レイスの里:カラー挿絵有り
色を塗ってみる。
鬱蒼と茂った深い木々の間を六つの人影が進んでいく。
ギャアギャアと得体の知れない鳴き声と頭上をすっぽりと覆っている枝葉のせいで真っ昼間なのに薄暗い景色の中を冒険部の面々とそれを先導するキャロルと名乗った魔道士の少女が進んでいく。
ひんやりと冷たい空気が肌を撫でる。
俺は隊列の中央で周囲に警戒の眼を光らせながら歩いている。
「うわっと」
不意に最後尾を歩いていた夏美が叫び声をあげる。
俺は地面にうずくまった夏美の所まで素早く駆け寄り目の前にあるやや大きめの茂みから庇うように立つ。
「咲耶ッ!! 前方を頼むッ! 織姫と天はキャロルちゃんと左右の警戒ッ! 夏美ッ! どんな攻撃を受けたッ?」
俺の指示で冒険部の面々が素早く行動に移る。
先頭を歩いていたキャロルちゃんを咲耶が素早く陣形の中に入れ、織姫と天が引き受ける。
……まずいな、攻撃の要である夏美が最初にやられたのは痛手だ。
俺の見立て通りに茂みが微かに揺れる、風による揺れ方ではない。
明らかに獲物を狙う狩人の空気を纏ってやがる。
俺はドスの聞いた声で前方の茂みに向かって警告する。
「三秒待つ。そこから出てきな……さもないと生まれてきた事を後悔することになるぜ……」
返事はない。ふん、いい度胸だ。
「たかが子鬼、されど子鬼というわけか……」
いいぜ、なかなかいい『もの』持ってるじゃねぇか。
俺はにやりと笑う。
そうだ、冒険とはこうじゃなくっちゃ。冒険とはかくあるべし。
安定より変化を、均衡より危険を。
その先にこそ俺の、俺達の求めるものがある。
現実世界ではどんなに手を伸ばしても手に入れられなかったものが。
ぴりぴりとした心地よい緊張感をあえて楽しみながら俺は――
てな感じで盛り上がりに盛り上がっている俺の背中をつんつんと突く指。
ちっ、言葉も封じられているのか? 想定より状況は悪い。ひょっとしたら豚鬼シャーマンの可能性も考えられる。
毒か魔法か呪いか、それとも喉に遠距離物理攻撃を受けたか……いずれにしても織姫の治療が必要、と。
あらゆる可能性を脳裏に浮かべながら俺は夏美の症状を確認する為に素早く振り返る。
「……ごめん」
そこには顔を若干赤くしながらぺたんとお尻を地面に付けて座っている夏美のバツの悪そうな顔があった。
がさり、と背後の茂みから一匹の野ウサギが飛び出し走り去っていく。
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「いやー、ごめんごめん。あそこに珍しい鳥がいてさー、そいつをスマホでパシャってたらさ木の根に足を取られちゃってさぁー、あはははっ」
朗らかに笑う夏美。
そこまではいい。うんそれは極めて普通の反応である。俺も珍しい動物とか撮影したりする事あるからな。
だが。
いつもは真っ先に突っ込んでネタにしてくる天が俺と眼を合わせない。
その癖、俺が正面を向くと視界の端っこで何やら気遣う表情をしながら眼帯ゴスロリ少女がちらちらとこちらの様子を伺ってくる。
「そ、そうだねー。ここらへん珍しい動植物ばっかりだよねー。うんうん。しょうがないよねー」
どこか空々しい咲耶のフォローも。
「うーん、でもこの道やっぱり歩きにくいよぉ……木の根はぽこぽこ出てるしぃ、所々ぬかるんでもいるしぃ」
いつも通りの織姫のフォローも。
「あ、あの。先程の皆さんのコンビネーションすごかったですッ!! 魔導も使わずにあれだけの意思の疎通を図れるなんて……やっぱり熟練の冒険者っていうのはすごい実力を持っているんですねッ!」
テンションをわざと上げている風のキャロルちゃんのフォローも。
今の俺には針のむしろに投げつけられる幾千本の追加の針にしか聞こえない。
ぐあああ、と俺は頭を掻き毟りながらごろごろと地面に転がりたいのを必死にこらえてこの空気が変わるの祈っていた。
……ぐぅ、一生の不覚。キャロルちゃんにかっこいい所を見せようとかっこいい決めポーズまでビシっと決めて頑張った結果がご覧の有様だよ。
だってしょうがねーだろっ、現実にさっきは武装したゴブリンの一団に不意打ちを食らって危うく織姫の治療の世話になるとこだったんだからさ。
今度こそはと張り切るのはしゃーねーだろ? 女の子の前でいい格好を見せたいと思うのは思春期の男の子だったら当たり前の事だろ?
だから俺は問題ない、オールオーケーなんだよ畜生め。
痛い、周りの俺を気遣う空気が痛い。俺はそんなキャラだったのか? イタい奴を更に痛がらせるとかどんなプレイをお望みだよ?
そもそも、最初に転んだ夏美が一番恥ずかしい思いをしなきゃならんだろ、なぁあんで俺がこんなイタい奴扱いをされにゃならんのだ。世の中間違ってる絶対。
不意に、キャロルちゃんが前方を指差す。
「あっ、見えてきました。あれが私の里。レイスの里で………」
ぱぁっ、明るく弾んだ声が急速にしぼんでいく。
何かが燃えている焦げ臭い匂いが前方から漂ってくる、頭上にはもうもうと広がる黒煙が漂う。
今の今までそんなものは欠片も感じられなかったというのに。
俺は再び仲間に指示を出す。
「夏美ぃ、周囲の索敵を頼む。織姫は俺についてこい。咲耶と天はキャロルちゃんを頼む」
これが先程と同じように笑い話に終わることを願って―――
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ごうごうと燃え盛る炎が踊り狂う。
うっそうと生い茂る巨大樹の森を抜けた俺達の前には小高い丘の上に広がるのどかな田園風景、炎に包まれるレイスの里の光景が広がっていた。
里の周りに張り巡らせている結界によってここまで近づかないと気づくことは不可能だった。
地面には数体の死体が転がっている。
子供の背丈ぐらいの大きさの身体に粗末なボロ布を纏っている、いわゆる子鬼と呼ばれるモンスターだ。
人語を解し、単体では大した事のない相手だが群れを作る習性があり、大群ともなると熟練の冒険者でも手こずる程の脅威になる。
旺盛な繁殖力を誇り、ある程度以上の数が集まると鬼王と呼ばれる特異種を生み出す場合がある。
人並み以上の知能と大鬼を凌ぐ膂力を誇る鬼王が率いる子鬼の群れは小さな街ぐらいは滅ぼす程の脅威を誇っており、もし鬼王の発生が確認された場合は数カ所の冒険者ギルドにまたがる大討伐となるケースが殆どである。
で、あるからして各地の冒険者ギルドは子鬼の発生を決して甘くは見ない。
子鬼の任自体は駆け出しの冒険者に任せることがほとんどだがそれは若手の冒険者の育成も考えての事であり、依頼書にはある程度以上の規模の子鬼の群れが確認された場合は戦闘をせずに速やかにギルドに報告に戻る事が記されている。
俺達は周囲の索敵を怠らずに、しかし可能な限りの速度で里の入り口に向かう。
織姫に抱えられるようにして歩いているキャロルちゃんの顔は真っ青な顔をしていた。
今すぐ駆け寄って元気づけたいが生憎そんな余裕は無い。
鬼王――もし、この里の襲撃がヤツの仕業であったとしたら……俺たちだけで討伐できるだろうか?
チートスロットのCTは残り3時間ほど。
ちっ、先程の冒険者ギルドでの一幕が悔やまれる。何、調子こいてチートを無駄使いしてんだ俺は。
いや、悔やむのは後だ。今は出来ることをするだけだ。
この依頼、この冒険部が必ず完遂してみせる。
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木の枝を組み合わせた簡素な木の門が無残にも破られている。
辺りに散らばる机や樽、大きな棚や家具を見るに即席バリケードを構築し、突破されたと見るのが自然か。
キャロルちゃんの話から推測すると絶大な結界の力がレイスの里を守ってたって話だが。
おそらく何らかの原因でその結界の力が弱まるか消滅するかして、森に棲む子鬼の侵入を受けたって所か。
まともな街壁すらない上に形ばかりの門に守られた魔道士の里。
しかし、妙だな。
今で出くわした死体は子鬼や犬鬼ばっかりで人間の死体が一体も無い。
いや、別にそれを望んでいるわけではないんだが……
じゃあ、この里の人達はどこへ行ったんだ?
魔道士というからにはある程度の戦闘能力も有している人間も複数いるはず。
逃げたか、何処に捕らえられているか?
いや、犬鬼にそんな知能は無い。
もしかしたら内部の建物に立てこもっている可能性も。
「キャロルッッッッッ!!!!」
遠くに複数の人影が見え、その中の一つがキャロルの名を叫んだ。
そして。
「お兄様ッッ!!!!」
キャロルが今度こそ本当に弾んだ声で答えた。




