いやんバカンス
3分で読めるショートショートです。。。
バカンスの季節である。だから、街の中はひっそりとしている。若い
カップルが一組、人通りのほとんどない商店街を歩いていると・・・
「おい、ちょっと、キミたち・・・」
ふいに、一人の男に呼び止められた。
「な、なにか?」
「何かじゃないよ、キミたち。私は、バカンス監督官だが、今から、どこ
か、バカンスに出かけようとしているのかね?」
その男は身分証をつき出した。彼は、政府公認のバカンス監督官だった。
「えっ?監督官?それって、冗談?」
女の子が、笑いをかみしめて訊ねた。
「冗談とは何事だ!。ははん、キミたちは知らないのかね。法律で定められ
たバカンス期間中には、バカンスに行かなければならないのだよ。それが、
今の時期だ。それとも、キミたちは、法律をバカにする気かね、そうだとし
たら、即、逮捕だぞ!」
女の子は、急に青ざめて、彼氏の顔をすがるように見た。でも彼は涼しい
顔をして、ニヤリ。
そうして、持っていた袋を突き出した。
「これ、お弁当。これを持って、ぼくたちは今からまさに、バカンスに出かけ
ようとしていたところなんですよ・・・」
「おいおい、冗談を言って、私を騙そうとしてもダメだぞ。法律では、バカン
ス指定区域が定められているんだ。じゃあ、キミたちは一体、どこに出かけよ
うとしていたと言うんだい?」
バカンス監督官が詰め寄った。彼女は、彼氏の背に隠れて、体をわなわなと
震わせた。
絶体絶命。逮捕されるかもしれないのだ。ああ、こうなるなら、デートしな
いで、二日前に私も家族と一緒にバカンスに出かけておくべきだったわ・・・。
「さあ、ハッキリと答えたまえ。どこに行くんだ?さあ・・・」
監督官の詰問に、平然と彼氏は答えた。
「どこって、今から、バカンス監督官であるあなたの家に行こうとしていたと
ころなんですよ!」
「な、なに。私をからかうつもりなのか!」
「いえいえ、とんでもないですよ。みんながバカンスに出かけて、あなた一人
で寂しいでしょ?まあ、弁当を買ってきたので、一緒に食べましょうよ・・・」
そう言いながら、彼氏は、袋の中から弁当や惣菜を出そうとした。
「おい、何を言っているんだ!」と監督官。
「さあ、あなたも一休みされてはいかがですか?お互い、バカンスがなくて、
大変ですからね・・・」と彼氏。
「キ、キミは・・・」と監督官は絶句した。
「ええ、そうなんですよ、ボクも今、仕事中なんです」
彼氏は、そうニヤリとしながら、バカンス監督官の目の前で、自分の身分証
を見せた。
それには、“バカンス監督官慰問委員”と書かれてあった。それを横目で見
た彼女は、ハハハと笑いだした。
「なあんだ、そうだったの!。あなた、バカンス監督官慰問委員だったのね。
今の今まで全然知らなかったワ。でも、それなら、あなたとデートして正解
だったわ。だって、私、実は、バカンス監督官慰問委員の苦労をねぎらう
ボランティアスタッフの一人なのよ!!」
(了)




