契約破棄?
「お願いがあります。教授は、ずっと人間に戻りたいって仰ってましたね。その条件は私自身が幸せになる力を持つことだと。おこがましいかもしれませんが、教授に協力させてほしいんです。魔法の力が弱くなったのは、目的が達成されつつあるからではありませんか?」
私の言葉にヒギンズ教授はハッとした風で、エスプレッソを飲む手を止めた。
「確かに真由美さんが、成長していることと関係があるのかもしれないです。僕の力はかりそめのもの。罪を償うために、大いなる存在からお借りしているだけなのです」
時々教授は知らない世界の人になる。罪を償うための、かりそめの力とはどういうものなのか。
常に彼は私の前で、思慮深く、冷静で、完璧な紳士だった。その麗しい姿と、向けられた真摯な仕事ぶりに淡い恋心を抱いてしまったこともあった。ホテルで泣いた日を思い出す。あの日、復讐するような気持ちで淑女になりたいと誓った。レディの意味をわかろうともせずに。未熟な自分に苦笑いする。
もう、見せかけだけの世界に惑う自分ではない。そう信じて、勇気を振り絞る。もしかしたら、契約が終了してしまうかもしれない。ヒギンズ教授と会えなくなるかもしれない。約束をたがえようとしているからだ。
「契約は、教授の私生活に立ち入らないことを前提に結ばれていましたね。でも、ごめんなさい、私教授の置かれている状況を知りたいと思っています」
唾を飲み込んだ。じっと教授の返答を待つ。
「契約違反ですね」
一言。やっぱりか、私の胸は早鐘を打ち、目の前は暗くなる。下を向き黙り込んだ私に彼は、言葉を続けた。
「真由美さん、貴女はどうしようもないお節介です。僕のことを知っても、がっかりするだけです。後悔しますよ」
顔を上げ、教授を見ると眉根を寄せ困った顔をし溜息を吐いていた。私はすぐに言葉を返した。
「後悔するかもしれません。それは覚悟しています。教授との関係が変わってしまうことも織り込み済みです」
「ならば火傷する前に、撤退するべきです」
「それ以上に大切なものがあるんです。私自分を変えたいと思っていましたが、一人では変われなかった。教授が私の引き金になってくれたんです」
彼は静かに話を聴いてくれていた。
「真由美さんは幸せに近づけましたか?」
「わかりませんが幸せになりたいと行動を起こすようになりました」
「もう貴女に僕は必要ないのかもしれない」
彼は寂しそうに言う。
「待ってください、自分だけで結論を出さないでください。私だけに幸せが訪れたとして、それを幸福だと思えるほど薄情な人間だと思っていたのですか? 心外です」
「計算外ですよ。貴女には驚かされるばかりだ」
そう呟くと教授は、初めての自然な笑顔を見せてくれた。
「ごめんなさい、生意気言って。教授の存在は何ものにも変えられないんです」
「ありがとう」
今度は口角を上げ、いつものスマイルを浮かべた彼がいた。
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