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メーカー・ジャパン  作者: ラストラ
第一章 関東シェルター編
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実力テスト(前)

 「labo」というエレベーターに乗って、湯村と氷上は研究所についた。リノリウムの白い廊下がエレベーターからまっすぐに伸びている。

 その両側にはある程度の間隔をおいて「血液検査」「文献閲覧室」「遺伝子解析室」などと書いてある扉があり、中では白衣を着た研究者と思われる人たちが、あるところでは議論を交わしたり、顕微鏡をのぞいたりしていた。


「まあ、別に遺伝子研究だけやっているわけじゃないがな」


 氷上はすれ違う白衣のスタッフたちと挨拶を交わしながら、湯村に説明する。


「氷上エレクトロニクスは、先代……つまり私の父の代では単なる電器関係の会社だった。私が会社を部分的に任されるようになってから、こういう生物学的な研究部門も出来たんだ」

「あんたの実家、電機メーカーだったのか。じゃあ、この携帯も」


 湯村は先ほど氷上から手渡された携帯を取り出した。


「そうだ、わが社で来年発売する予定の新機種『HK-02e』だ。液晶とCPUに対する電力効率が今世の中に出ている携帯の数倍上なのにもかかわらず、処理能力が最大5倍になるというすぐれものだ。これくらいのスペックがないと、遺伝子に対する音波アプローチが出来るプログラムが動かせなくてな」

「へぇ。携帯も出してる会社なんだ」


 氷上は、こいつゲーマーの癖にうちの会社を知らないだと、という目で湯村を見た。


「そうだぞ。湯村は元々どこの会社の携帯使ってたんだ?」

「SH○RPだ」

「ちっ」


 ライバル会社には思うところがあるらしい。氷上は少しだけ面白くなさそうな顔をしたが、すぐに平生に戻った。


「ここだ。ここで君の遺伝子と能力の関係を調べさせてもらう」


 そう言って二人は、「遺伝子機能連携室」という部屋に入った。連携室は二百五十平方メートルほどある、床と天井が真っ黒の部屋である。

 部屋の中には、背の高い遠藤という痩せた男性と控えめに言って少しふくよかな体型をしている外之内という女性が湯村を待っていた。


「ややや、君が湯村くんかぁ。待ってたよ! 僕は遠藤一樹えんどう・かずきって言うんだ。所長の下で遺伝子の発現反応について学んでいる。うれしいなぁ。また新しい素体がみられるなんて」

「ちょっと遠藤君。本人の前で『素体』呼ばわりはないんじゃない? ごめんねぇ。私は外之内とのうちみどり。噂は聞いてるわ。ヒーロー君」


 二人の研究者が、金髪の少年を色々な角度から物珍しげに観察する。湯村は居心地悪そうに頭を掻いた。


「ヒーローかどうかはわからない。何しろ、だれも正確に彼の働きを見たものはいないのだからね」

「人質になっていた全校生徒と、教師は俺のことを見ていたが」

「大丈夫だ。学生と教師に関しては、あの後軽く記憶を混乱させるガスを吸ってもらった。恐らくあの日のことは鮮明には残っておるまい」


 湯村はジト目で、氷上を見た。


「あんた怖い人だな」

「慎重派だと言ってほしい。機密保持のためだ。校長権限を行使させてもらった」

「校長権限を超えていると思うが」


 湯村が氷上を糾弾しているところに、よく通る声が割って入ってきた。


「あのー、私は見ましたけど」


 二人が振り返ると、柏木 美月がそこにいた。柏木も連携室に来ていたらしく、動きやすいように上は体操着のシャツ、下はブルーのスパッツをはいて、髪を後ろで一つに束ねていた。


「あ。忘れてた」

「私は能力上、毒もすぐ解毒されるので」

「そういや美月はガスが晴れてきたとき、一人だけ座ったままこちらに手を振ってきたな」


 氷上は体育館内から緑色の催眠ガスが流れていくところで、一人だけ元気に手を振ってくる顔見知りの少女がいたことを思い出した。


「なんかアピールしないと、テロリストと間違われて撃たれるかもと思いましたし。死にませんけど」

「そうだな。動くものはとりあえず撃とうと思っていた」


 湯村はため息をついた。


「あんた本当に頭脳派なんだろうな」

「任せろ。で、美月。お前から見て、湯村は何をしてたんだ」

「それが、よく見えなかったんです。突然消えたと思ったら、別の場所に突然現れて。私以外の人も、ほとんどテロリストの人たちが勝手に飛んで、勝手に倒れていったようにしか見えなかったんじゃないでしょうか」


 遠藤と外之内は、柏木の説明を興味深く聞いていた。が、驚くことに当の本人も興味しんしんと言う面持ちで柏木の説明に耳を傾けていた。


「他の人間にはそう見えていたのか」


 どうやら、自分が他の人にどのように見えていたかまではわからなかったようだ。


「まあ、いずれにせよ。実証するほかないな。湯村君。能力を発動できるかい? 新しい携帯は、音声で操作できるから、『アクティベート』と言えば済むはずだ。遠藤さん、外之内さん、モニタリングお願いします」


 遠藤と外之内の二人は、湯村に様々なセンサーをつけていった。すべてのモニターをつけ終わると、氷上、柏木と技術スタッフの二人はすぐ隣のモニタールームに移った。モニタールームへの扉が閉まり、部屋は完全な密閉空間となった。


『はーい。準備オッケーです』


 湯村は広い部屋の真ん中に携帯電話だけを持って立たされていた。部屋のスピーカーから遠藤の声を聞き、軽く頷くと、ポケットの中の携帯電話に向かって話しかけた。


活性化アクティベート


 視界が暗転し、プログラムが起動する。彼が次に目を開けた時、見慣れたディスプレイが彼の視界に展開されていた。


『湯村? 氷上だが。いまどういう状態だ?』

「画面っていうか、パソコンのウインドウみたいなのが視界にいくつか広がってる。なんか未来のパソコンみたいな感じで」


 湯村は、スピーカーから聞こえてくる氷上の声に、目に見える光景を説明していた。だが、氷上にはそれは見えていないようだった。


『うーむ。ここから見てもいまいちよくわからないな。何かの画面は君の視界にだけ見えているようだな。こちらからはその画面とやらは見えない。それは、何の画面なんだ?』

「たぶん、データだと思う。自分の。上手く説明出来ねぇけど」


 湯村自身、この数字が羅列して流れるデータウインドウというものを、自分がどうして読み解けているのかはさっぱりわからなかった。


『それで、君はどうやってテロリストと戦ったんだ? というか、君が倒したんだよな?』

「ああ。またテロリストでもいれば再現は出来るが」


 テロリストか。氷上は考えた。武装する人間の集団に匹敵するようなもの。少し考えたのち、彼女は組織のある兵器を思い出した。


『ふむ。じゃあ、仮想敵を出すか。外之内さん、『スパイダー』を10体出してくれ』

『え……? 10体ですか? ていうかそもそもスパイダーはですね』


 外之内が氷上を止める間もなく、スピーカーから氷上が湯村に話しかけた。


『……一応言っとくか。湯村。氷上だ。今から8本足で銃をぶっ放す化け物を何匹か放つ。ゴム弾だが、当たるとすげー痛い。いけるか?』

「は? 化け?」

『倒すにはあいつらをひっくり返してお腹側にある赤いボタンを押すしかない。じゃあ、行くぞ』


 湯村が何か言う前に、氷上が外之内の前にあるコンソールを弄り、『スパイダー』と呼ばれるロボットが射出された。黒い天井のいくつかが開き、上から直径1mくらいの銀色の塊が10個降ってきた。塊は床に落ちた後、車輪のついた足をにょきにょきと出すと、60km/hくらいのスピードで湯村の周りを旋回し始めた。


「ちょっと、氷上さん。あれって確か重機系のテロリスト鎮圧用で対人用じゃなくないですか」

「あれ? そうだっけ」

「……(わざとだ。絶対わかってやってる)」


 柏木は氷上の顔を見て小声でつぶやいた。


「ん? なんか言ったか?」

「いいえ。なんにも」


 柏木は氷上に極上の笑顔でこたえた。そして、耐衝撃窓ガラスの向こうから、心の中で湯村にエールを送った。あの戦いを直接見た柏木は、湯村の能力が戦闘においてかなり有利な能力であると確信していたが、目の前の化け物10体は人間が対応するには凶悪すぎた。


「おいおいおい」


 一方湯村は、人間離れした動きをするロボットに囲まれ、明らかに銃よりも口径の大きな銃身がロボットの頭についているのを見つけ、頭を抱えていた。


「すげー痛いってレベルじゃないんじゃないか、アレ……ってああっ」


 湯村の隣を、人間の頭ぐらいのサイズの黒い塊がかすめて飛んで行った。


「惜しい」

「何がですかっ」


 悔しがる氷上と、怒る柏木。施設長命令で動けない遠藤と外之内。銀色の塊にすっかり囲まれて、モニタールームから湯村が見えなくなった時、変化は起きた。轟音とともに、旋回していたスパイダーの一体が施設の天井まで飛ばされ、そのままひっくり返って沈黙したのだ。


「なんだ!? 何が起こった?」


 カチャカチャとモニターを操作して様々な角度からみる氷上。


「巻き戻し。だめか。じゃあ、これは? ん?」


 スーパースローで見た映像で映ったのは、金色の影がスパイダーの底に潜り込んだ映像だけだった。そうしている間にも、スパイダーが、故障でも起こしたかのように跳ね上がり、ひっくり返っていく。


「こんな、ことって」


 外之内が声を上げる。それもそのはずだ。スパイダーには学習型のAIが組み込まれており、敵の状態に応じて、その速度、フォーメーション、攻撃形態を臨機応変に変えていく。しかも本来は対戦車用のロボットだ。そのスパイダーが取った策が、限界速度で壁際を縦横無尽に動きながら、湯村に対して遠距離から攻撃する方法だったのだ。湯村につけていた、位置を0.01秒ごとに把握するモニターは、彼の位置情報を追えずにいたことも、二人の技術スタッフを驚かせた。


「スパイダーは、彼を最高難度の敵であると、判断したようです」

「ははっ、本当に面白いな。あいつは。外之内、スパイダーはあと何体行けるんだ」

「ええっ? ストックは、あと30体ほどですが」


 それを聞いた氷上は、人の悪い笑みを浮かべた。


「そっかー。正直者は好きだよ」

「所長!」


 氷上は周りが止める間もなく、すばやくコンソールを操作し、残るスパイダーを全部出した。スパイダーは広場を埋め尽くすほどに広がり、隙間もない巨大ゴム弾が、同時に小さな金髪の少年を狙った。ゴム弾はもはや隙間のない壁となって、少年の前に襲いかかった。


「あっ。やりすぎた……かな。あいつの能力は多分、高速で動くことだろう。だとすると、逃げ場がなければあのゴム弾の壁を超えることは、無理だな」

「氷上さん!」


 柏木が叫んだ。黒い壁が彼らから見ればほぼ一瞬ともいえるスピードで、湯村に迫りつつあった。




 その頃湯村は、高速で動く時間の中で、隙間のないゴム弾が徐々に自分の動けるスペースを狭めていく様子を見ていた。


「256倍で動いても、速度と重さを伴ったものは、叩き落としたりできないのか。しかも弾膜ゲーじゃないからなぁ、これ。逃げるルートとかないし。さて、どうするか」


 考える時間があっても、逃げる方法はない。湯村は少しずつ壁際に追い詰められていった。


「つまり、発射されたときに逃げればよかったと。そういうことか」


 独り言を256倍で言ってみるものの、状況は改善されない。弾膜の壁は湯村をついに、壁際50cmまで追いつめていた。


「ゆっくり迫ってくるってのが、残酷だな。人の倍、いや、256倍つらいな」


 冗談をいう余裕もだんだんとなくなり、湯村は壁際ぴったりに押しつけられるような形になってきた。みしみしとゴム弾が湯村の体を圧迫していく。湯村の体が少しずつ圧迫され、苦しくなってくる。両手で頭をガードしているが、その手ごと壁に押し付けられる。さらに、さらに、湯村の体にゴム弾の圧力が万力のように増していく。湯村は後悔していた。


「テロリストを倒して調子づいたのが悪かったか。このゴム弾が終わった後、俺、無事かな……」


 痛みが、言葉を発せられないほどに強くなってくる。能力を解除することもできず、全身を襲う耐え難い痛みが、湯村を追い詰めていた。

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