1週間の真相
「え?」
『今日会えることがわかってるからって、連絡も何もしなくてもいいと思ってた?』
そう問いかけると、千葉の動きがピタリと止まった。
視線が向けられていることに気がついて、あたしも棚から千葉の方へと顔を向ける。
「メール」
「…………?」
「この1週間。メールが1通しか来なかった」
本気で責めているわけではない。
どちらかといえば……拗ねている、といった方がいい。
「藤原?」
「あたし、何回かメールしたよね? でもって、電話もしたよね?」
「あ、ああ」
明らかに機嫌が悪くなっているのが目に見えてわかったのだろう。さすがに、マズイと思ったのか、千葉が慌ててビデオテープの山をひっくり返した。
「あ、あのな、電話もメールも気がついてたんだけど、気づいたのが夜遅かったから、起こしちゃマズイと思って」
「遅くに連絡があるかもって思ってたから、この1週間の平均睡眠3時間」
落ちたテープを拾っていた千葉が、マジで? と上目遣いにこちらをこわごわと見上げる。
「そりゃね、今まで普通の友だちだったし、朝のおはようメールとか、夜のおやすみメールとか、そんなのマメにするのも、なんか照れくさいものがあるし? 毎日毎日連絡取りたいか、って言われたら、どうかなって思うけど」
口にしながら、だんだん淋しくなってきた。
泣くまではいかないけれど、なんだか鼻の奥がツンとしてきて。あたしは、最後に一言だけ彼に向かって気持ちを吐き出した。
「もうちょっと、構ってくれても罰は当たらないと思う」
そう言って、またビデオを棚に戻し始める。
(…………ちょっと、言い過ぎたかなぁ)
口にしているときは、勢いに任せればいいけれど、問題はその後だ。
(な、何か言ってくれないかな……?)
千葉は、さっきの崩したビデオを拾ったまま、何も言わない。
カチャッ、カチャ、カチャとビデオの重なる音だけが、耳に入ってくる。
「ごめん」
落としたビデオを全部拾って、あたしの隣で棚に戻しながら。
千葉は、そう呟いた。
「本当にごめん。そうだよな、俺の携帯には藤原からメールが着てたから、なんか一人で安心してた。考えたら、こっちから全然連絡してないもんな」
「……ちょっとだけ、1週間前のことは、クリスマスに見た幻かと思っちゃったよ」
「うわぁっ、それだけは勘弁! 幻なんかにされたら、俺のこの1週間はどうなる」
「は?」
あまりの落胆ぶりに、正直ホッとして、そして軽く首を傾げる。
(俺のこの1週間?)
聞き返したあたしに、千葉ははっとした顔をして、そしてすぐにばつが悪そうに笑った。
「あー、この話の続き、帰りでもいい?」
「え? あ、うん」
そのまま、終わりまでビデオの整理とレジに追われ、実際に帰りの準備をしたときには、もう街はカウントダウンモードになっていた。
「わー、今日も人が多いねぇ」
店の近くには神社もあるので、コートを着込んだ人の群れが、駅とは反対方向に流れていく。
「藤原」
「ん?」
店を出て、逆方向に歩くあたしたちの距離は、この前と変わらない。
「さっきの話だけどさ」
「……うん」
「この1週間、俺、別のバイトしててね」
「……? うん」
「短期で、ビデオ屋よりも時給が良かったから、ちょっと集中的にそっちに行ってたんだけど」
「ああ、それでこの前バイト休むって」
話を聞きながら、ああ、そうかと思う。
(それじゃぁ仕方ないよね……。集中的、ってことは、疲れてただろうし。あたしにメールや電話をする時間がなかったのも……一言そう言ってくれたらとは思うけれど……だけど、納得することができる)
「うん、そう。で、ここ1週間、実は藤原と同じくらいの睡眠時間しかとってないんだけど」
「うん。……って、ええ?! ちょ、ちょっと大丈夫??」
「大丈夫、藤原だって、同じくらいしか寝てないじゃん」
苦笑する千葉に、とんでもないと首を振る。
「同じわけないでしょ?! あたしのは、家でゴロゴロしながら勝手に起きてただけ、千葉のとは、全然違うってば!」
「いや、俺だって勝手に働いてたわけだし……」
「ちーがーうー!! なんで言ってくれなかったの? あ、あたしのメールとか電話とか、うるさくなかった?」
「ちょ、ちょっと落ち着けって」
「だって!」
連絡をくれなかったことにあれだけこだわっていたのに、それが一瞬で吹き飛んでしまうあたり、あたしは相当千葉に参ってるに違いない。
思わず大きくなった声に、周りがちらりとこちらを振り返る。
それに気がついたのか、軽くため息をつくと、千葉はあたしの手を取って、並木道のそばの花壇のふちにあたしの腰を下ろさせた。
そして、自分はその前にしゃがみこむと、はい、と、小さな箱を差し出す。
(………………?)
「……千葉?」
「とりあえず、受け取って」
「何? コレ」
呆然として、動けない。
「知りたきゃ、さっさと受け取って開けてみたら?」
そう促されて、ようやくあたしはそっと、その箱を受け取った。
小さな、もらったことはないけれど、よくこんなシチュエーションで見たことのある、四角の箱。
ドキドキしながら静かに箱を開けると、そこには。
「千葉」
「何?」
「何? コレ」
さっきと同じ質問を繰り返す。
「見てわかんない?」
笑いを含みながら、千葉がちょっと自慢げに言う。
「わかんない」
涙で前が見えにくくて。
そう答えると、千葉はポツリと、
「1週間遅れだけど、クリスマスプレゼント」
と言った。
この1週間。彼は、どんな思いで居たのだろう。
不安になっていた自分がバカみたいに思えてくる。
「これのために?」
「おかげで、藤原のことほったらかしにしたのは謝る」
そう言う彼に、そんなのもう全然いい、と首を振る。
あたしは、小さな箱の中から、シンプルなデザインの指輪を手に握ると、
「ありがとう」
と、泣き笑いのまま抱きついた。
タイミングよく、どこかからカウントダウンの声が聞こえてくる中。
あたしは、年をまたぎながら、幸せな気持ちで胸がいっぱいになっていた。