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メーカー・ジャパン  作者: ラストラ
第三章 関西遠征編(下)
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魔法のコード

 数多の鉛弾が、湯村の身体を目掛けて飛んでくる。湯村はそれを、速度をコントロールすることで躱した。


「くっ」


 体を激しく動かすと、蓮波によって貫かれた腹の傷が痛んだ。そのせいで動きに若干のタイムラグが生じる。


 だが今戦っている敵は、そんな隙を逃す敵ではなかった。蓮波は銃弾を避けた直後の湯村が速度を落としたところを捉え、湯村の死角から必殺の棘を幾つも放つ。湯村が棘を警戒して振り返ったその時には、棘は湯村のすぐ背後まで迫って来ていた。


 その上、さらに彼の頭上では軍用ヘリがミサイルを湯村目がけて放とうとしていた。まさに陸も、そして空も逃げ道を塞がれる形となる。


『終わりよッ! アナタを殺した後、あの女共をめちゃめちゃにいたぶって殺してやるわァ!』


 スライムが形作る蓮波の巨大な頭部が歓喜の雄叫びを上げた。その表情は余りに残忍、そして不気味であり、見ているAAAの兵士ですら背筋の凍るものであった。


「くっ……コード C2x308801 00155699 から 879 に対して書き込み、パラメータをFFに!」


 湯村は慌てて細胞硬質化のコードを唱えたが、蓮波の方が一瞬早かった。湯村が全身を硬い細胞で覆う前に、蓮波の棘が湯村を突き刺す。なんとか貫通は免れたものの、湯村はあちらこちらに1cmほどの深さに抉られた傷を受け、最後はミサイルにより吹き飛ばされた。


「はぁ……はぁ……悔しいが、あいつの言うとおりだ。時間稼ぎというのは、俺の能力には向いていないらしい。コードを見つけないと……あいつを……倒す……コード……」


 吹き飛ばされた湯村は地面に落下して転がった。ミサイルはあたりに爆炎をもたらし、周囲の民家がその火で焼け始めていた。シェルターの中は、酸素濃度が高く作られており、家は地上よりはるかに強い勢いで燃えた。


『アチチチッ。ちょっとぉ! 誰よ! ミサイルなんて撃たせたのは。火傷したらどうすんのよぉ!』


 スライムの蓮波は、火事になった家屋から距離を置こうとする。その様子を湯村は倒れたまま見ていた。


「火……か。例えば炎を出す魔法みてーなコードがあれば……つっても、俺の細胞編集者コードライターは俺の細胞の事しかいじれねぇ。 ……細胞の外に炎を作り出すなんてできるかっつーんだよ!」


 湯村は悔しさのため地面を力なく叩いた。ダメージのためか、視界がぼやけており、敵の姿もはっきり見えない。全身は傷だらけで、貫かれた腹部からくる痛みが、集中力と思考力を奪っていった。それでも使命感からか、彼は覚束ない足で立ち上がり、本能的な直感で焼けた家屋に向かって歩き始める。


「くそ……アメリアが戻ってくるまでは……火の、近くなら……」

『あんたねぇ。確かにそっちに行かれると火が熱くてアタシとしては攻めようがないけど。忘れたのかしら? こちらには、うちの軍隊がいることを。アンタ達! そいつを撃ち殺しなさい!』


 燃える家を背後にしている湯村に、AAAの兵士は容赦なく銃弾を放った。湯村は銃声を聞いて逃げようとして足をもつれさせ、


「あれ?」


 そのまま燃え盛る家の中へ、倒れるように入ってしまった。


「う……あぁ……」


 大きな炎の中へ、湯村の体は飲み込まれた。小さな少年の断末魔は家屋が燃える音で、すぐに聞こえなくなっていく。火力はかなり強く、湯村が家に入って間もなく、その家屋は炎で倒壊してしまった。AAAの軍隊と蓮波は、呆れるばかりだった。


『体勢を崩したか、それとも正気を失ったのかしらね。無理もないわ。情報では、あのエージェントはまだ高校生だったはず。戦場に出てくるには、まだ早かったのねェ』

「原子力推進派のエージェントの最期は自殺か。ふん。最後まで気に食わん。戦いを途中で放棄するとは」


 蓮波と部隊長はそれぞれに感想を口にする。そして両者は、燃える家々から視線を外すと、次なる標的へと意識を傾け始めた。


『さてと。あたしはあのビルの上で気を失っている男を片付けたら、本部に忍び込んだネズミの駆除に加わるわ。アンタ達は先に本部に行ってなさい。ヘリと戦車は、氷上エレクトロニクスの社長が男と逃げているみたいだからそっちに合流ね』

「はっ!」


 巨大なスライムに向かって敬礼する部隊長とAAAの軍隊の面々は、目の前の上司が化け物であること以外の異変に気が付いた。


「蓮波殿。一つ、質問することをお許しいただきたいのですが」

『どうしたの、改まって? アタシが美し過ぎる理由なら日頃の鍛錬の賜物だとお答えするわ』

「いえ、そうではなく……」


 言い淀む部隊長に、蓮波は続きを促した。


『何よ? 言いたいことがあるならハッキリ言いなさい!』

「その、恐れながら申し上げますと、御髪が燃えているようにお見受けします」

『何ですって!』


 蓮波は慌てて自らの頭部へと意識を向けた。スライムになっているのに頭部というのもおかしな話だが、ともかく自らの頭上を見て叫んだ。


『熱い! なんで燃えてんのよぉ! 熱いじゃないのぉ!』

「そりゃ、そうだ。俺だって熱かったんだからな。良かったー。あんまり気付かないんで焼けてねぇのかと思ったぜ」

『ア、アナタは……』


 蓮波は自らの後ろを振り返った。そこには、煤こそ付いてはいたが、先程燃え盛る家の中へと入っていったはずの湯村が、疲れた笑みを浮かべて蓮波の方を見ていた。


『アナタ……いつからそこに? どうやって、あの火の中から出てきたの?』

「お前にそれを説明して、俺に何の得があんだよ。それより待たせたな。俺は、火の魔法を手に入れた。時間稼ぎなんてしねぇ。お前はここで倒す」


 そう言うと、湯村は右手を前に差し出した。


『オホホホホ! ついに頭がおかしくなったのかしら。運良く火の中から脱出出来たことは褒めてあげるわ。だけど、死に損ないが何をやっても今更何も変わらないわ。今度こそ、確実なトドメをさしてあげる』


 蓮波は湯村の足元に散乱するスライムに向かって命令を飛ばした。すると、湯村を取り囲むように直径10mほどの半球状のメッシュで出来た檻が形作られる。


『それはアタシの胃酸が高速で循環する牢獄よ。其処から出ようとする者は誰であろうと容赦なく水流のカッターが切り刻むわ。アナタに逃げ場はないの。そして……』


 蓮波は残ったスライムをすべてかき集めながら変形していく。


『その檻ごとアタシがあんたを食べることで、檻から出られなくてもアナタはお終いなのよッ!』


 小さな山ほどの大きさのある巨大な鮫が湯村の前に出現した。鮫は大きく跳ね上がると、湯村めがけて大口を開けて落下していく。湯村は手を蓮波の方へと右手をかざし、コードを唱えた。


細胞編集者コードライター、コード D1x006502 00145881 から 890 に対して書き込み、パラメーターはFFFF」


 湯村がコードを唱えると、伸ばした右手周囲の空間が陽炎のように歪み、炎が現出する。


『火を生み出したですって? 日村のデータベースにはそんなことは……ははっ、でもなんて微かな火だこと。そんなものじゃ、アタシはぬるま湯にもならないわよッ!』

細胞編集者コードライター、目標は前方の化物だ。焼き尽くせ」


 湯村がそう囁くと、湯村の右手にあった炎は消えた。その代わり、湯村の右手の先にあった、酸で出来た檻に大きな穴が開く。


『オホホホッ。檻の一部を消したらアンタの火も消えちゃったじゃない。精々そんな出力なのね。取るに足りない能力だこと』


 蓮波が薄ら笑いながら落下してくる。巨大な鮫が凶悪な口を開けて湯村を飲み込もうとしていた。





「透、ちょっといいか?」


 AAAの巡回兵によって足止めを食らっている氷上と木津は、細い路地から彼らの行動を観察している。どこかに突破口がないか、その隙を見つけるためだったが、その過程で木津は思いもよらないものを目にする。氷上は木津に呼ばれて路地の端、AAAの軍隊を見渡せる位置までやって来た。


「なんだ、折角コーヒーを飲みながら優雅なブレイクと洒落こんでいるというのに」

「まあまあ、そう言わずちょっと見てくれよ。あそこに先ほどまでは見えなかった、何か大きな山のようなものが見えるんだ。あれは何だろう?」


 シェルターのビルより高い位置に見える、その魚の背びれの様な形をした山を見た氷上は、少しだけ何かを考えた後、踵を返しながら木津に言った。


「敵の最大戦力と、うちの最高戦力が決着をつけるところみたいだな。恐らくあの山のように見えるのは敵の化物の身体の一部だ。日村の作った怪物だよ」

「ヒムラ? Dr日村もこっちにいるのかい? 彼は日本に?」

「ああ、直樹も研究室に居たから覚えているだろう。あの男は今、AAAにいるんだ。自ら入ったか勧誘されたかは知らんが、我々に毎回化物をふっかけてくるので困っているのだよ」


 それを聞いた木津は、よく欧米人がやるように肩をすくめてみせた。氷上は路地の中央の方へ戻りながら木津に出発の準備を始めるよう促す。


「直樹。戦局が動くぞ。あの化物とうちの湯村がぶつかれば、大きな衝撃が起こる。その辺に居るAAAの部隊は一時的に統制が崩れるはずだ。さっき言ってたアレは可能なのだろうな?」

「OSハックのことかい? Dr日村が武器に介入していなければね」


 木津はどうやら、武器の中に入っている制御プログラムに介入できるらしく、それを使えば、銃も、ヘリも、戦車も一時的に狂わせることが可能らしい。その混乱を利用すれば、武装兵士達の中を突破できると木津はふんでいた。


「日村は生物の方にしか興味がないから大丈夫だとは思うが、もう一人、恐るべき頭脳を持つ我々の敵が存在する。そいつが介入していない可能性がゼロとは言えなくてな。慎重にことを進めた方がいいと思う」

「了解。じゃ、タイミングを待つか」


 氷上の未来演算も、木津の策があれば突破は可能だという答えを返していたため、本来であればもうすでに包囲網の突破を試みているところであった。


 しかし、飛び出す直前になって、氷上の脳裏に銀髪の美少年が思い浮かんだため、突破を中断した。こちらは、氷上の演算ではなく、ただの勘である。AAAの中央リーダー、橘静希。彼は氷上の未来演算をことごとく裏切ってくる。奴がAAAの武器に介入していれば、二人が部隊の前に出て行ったところで武器の制御は通じず、ただの的として蜂の巣にされるのがオチだ。二人は、機が熟するのを静かに待った。





 火は、原始時代に人が発明した画期的な現象である。燃えるもの、酸素、そして温度の三要素が揃うことで、火は起こる。


 温度は、物質が持つエネルギー、分子の振動エネルギーである。燃え盛る家で身体を焼かれながら湯村は、自分の細胞が焼かれていく様子を細胞編集者コードライターのウインドウで見た、そしてわかった。


「これが、『火』というものか」


 そのコードを確認した湯村は、火の中を脱出することも、自らの細胞を燃やして火を作ることも可能になった。


 人間の細胞は大人で約60兆、その一部の細胞に振動エネルギーを与え、湯村は蓮波のスライムに射出したのである。ヒトは、毎日数兆を超える細胞が死に、新しいものと入れ替わっている。数十、数百の細胞を失ったところで湯村自身には何の痛手にもならない。


 振動エネルギーは熱エネルギーとなり、空気と燃料があれば炎となる。蓮波の体はスライムだが、熱エネルギーが与えられることで水分は蒸発、タンパク質と脂肪を含む固体となる。炭素と油を含んだ蓮波の体細胞は、恰好の燃料であった。

 

『オホホホホッ! いただきまぁ……す?』


 湯村が射出した細胞が蓮波の水分を蒸発させ、燃やすまでの数秒の間、蓮波は勝利の声を上げた。しかしそれは、すぐに彼の断末魔と代わった。


『ギャアァアアアア!』

「……マズい焼き魚の……出来上がりっつってね」


 巨大な大きさの魚は、その全身を炎に包まれて燃え始める。そこへさらに、湯村は横殴りの衝撃を蓮波へ加えた。檻の穴から逃げ出した湯村が、残った最後の力で速度コードを発動し、燃える蓮波を部隊の方へと弾き飛ばしたのだ。だが蓮波に打撃を何十発か加えたところで、湯村の周囲を流れる時間は、急速に元の速さに戻ってしまう。


「新しいコードと速度コードと硬質化コードのツケ……か。よく持った方だ。アメリア……氷上……後は頼んだ。助けに行けなくてすまねぇ……み……つき……」


 蓮波を殴り飛ばした空中のその位置から、崩れるように湯村は地面に落ちると、そのまま気を失った。能力の制限時間である。


「お……おおっ、いかん! 退避! たっ、退避ををっ!」


 燃える蓮波はヘリを巻き込み、家を巻き込んで部隊に覆い被さった。ある者は焼かれ、ある者は潰され、またある者は強力な胃酸に溶かされて死んだ。唯一、戦車の中に残った兵士だけが、操縦できなくなった機体の中で、自分達の敗北を理解した。

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