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キス

今回は少しだけ文字数がボリュームアップしています。

 私はソファーにサテン地のパジャマ姿を身にまとい座って待っていた。ヒギンズ教授は、もう部屋の前までやってきたようだ。


「真由美さん、温まりましたか?」

 気遣いの声、規則正しいノックの音。どちらも耳に心地良い。極力普段通りを心がけながら、扉を開ける。教授はカチッとしたスーツ姿のままだ。私の姿を確認すると、

「真由美さん、良かった。お風呂にはゆっくり入れたみたいですね」

「おかげさまで湯船のんびり浸かって、濡れネズミを脱しました」

 私は明るく言ったつもりだったのに教授は、

「そんなに固くならなくて大丈夫です、僕は貴女をとって食べたりしません。真由美さん、甘いものと紅茶はいかがですか?」

 

 私が安らげるように提案してくれる。いつも以上に舞い上がっていることなんて、彼にはお見通しだったようだ。自分の未熟さと教授の紳士ぶりが辛かった。教授を相手に自分を良く見せようとしても無駄なことをようやく理解した。そして私は装うことをこの場では止めることにした。


「はい、甘いものと紅茶をたくさん頂きたいです!」

 今度は自然に言葉が出てきた。

「それでいいんですよ」

 教授の低く厚みのある声が響いた。

 

 私は壊れた時計のようなリズムを刻む心臓を意識しながら、二度とないかもしれない貴重な時間を忘れずに過ごしたかった。


 とても豪華なケーキーのセットが素敵な食器に乗せられてやって来た。紅茶はティーポットと茶葉と別々にホテルの方が持ってきて下さった。時間の狂ったアフタヌーンティーだ。

「こんなに食べたら太ってしまいます」

 でも実際は色とりどりのケーキやマカロンに胸をときめかせていた。


「今日はご褒美です。夜だとか気にしないで、食べたい分を召し上がって下さい」

 教授は紅茶を入れてくれながら、私にお許しを出した。

「ザッハトルテにチーズケーキ。スコーンもある! アップルパイ好きなんです。それに、教授が紅茶がを入れてくれるなんて、ありがとうございます」

 本当は、すいませんの言葉が口を突いて出そうだった。だが教授なら『ありがとう』の言葉の方を喜んでくれる気がしたのだ。


 私は宝石のような一つ一つのケーキに感動していた。

「今の真由美さんはとても魅力的な顔をしていますよ。心に焼き付けたいくらいです。僕が部屋に入ったときの表情も艶っぽかったですが、そういう顔は本当に大切だと思える人の為にとっておいて下さい」

 私は思わずハッとして、改めて教授との間にある壁を感じることになるのであった。


「私は、いつしかヒギンズ教授に惹かれていました。ごめんなさい、私を変化させる為にたくさんの親切と協力をして下さったのに。契約違反ですよね」

 ありのままの気持ちを伝えた。すると教授は動揺することなく、

「僕を練習台にするのはかまいませんよ。師弟関係というのものが恋愛に発展しやすいのは理解しています。真由美さんは僕のどこに惹かれていますか? 契約上見せている表の顔と貴女には見せていない裏の顔。全部を知っても僕に好意を持ち続けられますか?」

と問いただした。

 

 私は、思わず黙ってしまった。しばらく頭を整理する時間が必要だった。それは常々感じていた矛盾でもあった。

「私は……。ヒギンズ教授の全てを知りません。そういう契約でした。でも今は貴男を知りたいと思っています。それは罪なことなんでしょうか?」

 絞り出すように答えた私に、隣に座っていた教授が顔を近付け唇に唇で触れた。触れるか触れないかの軽いキス。彼は薄くてひんやりした唇をしていた。


「いけない人だ。魅力的な女性がいれば心は動きますよ。依頼者にこんなことをしたことはなかったのに……。貴女は不思議な人だ」

 じっと探るようにみられて私の心臓はまた早鐘を打ち始めた。






読んで下さって本当に感謝しています。

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