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メーカー・ジャパン  作者: ラストラ
第一章 関東シェルター編
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オリエンテーション

 氷上が湯村をAAAの刺客から救って数日が経過した。


 現在学校は修繕のため翌週までの休校となっており、部活動を行う一部の人間だけが登校していた。そんな閑散とした学校へ、退院したばかりの湯村は呼び出される。


「全く。登校日でもねぇのによ……。ついてねぇ」


 湯村は「閉館中」と但し書きが書かれた扉をくぐり、図書室の中へ足を踏み入れる。真っ暗に節電された図書館の奥では、スタンドの下で静かに本を読む氷上が湯村を待っていた。


 氷上は湯村が部屋に入ってきたことを認めると、静かに本を閉じて立ち上がる。


「待っていたよ、湯村くん。体調はどうだい?」

「……あんただったのか」

「普通に言っても出てきてくれないだろう。君は」


 家にかかってきた電話は湯村の出席日数が足りないので補習を行いたい、ということだった。ちなみにその電話は彼の母親が受けており、湯村はかなり怒られて家を出発している。


「今日は休校のところ呼び出してすまないな。早く君に組織のオリエンテーションを行っておこうと思ってね」

「秘密裏にしたかったのはわかるが、もっとマシな言い方はなかったのかよ」

「とっさに思いつかなかったんだ。すまない」


 氷上は意地悪そうに笑いながら、携帯電話とIDカードを湯村に差し出した。


「IDカード……学生証か。今使っているものと色が違うな。で、こっちは……! 携帯電話じゃねぇか。くれんのか」

「そうだ。学生証は以後この銀色の方を使ってくれ。使い方は今までと変わらない。携帯電話は、例の遺伝子活性化を行うアプリが入っている」


 湯村は、柏木が持っていたような液晶画面の広い携帯電話にあこがれていた。しかし、現代では電気が高騰しているため、このように消費電力の大きい電化製品には全く手が出せなかったのである。


 しばらく喜びを露わにしていた湯村だったが、何かに気づいて徐々にそのトーンを落とすと意気消沈した。


「あ……でもいいや。これうちで充電できるほど俺金持ってねぇから」

「それなりの待遇を、私は言ったはずだ。機体の充電料金はもちろん組織もちで構わない」

「マジか! それなら貰っといてやるよ」


 握りこぶしを作って喜ぶ湯村であったが、ふとした疑問がわいた。


「ん? そういやなんで携帯電話なんかくれるんだ? 遺伝子の活性化って、この間のやつだろ。俺はもうやったぞ」

「遺伝子は常に元に戻ろうとする作用が働くみたいでね。数時間から数日かけて、定常状態へと戻っていく。つまり、戦う前に使用する必要があるというわけだ。実際に君は今、能力が使えないだろ?」

「なるほど」


 湯村は退院してから、何度か例の能力を使おうとしたが、なぜか使えなかったことを思い出していた。


「よし、じゃあ携帯電話とIDカードを持ったらこっちにきてくれ」


 氷上は電気スタンドを消すと、暗い図書館の奥へと湯村を案内する。図書館の奥には、『STAFF ONLY』とうっすら光る文字で書かれた扉があり、横にカードリーダーが付いていた。


「新しい学生証で認証できるはずだ。やってみてくれ」


 カードリーダーに自分のカードを通し、氷上は奥へと進んだ。湯村も見よう見まねで後に続く。扉の奥は無機質な通路だった。


「へえ。学校の図書館にこんな仕掛けがあったとはな」


 湯村は見回しながら感嘆の声を上げた。


「案外分からないものだろう? 学生が興味を持たない本を集めたり、司書を配置したりする事で、意識的な死角を作り出しているんだ」


 やがてその廊下をしばらく歩くと、二人は少し開けた部屋にたどり着く。


 直径6mくらいの円柱形をしたその部屋には、5つのエレベーターがあり、「privete」「labo」「exit」「main」「training」とそれぞれ行き先が表示されていた。


「先日、君を組織へ誘っておいて何だが、実は言っていないことがある。もちろん、組織うちはこのまま入ってもらえれば大歓迎だが、本当のところ、これから見たもので君の気持ちは変わってしまうかもしれないんだ。君には御両親もいる。しかもまだ学生だ。本当のことを知ってどうするかは、君の意思にまかせるよ」

「でも断ったら俺は命を狙われんだろ?」

「ふふ。例え断っても、君と君の家族の保護くらいはするつもりだよ。先日の事件の借りがあるし、なにせ君はうちの大事な生徒だからな。ただしその時は、この組織に関する話は内緒にしてもらいたいがね」


 氷上は「main」と書いてあるエレベーターにカードをかざした。しばらくすると、鐘の音が鳴り、扉が音もなく開く。二人はそれに乗り込んだ。


「どこに向かうんだ?」

「メインコントロールセンター、メーカー・ジャパンの指令部だ。そこで君に見てほしい物がある」


 そう言った氷上は、浮かない顔をしていた。


「なんだよ、もったいぶって。遺伝子の次は巨大ロボとか言うんじゃないだろうな」

「ははは、巨大ロボか。そりゃいい。今度企画してみよう。それより湯村くん、手すりに捕まっておいた方がいいぞ。このエレベーターはちょっと動きが不規則でね」


 氷上の言うとおり、エレベーターは下に降りたかと思うと横に移動したり、上昇したり、エレベーターというよりは移動する乗り物に近い乗り心地だった。


「私は結構このエレベーターが苦手でね。酔いそうになるんだ」


 やがて、到着を告げるチャイムが鳴った。二人の前でエレベーターの扉が静かに開く。そこで湯村が見たのは、体育館程の大きさの空間に、巨大スクリーンと、無数のモニター、そしてモニターの前に忙しそうに情報を交換するオペレーターたちの様子であった。


「第二部隊より通達、敵戦力の25%殲滅に成功」

「第七部隊、撤退しつつ敵地上部隊をエリアB-2へ誘導してください」


 巨大モニターには、地平線の彼方まで続く雪原と、無数の戦車、そして戦闘機。画面の各所で起こる爆発。映像は、戦争そのものである。


「なんだ……? なあ、校長先生。これは何だ? まさかみんなで映画を見ているわけじゃないよな」

「そう思いたい気持ちは私も同じだよ、湯村くん。これから言う話が、今日君に一番伝えたかったことだ」


 湯村の目は巨大スクリーンに釘付けになっている。


「雪原……ということは、これは地上か。地上ではもうAAAトリプル・エーと戦闘をしている。そういうことか」

「正解だ。そしてもう一つ。一番大事なことを君に教える。この話は、シェルターでは決してしてはいけないよ」


 氷上が湯村を見る目は真剣そのものであった。その、あまりに真っ直ぐな視線に湯村は気圧されそうになりながらも返答する。


「わ、わかってるって」

「いいかい、湯村くん。反核テロリストAAAトリプル・エー。彼らと外で戦闘をしているのは日本でここ¦だ《・》¦け《・》なんだ」

「……ああ? どういうことだ」


 湯村はすぐには言っていることが分からず、氷上に聞き返した。


「社会の授業にほとんど出ていない君でも知っているだろう。人類は氷期以来、地下に移住した。現在の日本にシェルターは5つあり、北海道、東北、そして関東、他に関西と九州にもシェルターがある」

「馬鹿にすんな。そのくらいは俺も知ってる」

「じゃあ、改めて聞こう。シェルターが5つもあるにも関わらず、関東だけが戦闘をしている、その理由を」


 湯村は考えた。関東シェルターであれだけ活動しているテロリストが他の地区で大人しくしているとは思えない。


「他が全く狙われず、関東だけが狙われることなんてあるのか。いや待てよ。関東しか狙う必要がない理由でもあるってのか……まさか……おい、まさかだよな?」

「わかったかい。そう、日本で無事でいるシェルターはここ、関東シェルターだけだ。あとはすべて、反核テロリストの手に落ちた。だから戦う必要がないのだ」


 湯村は軽いめまいを感じた。警察も自衛隊も、彼らを抑えられなかったというのか。思った疑問をそのまま氷上にぶつけた。


「なんでだ? AAAって、反核デモを起こすだけのちょっと過激な集団じゃあなかったのかよ」

「なぜ、か? はっ、私が知りたいよ! 他の4つのシェルターが壊滅状態に追い込まれたのはほぼ同時だった。私は校長業の他に大きな電器会社を経営していてね、各シェルターに支社を展開していた。私が関東本社にいた時、その4つの支社から緊急救難信号が出て、その30分後に全ての信号が絶たれた。私は自分の能力ニューロ・アクセラレータを発動し、今日本全国で何が起きているのかの推測を立て、関東政府にほとんど恐喝まがいのことをして組織を現在の規模にまで拡大し、対応策を練り上げた。だからここだけは無事だったんだ。それが、ちょうど一年前のことだ」


 湯村はふらふらと壁にもたれると、右手で頭を抱えた。


「今君が見ているモニターがリアルタイムの”外”の映像だ。我々は地上から攻めてくる外のAAAテロリスト、中から攻めてくるテロリスト、両側と日々戦っている。どちらが負けても、日本は、終わる」


 氷上はモニターから目を離さぬまま、後ろにいる湯村に向かって話を続ける。


「湯村くん。それでもね、私は君に戦えとは言えない。遺伝子の活性化はまだ安全性も確立されていない、続けて使えば何が起こるかわからない技術だ。それに戦闘となれば、君は命を落とすことになるかもしれない。それでも……」

「氷上」


 いつのまにか湯村は氷上の隣に立ち、彼女の隣でモニターを食い入るように見つめていた。


「……なにかな」

「組織の名前の由来が聞きたいんだが」

「急に何を聞くかと思えば。『メーカー・ジャパン』か? 変な造語だろう。かっこ悪いってよくスタッフ連中から言われるよ。これはな、私の希望だ。もう一度、日本を創る。東北も北海道も関西も九州も全部のシェルターを取り戻して、もう一度、ちゃんとした日本に戻るんだっていう、私のわがままから来た名前なのだよ」

「日本の製作者メーカーってわけか。それは、実現できそうなのか」


 氷上は少し目と閉じて考えた後、湯村に答えた。


「今のところ、0.0004%くらいの確率で、可能だ」

「俺が加わったら?」

「小数点を二つくらいずらせるかもしれない程度かな。まあ、情報が足りないというのが現在の正直な演算だ。私はまだ君の能力について何も知らない」

「随分と勝率の悪い戦いだな」

「残念ながらね。でも、私は足掻いてみせるよ。死ぬ直前までね」


 二人の間に沈黙が流れる。モニターでは相変わらず戦車や兵士がいたるところで撃ち合い、爆発を繰り返していた。


 しばらくその様子を言葉もなく眺めていた湯村であったが、不意に画面の一点を注視し始めると氷上に尋ねる。


「なあ、敵の戦車に付いているあのマーク、アレなんだ?」

「ん? あれかい? 最近は見なくなったがAAAのトレードマークさ。所属不明機に見せかけるために隠されていることもあるが、古くからいる連中はあのマークを好んで自分の機体に貼るそうだ」


 湯村は呆然とスクリーンを見ていた。そしてその唇が少しだけ動き、微かに呟いた。


「見つけたぞ……ようやく」


 それから我に返ったように顔を氷上の方に向けると、強い意志を持った目で言った。


「俺は入るよ。この組織に。あんたの敵と、俺の死ねない理由が一致した」

「君の死ねない理由? なんだい、それは」

「どうだっていいだろ。とにかく決めた。俺はあいつらと戦う運命だった、それだけの話だ」


 氷上は唐突な湯村の変化に戸惑ったが、そのまなざしを見て、彼が本気であることを察して頷いた。


「わかったよ。理由は何であれ、私は君を歓迎する。オリエンテーションは終了だ。ラボに行こう。君の戦闘能力を測らせてくれ」

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