大晦日のレンタルショップ
それから1週間。
連絡がない千葉に、あたしだって受身でいたわけじゃない。
ちゃんと、メールを送ったり、電話をかけたり。
けれど、返事がくることはなく、電話も留守番電話サービスに繋がってしまう。
「どんな顔して会えば良いのかなぁ」
店の裏口の前まで来て、あたしの足は先に進むことを躊躇した。
普通に顔をあわせるのが一番良いのかもしれない。
けれど、不安を煽られまくりのあたしは、笑っておはようございますと言うことも出来ないと思う。
(釣った魚には餌をやらないタイプ? もしかして)
千葉に限って、そんなわけないだろうと否定する傍から、だったらこの1週間はなんだったのよ、ともう一人の自分がささやく。
「こらー! 藤原っ! 来てんなら、さっさと店入れー!!」
うんうん唸っていると、一服するために2階の窓を開けたのかガラガラという音と共に店長の声が降ってきた。
一瞬、ビクリと体を震わせて、慌てて反射的に目の前にあるドアを開ける。
「お、おはようございます! 今すぐ入ります!」
顔だけを上に向けて、挨拶すると、部屋で休憩をしていた人たちが、一斉にこちらに目を向ける。
(……そうえいば、今日、大晦日だったっけ)
日本人なら日本人らしく、大晦日はカウントダウンでもしててよ、ってくらい、レンタルビデオ屋に人が押し寄せてくる。そう先輩が話していたのを聞いた覚えがある。
うんざりした顔の人も居れば、夕飯なのかお昼なのか、お弁当を食べている人いる。
「翔子ちゃん、今日4時から終わりまでなんだって?」
そんな中、今日も、もう上がりなのか宮子ちゃんが帰り支度をしながら、あたしの傍までやってきた。……クリスマスほどではないけれど、今日も早めに上がる人が多そうだ。
(そうだよねぇ。お正月くらい一家団欒でのんびりしたいよなぁ)
「うん。宮子ちゃんは、もう終わり?」
「そう。これから彼氏と初詣に行くから着物の着付けに行ってくるの」
優しい顔立ちの宮子ちゃんなら、和装も似合うんだろうなぁと思って、思わず「いいなぁ」
と呟く。
すると、宮子ちゃんは、笑って、
「何言ってるのー、翔子ちゃんの方があたしは羨ましいよ。あたし今日9時入りだったんだけどさ、もう千葉の機嫌が良くて良くて。面倒ごとも笑顔で引き受けてくれちゃうから、助かっちゃったよ」
と、バシバシあたしの肩を叩いた。
「……えぇ??」
「え? だって付き合うことになったんでしょ?? 店長が、『クリスマスも忙しくさせたのに、年末まですまんな』って言ったら、あいつなんて言ったと思う?」
そのときのことを思い出したのか、声を出して笑い出す宮子ちゃんに、あたしは眉を寄せて首を傾げる。
「なんて?」
「……『好きな奴と一緒だったら、別に苦でもなんでもないですよ』って。で、今日は翔子ちゃんまだ来てないじゃん、ってあたしが言ったら『いいんだ。来たときに少しでも楽させてやれるように今のうちに俺が片付けて、来たらゆっくり一緒に仕事すればいいんだし』って」
「……はぁ??」
(何言ってるの?! というか、その自信のある発言は一体……)
「もともと仲良さそうだったし、お互い想い合ってそうだったから、安心しちゃったよ。多少の、のろけは大目に見ましょう」
そう言いながら、よいお年を、と去っていく宮子ちゃんの姿を見送る。
(本当に、釣った魚には餌をやらないタイプなのかなぁ)
連絡が取れない、ということがこんなにも不安なものだとは思わなかった。
今までだったら、さほど気にせずに次のバイトのときでもいいか、と思えたのに、そう思えない。
日ごろ、くだらないメールのやりとりをしていたからこそ、パタリとそのメールが止んだことに、不安を覚えてしまう。
「あ、藤原」
店が混んでいるというのに、いつまでも休憩室に居るわけにいかない。
さっきの宮子ちゃんの話で、別に嫌われたというわけでもないとわかったので、あたしは少しホッとしながら、千葉のいるレジにやってきた。
「おはよう。今日もずいぶん混んでるね」
差し障りのない会話から始めて、返却されたビデオテープを棚に戻していく。何かをしながらじゃないと怒られるし、視線を合わせないことを不思議に思われるかもしれないから、手だけはテキパキと動かして、作業を進める。
「大晦日なんだから、家の掃除でもしててくれりゃいいのに」
「そうだよねぇ。わざわざビデオなんか借りに来なくてもいいのにさ」
「御節とかも今は出前だしなぁ。うちの今日の夕飯もピザとかって言ってたし」
「うちは、カップ麺の蕎麦だって。年越し蕎麦代わり、って言ってた」
「ま、俺としてはどうやってデートに誘うか迷うこともなく藤原に会えたから別にいいんだけど」
(やっぱり、釣った魚に餌をやらないタイプではないよねぇ)
1週間も放って置かれたのは何故かを問い詰めるために、あたしは何度も考えた言葉を口にした。
「今日会えることがわかってるからって、連絡も何もしなくてもいいと思ってた?」