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メーカー・ジャパン  作者: ラストラ
第四章 文化祭編
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高級すぎるボールペン

 ここは、関東第二高校。その図書館の奥に「STAFF ONLY」と書かれた扉がある。その周囲は高校生はもとより、誰も読まないような本が本棚に収納してあり、まず誰も寄り付かないような工夫が凝らしてあった。更には本棚を用いた迷路のようになっており、近くには司書が数名監視をしている。そのため、恋人たちの逢瀬の場としても利用されず、ただただ人気のない一区画となっていた。


 湯村、佐倉、柏木、アメリアの4名は、彼らの学生証をカードリーダーに通すことで解錠し、「STAFF ONLY」と書かれたその扉から中へと入る。無機質な通路を抜けてエレベーターホールへ辿り着くと、「main」と書いてあるエレベーターに乗った。


「久々だな。訓練以外で呼ばれたのは」

「あと残ってるのは九州と北海道、それに東北シェルターね」


 佐倉と柏木がそう話す。氷期以降、日本国民は5つのシェルターに避難した。北海道、東北、関東、関西、九州の5つであるが、ここ最近まで関東以外の4地域がAAAと呼ばれる反核過激組織によって占拠されていた。湯村達4名は校長の氷上が作るメーカー・ジャパンという組織に所属しており、3ヶ月ほど前、テロ組織からの関西奪還に成功したのである。そして本日呼ばれた用件が、残る3地域のいずれかの奪還計画ではないかと彼らは予想したのであった。


「まあ、他所のシェルターに遠征に行くっつーなら、文化祭は出れねぇかなぁ」

「Fumm……それはつまんないかも。関東のFestival、初めてだったのに」


 アメリアが頬を膨らませたところでエレベーターの扉が開いた。そこは氷上がAAAに対抗するために立ちあげた組織、メーカー・ジャパンのメインコントロールセンターである。大きなホールの壁に巨大なディスプレイが設置されており、地上と関東シェルター各地の様子が映し出されていた。そしてディスプレイの前にはいくつものコンピューター端末とオペレーター達が座っており、それぞれの仕事をこなしている。そこを見下ろすような高台があり、そこから氷上が4人に声をかけてきた。


「おーい、君達。こっちだ」


 4人は会議室に通される。そこにはいつもの白いブラウスにタイトスカートと白衣ではなく、黒い神父のような衣装を着て首から十字架を下げた氷上、林田教頭、そしてメーカー・ジャパンのスタッフが数名控えていた。中には先日仲間に加わった、氷上の研究室時代の同僚、木津直樹の姿もあった。皆の顔を見回した後、氷上が最初に口を開く。


「さて、君達に集まってもらったのは他でもない。実は、この学校に巣食う吸血鬼の討伐をお願いしたいんだ」


 一同が静まり返る。堪らず木津が挙手をしてフォローを試みた。


「すまないね、君達。えーと、透。突然その話から始めるのは、いささか突飛過ぎると僕は思うんだが」 


 彼は過去、氷上がアメリカで研究していた時代の同期であり、少女の頃の彼女と対等に張り合えるくらいの頭脳を持った科学者である。案の定、セリフを聞いた高校生たちには沈黙が訪れていた。ようやく気を取り直した柏木が、怪訝な顔で氷上に問いかける。


「ええっと、氷上さん。吸血鬼討伐って私は聞こえたんですけど、本気ですか? それにその格好……? まさかもうこれから行く気ですか?」

「いや、単純に雰囲気を出したかったので着てみただけだ。意味は無い。アーメン」


 氷上が胸の前で十字を切ると、柏木はあきれて頭を抱えた。アメリアは何かツボに入ったらしく、お腹を抱えて笑う。佐倉は氷上の服装には特に疑問を持たなかったらしく、普通に吸血鬼という単語に反応し、氷上に質問した。


「吸血鬼っつーと、あの……夜出てきて、空飛んで、毛が生えてて、美女の血を吸って、吸った場所が痒くなるアレですか?」

「まあ、なんかちょっと違う気もするが……そうだ」

「そもそも実在するんですか? 吸血鬼って」

「うーん、そればっかりは、私も会ったことがないからわからん」


 そう言うと、氷上は林田にも見せたスライドを、会議室のスクリーンに映しだした。何人かの生徒の写真とその肩の部分の拡大写真がスクリーンに展開する。


「実は最近、急に欠席する女生徒が増えていることは知っているか? これはその被害者とその子らの肩を撮った写真だ」

「っておい、あれ陽子ちゃんじゃねぇか」


 その中に見知った顔があったようで、佐倉が急に立ち上がった。バスケ部のマネージャー、織田陽子である。明るく誰にでも分け隔てなく接し、後輩の面倒見もいい、マネージャーの鏡のような存在である。現在高校2年生、バスケ部の中で男子部員がこっそり付けているランキングの、結婚したいマネージャーNo.1であった。


「陽子ちゃん、体調崩してて最近部活に来てねぇんだ。部長は軽い風邪だからじき戻るはずだっていってたんだけど……」

「顔見知りか。ちょうどいい。私も彼女たちの話は担任や保険医からの伝聞で、本人には直接聞けてないんだ。佐倉くん。織田から話を聞いてみてくれるか。ああ、アメリア。一応佐倉が織田を妊娠とかさせないように、お前が一緒についてやってくれると助かる」

「OKだよ、トール」

「させるかよっ!」


 佐倉が不服の叫び声を上げた。氷上は手元のPCを操作し、スクリーンに顔写真と名前、クラスが出た一覧を出す。


「美月と湯村くんには別の任務を与える。まず、これは私達が関西から戻ってからの3ヶ月間の間に、関東第二高校に関西から転入してきた生徒、そして本校の生徒で復学してきた生徒、全6名だ」


西要 1年A組 阪神南高校出身、先々月転入

瀬下楓 2年E組 阪神南高校出身、先々月転入

渡会拓海 3年A組 阪神西高校出身、先週転入

飯田達平 1年B組 病欠していたが先月より復帰

如月啓 1年C組 家庭の事情で欠席していたが、先々月より復帰

向井雅志 1年D組 度重なる暴力沙汰で停学していたが、先月より復帰


 ミーティングが始まってからというもの、ゲーム機から全く目を上げなかった湯村だったが、一瞬だけ名前のリストに目を向けると、一番最後の名前を見て口を開いた。


「向井? ……ああ、あいつか」

「知ってるのか?」


 すかさず氷上が湯村に問う。湯村は独り言のつもりだったのか、一瞬だけしまったという顔をしたが、渋々氷上の問いに答えた。


「昔2、3回やりあったことがある……けどそんだけだ。よくは知らねぇ。父親が自衛官か警官か、なんかそんな職業じゃなかったか」


 林田が資料をめくり、向井のページを開く。同じページを氷上がスライドに映しだした。


「ふむ、向井くんのお父さんは自衛官ですな。AAAとの戦いで足を悪くして除隊となっておりますが」

「やっぱりあの向井か。まあ、ダチってわけじゃないし俺がアイツをかばう理由もないんだが、少なくともコソコソ女の肩に傷を作るようなやつじゃねぇことは確かだ。リストからは外してもいいかもな」


 それだけ言うと、湯村はまた携帯ゲームの画面に視線を戻した。


「まあ、向井に関しては先月からの復帰だしな。私としてはやはり、学内で行動できるようになったのが、事件が始まった先々月の奴らが怪しいと思っている」


 そう言って、氷上は候補者の名前に横棒を引いていく。


「ということは、怪しいのは西、瀬下、如月の三人に絞られますね」


 柏木がリストの中の『先々月』と記載してある三人の名前を読み上げると、氷上が嬉しそうに指を鳴らした。


「さすが美月。その通りだ。当然、私もそこまでは行き着いた。それで君たちに頼みたいのは、誰が吸血鬼か、ってことだ」


 それを聞いた柏木は難しい顔をして顎に手を当て、考え込む。それを氷上はしたり顔で見ながら林田に目配せをした。林田教頭は少し困ったような顔をして立ち上がると、柏木の前にキラキラ光るボールペンを一つ置いた。


「氷上さん、何ですか? これ」

「見ての通りボールペンだ。氷上エレクトロニクス社製のな。美月、持ってみてくれ」


 柏木は言われるままに配られたボールペンを手にする。


「あっ、重い。先生、これ重くないですか?」

「ふっふっふ。手に入れるのが大変だったんだぞ。わざわざ政府のつてを使ってバチカンから取り寄せた、純銀製の十字架を溶かして作ったボールペンだ」


 木津がコメカミに手を当てながら、頭が痛そうな顔をして呟いた。


「関東政府に海外渡航を申し入れるのに一千万円、アメリカ空軍に緊急で飛行機をチャーターしたのと、燃料費が全部で二千万円。物資の豊かとはいえないバチカンでアンティークものの純銀の十字架を手に入れ、新しい工場ラインを作ってボールペンにするのに七千万円ほどかかったんだ。しかも全部で二本しか作らないなんて……ああ、来月の決算を思うと頭が痛い」


 木津の発言を聞いて佐倉が思わず柏木の手元にあるボールペンを見るため、椅子から立ち上がった。


「じゃ、じゃあそのボールペンに二本で……ええっと、六千万もかかったのか!」

「one hundred million……一億だよ! サクラはもう少し算数を勉強したほうがいいね。でも……wow! 一個五千万エンってことだね」


 アメリアがキラキラした目でボールペンを見つめる。氷上は湯村を一瞬見て、手元に持っていたもう一本の銀のボールペンをダーツのように湯村に向かって思いっきり投げた。湯村は慌ててゲーム機を離すと、両手で銀のボールペンを真剣白刃取りすることに成功する。ボールペンは湯村の頭ギリギリのところで止まっていた。


「ちっ。もう一本は……湯村くんに持っててもらおうかな」

「あんた今小さく舌打ちしただろ。……っと油断ならねぇな。いずれにしろ、俺はわざわざ教室でボールペン落として拾ってもらうような小芝居しねぇぞ。これは珍しいんで俺の私物として貰っておくだけだ。話は終わりだな?」


 そう言うと、湯村はポケットにボールペンをしまいながら席を立ち、先に会議室を出て行った。


「ちぇっ、相変わらずつれないなあ。ま、いいや。会議は以上で終了する。美月、アメリア、佐倉、報告頼んだよ」

「「了解、先生」」


 3人が会議室を後にし、スタッフもそれぞれの仕事へと戻っていく。部屋には後片付けをする木津と教頭の林田、そして、顎に手をやり、考え事をする神父姿の氷上だけが残された。その氷上へ、林田は会議中疑問に思っていた話題を口にする。


「氷上校長殿。どうしてわざわざバチカンまで飛行機をチャーターして行ったのでしょうか? 日本でも少ないながら石見や対馬、佐渡で銀は発掘されます。特に生野や多田銀山は真下に関西シェルターの拡張予定地が伸びておりますゆえ、採掘もそう難しくはございますまい」

「確かに。それは僕も疑問に思っていた部分だったんだ。でもそれは、僕の中では解決した。君は銀の中に混じった、不純物を気にしているんじゃないのかい?」


 木津がそう言うと、氷上は満足そうに頷いた。


「さすが木津博士。実にその通りなんだ。過去の文献、といっても17世紀の伝説やら19世紀の小説やらが主なソースなんだが、吸血鬼に対して有効だった手段がキリスト教の十字架で、純銀製となっている。しかし、同じ銀でもなぜキリスト教の十字架だけが、彼らに効果があったのか、私は考えた」

「それは……神の御力、とでもいいますか」

「ノンノン、林田教頭。それは科学的じゃないね。キリスト教のご加護がある銀なんて私は信じないよ。キリスト教が調達した銀が、吸血鬼に有効であったと考えるほうが科学的だよ。その違いは産出された場所と、精製法だ。東地中海沿岸諸国で産出された銀鉱石が、当時の灰吹法で生成された銀。純度はまあ、900‰くらいだろう。残る10%に含まれる不純物……物質自体は多すぎて特定はできないが、それこそが吸血鬼という種にとってアレルギー物質となりえるんだ」


 木津がそれを聞いて、笑いながら一言添える。


「でも誰も吸血鬼に会ったことはないのだし、本当にそこまで必要だったかどうかはわからないな。教会の持っているアンティークの十字架を譲り受ける為に遣った寄付が、今回の経費でもっとも大きな割合を占めているのだから正直、効いてくれなきゃ困るんだけどね」

「ふふ……そうなんだ。だが私の脳がそう言うのだよ。「必ず必要になる」ってね。案外この私の脳が一番非科学的だったりするのかもしれないな」


 氷上は手に持った十字架を指でくるくる回しながらそう言って笑った。

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