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小説 D.H.シュトラーゼ ビギンズ☆ナイトフェスタ

作者: 彩条あきら

 その夜、秋葉原の一角を占めるとある複合型オフィスの二階フロアでは、夏の真っ只中だということを差し引いても異様と言ってよい程の熱気の高まりが起きていた。概ね五百人前後を収容可能なフロアいっぱいに、若い男女が七対三ぐらいの割合で集まって一分の隙もないほどひしめき合い、フロア奥に設置された円形のステージを見つめながら光り輝くサイリュームを振って事あるごとに熱狂を繰り返している。

 その名も「トーキョ~☆サイキョ~☆アイドルフェスタ!」である。

 数年前より毎年夏になると開催されているこのイベントでは、ピンはもちろんグループも含めた総勢五十組ものアイドルが一堂に会し、歌や踊り、そしてパフォーマンスを披露する。関東地方のアイドルオタクたちにとってはもはや夏の風物詩とも呼べる地位にまでのし上がった、文字通りの「アイドルの祭典」だった。


 ミライは今、待機スペースにて極度の不安と緊張で押し潰されそうになっていた。

 大変だ。どうしよう。もうすぐアタシの出番がやってくる。そうしたら、あのお客さんたちの前で歌い、そして踊らなければならない。やっぱりこんなの無理だ。アタシには荷が重すぎたんだ。今からでも遅くはない、辞退させてもらおうか? いやいやそんな訳には。


「ミライさん、次スタンバイお願いします」

「――は、はいっ」

 会場スタッフの一人に話しかけられただけなのに、緊張のあまり声が上擦ってしまう。同じ待機スペースにいる、他の大勢のアイドルたちの視線が痛くて仕方なかった。ああ、駄目だ。こんなんじゃ駄目だ。絶対に失敗する。どうして自分はこんなところにいるのだろう?


 逃げ出したい気持ちを幾度となく湧き上がらせては抑え込んでいるうちに、ミライの出番はもう目前に迫ってきていた。とうとう舞台袖に立たされてしまったのでコッソリとステージ上を覗き見ると、そこには乱舞する照明やレーザー光線に彩られて、普段ミライが踊っているのより何倍も広大なステージが横たわっていた。自分が背負った責任の大きさを見せつけられたようで、ミライは覗かなければよかったと思った。


「――に歌って頂きました! ありがとうございます! それでは次はいよいよ、本日の特別ゲストに登場して頂きたいと思います!」

 ある意味で出演者以上に無駄な明るさを備えた女性司会の声が、観客らの期待を必要以上に煽ると同時にミライの不安を急加速させる。もう駄目だ、ブレーキが利かない。雷雨と暗闇の中で崖の上のカーブを走らせるミライの心は、今にもガードレールを突き破って崖下の荒波に真っ逆さまに転落していきそうになっていた。


「ここ、秋葉原にあるメイド喫茶『D ー GITAL』からやってきた期待の新星! ミライちゃんです、どうぞ――」


 次の瞬間、バツンという音と共に会場内の照明が一斉に消え去った。

 ミライは戸惑った。こんな演出があるなんて聞かされていない。

 どうやら他の会場スタッフや出演者たちも同じ様子で、暗闇の中で一斉にざわめきが広がるのが分かった。どうやら本物の機器トラブルらしい。スタッフたちの慌ただしく駆け回る音がそこかしこから聞こえてきた。観客たちも不穏な空気を感じ取ったようで、次第にどよめきが会場いっぱいに広がっていった。今の今まで明るさ一辺倒だった女性司会も、観客たちを落ち着かせようと懸命に話しかけていたが、それも素の声量によるものでしかなかった。どうやらマイクの電源も落ちてしまったらしい。

 ミライは正直ホッとすると同時に、何が起きたのか分からないことで強烈な不安を覚えるに至った。そのときだった。


 突然、電気系統のショートするようなバチバチという音がすぐ目の前で聞こえると同時に、舞台袖から辛うじて見えていたステージや客席の風景がグニャアと渦巻のように歪み始めた。え、とミライが思わず固まっていると、何の光源もない舞台袖に向かって渦巻の中心から光の奔流が流れ込んだ。ミライや他のアイドルたちが咄嗟に顔を覆い、そしてもう一度その場所を見たとき、一同は絶句した。


 空間の歪みが消失し、代わりにそこに奇妙な風体をした集団が出現していたからだ。集団の先頭に立っているのは、白髪でキツネ目、そして如何にもな白衣に身を包み謎の大きな機械を携えた科学者風の男だった。

「な……な……」


「ホッホッホ、御機嫌よう諸君。我が名はDr.マヤギス……偉大なるレプリカ帝国の創造主にして支配者である!」


 白衣の男――Dr.マヤギスは両手を大きく広げ、会場の天井を仰ぎ見ながらそう宣言した。その大仰な仕草は、自らの発言に陶酔しているようにも見えた。

「フーム、あ奴だ……あ奴こそが、我がセンサーの示した極上の素材!」

 マヤギスがこもるような声で笑い、そして指差したのはなんと徐々にその場から後ずさりを開始していたミライであった。マヤギスの背後に控えていた全身黒づくめ集団の視線が一斉にこちらを向き、ミライの口から思わず「ひっ」と悲鳴が漏れた。


「パチモンスターども、捕まえてきなさい!」

「「「イホーッ!!」」」

 パチモンスターと呼ばれた黒づくめの没個性集団が、甲高い叫び声を響かせて次々とミライに向かって飛び掛かってきた。腰を抜かしてしまうミライ。背後では他のアイドルたちが悲鳴を上げては逃げ出し、狭い出入り口へと殺到しつつあった。

 会場スタッフの中には、果敢にもミライを守ろうとする者もいた。が、そんな人々はいとも簡単にパチモンスターによって殴り倒され、投げ飛ばされ、周囲の機器に叩きつけられて気を失ってしまった。


 あっという間に孤立無援になったミライの体をパチモンスターたちが捕えて、力づくでその場に立ち上がらせた。呆然としているミライの目の前に、やがてあのマヤギスがやってくると舌なめずりした挙句、実に嬉しそうに笑って言った。

「クックック……いいですねぇいいですねぇ。そのまま、動かぬよう抑えていなさい」

 言うが早いかマヤギスは元々持っていた機械を床に置くと、今度は別の、一見するとカメラのようにも見える小型機器を取り出してミライに向け、様々な角度へと移動しながらパシャリパシャリとシャッターを切る動作を繰り返した。


 押さえつけられ、力づくで撮影されている。その事実に気付いたとき、ミライの中で生理的嫌悪感とも呼べる強烈な感情が湧き上がって来た。ミライは急速に我に返った。

「ちょ……なに勝手に撮ってんのよ! やめて! 放して!」

 ジタバタもがくミライの様子を見て、それまで笑っていたマヤギスは途端に細い目をカッと見開くと、一瞬遅れてミライに鋭い平手打ちを見舞った。パシィン、という乾いた音が舞台袖に拡散して消える。じわじわと広がってくる頬の痛みに耐えながらミライがキッと睨み付けてやると、マヤギスは人が変わったように喚き散らした。

「――黙らっしゃい! ピーチクパーチクうるさい女だ……貴様の仕事は赤の他人に媚を売り痴態を晒すことであろうっ! 黙って撮影に応じていればよいのだ!」


 とんでもない言い草だった。いったい何なのだ、この男は。

 するとその時、

『ディメンションゲートオープン シュトラーゼGO!』

「んなっ!?」

 何処からともなく聞こえてきた、ノリのいいアナウンス。それを耳にした途端、マヤギスが目に見えて狼狽するのが分かった。不安げにキョロキョロと辺りを見回し、パチモンスターたちもそれに倣う。いったい何をそんなに恐れているのか。そう疑問に思っていると、


「――そこまでだ、変態野郎!」

 どこか少年っぽさも混じる威勢のいい声。ソレと共に突然、マヤギスの背後からオレンジ色の人影が舞い降りてきた。マヤギスは気付くなり大慌てでその場から飛び退る。その人影はミライを捕らえていた左右両サイドのパチモンスターを空中から続けざまに蹴り飛ばすと、シュタッと華麗に着地し、倒れかけたミライの体を咄嗟に抱きとめた。

「……大丈夫か?」

「う、うん。貴方は……?」

 窮地に駆けつけてきたその人物は、ミライがもう一度自力で立てるようになったのを確認すると、黙って肩に手を置いて頷き、それからマヤギスたちの方に向き直って言った。


「“世界を繋げるエンターテイメント”ッ――」

 若々しく、力強さを備えた宣言が舞台袖いっぱいに轟く。マヤギスやパチモンスターたちが警戒し身構えるのが分かった。

 その人物は両腕を使って何らかの構えを形作ると、更に続けて名乗りを上げた。

「――D.H.シュトラーゼ!!」


 その瞬間、シュトラーゼと名乗ったその人物の全身各部からチカチカと明滅する光が放たれた。その光に照らし出されて、暗闇の中にガッチリとしたメタリックオレンジの体躯が浮かび上がる。その姿はさながら鎧をまとった勇者のようでもあった。


 一方マヤギスは、心底気に入らないという様子で全身をぶるぶると震わせていた。

「おのれぇ~、シュトラーゼめ! やってしまいなさい!」

「「「イホーッ!!」」」

 姿を現したとき同様。マヤギスの命令を受けて黒づくめのパチモンスターたちが一挙に飛び掛かってくる。


 が、今度は彼らが殴り倒され、投げ飛ばされる番だった。シュトラーゼは驚くほど強かった。大の男が束になっても敵わなかった怪人たちを、シュトラーゼがちぎっては投げ、ちぎっては投げる。誰一人としてミライに触れられる者はいない。シュトラーゼの背中が、ミライにはとても広く大きく感じられた。

 それにしても、数が多すぎる。シュトラーゼがどれだけ蹴散らしても何処ともなく出現するパチモンスターたちは、まるで巣穴から這い出てくる働きアリのようだった。


 そのとき、シュトラーゼが急にミライの腕を掴んで言った。

「こっちだ、少し走るぜ!」

「えっ!?」

 戸惑うミライをよそに、シュトラーゼが疾風のごとく走り出した。それに牽引されてミライも必死に足を動かす。背後でマヤギスの怒り狂う声が聞こえた。

「逃がすな、追えーっ!」


 パチモンスターたちの追いかけてくる音が聞こえる。シュトラーゼに手を引かれ、ミライは先ほど他のアイドルたちが逃げ出した出入り口を潜り、狭い通路を駆け抜け、幾度となく角を曲がった。そうしているうちに、ミライは自分が今何をしているのか、よく分からなくなってきてしまった。

「ま、待って!」

 ミライは思わず目の前のシュトラーゼに向かって叫んだ。

「アイツらは何なの! いったい何が起きてるの!?」


 しばらくして、シュトラーゼとミライは会場の地下にある駐車場にやって来ていた。マヤギスやパチモンスターたちの探索をかいくぐって、ここまで逃げてきたのだ。

 気が付けば、ミライは先程からずっとシュトラーゼに手を握られ、引っ張られ続けていた。もう大丈夫と手を離そうかとも思ったが、ミライは自分でも何故かはよく分からないが、一向にそれが出来ないままでいた。


 にわかには信じられないような話を、次々と聞かされたショックの所為かもしれない。

 シュトラーゼの話によれば、彼とマヤギスはこことは違う別の世界から次元を超えてやって来た存在だという。マヤギスの目的は、あらゆる世界から収集した文化や芸術の類を彼の生み出した怪人・パチモンスターたちに反映させていき、その軍団で自らの世界・レプリカ帝国を築き上げること。シュトラーゼはその野望を阻止するために、マヤギスを追って色々な世界を旅して回っているロボット戦士だということ。


 到底一度には理解しきれない、目が回るような情報の嵐だったが、それを「へへっ……凄ぇだろ?」の一言で済ませてしまうシュトラーゼも相当なものであった。どうやらシュトラーゼには、体躯に比して子供っぽい性格がプログラムされているらしい。彼を造って送り出したのは、一体どんな人物なのだろう?

「……怖くないの?」

「怖いって、何が?」

 ミライの投げかけた質問に、シュトラーゼは僅かに振り返って首を傾げる。アイドル業の自分が言うのもなんだが、ロボットであるシュトラーゼは仕草が極めて漫画的というか、あざとい傾向にあった。コミュニケーションを円滑にするための措置だろうか。


 目や鼻、口などがあるべき場所に大きな一枚のディスプレイがはめ込まれたシュトラーゼの顔を見つめ返しながら、ミライは少し迷いながらこう言った。

「全然知らない世界を行ったり来たりしなくちゃいけないこと、とか……」

「怖くなんかないぜ!」

 即答だった。シュトラーゼは、更に続けた。

「それよりも、ワクワクするんだ! いつもいつも、見た事もない世界に飛び込んでいくその瞬間がさ!」

 極めて明るい声音でそう言いきってみせるシュトラーゼ。

 その自信のほどに、ミライは圧倒されてしまった。と同時に、自分自身の情けなさが思い起こされてきて、先程までのように落ち込んでしまう。

「……凄いな、シュトラーゼは。アタシなんかとは大違い」

「えっ?」

 シュトラーゼが思わずといった風に訊き返してくる。その顔をミライは直視出来なかった。

「アタシ、こんな小さな一歩でも怖いんだ……」


 トーキョ~☆サイキョ~☆アイドルフェスタ! は本来、プロのアイドルのみが集められるイベントである。しかしながらミライに関しては違う。どこかの事務所に所属しているという訳でもなく、秋葉原某所にあるメイドカフェのミニステージで、時々個人的にパフォーマンスをさせて貰っていただけのいわば地下アイドルなのである。

 もしくは限りなくアマチュア寄りのセミプロと表現しても良い。


 ところがひと月ほど前、急に転機が訪れた。ミライが通っていたメイドカフェに、たまたま足を運んでいた某・中堅プロダクションのスカウトマンが、ミライの歌唱やパフォーマンスを高く評価してくれたのである。そしてミライの意思を確認したうえで、一定の条件をクリアすれば自分たちの事務所からプロデビューさせるとの約束をしてくれた。

 その条件とは、二〇一三年度「トーキョ~☆サイキョ~☆アイドルフェスタ!」に出場し、会場の出入り口に設置されている観客アンケートで一定以上の得票を集めること。


 元はといえば幼い頃、街中で目撃したプロアイドルのキレッキレのパフォーマンスに抱いた憧れの延長で地下アイドルを始めたミライである。その申し出は、まさしく願ってもないものだった。こうして事務所の伝手で設けて貰った特別枠に入れられる形で、ミライはフェスタに参戦している。

 ……が、実際会場にやって来てみれば、そこから先はずっと緊張の連続であった。大なり小なりメディアに露出しプロとして知られている他のアイドルたちの名前が呼ばれる度、ミライは今日ここにやって来たことを激しく後悔しそうになる。たとえメイドカフェでは一番の人気パフォーマーだろうが、彼女たちに比べれば赤子も同然という気にさせられた。


「そうか……大変なんだな、アイドルってのも」

 コツン、とコンクリート製の柱に背中を預ける形で、シュトラーゼは殺風景な地下駐車場の天井部分を仰ぎ見る。しばらくの間、沈黙が場を支配した。

「でもよ……落ち込むことないと俺は思うぜ? なんせ、あのマヤギスのセンサーが反応したぐらいなんだからな」

「えっ?」

 今度はミライが聞き返す番だった。ミライの不思議そうな視線を受けて、シュトラーゼは腕を組んでうーんと悩むような仕草を見せてから、ゆっくりと語った。


「マヤギスってな、センスは最悪だけど発明の技術だけは凄いんだぜ……って、褒めるのも変だけどさ。俺が旅してきた色んな世界で、マヤギスのセンサーが反応したのは毎回とても価値のあるものばっかりだったんだ……。だからさ、元気出せよ。ミライが気付いてないだけで、ミライには凄ぇ可能性が隠れてるってことなんだぜ?」

「……そう、なのかな」


 異次元の話同様、ミライには容易に信じられないようなことだった。あの身勝手極まりない胡散臭い科学者の発明に反応したから、自分には才能がある? そんなことってあるのだろうか。そもそも、こんなステップひとつ踏み出すのに躊躇している自分に、一体どんな可能性があるというのだろうか。


「――そのとぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉり!」

「「!!」」

 駐車場の空間いっぱいに、もう二度と聞きたくなかった男の声が響き渡る。シュトラーゼとミライがバッと柱の陰から顔を出すと、二人が隠れていた位置から十メートルと離れていない場所に、黒づくめのパチモンスター軍団と、それを従えた白衣の男・Dr.マヤギスがズラッと居並んでいた。いつの間にこんなところまで近づいて来たのだろう。


「ホッホッホ……その女から手に入れたデータは、大変興味深いものでしたよ。解析も終わりましたので、あとは貴様と一緒にその女を始末するだけなのです、シュトラーゼ」

「「「イホーッ!!」」」

 始末という単語が聞こえて、ミライは全身にゾッと怖気が走るのを感じた。ミライが思わず後ずさりするのと同時に、シュトラーゼが柱の陰からサッと飛び出して、マヤギスの目の前に立ちはだかった。

「ミライにはこれ以上、指一本触れさせねぇぞ!」

「そういう訳には参りません。貴様も知ってのとおり、パチモンスターどもをパーフェクトな存在に仕上げるためには、オリジナルには消えてもらう必要があるのです」

 言うが早いか、マヤギスは右手をサッと高く掲げて宣言した。


「出でよ、新たなる我がしもべ……パチモンスター・アイドル!」

「キェェェェェェェッ!」

「ひっ……!?」

 奇声と共にマヤギスたちの背後から跳躍し出現したその存在を見て、ミライはまた再び悲鳴を漏らしそうになった。

 それは、醜悪としか言い表しようのない怪物だった。巨大な目玉に、耳元まで裂けた大きな口。申し訳程度にリボンなどつけているが、髪を振り乱した様子はまるで口裂け女かヤマンバを思わせた。細身の体躯に張り付いたボロボロで色あせた布きれは、目を凝らしてよく見るとミライがいま着ている衣装とほぼ同じデザインだった。


 シュトラーゼの説明によれば、あの大量の黒づくめのパチモンスターたちは、一種のサナギみたいなものだという。その中の一体に何らかのデータをマヤギスが組み込むと、それを反映した姿にパチモンスターは進化するのだそうだ。

 つまり、あのパチモンスター・アイドルという怪人には、ミライを強引に撮影して入手したデータが組み込まれているということになる。何をどう解析したのかは知らないが、自分からあんな醜い怪物が生み出されたなんて何かの間違いだと思いたかった。


「そんなパクリ丸出しの雑魚になんて、やられるもんか! かかってこい!」

「雑魚かどうか、試してみるといい! ゆけぃ!」

「ケケケェェェッ!」

 挑発に応じたマヤギスの号令で、パチモンスター・アイドルがシュトラーゼ目掛けて一直線に飛び掛かる。当然シュトラーゼも、それを迎え撃とうと身構えた。


 がしかし、そこから先は予想だにしない展開だった。なんと、パチモンスター・アイドルがシュトラーゼの目前で視界から消えたのである。

「なっ!」

 シュトラーゼが驚愕していると、その背後から奇声を上げてパチモンスター・アイドルが襲い掛かってきた。瞬時に防御態勢をとるシュトラーゼ。ところがまた目の前でパチモンスター・アイドルは姿をくらます。そしてまた別の方向から現れ、今度はシュトラーゼのボディに鋭い爪の一撃を命中させた。


「ぐわああああああ!」

 金属製のボディの一部が切り裂かれ、コンクリートの壁で四方を囲まれたグレー一色の空間に盛大な火花が舞い散った。倒れる暇もなく、またしても別の方向から二撃、三撃とパチモンスター・アイドルの爪が繰り出される。

 次から次へと予測不能の方向からやってくるパチモンスター・アイドルの攻撃に、とうとうシュトラーゼはドサリ、とコンクリートの床に音を立てて倒れ伏してしまった。

「は、速すぎる……!」

「ケーケケケケケケケケケケケ!」

「ホッホッホ、手も足も出ないようですねぇ。最初の威勢はどこに行ったのでしょう?」

「ぐ……」

「シュトラーゼ!」

 ボロボロになっていくシュトラーゼの姿が見るに堪えず、ミライは思わず傍に駆け寄ろうとしてしまった、が、シュトラーゼが即座に手でそれを制する。


「下がってろ……ミライ……!」

「シュトラーゼ……」

「ミライは絶対に……俺が守る……血と! 汗と! 涙と! 人間の数えきれない努力が生み出したものを……こんな簡単に壊されてたまるかってんだよ!」

 そう言いながら、シュトラーゼは傷だらけの体を押してその場に立ち上がる。全身から煙が立ち上り、危険を知らせるアラームが鳴り響いていたが、お構いなしだった。

 その言葉と、行動を見てミライは思った。ああ、確かに彼には心があるんだな、と。たとえロボットだろうが異次元出身だろうが、そんなことは関係ない。シュトラーゼは自分たちと何の違いもない、ただ体が機械で出来ているだけの、心を持ったニンゲンなのだと。


「フン! 血も涙も流れていない機械人形風情が……知った口を聞くな! とどめを刺してしまいなさい、パチモンスター・アイドル!」

「キェーッ!」

 マヤギスの容赦ない言葉と、心持たぬ複製品の怪物の叫び声が地下駐車場に木霊する。パチモンスター・アイドルのトリッキーな高速移動が再開された。右に現れたかと思えば、左に。前に現れたかと思えば、後ろに。一瞬先の動作を全く予測することが出来ない。


 どうしよう。どうすればいい? 自分も何かシュトラーゼの力になりたい、とミライはそう強く願うようになっていた。かといって、自分が戦場に突っ込んだらシュトラーゼの頑張りを無駄にするだけだ。一体どうしたら。


「ホーッホッホ! 素晴らしい……まるでレプリカ帝国を祝福する、勝利の舞いです!」

 マヤギスはパチモンスター・アイドルの戦いぶりを眺めながらそう言った。

 それを聞いた瞬間である。ミライはふとある事実に思い至り、改めてパチモンスター・アイドルの動きを見つめた。左。右。左。左。左。ミライは自分でも知らぬ間に叫んでいた。

「シュトラーゼ、右よ!」

「!」

 即座に反応したシュトラーゼが自身の右方向に向かってハイキックを繰り出す。直後、その間合いに自ら飛び込んできたパチモンスター・アイドルが鋼鉄の回し蹴りを喰らって吹っ飛び、近くの柱に激突した。

 やっぱりだ。自分の予想に確信を抱いたミライとは裏腹に、マヤギスや、攻撃を命中させたシュトラーゼ自身も、まったく訳が分からないという様子だった。


「シュトラーゼ……今からアタシの言うとおりに動いて!」

「み、ミライ?」

「いいから早く!」

「……おぅっ!」

 困惑していたシュトラーゼだったが、ここは素直にミライの言うことに従うと決めたらしい。片やマヤギスは、今起こったことを認められないでいるようだった。

「ええい、単なるまぐれだ! 構うな、パチモンスター・アイドル!」

 想定外の攻撃を喰らってよろめいていた敵怪人も、ようやく床から立ち上がると例の動きを再開し始めた。しかし、それが命取りだ。ミライは大きく息を吸い込むと、その日一番の自信を持ってシュトラーゼへの指示を開始した。


「右! 右! 左! 後ろ! 前! 右! 左! しゃがむ! 左! 左! 左! 右!」

「な……!?」


 マヤギスが思わず絶句するのも無理はなかった。先程からパチモンスター・アイドルの動きが完全に、ミライが予測した通りのものになっていたからだ。方向さえ分かっていれば当然、シュトラーゼに見極められない攻撃はない。

 全ての攻撃を防ぎ切り、反対に一撃、一撃、確実に拳や蹴りをパチモンスター・アイドルにめり込ませていく。最後にはとうとう、パチモンスター・アイドルはマヤギスの目の前に転がされる羽目になっていた。


「な、何が起きているのだ? 我がパチモンスターが貴様の言う通りに動くなど……」

「マヤギスっていったわね。確かに貴方の作った怪人は優秀よ……アタシが今日まで、何度も練習を続けてきたダンスの振り付けを、そっくりそのまま真似しちゃうんだからね!」

「なにぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃっ!?」

 マヤギスが目に見えて狼狽した。


 そう、キッカケはマヤギス自身が怪人の動きを「勝利の舞い」に例えたことだった。考えてみれば簡単なことだったのだ。パチモンスター・アイドルにはミライのデータが組み込まれている。あの醜悪な怪物は、規模こそダイナミックになっているが、動き方そのものはミライの体に染みついた振り付けを再現しているだけだったのだ。


「シュトラーゼの言う通りよ。パチモンだか何だか知らないけど……アタシが今日まで続けてきた頑張りを、そんなニセモノなんかに壊させやしないのよ!」

「お、おのれぇ!」

「これで終わりだ、マヤギス!」

 シュトラーゼが声高らかに宣言し、腰の部分に装着されていたタッチパネルのような機器を操作した。すぐさま、初めてシュトラーゼが出現したときと同様のノリノリのアナウンス音声が発せられる。


『シュトラーゼフィスト コピーライトスラッシュ!』


 たちまちシュトラーゼの両手が、目くるめく変化する七色の光に包まれた。シュトラーゼは腰を低く落としながらゆっくりと、両手で大きく周囲に弧を描く。そしてコンクリートの床を蹴ってジャンプすると、空中で軌道を変えるべく辺りに立ち並ぶいくつかの柱をも次々と蹴りつけながら敵怪人目掛けて飛び込んでいった。

 七色に輝くシュトラーゼの腕が、超スピードで空中を突き抜けていく。赤に、緑に、紫に。空中に描かれた光の軌跡は、さながら極地の夜空に磁場とプラズマが織りなす巨大なカーテンのようだった。その美しさに、ミライは魅了される。


「でぇぇぇぇぇいやぁぁぁぁぁっ!」


 シュトラーゼが裂帛の気合いを放つ。すれ違うその刹那、エネルギーを纏ったシュトラーゼの手刀がパチモンスター・アイドルの胴体を両断した。着地したシュトラーゼはザザッと床の上を滑りながらブレーキを掛ける。


 直後、甲高い断末魔の叫び声と共にパチモンスター・アイドルが大爆発を起こした。

 呆気にとられたままのミライの眼前に、いつの間にか取って返して来たシュトラーゼが両手を広げて立ちはだかった。盾となったその背中で猛烈な爆風が受け止められた瞬間、ミライは思わず身をすくめ頭を覆った。微かな火の粉と熱気だけが、ミライの元へと届く。


「ぎゃあああ! 顔が! 顔がぁぁぁぁ!」

 揺らめく炎の向こう側で、そんな絶叫が聞こえた。恐る恐るシュトラーゼの背後を覗くと、そこではマヤギスが自身の顔を押さえながらコンクリートの上でのたうち回っていた。遠目に見ても何が起こったかは分かる。間近で爆発が起こったうえに、心のないパチモンスターたちでは自発的に咄嗟にマヤギスを守ることは出来なかったのだ。

 地下駐車場という狭い空間で行き場を失った炎と熱波と衝撃波の全てを、マヤギスはモロに浴びてしまっていた。パチモンスターたちに大分遅れて助け起こされた時、その顔は目を背けたくなるほどに焼けただれていた。


「おん……のれぇ~~~~~~シュトラーゼ~~~~~~!」

「マヤギス、もう諦めろ!」

「これで終わったと思うなよ……必ず! 私はレプリカ帝国を完成させてやるのだぁ~~~!」

 もうすっかり丁寧口調を忘れたマヤギスは、パチモンスターたちに引っ張られながら大慌てで、最初現れた時と同じく空間を歪めた大渦の中へと消えていった。


「逃がすか!」

「ま、待ってシュトラーゼ!」

 マヤギスを追おうとするシュトラーゼをミライは思わず呼び止めてしまった。すると、シュトラーゼはその顔のディスプレイに笑顔らしき模様を表示した後、グッと親指を立てる動作でミライを激励してみせた。


「自信持てよ、ミライ。ミライなら絶対にプロのアイドルになれる。だってミライはずっと、そのために頑張ってきたんだからな!」

「…………うん!」


 そう返事をし、ただただ頷き返すことしか出来ないミライ。

 そうだ、引き止めることなど出来るはずがない。何故なら、シュトラーゼには使命があるのだから。彼は自らの為すべきことを為した。ならばミライもまた、いま自分自身が与えられた使命を果たすべきではないか。

 ミライが見守る中、颯爽と走り出したシュトラーゼは時空の狭間に飛び込んでいき、そして姿が見えなくなった。時空の穴が徐々に小さくなり、やがて消える。


 自分でも知らない間に、ミライは涙を流していた。


 想定外のパニックに見舞われたものの、トーキョ~☆サイキョ~☆アイドルフェスタ! は一時間ほど間をあけた後に無事再開された。観客側に巻き込まれた人が一人もいなかったことが唯一の救いで、同時にフェスタを続けられた理由でもあった。

 それでも観客たちは、何が何だかよく分からないトラブルで長時間待ちぼうけを食ったことに少なからず不満を募らせていた。その不満を何とか解消させようと、女性司会がやっと電源の入ったマイク越しに強引に明るい声を発する。


「――無事フェスタが再開出来て良かったですねぇ! それでは皆さん、お待たせしてしまいましたが再スタート一発目は本日特別参加の期待の新星! メイド喫茶『D ー GITAL』からやってきたミライちゃんです、どうぞ!」

 アップテンポな曲が会場いっぱいに流れ始める。ミライは舞台袖で毅然と顔を上げると、再び明るくライトアップされたステージの中央目指して元気のいい動きで登場してみせた。観客の多くはミライが誰だか知らないため、戸惑いの様子を隠しきれていない。この反応は想定内だった。


 が、観客席の最前列。ミライの眼には確かにその姿が映った。地下アイドルだった数年間、メイドカフェでずっと自分を応援してくれていた人々だ。今夜フェスタに参戦することは事前にメイドカフェでも告知されていた。地下アイドルというのはプロアイドルに比べ、ファンとの繋がりが密接だ。彼らはミライの晴れ舞台を知って、会場に駆けつけてくれていたのだった。彼らの存在もまた、ミライが積み重ねてきた頑張りの証だった。

 ミライはまずメイドカフェからのファンたちに向けて最上級の笑顔を送った後、会場全体を見渡しながら微笑み、そして今自分に出来る最高のクオリティで歌を歌い始めた。


 ミライは決めた。もう迷わない。シュトラーゼは自分を守ってくれた。客席最前列の彼らも応援してくれている。ならばミライ自身もまた、それだけの価値があったといえるアイドルになろう。まずはこの会場にいる人々全員を元気にすること。それが自分の使命だ。

 ミライの迷いなき歌に、踊りに、パフォーマンスに、最初は戸惑っていた観客たちも次第に惹きつけられていき、やがて会場全体が一体となって熱狂の渦が舞い戻る。

 暗闇の中で波のように繰り返し揺らめくサイリュームが、ミライへの最高の賛辞だった。


「みなさーん! はじめましてーっ♪」

 歌を歌い終えてすぐ、ミライは観客たちに向けて挨拶した。

「待たせてしまってごめんなさい……自己紹介がまだでしたね。アタシの名前はミライ、よろしくね♪」


 フェスタが終わって数日後、観客アンケートで無名の新人とは思えないほどの得票数を獲得したミライは、文句なしにプロデビューすることが決定した。

 そのデビューシングルとされたのは、新人としては珍しいながらもミライ自身の作詞によるものだった。その名もずばり『オーロラ』だ。

 別の世界へと旅立っていった今も、ミライの心の中にシュトラーゼはいる。

(終)

挿絵(By みてみん)


作者による解説 in 2021


所属していたデジタルハリウッド大学特撮研究会のローカルヒーロー企画『D.H.シュトラーゼ』の脚本を任された際、世界観やキャラクター、状況設定等を把握する目的で2014年に執筆した一万文字程度の短編小説。相互宣伝も兼ねて、同大学の2014年文芸サークル会誌『祭』に出張掲載された(当時の名義は『彩条晃平』)。


↓デジハリ特撮研究会公式チャンネル↓

https://www.youtube.com/channel/UC8s4bTcHgQ-cdXcVbf0eg9w


2014年頃の自分は小説脚本を問わずスランプの真っ只中だったが、その中でも本作は奇跡的に上手くいった一本。まだ人間不信がひどく、テーマとキャラクターの両立手段もよく分からず、『キャラを立てる』ことの意味も理解出来ずに試行錯誤という中々大変な状況だったが、今思えば具体的な文字数指定のある短編+エピソードゼロという条件が事前に出ていたため、シンプルにまとめられたのは必然だったとも言える。


ちなみにその後も続く『シュトラーゼ』シリーズとしては、ショーを何度も上演するうちに構築されていったキャラクターに比べ、敵キャラクター=マヤギスがやたら外道だったり…当時公式配信で観ていたメタルヒーローシリーズの影響もあったと思われますが、大学のローカルヒーロー企画それも自分ところの学長をネタにしたキャラクターに女性差別的な発言させるのは中々酷いw(学長本人の人物像とは一切関係ありません…むしろジェントルマンです、念のため)


とはいえ、出張掲載された文芸サークル会誌のコメントで「シュトラーゼ、格好良かったですね!」とそれも確か女性のサークル長から紹介コメントを頂いたのは今でも覚えていたり…まあサークル間コラボの一環だしリップサービスもあったでしょうが、『悩む主人公』が自分のスタイルに合っていたという部分も少なからずあったのかも。

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