彼女の恋
むっちゃ長くなった。更新出来ました!文章が荒れてなければいいのですが((+_+))
目を付けていたお洒落なカフェは、内装は華美ではなくその代わり雑誌からハードカバーまで豊富に本が揃っていた。本を読みながらひと時コーヒーブレイクやティータイムを楽しめる趣向だ。岡本さんも自分も読書が好きだったので、いつか一緒に行きたいと偶然通りがかったときから思っていた。
「わぁ、いいな~。本が沢山。先輩、なんだか初めてなのに落ち着きますね」
目を輝かせる彼女に、私も同じ気持ちだった。本のインクの匂いと紙の香りは小さな頃から好きだった。
「岡本さんと来たかったんだ。通りがかりに見付けたんだけど、ずっと中が気になっていてね」
「新しい本を買ったときみたいな感じですね!」
「そうそう、やっぱりわかる? 新しい本買うと気分が上がるよね」
私たちは周囲のお客さんに迷惑にならないように声を潜めて笑い合う。良かった、岡本さん少しは緊張感が緩められたかな。私たちは四人掛けの広い席に通された。これからの時間はお酒を出すようで、落ち着いた大人のお客がゆっくり増え始める。
「先輩は何頼みますか? 私、ショートケーキのセットで」
「岡本さん、迷わないタイプなんだね。私は、なかなか決められない性質なんだけど最後は結局レアチーズケーキにしてしまうんだ」
「それは、優柔不断とは違いますよ。きちんと他に美味しいものがないか確認した上で本命を選ぶっていう、私は賢いと思います」
彼女は力説している。そういう見方もあるのか。即断出来ない自分の傾向が好きではなかったし、欲張りだなと思っていた。食い意地が張っているとも……。ハッ、自身のことを反芻している場合ではない。岡本さんの困っている理由を聞きに来たのだ。
「岡本さんは、なんでショートケーキが好きなの?」
軽い話題を投げてみる。すると、
「幼い頃から家で食べるケーキがチョコレート系だったので、生クリームに目が無くって。それから苺! 赤い色が可愛くて、クリームと一緒に食べると甘酸っぱいのが好きなんです」
目を輝かせて答えてくれる。可愛いのは貴方だよと思いながら、私はお冷を飲む。
「先輩は、レアチーズって少数派のイメージがあるんですけど、どうして鉄板メニューなんですか?」
「チーズケーキが元々好きなんだけど、食べ過ぎて気持ち悪くなってしまったことがあって。レアチーズって口触りがいいじゃない。爽やかっていうか、濃厚さもあるし。まぁ、最終的には私の好みなんだと思うよ」
身も蓋もない結論付けだと思いながら、返答する。こんな答えで情けないと感じていると、
「矢野先輩と話してると、私飾らないで素直に話せるんです」
そう彼女は言う。そして目尻には涙を浮かべている。私は狼狽しながらも、辛いとき支えてくれた岡本香純さんという人を、狭量な自分なりに理解したいと感じていた。
ケーキセットが運ばれてくる。ささ、とお互いに食するのを勧めながらプッと吹き出す。私たちはきっと相性がいいのだろう。姉妹がいればこんな感じかと思う。しばし、ケーキを黙々と食べるオーエル二人。口いっぱいに爽やかで濃厚なチーズとサクッとしたタルト生地の美味しさが広がる。彼女も生クリームとスポンジを思い切り味わっている様子だ。
「矢野先輩。あの、私好きな人が出来たんです」
紅茶を飲みながら岡本さんが告げる。
「良かったね。それはいい事だと思うけど、悩んでいる様子だから相手が悪い人とか、障害がある恋とかかい?」
やっと切り出した言葉に対して、私はなるべく冷静に思案を巡らせて質問する。
「先輩といるときと同じように、その人といると自然にふるまえて、側にいると胸が高鳴るんです」
「もし、岡本さんが嫌じゃなければ相手を教えてもらえる?」
アンサーが用意されたクエスチョンを、私は勇気を出して彼女に問いかける。
「その人は、先輩もよく知っていて、先輩のことをずっと好きでいる男性です」
辛かっただろうな、私は、いつも笑顔の彼女と彼とトリオでランチに繰り出してきたことを思い出していた。
「織部君だったんだね」
私は、そうかと納得して彼女をじっと見た。今日まで、悟られないように私に織部君に気を遣っていたんだと申し訳ない気持ちになる。でも彼女は同情が欲しいわけではないのだ。それは、岡本さんに対しても私たちが過ごしてきた日々にも失礼だ。
「先輩に言うのは狡いですよね。織部先輩のこと、最初は先輩を彼の魔の手から守らないとって勝手に思ってて。でも、一緒にいると彼はとても思いやりがあって繊細な人でした。それは、きっと矢野先輩と関わるようになったからだと思います。だから私が好きになるのは筋が違うと思います。それでも、好きな気持ちは誤魔化せなくて。何より矢野先輩に黙っていること、大好きな先輩に嘘を吐き通すのが苦しくて」
「鈍感で、岡本さんの優しさに甘えてきた自分が情けないよ。恋に筋も正解もきっとないと思うよ。大好きなものを諦める必要はないと感じるし。だからといって、私も織部君のことがどうでもいいわけではないよ。だって、彼なりに私を支えてきてくれた。真摯な想いをむげには出来ない。だから力添えは出来ないけど、このことは私からは決して漏らさない。私に告げたせいで岡本さんが困らないように約束するよ。ただ、貴方が織部君に告白出来る気持ちになったらその時は遠慮なく告白するんだよ。私にとって岡本さんは織部君と比べられない大切な友達なんだからね」
心から思っている言葉は大切な人へためらいなく告げられるんだなと感じていた。
「上等です。先輩! ご配慮感謝します」
彼女は涙を拭いて、フォークに刺した苺を私に向けてきた。
「へっ?」
びっくりしていると、
「付き合って下さったお礼です」
とびっきりのチャーミングな表情で、食べよと促す。フォークは刺さることなく、甘酸っぱい大きな苺が口に転がってきた。
恋の行方は分からない。ヒギンズ教授の予言なんてクソくらえだと思った。恋する乙女にルールブックはないんだ。
読んで下さってありがとうございます。




