拒絶する!
如月啓が驚いているうちにも、文字は次々に流れていく。
DNA scan .... ready !!
language adjust .... japanese
人間 16 歳
如月 啓
DNA パターン解析 :
特定コード ... ok
特有コード ... 有
あなたは遺伝子を活性化することにより、特別な能力を発現することが可能です
能力を活性化しますか? はい/いいえ
「特別な……能力……」
如月は自分が他の人に比べ、特別な力があると思ったことはない。しかし彼は今、未だかつて無いほどに力を欲していた。脳裏に浮かぶのは妹のことである。
「……睦未」
小さい頃からいつも面倒を見てきた。両親が仕事で常におらず、寂しいと泣く妹をなだめたり、学校であった毎日の出来事をを聞いたり、ピアノを習いたいという彼女のためにピアノ教室を探しまわったり、およそ普通の親がやるようなことは、啓が代わりにやってきた。しかし啓は一度もそれを面倒だと感じたことはない。そう、それは彼女が彼にとってかけがえのない、家族だったから。
目の前にはよくわからない文章が表示されていた。DNA? 能力? わからない。けれど、それで妹が助かるならば、彼は自分のことなどどうでもよかった。だから選択する。
「はい、でいいのか?」
啓がそう言った瞬間、目の前の文字が嵐のように彼の周囲を取り巻き始めた。そしてプログラムは立ちどころに彼の遺伝子の活性化を終了させる。視界が晴れ、部屋を取り巻く炎の熱さを感じてようやく啓は現実だと認識した。
「兄様!」
気が付くと、啓の目の前には妹がいた。座ったまま倒れそうになった自分を支えてくれていたようだ。啓は妹の顔を見上げる。睦未の顔は、自分の顔の目と鼻の先にある。美しくて真っ白な、自分の妹の素肌。それを目にした啓の心臓は、何故か大きく脈打った。
いけない。考えてはいけない。彼女は妹だ。そう、かけがえのない妹だ。それ以上でもそれ以下でもない。そう言い聞かせてきた。
不意に彼の心が彼に問いかける。
『言い聞かせてきた? 誰のために?』
「自分のためだ。兄妹という関係を壊さないため」
『そう、自分に言い聞かせてないといけないのだ。なぜ?』
「それは……大切な家族だから」
『違うな。お前は嘘をついている。僕はお前の闇を知っている』
「止めろ。言うな。頼む、静かにしていてくれ僕は……僕は……」
『お前は……僕は睦未を手に入れたいと思っているんだ』
「ぐっ……ああああ!」
「兄様? どうしたの? 兄様?」
啓が両腕で自分の体を抱きしめ、苦しみ始めた。その様子は、まるで自分を縛るようである。やっとの思いで目の前の妹に言葉を紡ぐ。
「は……離れ……るんだ、睦未……僕は……」
しかし、目の前の美しい妹はそんな兄を見て表情を曇らせるどころか、どこか喜ばしいような表情すら浮かべ、自分のルームウエアのボタンを外すと、上着をずらし、肩をはだけた。そして兄に優しく抱きつくと、啓の耳元に囁いた。
「兄様……やっと私を欲しいと思ってくださったのですね。睦未は嬉しゅうございます。私はずっと、兄様にこの身を捧げたいと思っていました」
「なん……だと……」
啓は妹を欲しい衝動で気が狂いそうになりながら、妹の発言の意図を探ろうとした。だが、目の前の衝動に塗りつぶされ、思考を紡ぐことすら出来ない。それを知ってか知らずか、睦未はさらに自分の体を兄に密着させてくる。
「今は兄様は何も考えなくていいのです。睦未を……召し上がってくださいませ」
啓の自制心はそこで崩れ落ちる。炎に包まれた部屋の中、如月啓は妹の首筋に尖った歯を突き立てた。
林田の運転する車には木津と氷上が乗っている。そしてその後ろには、メーカー・ジャパンの一個小隊が付いてきていた。目的地へと向かう中、氷上は木津に質問をする。
「さて、木津先生。人間の染色体の数は知ってるかな?」
「なんだ、改まって。もちろんだ。常染色体が22対の44、性染色体も含めると合計46だな」
「そう、だが人以外の生物が持つ染色体はもっと多く、中には数百もの常染色体をもつ生き物も存在する」
「……なぜ今そんな話を?」
木津の疑問はもっともであった。これから戦いに行くという時に、氷上が話題として選んだのが作戦ではなく生物の話だったのだから。
「如月兄妹のDNAを調べて面白いことがわかったんだ。彼らの染色体は確かに46個なのだが、全体として通常の人間とは異なる作りをしている。これを見てくれ」
氷上は木津に手元のPCの画面を見せる。
「これは……うん? 1、2、3、4……あれ? 46個あるな。でも何でだ。なんか……足りない気がする。足りないというか、多いというか。いくつかの常染色体が終わりの配列をスキップしているし、かと思えば余計な塩基配列がくっついているのもあるな」
「そうなんだ。如月啓と如月睦未は、人としてあるべき染色体の内容は持っているが、それらのいくつかは不自然な状態で彼らの細胞内に眠っている。そして、興味深いことにこの兄妹が持つ二つの塩基配列をこのように、共通部分と非共通部分を重ねあわせてみると……」
氷上が画面上で如月啓と如月睦未の遺伝子を重ねあわせた図を示す。
「……こりゃ驚いた。ぴたりじゃないか」
「そうなんだ。まるで一方がもう一方の遺伝子を待っているかのようにな」
やがて、車はとあるクラブへと辿り着いた。氷上は白衣を風になびかせながら、車を降りる。それは、アメリアが丁度佐倉に心臓を貫かれた直後だった。
「ト……ル、ごめん。やられ……ちゃった」
「貴様……確か第二高校の校長……? こんなところで何をしている?」
氷上の二倍ほどある体格となった佐倉が氷上に尋ねる。だが氷上はそれを無視してポケットから一粒30000kcalもある高カロリータブレットを口に含むと、空を見上げた。
「良かった……読み間違えなかった。全く心臓に悪いものだな、教え子の死ぬ未来を何億通りも見せられるってのは。だがお陰でこの現場に着いた。この場所にこの時間にたどり着くことが出来た」
「……?」
氷上は佐倉の方を見る。だが正確には、その目は佐倉を見ていたわけではなく、佐倉とアメリアを含む空間全てを掌握するように見回した。そして彼女は語り始める。
「未来は無数に広がっていく糸の集合で、過去はそれらが集まった一本の太い綱、そしてそれらの交点が現在と表現されることが多い」
「何の話だ? お前のかわいい生徒が死ぬという時に随分と余裕じゃないか。このまま目の前で引き裂いてやってもいいんだぞ」
「まあ黙って聞きたまえ。君も学生なら先生の話は聞くものだ。続けるぞ? ……だが未来の糸が収束し、完全な過去となるその前ならば、実は現在という時間は確定していない。時間平面を認識することが出来る者には、現在という時間を結び直す、やり直しの権利が発生する」
発言を終えると氷上の目が一際鋭さを増した。と同時に、額からは玉のような汗が吹き出ては流れ落ちる。そして意を決したような表情をしたのち、一度大きく深呼吸をした。すると、氷上の呼吸に呼応するようにシェルターは大きく揺れ始める。
「お、おい貴様、一体何をやろうとしている!」
誰もがシェルターの地面が揺れていると感じていた。実のところそれは、シェルターなんて小さな規模の揺れではなかったのである。しかし、ここにいる誰も、それを理解出来る者はいない。
揺れはどんどん激しくなり、周囲の建物が倒壊し始める。その中で氷上は静かに、自身の能力を発動させた。
「高速並列思考、私は拒絶する。『佐倉のその手はアメリアを狙ったが逸れ、地面へと突き刺さった』」
この瞬間、この時間とこの空間は、氷上一人を残して消し飛んだ。
アメリアは手を握っている敵を排除するために、空気銃の照準を佐倉から外す。だがそれはアメリアのフェイントであった。アメリアはそのタイミングで佐倉が突進してくる可能性を読み、予め透明な空気の層を空中に放っていた。
「なにぃ……」
目に見えない障害物によって力の方向を変えられた佐倉の腕は、地面へと突き刺さり、周囲に衝撃波が起きる。その衝撃でアメリアを押さえつけていた赤い目の人間が彼女から離れた。
「食らうといいよ!」
アメリアの声がした時には、もう閃光弾は炸裂していた。瞼の上からでも視力を強制的に奪い去る光が、クラブの周囲に展開する。そこへ、一台の車が辿り着いた。視界が焼けて悶え苦しむ赤い目の集団の中、窓を開けて氷上が叫ぶ。
「アメリア、こっちだ!」
「トール!」
アメリアはサングラスをかけており、迷うことなく車に乗り込む。林田はアメリアが車内に入ったことを確認すると、車を180度ドリフトさせながら回転させ、発進させた。
「あ、あれ?」
車の後部座席で、氷上の隣に座ったアメリアは青白い顔をして震えていた。しかしアメリアは自分が何故震えているのかわからない。そんなアメリアを氷上はそっと抱きしめた。
「ト、トール。ワタシ……」
「大丈夫だ。拒絶した現実の余韻はいずれ消える。安心するんだ。お前は生きている」
「う……うん? よくわからないけど、ありがとう、トール」
車がクラブから離れ、追撃がないことを確認すると、木津が腕を組んで悩み始めた。
「佐倉くんは奴らに操られていたのか。彼の怪力は正直敵に回せば恐ろしい脅威だ。どうするつもりだい、透?」
「ああ、それはだね……」
氷上が木津の問いに答えようとしたときだった。氷上の脳裏に突如、アメリアが鉄骨で胸を貫かれるイメージが浮かぶ。
「なっ!」
驚いた氷上は周囲を見回す。すると、後方から彼らの車を追いかける影が目に入った。
「佐倉くん!? 閃光弾はまともに食らったはず……いや、これは……」
氷上の思考回路がフル稼働し、とある答えに行き着く。
「あの少年、確か口にしていたな。時空を改変するような動きがあれば、彼らは運命を元に戻そうにすると。つまり……運命の修正をする何らかのシステムが働いているというのか」
氷上は隣に座るアメリアを見た。やはり先程の未来予測がフラッシュバックする。腹立たしげに車の扉を叩いて呟いた。
「貴様ら運命の神にとって、アメリアが心臓を貫かれるのが決定しているのだと、そういうことか!」
「トール?」
アメリアが不安そうな目で氷上を見上げる。
「私を誰だと思っている。運命の神など力づくでねじ伏せてやるさ。私の生徒に手出しはさせない」
車のバックミラーに、赤く光る目をもった佐倉がすぐそこまで迫ってきているのを見ながら、氷上は強い口調でそう言ってのけた。




