどの距離にある森さ。規模としては比較的大きいけど、ワイルドウルフが出現するのは森の外周付近だし大きな問題は無いはずさ」
「内容からすると間引き依頼って感じだな。これにするか」
玲也の一言でこの依頼を受けることに決めるのだだった。
「ここがヴァレンテの森か」
玲也達五人はヴァレンテの森に到着した。
五人は依頼を受けてから協会の二階にあるショップでBD用のHP回復薬やSP回復薬を購入し、エルゲストの北門から外出手続きをした後、徒歩でヴァレンティの森までやって来た。
道中は見晴らしの良い平原で魔物と出くわすことは無く、万全の状態で依頼に臨めそうであった。
「この辺りでリンク・インをしておくか」
「そうだね、森の中よりも外でした方が安全そうだし」
五人はリンクギアを装着し、BDを目の前に出現させる。
「「「「「リンク・イン!」」」」」
BDとの接続を完了すると玲也が口を開いた。
「この中で『探知』を使えるのは香住の他に何人いる?」
玲也の質問にクレスとセイラが手を挙げる。香住にはあらかじめ探知を覚えさせていたため確認の必要は無かった。
探知はコモンスキルの一つで、SPを消費して周辺の生物の有無を走査する効果を持つ。
探知を使用すると視界の右上に円形状のレーダーが出現する。魔物を探知すると赤い点が表示され、人間を探知すると青い点、BDを探知すると黄色い点が表示される。
「では、香住とクレスが探知を使ってくれ。セイラは魔術師タイプのBDだから、出来るだけSPを温存しておきたい」
三人は頷き、香住とクレスは探知を発動した。
「探知は使い始めた時が一番使いにくい。探知範囲が狭い上に探知したい魔物だけをピンポイントで捉えることが出来ない。だから使い勝手が悪いと勘違いするBDMもそれなりに居る。だが、使い続けると探知範囲も広がってくるし、探知対象も限定できるようになる。俺個人の意見だが、コモンスキルの中ではトップクラスで便利なスキルだと思っている」
玲也も探知を使って魔物対象をウルフ系に限定、探知範囲を百メートルに設定した。
(早速探知範囲内に反応有りだな。距離は北東方向に約九十メートル、数は五体か)
森の中は日光が遮られやすいので薄暗く、木々が障害となるので視界がどうしても悪くなる。それ故、視界だけに頼ると魔物の発見が遅れて後手に回る可能性が高くなってしまう。
その点、探知を使用すれば遭遇するまでにある程度準備を整えておくことが出来る。ただ、探知を便利に使えるようにするまではそれなりに苦労するのだが。
「このままじっとしていても見つからないだろうから、とりあえず森の中を進むぞ」
玲也は真月を北東方向に歩かせていく。ワイルドウルフを探知したとはあえて言わず、クレスと香住の探知で反応出来るよう誘導するつもりであった。
真月が歩き出したので、四人のBDも真月に付いていくように歩き出す。
「クレスのBDは俺の隣に、その後ろに香住とセイラのBD、殿はロイドのBDが務めてくれ」
玲也の指示に四人が頷く。
ロイドのBDは大盾とメイスを装備しているので前衛の壁役だというのはすぐに分かったが、今回はクレスに探知を使わせることと囲まれた時の想定を考えて殿としたのだった。
しばらく歩くと、クレスが声を上げる。
「今、探知に反応が出た。数は五体、距離は北に五十メートル程になるよ。こちらに近付いてくるようだね」
「分かった。各自戦闘準備はいいか?」
玲也の号令で四人が戦闘準備に入ると、視界に茶体長約六十センチ程度の茶色い狼を捉えた。
「ワイルドウルフだ。遠距離技で先手を取るぞ!」
玲也のBDである真月は抜刀し、下から上へ斬り上げる。
刀剣術初級技 波刃。
アーチ状の衝撃波が高速で放たれ、ワイルドウルフ一体を真っ二つにする。
「大地の槍よ、貫け!」
セイラのBDであるロズマリアが杖を構えて略式詠唱を唱えると、ワイルドウルフの真下の地面に魔術陣が出現する。
BD魔術初級技 アースランス。
魔術陣から槍状になった岩が飛び出し、ワイルドウルフ一体を貫く。
貫かれたワイルドウルフはびくんと一度痙攣した後、二度と動くことは無かった。
「当たれ!」
香住のBDである桜華はすばやく弓を構え、矢を二本具現化すると二本同時に矢を放った。
弓術初級技 ツイン・シュート。
二本の矢が寸分違わずワイルドウルフの頭に突き刺さると、声を上げること無くゆっくりと倒れていった。
「はっ!」
クレスのBDであるライルが軽く槍を引いて素早く突き出す。
槍術初級技 ショックスピア。
穂先から衝撃波が放たれ、ワイルドウルフ一体に突き刺さる。
(これで一体は動けなくなるはず!)
ライルは槍の石突を地面に突き刺すと槍が発光し、右足で強く踏み込んだ。
槍術初級技 ブーストランス。
ライルが急加速すると、もう一体のワイルドウルフに突進する。
「ギャッ!」
ワイルドウルフは反応できず、頭部に穂先が突き刺さる。もはや致命傷であることは明らかであった。
続けてライルが動きを封じたワイルドウルフを倒そうと隣を見ると、波刃でちょうど真っ二つにされるところであった。
「ふう、全部倒せたね」
クレスが一息を吐いて口を開く。
「不意をつけば特に苦戦する魔物じゃないからな」
「い、一撃でや、やっつけられました!」
セイラがやや興奮ぎみに喜びの声を上げる。
「ま、アースランスなら問題ないだろう。もう少し範囲を絞れたらSP消費を抑えられるぞ」
「そ、そうですか!も、もっとが、頑張りましゅっ!」
「お〜い、俺の出番が無かったんだが・・・」
一人だけ戦闘に参加出来なかったロイドが肩を落としながら呟いた。
「殿だからな。今はSPを温存して余力を残しておくのも重要だぞ」
「それはわかってるんだがな・・・」
「まだあと十五体も残っている。ロイドが活躍する場も出てくるはずだ」
「じゃあ次は俺もやらせてくれよ?」
「ああ、構わないぞ」
ロイドが玲也の言葉に気を取り直したところで、真月は腰のポーチからナイフを取り出し、ワイルドウルフの右耳を切り取り始めた。
「何してるんだ?」
「討伐部位を切り取っているんだ。これを持ち帰ることで討伐したと証明できる。討伐部位は魔物によって様々だが、ワイルドウルフの場合は右耳だな」
玲也は話をしながらも真月を操作し、次々と討伐部位を切り取っていく。
「なあ、ワイルドウルフから素材は取れるのか?」
「強いて言うなら毛皮だが、売ろうとしても価値がほとんど無いから、買い取ってもらえないだろうな」
ロイドは了解、と頷くと再び後方に戻った。
「まずは五体だな。あと十五体も同じように探知を使って割り出すぞ」
玲也達五人はワイルドウルフを探すため、BD達をさらに森の中へ進めるのだった。
戦闘が有りましたが、ロイドが未だに活躍していません(笑)。
中編、後編ではちゃんと戦闘に参加しますのでご心配無く(?)