mission impossible
蓮波が4人の後ろに追いつき、狙いを定めて口を開いた。鉄骨をも容易に溶かしかねない酸が氷上の背中……正確には氷上の背中に背負われた湯村へと飛んでいった。
「お、いかんいかん。ここを右に曲がるんだったな」
しかし、蓮波の体液が届く前に氷上がもっともらしい独り言を口にしながら方向転換を行うため、あと一歩のところで蓮波の攻撃は届かなかった。
「な、な……」
蓮波は全裸のまま、悔しさに顔を歪ませながら呟く。
「ぬわんで当たらないのよっ!」
路地を曲がった4人を追いかけた蓮波が、また射程距離まで間を詰めて、酸を吐いた。しかし、何度やっても彼の攻撃が4人に当たることはなかった。しかし、蓮波はこのオーバーカラムの地理を熟知している。彼は酸を吐く方向を上手く使って彼ら4人をある方向へと誘導していった。
「透、能力を使って後ろのやつの攻撃を紙一重で躱すのはいいが、これは……」
木津が蓮波の意向に気がつき始めた時には遅かった。数十分の逃走の果てに、ある行き止まりへと4人は追い詰められてしまう。辺りを見回した木津が、青い顔で氷上に確認した。
「な、なあ透。ここって君の目的地じゃあ、ないよな? むしろ、敵の……」
木津は行き止まりの壁向こうを見上げる。そこには、先ほどまで佐倉とアメリアが奮闘していた、そして柏木が捕まっているAAAの本拠地ビルがそびえ立っていた。もちろん、ビルの周囲にはAAAの兵士達が警備のために多数配備されている。
「ほほほっ! 馬鹿ねぇ、このアタシから逃げられると思ったのかしら。オーバーカラムの隅から隅まで知っているアタシよ。貴方たちを追い込むことくらい、造作も無いことだわ」
「くっ、こんなことなら、あの軍隊の中に居たほうがまだましだったか。透! ここは僕が囮になる。君はその子たちを連れて出来る限り遠くへ!」
木津が佐倉を背中から下ろし、3人をかばうように前に進み出た。
「あら、色男ね……女子供を守る勇ましいオ・ト・コ。嫌いじゃないわよぉ? でもその金髪の子の前に立ちはだかるというならアタシの敵。悲しいけど、殺してあげるワ!」
蓮波の体が大きく膨れ上がり、口を窄める。その攻撃前動作を見た木津は、氷上の前で目を閉じ、両手を広げた。
一方、AAAビルの地下、柏木が捉えられているフロアでは、アメリアが大人数の機動隊相手に奮闘していた。壁にはいくつもの銃弾の跡が付き、谷井率いる機動部隊は次第に肩で息をし始める。
「こんのっ、小娘が!」
「ちょこまかとっ! B班、標的は3時の方向に向かっているぞ!」
「いや、こっちはもう一瞬で通り過ぎていった! 撹乱だ! C班、そっちにいったはずだ!」
「当たれ、当たれ、くそっ。何だあの動きは!」
3チームに分かれたAAAの機動隊は、自分たちのビル内という地の利のある部隊であるにもかかわらず、アメリアに翻弄され続けていた。
「Too stupid……のろまだよっ、ユー達はっ」
アメリアはメーカー・ジャパンのスタッフとして関西でのスパイ活動を一年間務め上げた。彼女はたった一人で、あの周囲が敵ばかりのアンダーカラムの連中を出し抜いてきたのだ。彼女は能力がなかったとしても、訓練を受けた精鋭であり、能力が活性化された今では、それ以上の実力を備えていた。
鋭敏な音の感知能力を持つようになった彼女にとって、見知らぬ地形はすぐに見知った地形となる。壁は敵の姿を隠す遮蔽物としての意味を成さない。音が敵の位置を正確に伝えてくれるからだ。対地戦闘のスペシャリストであり、高性能のセンサーをもつアメリアの前では、AAAの機動隊ではとても太刀打ち出来ない。
しかし一つだけ彼らが彼女に優っている点があるとすれば、それは武力の違いだ。彼女が空気銃を2丁だけ持っているのに対し、彼らはマシンガン、ハンドガン、コンバットナイフ、手榴弾と近接戦闘における様々な武器を有していた。彼女が殺されることはあっても彼らが死に至ることはない。
「ふ……あの小娘、腰の銃は使わないようだ」
「使えないか、それとも弾切れか、もしくはただのお飾りか。いずれにせよ、これだけの人数差で我らがやられる道理はない。相手はフットワークだけだ。こうなったら、ビル内の隔壁を使わせてもらう」
谷井は、近くにあったLANへと端末をつなぐと、ビルのセキュリティへとアクセスする。そして一つ一つ隔壁を閉じていった。
「What's !?」
アメリアが驚きの声を上げる。上から分厚い鉄の扉が急に降りてきたのだ。それを自身のフットワークで躱すが、一枚、また一枚と隔壁が降りてくるため、隔壁と隔壁の間に閉じ込められないよう、常に逃げ続けていかなくてはならなかった。アメリアの額に初めて冷や汗が流れた。
そしてアメリアが気づいた時には、一本の長い廊下に誘い込まれてしまった。幅3m、高さ5mほどの無機質なコンクリートの地下通路が40mほどあり、部隊はアメリアを狙うべく隊列を整えてそこに存在する。一方、反対側に出たアメリアは逆側に居る部隊を見て目を閉じた。
「観念したか、敵組織の少女よ。我々とて人でなしではない。その腰に下げているものは本物の銃ではないのだろう? ならば君は無抵抗の人間ということになる。おとなしく投降するなら命の保証はしようじゃないか。だが投降する気がないのなら……」
谷井は左手を上げる。すると部隊はアメリアに向けて照準を合わせ、トリガーに指を這わせた。
「君の人生はここで終わることになる」
辺りに静寂が流れる。アメリアは谷井達の方は見ようとせず、やはり目を閉じたまま、唇を微かに動かすだけだった。
「……twenty five, twenty six,twenty seven……」
「な、なんだ? あいつ。気でも触れたか?」
「お祈りなのかもな。観念したということかもしれん。隊長、ご命令を。敵は投降する気は無さそうです」
それを聞いた谷井はしかたなく頷いた。
「ああ……全隊……目標を撃て!」
その命令を機に一同は一気にトリガーを引いた。その銃弾は反対側にいる少女に吸い込まれていく。だが少女に触れるか触れないかの直前で、弾かれたように軌道を変え、周囲の壁へと弾痕を残した。アメリアは傷一つなくそこに立ち続けている。
「な……」
「なんだ! 何が起こった!」
「銃撃が……当たりません!」
谷井は睨めつけるようにアメリアを見据えると、後衛に控える重装備の部隊に指示する。
「ふん。あの少女も何らかの異能を持つか。ならば、圧倒的な火力で押さえつけるまでよ」
そして後続部隊がレーザー銃とミサイルを前へと向けようとしたその時、少女は動いた。
「Fifty one! 全ての気配の音はcountできた。貴方たちを倒せば、このフロアではもう邪魔は入らないのね」
そこからは早かった。目にも留まらぬ早さで腰の銃を引き抜いたアメリアは二つの銃を交差させると、トリガーを引いた。
「空気使いに密室で戦おうなんて、dig your own graveだよ……日本語は……忘れちゃった! 透明の弾丸、螺旋射撃!」
交差したアメリアの銃から二つの気流が交差しながら螺旋を描き、部隊へと飛んでいった。気流は廊下の壁に、天井に、床に跳ね返り、勢いを何倍にも増しながら反対側の廊下へと到達する。
「な、何も起きないじゃないか……うわっ」
最初に先頭にいた兵士が釣り糸に引っ張られたような不自然さで斜め上方へと持ち上げられ、壁を引きずり回されながら天井へと身体を弾き飛ばされると、次々に大量の兵士が同様の軌跡で洗濯機に巻き込まれたかのように螺旋を描き、倒されていった。最も後ろでその様子を見ていた谷井はとっさの判断で後衛の持っていたレーザー銃を取ると、アメリアに向けて盲目的にトリガーを引いた。
谷井はこれまでの戦闘経験からアメリアの能力を直感的に理解していたのだ。「空気や風を操るなら、レーザーであれば対応できる」と。しかし、レーザーはアメリアの身体へと到達することはなく、やはり直前で軌道を変えると壁に吸い込まれ、焦げ跡を作っただけだった。そのレーザーが逸れたのを見た直後、隊長の谷井も横殴りの竜巻に身体を取られ、壁に打ち付けられ、意識を失った。
アメリアは一瞬レーザー銃がこちらに発射された時、しまったと手で顔を覆ったが、アメリアの予想に反して、レーザー銃はアメリアの空気が作った「イージスの盾」に弾かれていた。アメリアは空気銃で作り出す様々な弾丸を開発してくれた氷上の台詞を思い出していた。
「イージスの盾?」
「そう、あのギリシャ神話で出てくる『なんでも跳ね返す無敵の盾』だ」
「Unbelievable、信じられないヨ。空気だよ? 空気じゃ限界があるよ。例えば……レーザーとか跳ね返せない攻撃が来たら、トール、どうすればいいの?」
そう言ったアメリアを、氷上は笑って頭をなでた。
「まあ、確かに今のアメリアの空気量じゃあ、『イージスの盾』にはならないかもしれないな。でもいつか……そうだな、この弾倉がMAXになるくらいの肺活量をアメリアが持つことになったら、その盾はかならずアメリアをあらゆる攻撃から守ってくれるだろうよ」
「ふーん」
関西に行く前の訓練で氷上が言った言葉である。
「光が……曲がった?」
光は、屈折率の違う媒体に進入するときに速度が変化し、屈折を引き起こす。アメリアのために氷上が開発した「イージスの盾」は、密度の異なる複数の空気の対流で出来た壁を銃口から発射する。弾倉に最大まで空気を込められるようになった現在、アメリアの空気銃から作られる盾は、鉄の弾丸だろうと、光の兵器であろうと跳ね返す、本物の「イージスの盾」となったのだ。
敵の兵士がやられ間際に放ったレーザー兵器に驚いたアメリアであったが、すぐに立ち上がると倒れた兵士達のところへ向かった。そして、谷井の持つ端末を操作すると、隔壁のロックを解除し、目的となる柏木の囚われているであろう部屋へと向かう。
「ミツキ! ダイジョーブ?」
音の記憶を頼りにアメリアはとある扉の前へと辿り着くと、透明の弾丸で扉を吹き飛ばして突入する。そこは研究室のような場所であった。そこでアメリアが見たのは、囚われた仲間ではなく、黙々とキーボードを叩き続けるAAAの技術リーダー、日村だけであった。
「うるさいな。私は忙しいんだ。静かにしたまえ」
音に一瞬キーボードを動かす手が止まった日村だったが、どうやら興味が無いらしくまたパソコンに向かうと、何やら打ち込む作業を再開した。
「Who are you? そしてミツキはどこ? ちょっと! 聞きなさい! listen!」
あまりにもうるさくアメリアが騒ぐのでキーボードを打つのを止めた日村が、アメリアに向かって顔をあげた。
「……ふん、誰かと思えば氷上の犬のうちの一匹か。ここへ何の用だ? 貴様の仲間なら先ほどから行方知らずだ。折角これから研究材料として使おうと考えていたのに」
そう言って日村が顎で示した先を見ると、柏木の衣服だけが落ちていた。
「ミツキ!」
慌ててアメリアはその落ちた服に駆け寄った。柏木の制服はあちこちに穴があいてボロボロになっていた。アメリアの目に涙が溢れる。
「ミツキ……sorry、so sorry。きっといっぱいいっぱい痛い思いをしたんだね……もっとワタシが強ければ早くこれたのに……ごめんね」
涙で濡れるアメリアの後ろで興味なさげにパソコンを眺めているふりをしていた日村が、静かに注射器を持ってアメリアの背後に近づいてきていた。
だが、音を立てずに忍び寄れるほど日村の肉体的な技術力があるはずもなく、1分後にはアメリアの足元で気を失うこととなる。そんな日村を放置し、研究室を後にしたアメリアは音のソナーで地下全体をスキャニングしたが、突入前に聞こえていた柏木の気配は全く無くなっていた。
「ミツキ……Where are you? ワタシ……どうすればいいの」
アメリアのつぶやきは広い広いAAA本部ビルの地下フロアに木霊し、やがて聞こえなくなった。




