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クリスマスイヴのレンタルショップ

 足が重い。

 重いけれど、行かなきゃいけない。

 でも、行きたくない。

 「……なんで、こんなことになっちゃったのかなぁ……」

 玄関の前で、あたしはブーツを履きながらそっとため息をついた。


 「翔子、早くしないとバイト遅れるわよ?」

 いつまで経ってもドアを開けようとしないあたしに、痺れを切らしたようにリビングから母が顔を覗かせる。

 「ねぇ、今日休んじゃダメかな?」

 「別にいいわよ。でも、休むんなら、自分で連絡しなさいね。仮病なんだから」

 「……藁をも掴む思いで、懇願した娘に、酷いこと言うねぇ、藤原さん家のお母さんは」

 あっさりとそう返されて、もう一度、今度はわざとらしくため息を吐いてみる。

 「親を藁なんかと一緒にするんだもんねぇ、藤原さん家の娘さんは。そんな風に育てた覚えはないんだけどねぇ」

 甘い親ではないことはわかっていたけれど、やっぱり無理のようだ。


 (…………嫌だなぁ…………)


 バイトを休む電話をかけるのは、本当はそんなに難しいことではない。

 きっとめちゃくちゃ忙しいだろうけれど、無理だと言えば、絶対に休めないわけじゃない。

 けれど、今電話をかけると電話口に出るのは、きっと奴で。

 奴のせいでバイトを休みたいあたしとしては、それでは元も子もないわけで。

 「いってきまーす」

 結局あたしは、いつもより重く感じるドアを開けて外に出たのだった。


 ことの始まりは、一週間前のクリスマスイヴ。

 「藤原さん、ちょっとそっちのレジお願い!」

 (クリスマスイヴにケーキ屋が混むのはわかるけれど、なんでビデオレンタルが混むのよ)

 その日あたしはバイトしているビデオショップで、朝からひっきりなしにやってくるお客さんの相手をしていた。クリスマスだからといって、一緒に居る相手が居るわけでもないし、友人のパーティに参加してお金が飛んでいくよりは、地道にバイトでもしていた方がマシ、と言いながらも、いつも以上の忙しさに、さすがに目が回ってくる。


 「……カップルはカップルらしく、イルミネーションとか外でデートしなさいよー」

 休憩時間に入るなりそう叫んで、そして、倒れ込んだ机の上にうつぶせる。

 すると、ポンッ、と頭の上に何かが乗る感触。

 「へばってんなー。大丈夫か? 藤原」

 聞こえてきたのは、ちょっと低い声。

 「千葉遅い。今日、何時入りだったの?」

 頭の上の正体は、同じバイト仲間の千葉亮太の手で、それに気がついたあたしは軽くそれを払いのけた。

 その手が乗っているのが嫌なわけじゃない。

 むしろ、その逆。

 これくらいの軽いスキンシップならば、相手が相手なので、心地良いものだったりする。

 けれど、振り払わないことの意味を推察されるのは、自意識過剰かもしれないけれど嫌。なんていう乙女心。でも、わからないんだろうなぁ、コイツには。

 案の定、手を払いのけられたことをさほど気にもせず、千葉は着ていたコートを脱ぐと、用意してあるエプロンを手早く羽織る。

 「今日は、4時から終わりまで。何、そんなに店混んでるの?」

 疲労感漂うあたしの様子に、千葉は軽く首を傾げる。

 「混んでるわよー。カップルに家族連れにひとりもの。借りてくジャンルもラブロマンスにアニメにホラーまでよりどりみどり」

 「クリスマスに、ホラーかよ」

 「いいんじゃない? 聖なる夜だもの。悪霊も悪さできないでしょ? って、盛り上がってるカップルが居たし」

 「……まだイヴだぞ?」

 軽く眉を寄せる顔に、あたしだってそう思ったわよと返しながら、早い夕飯を食べるためにコンビニの袋を手に取る。

 「何それ、夕飯?」

 「そ、あたしも終わりまでだから食べておかないと」

 お昼の休憩時間に調達したコンビニおにぎりとお茶。お茶はもうぬるくなってしまっていたけれど、わずかに暖かいぬくもりがある。これが、今日のあたしの夕飯だ。

 「あれ? おまえ、今日9時入りの6時上がりじゃなかったっけ?」

 「そうだったんだけど、宮子ちゃんが帰ることになったから、あたしが入ることになったの」

 さっきまであたしと店の中を走り回っていた仲間は、それぞれクリスマスを楽しむためにお先、と言葉を残して出て行った。宮子ちゃんは、最初彼氏の予定が合わないからと今日の終わりまでだったんだけど、急に向こうの用事がなくなったらしい。

 「あー、さっきすれ違ったときデートとか言ってたな」

 「恋人同士にとっては一大イベントなんでしょうけど、ひとりもんには関係ないですから。変わってあげちゃった」

 (というか、変わってあげる、と笑顔で言われたんだけど)

 一緒に帰れるかもよ? という言葉に釣られた感は否めない。

 あたしの千葉に対する想いは、結構周りから見るとバレバレらしく、みんな何だかんだと協力してくれている。

 おかげで、12月から新しくバイトに入った子たちから、あたしたちが付き合ってるもんだとすっかり勘違いするくらい、一緒に居る時間だけはいつも確保できている。

 「ひとりもんには関係ないねぇ。今は痛い台詞だなぁ」

 (あたしにとっては、安心する台詞です。お兄さん)

 クリスマスに格好付けて、告白なんかされやしないかとひやひやしているこちらとしては、見える範囲でバイトでもしてくれていた方が、やきもきしないで済むからいい。

 「今日はイヴだから、いつもは10時までのイルミネーションも12時までだしねぇ。

閉店が10時だから、しっかり見れちゃうよ、たくさんのカップル」

 「うわー、嫌だなぁ。そんな中、ひとり寂しく歩くのかよ、俺」

 「同じく。あたしもそんな中帰る奴のひとりよ」

 同じひとりでも、女の方が余計に寂しそうに思えるのは、あたしの被害妄想だろうか。

 (一緒にバイトできるから、いいやと思ったけど、誰も残ってないんだもんなぁ)

 「なんだよ、だったら……」


 「千葉ー、来てるんなら、さっさと表に出て! 藤原も! ちゃっちゃと腹ごしらえして、表に出る!」

 あたしの寂しい台詞に、想像通りであれば、嬉しい言葉がかかる寸前。

 従業員部屋のドアを開けて、顔を覗かせたのは、店長だった。

 「「はーい」」

 店がまた忙しくなってきたのだろうかと、慌ててコンビニのおにぎりにかぶりつく。

 千葉も慌てて鞄をロッカーに放り込み表に出ようとする。


 (もー。店長のバカ)

 悪態を心の中でつく。

 と、タイミングの神様が気まぐれでも起こしたんだろうか。

 千葉が、終わったかのように見えた話の流れを元に戻すかのようにドアの前で振り向いた。

 「藤原、さっきの続きだけど」

 「ん?」

 「帰り、一緒に帰んない?」


 ……思えば、ここで浮かれてOKしたのが運のつきだった。

書き始めてから、気が付いた。

今、ビデオってないよねー。DVDだよねー。

……まぁ、昭和世代の作者だし、いっか。

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