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ディスタンス

難産!

 我ながら馬鹿だったと思う。ヒギンズ教授は仕事として、支えてくれていたのだ。彼が私に望むことはサポートを受けて『私が自分の手で幸せを掴むこと』だった。

 

 最初に約束したのに、いつの間にかヒギンズ教授が冴えない私の生活を変えてくれた王子様のように思っていたのだ。確かに私はまだ一人前とは言えない。少なくとも教授に当たってしまうなんて最低だ。

 私の心は乾いた砂漠のようだった。そこにあんな素敵な男性が一生懸命に水を注いでくれた。

 その意味と向き合わなくてはいけない。

 

 私は涙で滲んだアイメイクをトイレで整えながら、気持ちを強く持って口角を上げ笑顔を作った。ヒギンズ教授は偽りを語る人ではないのだから。


******

 

 出社して、岡本さんに

「おはよう」

 と挨拶する。普段通りの執務室の雰囲気に助けられて、いつもの自分が戻ってくる。

「矢野先輩おはようございます! 今日もお昼ご一緒していいですか?」

 親し気にたずねてくれる。岡本さんの顔を見て気持ちがホッとする。最近は独りで昼休みを過ごすことが減って、岡本さんと一緒に、手作りの弁当を食べながら、気楽な話をすることが多くなった。

 それに今までは断ることが多かった飲み会なども、粘り強く誘ってくる奇特な社員が現れる様にもなった。なんとなく周囲の人が優しくなった気がする。


 といっても、私の仕事への距離感は変わることはない。私は事務仕事で直接顧客の喜んだ姿に接する機会はほとんどない。確かに会社の歯車になるということは時につまらなく孤独かもしれない。それでも会社の役に立って、その延長線上に誰かの幸福が必ずあるのだと信じている。目の前の仕事が出来なくては、自分の幸せを掴むことは難しいと考えていた。


 今日は朝の手痛い事件を忘れさせる程、スムーズに仕事が終わった。ヒギンズ教授にどうやって謝ろうか思い悩んでいると、スマートフォンが教授からのメールを受信していた。

「真由美さん、帰り道ご一緒できませんか?」

 とメッセージに待ち合わせのカフェの地図が添付してあった。


 こんな時、織部が普段なら目敏く私の慌てた様子に気付く所だが、今日は病欠だった。巡り合わせか。私は嬉しくもあり同時に緊張してため息を吐く。

 ヒギンズ教授は私をいい加減に扱う気も簡単に逃がす気もないんだと感じる。嬉しさと警戒感、相反する感情がせめぎあう。

 空模様は怪しく、夕立がきそうだった。








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