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ピリオドを打った、クリスマスイヴ

 「うわ、さむっ」

 へとへとになるくらい働いたのに、どこかウキウキする気分で外に出たあたしは、後ろから聞こえてきた声に、笑顔を返す。

 「当たり前だよ。雪降ってるもん」

 手袋をはめた手で夜空を指差すと、千葉は首をすくめたまま軽く顔を上げた。

 「通りで寒いわけだ」

 「粉雪みたいだから、すぐに溶けちゃうけどね」

 小さな白い粒が、あたしの真っ黒のコートに舞い降りて消える。

 街のイルミネーションは、隣に千葉が居るというだけでいつもより輝きが増しているような気がする。なんとも単純な自分の心に笑ってしまうけれど、そう思ってしまうものは仕方がない。

 「ってか、見事にカップルばっかり」

 「はは。この中をひとりで帰るのって、さすがに厳しかったかも」

 うんざりしたような千葉の言葉に軽く笑って、あたしは視線をイルミネーションの下に設置されたカフェテラスやベンチに向けてみる。

 いつもは、薄暗く不気味に見える街の雰囲気が、クリスマスになると淡いピンクの空気に包まれている。

 (……もしかしたら、うちらもカップルに見えてる?)

 勝手にそんな想像をするくらい、今ならば許されるんじゃないだろうか。

 あたしは、はしゃいで走り出そうになる歩調をゆっくりと千葉にあわせて、ゆっくりと足を進めた。


 遅くなった帰りにこうやって送ってもらうのは、今日で2回目。

 初めて送ってもらったのは、まだバイトを始めたばかりの春のことだった。

 ちょうど、お花見帰りの酔っ払ったおじさんにバイトの子がからまれたという話を聞いて、店長から女の子が帰るときは、誰かが付き添うようにとの命令が下ったのだ。

 (それまでは、全然接点なかったよなぁ)

 思えば、あれからだった。あたしが千葉のことを気になりだしたのは。


 「良かったよ、今日終わりまで居たのが藤原で」

 駅までもう少し、というところでそんなことを言い出した千葉にも、あたしは冷静に言葉を選ぶ。

 ……彼には、あたしのことをなんとも思ってないことを証明するような行動をとった過去があった。

 「……別にあたしじゃなくても、宮子ちゃんでも、一緒に帰れたと思うよ?」

 「落合は彼氏いるじゃん。いっつもバイトが遅くなると、車で迎えに来てもらってるの知らない?」

 「あー、宮子ちゃんが帰るときに、いつも店の前に居る黒の軽だっけ? 先輩が羨ましいって言ってたことがあったなぁ」

 「待ってるといえば、藤原もあったよな。男が店の裏で待ってたこと」

 「…………あー、そんなのもあったねぇ。なんか、一時期噂になってたらしいけど」


 あれは、秋の初めの頃だった。

 いつものように休憩室に居ると、千葉がかなり慌てた様子で部屋に駆け込んできたのだ。

 しかも『藤原の男が来た』という、聞いたあたしもビックリの台詞を連れて。

 「何が悲しくて、自分の兄と噂にならなきゃいけないんだか」

 その男の正体は、家の鍵を忘れてきたから貸せと開口一番にのたまった血の繋がった兄だった。

 普段から、とりあえず素直な妹のあたしは、何も考えることなく自分の鍵を渡したのだけど、何がどう伝わったのか、いつの間にかあたしには家の合鍵を持つくらい仲の良い彼氏が居ることになってしまっていた。


 「しばらく消えなかったよなぁ、藤原に一人暮らしの男がいるって」

 なんでもないことのように言う千葉を横目で睨み、あたしはポツリと呟く。

 「噂流してた張本人が、何を言う」

 「あ、バレてた?」

 「真相がわかったときに、みんなが言ってたよ。噂の元は千葉だから、って」

 それを聞いたときには、ちょっとショックだった。

 普通、好意を抱いている子の噂を流したりしないでしょ?

 簡単にそんなことが言えるってことは、あたしのことをなんとも思っていない証拠なんじゃないかと思ってしまう。

 (いや、所詮あたしはただのバイト仲間ですし?)

 ……いつかは、という気持ちがないわけではないけれど、まだ当分バイトを止める予定もなければ千葉がやめるという話も聞かない。だから、このままの距離で充分だと今は思っている。


 「だってさー」

 駅の改札口を通り、やっぱりカップルの多いホームに並んで立つと、千葉がさっきの続きなのか、そう切り出した。

 (まだ、その話するの?)

 顔の半分はマフラーに隠れているので、あまり千葉の表情は見えない。

 あたしにとっては、あまり聞きたくない部類の話なので、軽く千葉の顔を見上げるだけで続きを促す。

 「何よ?」

 「俺、意外とショックだったんだって。店に入ろうとしたら、さも当然って顔して『うちの翔子がここでバイトしてるって言ってたんだけど、呼んでくれない?』って言われるし。戻ってきたおまえはおまえで、『なんか、あの人鍵忘れたみたいで』って出て行くし」


 (あのバカ兄貴)

 そこは、うちの翔子が、じゃなくて、うちの妹が、でしょうが。

 ついでに、自分にも突っ込むなら、そこは、あの人じゃなくて、バカ兄貴で充分だってば。


 「……それは、誤解しても仕方ないかもしれないけどさ」

 「だろ? せっかく人が諦めようとがむしゃらに噂を広めてみれば、相手はお兄さんでしたなんて、笑えないっつーの」


 「…………………………は?」



  ――――― この後、どうなったのかは手短に話すことにする。

 話の流れでうっかり口を滑らしたらしい千葉の告白で、あたしの長い片思いはピリオドを打った、はずだった。

 確かにあの日、あたしは彼が何を諦めようとしていたのかを無理に吐かせ、その上で「あたしもずっと好きだった」としっかり口にしたのだ。

 

 けれど、それから1週間。

 あたしたちが交わしたのはたったの2通のメールのみ。それも、

 <悪い! 今日バイト休むって店長に伝えといて>

 というメールに、

 <わかった>

 というあたしの返信メールだけだったのだ。

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