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ダイヤのクイーン

作者: quark hound

 わたしが生まれ育った国は、理性と真理の王国として知られている。国民の過半数は(みずか)らが知識人であることを自負し、また理性的であることを(たっと)ぶ者が多い。そんな国柄だからというだけではないが、この国の重役にお飾りなど存在しない。それも特徴の一つと言われている。

 この国には四つの王座がある。

 北東のスペード、南東のハート、南西のダイヤ、そして北西のクラブ。四人の同等の権力を持つ国のトップが存在することで、折衷(せっちゅう)主義的な国政が営まれている。

 また同時に、スペードは必然性と法則、ハートは完全性と絶対、ダイヤは対称性と美、そしてクラブは関係性と意味を中心的な研究テーマとしている機関であり、それぞれの王や女王はその第一人者だ。



 わたしの師匠はその四王の一人で、対称性の第一人者であるダイヤの王位についていた。そして彼との()らぬ別れは、わたしの王位継承を意味し、昨年の冬にわたしはダイヤの女王となった。

 この国では世襲制(せしゅうせい)は採用されていない。多くの場合、それは不合理だからだ。王位継承順位はその分野での実力によって決定されている。(もっと)も、その決定法には議論の余地があるけれど。

 “The queen of diamonds”という称号を手に入れたことでなにかが劇的に変わることはなく、わたしの()なう政務が少しばかり増えたくらいだ。とはいえ王や女王は主に政策の最終決定に(たずさ)わるくらいのもので、普段は自らの役割に応じた研究を行っている。



 わたしはこの国では異例な存在として知られている。理性と真理の王国に、非合理を持ち込んだからだ。(すなわ)ち、わたしは対称性の破れという概念を宣言したのだ。対称性の第一人者たるわたしが世界の対称性を否定した事実は、センセーショナルな話題として(またた)く間に広がった。

 対称性の第一人者とは、万物の対称性の存在を保障する者たちの長だ。しかし対称性の研究者たちは対称性を保障するだけで、保証するわけではない。

 その欺瞞(ぎまん)とも取れる態度が、わたしは気に食わなかった。それ以上に、彼らが理性的であろうとするが(ゆえ)に間違った努力をしているのを見ていられなかった。だから衝撃的であろう事実を白日の(もと)(さら)したのだ。



 わたしは糾弾(きゅうだん)されることを覚悟していたが、それは杞憂(きゆう)に終わった。確かに初めは(とが)めるような声もあったが、それもすぐに消えていった。完全性(ハート)のとある権威がそれまでの常識を(くつがえ)す論文を提出したからだ。国中がその話題で(あふ)れ、わたしの話など誰もしなくなった。

 そこに記載されていた事実の一つはわたしの主張と一致していたが、同時に完全性の研究者たちにとっては常識だったことも分かった。

 ある分野では革新的な考え方でも別の分野では昔から常識だった、ということもあるものなんだな。それと、勇気を出して良かった、と言えるのは、勇気を出して実行した時だけなんだ。当たり前だけど、そう思った。





 昼休みが終わり、今は先生の声が静かな教室に広がっている。小鳥が窓の外を自由に飛びまわっていて、その向こうでは青い空の中で真っ白な綿飴(わたあめ)が泳いでいる。……おいしそう。

「当時、完全性(ハート)の王位継承順位第二位だった、(のち)複雑性(クレスト)の王が、進化心理学の研究から、それまでの人間の理性を過大評価する傾向を批判し、また、物理学理論の発展で明らかになっていた不確定性を論拠として機械論的決定論を否定しました。これは近代と現代の境界として象徴的な出来事ですね」

 先生はすらすらと教科書を読み上げるように話しながら、完全性のハートマークと複雑性の三日月(crescent)マークを黒板に描く。チョークで濃淡をつけていく過程は見ていて楽しい。先生はいつもとても美しい絵を描く。授業には必要ないけれど。

「教科書に彼の演説が載っていますから、誰かに読んでもらいましょうか」

 えっ?

 先生は迷うような声を出しながら教室を見渡し始めた。油断していた。僕は当てられたくないのでノートに視線を突き刺しておく。

「はい、じゃあ、スフィアくん。読み上げてください」

 僕じゃなくてほっとした。

 スフィアくんは軽く居眠りをしていたみたいで、自分が当てられたことに気づくまで少し時間がかかったみたいだった。

「ふぁーい」

 彼は当てられたのに欠伸(あくび)をしている。余裕があって(うらや)ましい。僕なら緊張で文字が紙の上で踊り狂って見えるところだ。

「返事しながら欠伸(あくび)しないの」

「はーい。……えっと、わがいとしきどーほーよ──



 我が(いと)しき同胞(どうほう)よ。私が示した事実は受け入れがたいか、あるいは興味深いか、それは諸君次第である。しかし我が愛しき同胞よ。誤るな。私は理性を否定したのではない。理性の価値は不変である。ただ私たちは理性という概念に(おぼ)れていたのだ。私たちは神に次ぐ存在ではない。私たちは未だなにも成し遂げていない。すべては真夜中の微睡(まどろ)みであり、飛翔への布石だ。我が愛しき同胞よ。間違いは恥か、不合理か。しかしそれも歴史である。

 私がこの場で伝えたいことは二つだ。()ず、二項対立において好ましいと思われるものを真理と呼ぶのは人間の恣意(しい)である。真偽、善悪、美醜(びしゅう)などにおいて、真や善、美しさは真理であり、また同時に、偽や悪、(みにく)さも真理である。必然性を()えて除外することの正当性は、少なくともこの場合には存在しない。

 次に、これが本題であるが、今回の国会本会議で、王座が新たに一つ設けられることが決まった。我が愛しき同胞よ。史書(ししょ)(ひも)解かずとも分かるように、私たちはこれまで、不遜(ふそん)にも複雑性に本質的に内包されるものたちを無視してきた。しかし複雑性は単に数が累積(るいせき)した結果というだけではない。因子が単体では持ち得ない性質が、複雑系においては立ち現れる。一例を挙げるならば、温度がそうだ。古典的にも量子論においても、一粒子の運動方程式は温度の変数を含まないが、日常生活のスケールにおいては明らかに存在している。この場合は統計的な処理がその出現の正当性を与える。私はそういった(たぐ)いの研究を行うために、四王を中心とした方々の多大なる援助の(もと)複雑性(クレスト)の王座を設けさせていただいたのだ。

 最後に、私たちが常に歴史の只中(ただなか)にいることを忘れないでほしい。私たちの発展はまだ終わりの片鱗すら見えていない。学問や社会の完成というものが(はかな)い幻想であろうとも、漸近(ぜんきん)してゆくことは確実に可能である。我が愛しき同胞よ。偉大なる歴史を刻もうではないか。



 先生は他にも何人か指名して、分けて読ませた。一人で朗読するには確かに長い。でも誰かが読み終わるたびに当てられないかと冷や冷やした。当てられなかったから良かったけれど、なんだか疲れてしまった。

「今では論理学が義務教育のカリキュラムに組み込まれていますね。理性の不完全性を正当化する先駆けとなった対称性(ダイヤ)の女王 Ximena(ヒメーナ)複雑性(クレスト)の王 Quincy(クウィンシー) の共著論文は、王国の常識を一変(いっぺん)しました。その結果の一つが論理学の義務教育化です。王国の中央に複雑性(クレスト)の王座が誕生した頃から、人々は論理こそが人間を正しさに導く規範であると信じるようになりました。こうして、この国は論理の王国となったのです」

 先生はどこかうっとりした表情で、けれどいつも通りぴったり鈴が鳴る時間に授業を終えた。

“とらんぷ会”というサークルの第1回目の企画で書いたものです。企画名は「The kingdom of logic」。なんともかっこいい。

今回のお題は『自分のマークとナンバーにちなんだ作品をつくる』というもの。僕はダイヤのクイーンです。ダイヤの女王は途中で主役の座を奪われていたように思いますが、まぁ良いでしょう。

作品の形式としては小説でも絵でもなんでもいいみたいなので、僕は散文にしました。


そして僕は王国を創った。


なんちゃって。

本作はニュートン力学と決定論が強く根づいている世界観で書きました。『理性と真理の王国』なんて言ってる時点で、発展途上っぽさが滲み出ていますよね。それが良さでもありますが。

いろいろ練り足りないものとなっていますが、しかしこれが今の僕に書ける最高度のものだというのが実状です。

僕にとって本作品は、いわば一枚の絵であって漫画ではないので、続きもなにもないです。気が向いたら書くかもしれませんが。

トランプについての情報は僕が好き勝手に作ったオリジナルの設定なので、あまり真に受けないでくださいね。

最後までお読みいただき、ありがとうございます。

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