残り香
the難産!
ヒギンズ教授が私のさびれたアパートに来ている。溢れ出る違和感。例えるなら、そう掃溜めに鶴。我ながらしっくりきすぎて情けない。この数週間、再びお化粧をしだしたり、香水を付けたり、スーツの中のシャツを色味のあるものに変えたりした。
私なんて誰も見ていないと思っていたのに、感じが変わったと教えてくれる同僚がいてびっくりした。これについては、ヒギンズ教授とメールでやり取りをしていた。
今日、教授が貴重な時間を割き私の元を訪ねてくれたのは、織部の問題や周囲の人々からの態度の変化に戸惑う生徒の為だった。
部屋に入ってヒギンズ教授は開口一番、
「さっぱりしている。真由美さんの性格が出ていますね。中々興味深い。何よりいい香りがします」
サラッと事実を言って、そして褒める。褒められたのだが、私は気恥ずかしかった。なぜなら私の部屋はファンシーでもノーブルでもなく、シンプルであった。家具に凝ったりする趣味もなかった。以前あったセミダブルのベッドはフリーマーケットに出して、今はロフトに煎餅布団があるのみ。女子力が低いと思っている。
お茶を入れるのは数少ない得意項目だった。ヒギンズ教授には実家から送られてきた玉露を感謝を込め、とっておきのお菓子と出した。
「とても美味しい!」
ヒギンズ教授は、ホッとリラックスした様子であった。私の胸に温かい満足感が生まれる。
「真由美さんは、織部さんのことをとても強引に感じるかもしれませんが、ずっと以前から想いを寄せていたようだし、貴女のことを真剣に好きなのではないでしょうか」
「織部君は私の事を届かない林檎なんて例えたんですよ」
私は自嘲して笑った。自分には勿体ない例えが心地悪かったのだ。
「ほう、言いえて妙ですな。真由美さんにはミステリアスな魅力がある。ちょっと危険な感じがするというか」
そう言って、ヒギンズ教授はじっと私の瞳を見つめる。
「気持ちがすぐに顔に出るのは魅力的ですが……。誰にでも見せては隙を生むことにも繋がってしまう」
確かに私はポーカーフェイスが得意な人間ではないが、誰にでもむき出しの感情を表すわけではない。そういう意味では、ヒギンズ教授も織部も別れた彼氏も特別な人なのかもしれない。
「ヒギンズ教授、私は無防備過ぎると思いますか?」
教授はしばし思案して、
「ある一定のレベルの男性には気付かれてしまうかもしれませんね。現状では貴女の良さを分かる人は人生経験豊富な方か、貴女をよく見ている人だと思います。今後は真由美さんの魅力に気付く人も増えるはずです。貴女は優しいから、急な嵐に巻き込まれてほしくないんです」
「そんなこと信じられません。買いかぶりです」
「禁断の果実ですからねぇ。少なくともこんなに丁寧にお茶を入れてくれる女性は、飾り気がなくたって魅力的なんです。卑屈になっては捕まえられる幸せも逃げてしまいますよ」
彼は私だけが生徒ではないんだろうと思う。淑女コーディネーターという肩書は多岐にわたるようで、来訪中教授は私に気を使いながらスマートフォンを確認することがあった。それを見ると心がざわめいた。
納得いく結論ではなかったが、ヒギンズ教授はささやかな自信という置き土産を残してくれた。部屋に残った彼の煙草とコロンの薫りに包まれながら、珍しく自分を愛しく感じていた。
ヒギンズ教授に会いたいです(笑)




