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メーカー・ジャパン  作者: ラストラ
第四章 文化祭編
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小さな目撃者

 湯村は向井に対する警戒を高めたが、それは目の前の男が吸血鬼かどうかという問題に対してのみであり、これから行うであろう戦闘に対して、彼の中に不安はなかった。


「ん……5倍くらいでいいか」

「あん? 何がだ。訳のわかんねぇこと言ってっと、早々にツブしちまうぞ」


 向井は制服の上着を脱ぎ捨てると、シャツの腕をまくった。浅黒く太い腕は筋肉の形がくっきりでており、普通の成人と比べても倍以上に肥大している。明らかに湯村が以前に見た、彼の体格とは異なっていた。


「その筋肉は……この数ヶ月に訓練されたにしちゃ、異常だな。悪いが『異常』が相手ということなら、俺も『異常』を使()()()()()()()()


 湯村はバックステップで不良の一団から距離を取ると、制服の胸ポケットから素早くイヤホンを引き出し、耳に装着する。湯村の胸ポケットには音声で操作可能な携帯電話が入っており、いつでもあるアプリケーションを起動できるよう、待機状態にされてあった。向井達から目を離さぬまま湯村は、その携帯に対し命令を下す。


活性化アクティベート


 その言葉をキーワードにして湯村の携帯電話はあるアプリを起動する。アプリはイヤホンを通じて湯村に音を送った。湯村の耳にはただのクラシック曲にしか聞こえないそれは、彼の特殊な遺伝子を活性化させる音波が込められている。


 湯村の視界が一瞬、ブラックアウトしてすぐに戻った。目を開けた彼は、もはや慣れ親しんだ、右のこめかみに感じる特殊な感覚に力を込める。


「ウインドウ……展開!」


 すると、湯村の周囲に20cm四方ほどのウィンドウがいくつか展開し、白い文字が流れ始める。それは湯村の身体を構成する細胞のリアルタイム情報を示したものだ。彼だけが視認でき、彼だけが読み解ける青いウインドウを眺めながら、その中のあるパラメーターに対して、湯村は上書きを施行する。


「コード A2x001202 00325503 から 570 に対して書き込み、パラメータを05に」


 湯村が言葉を唱えると、彼の周囲で流れる数字の群れが一斉に変化し始める。そしてそれは、彼の肉体にも大きな変化をもたらした。


 音――湯村がいつも真っ先に感じるのは音の変化だ。周囲の音が急に低くなり、空気がまとわりつくように重く感じるようになる。それは身体の反応速度が早くなったためだ。さらに湯村の能力は、その意識のスピードに合わせて自身の身体を動かせるよう、筋肉の結合様式を変質させる。5倍速になった肉体のスピードに、ただの不良が対応できるはずはなかった。


「がっ」

「ぶっ」

「どうっ」

「でっ」


 金色の閃光が、不良たちを通り抜けた。 向井とその周囲いた仲間たちは瞬く間に打撃を受けて沈んでいく。


「さすがにボスはタフだな」


 しかし、向井だけはその肥大した筋肉によって湯村の5倍速の攻撃を耐えた。


「何だ、貴様のその機敏な動き。貴様も選ばれたのか?」

「何だって?」

「ふん、ならばどちらが優れているか、試してみるとしようか」


 向井は一息ついた湯村の方へと目を血走らせ、襲い掛かってくる。人の5倍速で反応できるようになった湯村が何とか反応できる速度で、向井は拳を繰り出してきた。それらを紙一重で躱しながら、湯村は先ほどの言葉を反芻した。


「選ばれた……? 何の話だ。ま、倒してから聞いてみるか。となるとこの速度じゃ厳しいな。細胞編集者コードライター、パラメーターを16進数で05から0Aへ」


 拮抗していた勝負はその一瞬を境に一気に傾いた。湯村のスピードが5倍から10倍に変わったのである。


「な……貴様は……一体……?」


 目の前で明らかに動きの変わった敵に、向井は驚きを隠せない。だが驚いている向井に対し、湯村は10倍速の拳を向井の腹部へ容赦なく叩き込んだ。打撃は向井が後ろへ飛ばされるよりも早く、寸分たがわず同じ箇所へ叩きこまれる。力は蓄積し、何倍にもなった衝撃が向井を襲った。


「ぐ、ぐはぁっ!」


 向井はフェンスまで飛ばされ、硬質プラスチック製のフェンスに激しく身体を打ち付ける。そしてそのままずるずるとフェンスをずり落ち、気を失ってしまった。そこへ、速度を通常に戻した湯村がゆっくりと歩いて行く。


「しまったな……話を聞き出す予定が気ィ失っちまったか。ん? そういや氷上が言ってた吸血鬼って、こいつのことじゃねぇのか?」


 湯村はポケットを探ると銀のボールペンを取り出し、それを向井の顔へとあてがった。向井の皮膚にも銀のボールペンにも変化はない。湯村はボールペンで向井のあちこちを触ってみたが、やはり変わったことはなかった。しかし、首筋のところをボールペンで触れた時、見覚えのあるものが目につく。


「んん? おいおい。吸血鬼ってやつぁ、そっちの気があんのか?」


 向井の首筋に付いていたのは、もう消えかかってはいたものの、確かに湯村がスライドで見た少女たちと同じ類の傷であった。





 その頃、織田陽子の自宅近くでは、新たな犯罪者が生まれようとしていた。


「R-1からR-2、target は convenience store に入った模様、そちらから確認できますか? どうぞ」

『ハァ、ハァ、ハァ……こちらR-2。見えるぞ。この双眼鏡、陽子ちゃんのきめ細かい肌が触れそうなほど近くに……』

空気針ニードル・ショット


 アメリアが他のビルの上から双眼鏡で眺めている佐倉に向かって空気の弾丸を飛ばす。針のように研ぎ澄まされた衝撃が佐倉の側胸部を突き刺した。


『痛ぇ! 何すんだよっ、アメリア』

「Too creepy、サクラ。You、本当にトールに根性再インストールしてもらったほうがいいね。それじゃ本物のストーカーだよっ!」

『だって、お前がそもそも、「サクラ、ストーカーってやったことある?」なんて聞くもんだから俺が嫌々やってるんだろうが』

「……嫌々って、その緩んだ顔で?」


 アメリアは少し離れたビルの屋上にいる佐倉の顔を双眼鏡で見ながら溜め息をついた。


「どうしてトールは mission、ソウと一緒にしてくれないかな。サクラ相手じゃ全然やる気でないよ。この間、ちょっとだけカッコイイと思ったのに」

『どうした? なんか言ったか?』

「Nothing、サクラ。何も言ってないよ。目標ロストしたらまたブスっといくからね」

『了解っス』


 そしてそのまま二人は尾行を続けたが、織田の行動には全く不審な様子はない。特に収穫もなくその日の素行調査は終了した。





 しかしながら違う場所で事件は発生していた。


「眠ったか」

「ん……んん……」


 とある通りの暗がり。二人の人間がその小道で何か話をしていたが、一人が背中を見せた隙にもう一人が相手に飛びかかった。被害者の方は関東第二高校の制服を着ており、襲われた後気を失って力なく地面に伏す。被害者の意識がなくなったことを加害者は確認すると満足そうに頷いた。


「はぁ、はぁ、これで12人目。まあ順調か……んんっ」


 加害者は物音に気付き、振り返った。どうやら彼らがいた小道に偶然誰かがやって来たらしい。そこへやって来た人物もマズいと思ったのか、加害者が歩み寄る前に踵を返して逃げ出した。


「待てッ!」


 倒れた女学生を置き去りにし、加害者は慌てて目撃者を追った。しかし通りに出ると、すでにそこに人影はなかった。


「ちっ。見失ったか……だが見たぞ。白いロングヘアー、中等部の服装。絞り込みは難しくはなさそうだが、早めに対処しなければ……。おや? これは……手間が省けそうだな」


 学生を襲ったその人間は、足元に落ちた何かを拾い、ニヤリと笑うと小道の中へと戻っていった。





「はあ、はあ、はあ」


 脇目もふらずその小さな身体は、限界まで走る。そしてようやく大通りをかなり走り、一息ついたところで周囲を見渡した。


「大丈夫……かしら? はぁ、はぁ、何とか引き離すことはできましたの。でもなんてことでしょう。きっと顔を見られてしまいましたわ」


 白い緩くウエーブのかかったロングヘアーの少女は、しばらく肩で息をしてうずくまっていたが、呼吸を整えると、幼くも端正なその顔を上げた。紅く大きな目と愛らしい小さな唇は少しだけ苦痛に歪んではいたが、すましていればフランス人形と見まごうほど、整っている。


 その女生徒は時々振り返りながら自宅までの道のりを、何とか無事に到着することが出来た。自宅は少しだけ古いマンションの一室である。女生徒は周囲をもう一度注意深く見回すと、鞄から鍵を取り出し、扉に差し込んだ。しかし焦っているためか手が震え、鍵はなかなか鍵穴に刺さらない。最後には何とか鍵を開けることができたため、ノブをひねることができ、部屋に入れた。


「やあ、お帰り睦未むつみ。学校はどうだった……? どうした、汗びっしょりじゃないか」


 扉を開けるとそこには、彼女の兄が玄関まで様子を見に来ていた。鍵を開けようとした彼女がガチャガチャと慌ただしい音を立てていたため、不審に思って来たのであろう。少女はその顔をぐしゃぐしゃに涙で濡らして兄の身体に飛びついた。


「兄様、兄様。私……怖かったの……ふえええん」

「おい、睦未? 困ったやつだ。学校にいじめっ子でもいるのかい?」


 飛びつかれた兄の方は、困ったようなそうでもないかのような表情で、彼女の頭を優しく撫で続けていた。兄の方も妹と同じく白い髪と紅い目をした美少年で、二人の寄り添う様子は絵画のようである。しばらくしてふと、妹のほうが頭部の違和感を感じて頭をあげる。そして自分の手で頭を探り始めた。


「あれ? おかしいですわ。私……今日リボンをしていたはずなのですが」

「どこかで落としたのかい? 帰った時にはもうしていなかったけど」

「あ……」


 そう言うと、少女はついに限界だと気を失った。そう、例の小道か家までの道中、必死に走って逃げた彼女は、どこかでリボンを落としてしまっていたのだった。

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