2 赤い流星
ゲームでは説明書を読まないタイプです。
またトイレの中だった。
前と違う点は、何故か体が軽いのだ。
これが勇者としての身体強化か。
自分勝手な思い込みにニヤニヤと気色の悪い笑みを浮かべる勇二。
ふと開いていた小窓の方を見ると、周りがは暗く何かがおかしい。
窓に張り付きトイレが立っているであろう地面に目をこらす。
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無い。
次の瞬間、猛烈な浮遊感と共に天井に張り付いた。
「ゲベッ!グゲゲゲゲゲゲッ。」
おかしな声をあげながらも、懸命に開いた窓に目をやると落下している。
しかもトイレが炎に包まれながらだ。
熱や炎が窓から侵入してこないのが不思議だが、体にかかる拷問の様な重力にそれどころではない。
それでも必死には天井をはいずり窓を閉めた。
「ふぁああああああああ!!!!!」
肺に圧力がかり、悲鳴とも奇声ともとれる声をあげる。
隕石のごとく赤い尾を引きながら大気圏を落下する。
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この日、勇二はアース史上はじめて大気圏に突入した人間になった。
龍とはアースの世界では生態系ピラミッドの頂点にいる存在だ。
それは、竜が長い年月や才能で中級竜となり、中級竜が上級竜へ、上級竜が古代竜へ、古代竜が龍へと進化しているためである。
元々頂点に近い生物が進化の果てにたどり着く究極の生物と言っていい。
硬い鱗による防御力、比類なき力による攻撃力、長い寿命からくる知性、強大な魔力、無尽蔵のスタミナ、etc、etc・・・。
アース史上50頭にも満たない龍だが、その中でも龍王を名乗る存在は別格だ。
龍の中の頂点ともいう龍王を名乗れる龍はアース史上2頭しかいない。
ここにいる黒龍もそんな存在だ。
自分の寝床の周りには眷属たる古代龍や上級龍がおり、国の軍隊レベルではどうにもならない存在だ。
そんな生きる天災と呼ばれるのに相応しい存在だが、さきほどから胸騒ぎがしてならなかった。
俗にいう虫の知らせなのだが、長い生を敗北を知らず生きていた黒龍は、眠れば気分の良くなるだろうと体を丸める。
勇者が来ても、魔王が来ても返り討ちにする自信があるし、今まではそうしてきた。
目をつぶり、さきほどから感じる焦燥感のようなものを忘れようとした。
が、次の瞬間、大気圏に突入した勇二が、正確に言うなら、勇二が封印されたトイレが、寸分たがわず光りの矢のように黒龍の脳天に突き刺さった。
ドゴォオオオオオオオオ!!!!
言葉では言い表せない爆音と共に、哀れ四散蒸発する黒龍。
黒龍を中心に半径1キロ圏内は瞬時に蒸発、30キロ圏内までは地獄のような熱と炎と爆風に焼かれ、被害は300キロ圏内にまで広がった。
当然、龍王の眷属として存在していた数頭の古代龍と十数頭の上級龍も黒龍の後を追った。
爆心地は巨大隕石のクレータの如くえぐれ、高温で焼かれたためガラスのような結晶化現象がおき、舞い上がった粉塵は1ヶ月後に降る大雨まで空中に留まった。
唯一の幸運は、黒龍の住処は人里はなれた南海の大陸であり、周りに何も無く龍以外いなかった事だろう。
とはいえ、このことにより2頭しかいない龍王のうちの1頭と全体の3分の1近い龍種が一瞬でこの世界より失われた。
「・・・生きてる・・のか?。」
天井から床に投げ出され、気絶から覚醒した勇二の第一声であった。
開いた窓の外は暗かった。
勇二は夜だと思ったのだが、舞い上がった粉塵が太陽の光を隠しているだけだった。
起き上がり、まず初めにしたことはドアに突進しドアノブを回す事だった。
ビクともしない。
ツッーっと嫌な汗が流れる。
心臓が早鐘のようになり、急速に口の中が乾いていく。
「誰か!誰かいないかー!!」
半狂乱で叫びながらドアをドンドンと叩くが返事はない。
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歴史は繰り返された。
明日も2話投稿予定です。