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 私は急いでタイムカードを通して、女子トイレで化粧を直す。こんな時、化粧をしなれていないので、咄嗟にくたびれた肌にただファンデーションを重ねようとしてしまう。おっとっと脂取り紙使わなくちゃ。限られた時間でなるべく丁寧に毛穴の汚れを抑える。そして粉おしろいをはたいて、口の輪郭を取り直し、薄く赤い口紅を塗った。ざっと全身を見渡す、変な所はない。

 さぁ、ヒギンズ教授を待たせてはいけない。急ごう。高鳴る胸の鼓動を抑えて、私は最寄りの駅前広場へ向かった。

 


 夕立が来た。

 ポツポツと降り出した雨はどしゃ降りになり、私の髪と顔そしてスーツを濡らしていく。せっかく直した化粧もぐちゃぐちゃだ。教授は駅前の街路樹の下、紺色の大きな傘を差し整然と立っていた。彼は、私が呼びかけるよりも前に見つけてくれ、びっくりした顔で駆け寄ると傘をかざした。

「真由美さん、僕が誘ったばっかりにこんなに濡れて……。すいません」

 ヒギンズ教授は私にきちんと折目のついたハンカチを差し出すと、心苦しいといった様子で謝った。

「いえ、私こそ今朝は失礼な態度をとってすいませんでした」

 謝罪の言葉がスムーズに出たことに安堵した。

「ヒギンズ教授はいつも傘を用意しているんですか? 今日は天気予報で何も言ってなかったし急な夕立だったから驚きました」

「何となく降りそうな気がしたんです。紳士たる者、もしもの用意はしっかりとしないとね。真由美さん、場所を変えましょう」

 そうして、教授は予定のカフェとは別の方向に歩きだした。

「今日は、僕たちの協会が使用しているホテルの部屋を借りましょう」

「えっ」

 と目を白黒させている私に悪戯っぽく笑った。デザートビュッフェでしか行ったことがない、名のある高級ホテルに、タクシーに乗せられて私は向かったのだった。

「ホテルで何を……」

 緊張の余りしどろもどろになる私をみて、ヒギンズ教授は本当に楽しそうに笑っていた。こういう時彼の目尻に現れる笑い皺が素敵だなと私は思ってしまうのだった。やっぱり人として上等なんだなと感じる。

「真由美さんが、リラックスして話せるようにルームサービスを利用しようと思っています。シャワーも浴びて下さい、お風邪を召したら大変です。無用な心配はなさらず、僕が責任を持ちます。もちろん真由美さんが不安になるようなことはしません、神に誓って」

「私はそんなに大切にしてもらえるおぼえがないです。まだ猫背をなおしただけですし」

「貴女は、賢い女性だ。魅力的ですよ。僕が出会ってきた人間の中でも」

 三ツ星のホテルに着いてしまった。優しく教授にエスコートされタクシーから降りた。

 

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