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メーカー・ジャパン  作者: ラストラ
第三章 関西遠征編(下)
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ユニセックス・スライム

『何よッ! 今何が起きたのよォ!』


 敵を捉えたと思った瞬間に予想だにしない攻撃を加えられ、ビルから公道へと叩き落とされた化物は、自分に起こったことを理解できずに混乱していた。


「来たか……メーカー・ジャパン!」


 AAAの地下室では、マッドサイエンティストの日村がモニター越しにその様子を見ていた。部屋は暗かったが、モニターの明かりが壁際に貼付けにされた少女をかすかに照らしている。日村はその少女を少しだけ見たのち、またモニターへと目を戻した。


「今回の作品こそ我が傑作よ。本人が元々持っている基質を使っているのだから自己融解アポトーシスも起きない」


 化物の言葉遣いからも分かる通り、液体で出来た化物は蓮波アラタであった。蓮波は元々消化液の力が強すぎて病院に通院していた。原因は遺伝によるものである。彼の父方の一族は、生まれながらに胃酸が非常に強い家系であった。


「やつの酸の特性を全ての体組織に移植し、増殖した。全身が意思を持つゲル状の肉体だ。どんなに攻撃を加えられても蘇ってくるぞ」


 モニターを見ながら笑う日村の後ろで一寸何かが動く音がした。柏木が少しだけ回復し、杭から逃れようと身体を動かしたのだ。ただ杭は身体の奥深くに刺さっており、柏木の身体はまた動かなくなる。


「焦るな焦るな。蓮波とお前の仲間たちの戦いが終わったら、次はお前の身体をじっくりと解析してあげるよ。くっくっく」


 地下室に日村の甲高い声が木霊した。





「ありゃあ、効いてねぇな。液体じゃあしかたねぇか」


 一方、一旦は蓮波を退け、道路にたたき落とした湯村であったが、自分の攻撃の効果がさほどでもないことに気がついていた。


「さてと」


 湯村はようやく体の状態が落ち着いてきたアメリアの方へ振り返り声をかける。


「アメリア。呼吸は落ち着いたか?」

「……うん。大丈夫なのだよ」

「状況を聞いてもいいか」


 アメリアは頷くとボンベの吸入口から唇を離し、湯村の方を向いた。


「ミツキは地下だよ。ほんのちょっとだけど、ミツキの声が聞こえたの。私達が着いたときは一階と地下の間にあの化物がいたから、行けなかった。佐倉は、弾切れになったワタシを助けようとしてlimitが来ちゃったの」


 アメリアは、横に倒れている佐倉を見た。体にはあちこちに傷があり、アメリアを庇いながら戦った大変さを示していた。湯村はその様子をみてアメリアに言った。


「お前だと、佐倉を庇いながら戦わなきゃならない。俺なら、佐倉のところまでたどり着かせないことはできる。だからアメリア、お前が美月を助け出せ。俺は何とか時間稼ぎをしてみる」

「時間稼ぎ? ソウ、さっき戦えてたよ? あいつ、ビルから落ちていった」

「いや、叩いた感触で解るんだ。撃退はできたが、ダメージらしいダメージにはなっていないだろう。ゲームでよくあるんだよ。ああいうグニャグニャしたやつ。魔法じゃないと効かないんだよなー」


 地面から雄叫びが聞こえた。化物は態勢を立て直したようだった。


「アメリア行けっ!」

「OK」


 湯村の声で、アメリアはビルの屋上から飛び出した。


「ほーら、こっちだ化物!」

『貴様ァ!』


 湯村は蓮波をアメリアと反対方向へ誘導していく。蓮波に肉体的なダメージはなかったが、精神的な苦痛はあった。蓮波にとって、自分の思い通りに行かないことは全てストレスであり、小さな少年にどうやってかはわからないが、自分の攻撃を邪魔されたことは蓮波の心の中に苛立ちの波紋を立てていた。


 湯村がビルから飛び降りる。地面すれすれで速度コードを発動し、地面を数回蹴って落下の勢いを殺して着地した。また速度を通常へと戻して蓮波の方を見る。蓮波は、周囲にある自身の身体を集め、8mくらいの高さの山のようになっていた。黒ずんだ緑色をしたスライムの山から、巨大な男の顔が浮かび上がる。


『話には聞いているわ。あなたが”光速のエージェント”ね』

「そんな風に呼ばれてるとは知らなかった。悪ぃが、俺はアンタのこと知らね」

『アタシは蓮波アラタ。AAAで西部地区を取りまとめているわ。あなたのお友達の仇になるのかしらね』

「仇? どういうことだ?」


 意外に会話に乗ってくる蓮波に、湯村は合わせることにした。戦わずにやつの気をそらすことが出来るならそれに越したことはない。


『あの子の街を昔制圧したの。あの柏木って子は、アタシの管轄する地域で原子力発電所の職員だったのよ。性格には職員の娘ね。それで、抵抗したあの子の家族もろとも葬ってやったのよ』

「へぇ。あいつはそれ、知ってるのか」

『最初はわからなかったわ。でも声で気づいたみたい。凄く激昂しちゃって……興奮したわ。女が負の感情に苦しむ姿はアタシにとって最高の娯楽よ』


 スライムの蓮波は、その身体を愉悦で大きく波立たせた。胃酸の酸っぱい生ごみのような匂いが辺りに立ち込める。思わず湯村は鼻を摘んだ。


『そろそろかしらね』

「何がだ?」

『あなたと一緒に居たもう一人のお嬢さんが捕まるのが、よ』


 湯村は思わずAAAビルの方を見る。それを見た蓮波は嬉しそうな顔をスライムの表面に浮かべた。


『おーっほっほっほ。アナタ、時間稼ぎをしているのが自分だけだと勘違いしていたようね。アタシは相手の思惑を読むのが得意なのよ。”女の勘”ってやつ? いや、この場合は”オカマの勘”かしらね。おほほほほ』

「んの野郎」

『動いても無駄よ。事務所ビルの入り口と、地下室の入り口にはもう既に私の分身で塞いであるわ。どんなに速いスピードで動いても固く分厚い壁がアナタを阻む』





 地下室でその様子を見ていた日村は蓮波の用意周到さに感心していた。


「さすがは西部地区のリーダーまで上り詰めた男よ、蓮波アラタ。勘の良さではAAA随一と言ってもいいだろう。これまでの化物はいまひとつ知性が足りなかった。今回は一回りも二回りも上手の化物が相手だ。氷上。今日こそ、私がお前に勝つ歴史的な日だ」


 その時、アメリアは日村と同じ階の廊下を走っていた。アメリアは空気の振動から音を把握する。


「This floor……間違いない。ミツキはこの階だね。でも音が一つじゃない。これは!」


 アメリアが咄嗟に廊下の影に身を潜めると、そこへバタバタと駆けて来る男たちの足音がやってくる。男たちは各々銃器で武装していた。


「Why? 上の階には見張りなんていなかったのに」


 男たちは廊下で会話を交わしていた。アメリアは能力で拡張された恐ろしいまでの地獄耳でその内容を聴取する。


「蓮波さんからの連絡では、この地下フロアに侵入者がいるようだ」

「こっちの廊下には居なかった。そっちはどうだ」


 アメリアは蓮波の名前は知らなかったが、誰かによって自分の侵入はバレており、それでいま自分の周囲には沢山の兵士が武装しているという事実を知った。そして聞こえた。『見つけたら殺して良い』と。


 



 一方、湯村は焦っていた。柏木を追ったアメリアもろとも地下に閉じ込め、AAAの兵士を差し向けたと蓮波から聞かされたからだ。


『あらあら。動かないのかしらん。それとも、動けないのかしらね。おほっ』


 目の前の湯村を見下ろしながら蓮波が笑ってみせる。湯村は平然とした表情を繕っていた、また、一見蓮波の前から動いていないようにもみせてはいた。しかしその実、蓮波をそこから動かないように牽制しながらAAAの地下入口に高速で到達し、地下の扉を開けようと試み、諦めて蓮波の前に帰ってきていたのだ。


『肩で息をしているところを見ると、地下へ行くのは諦めたようね。その様子だと一度……いえ、五度』


 蓮波は湯村の様子を見てそう言った。そしてそれはその通りであった。湯村の能力はまだ使用限界に達していなかったが、離れたビルまで一瞬で行って帰ってくることが、湯村の体力そのものを奪っていた。


『ごめんなさいねぇ、アタシ飽きてきちゃった。そろそろ終わりにしましょう』


 そう言うと、蓮波はスライムのような自らの身体から鮫を飛ばす。


「俺には通じねぇよ」


 湯村は僅かな時間だけ肉体の速度を早め、出てきた数体の鮫を破壊する。鮫は地面に散らばり、湯村の周囲に胃酸のシミを作る。だが湯村が鮫を散らばらせて視界がなくなったところへ、次弾が既に迫っていた。蓮波は鮫を二段構え、三段構えで鮫を発射する。


「うぜぇんだよっ」


 湯村は次々に鮫を蹴散らしていく。速度コードの遺伝子活性化プログラムのアップデート後、湯村がコードのONOFFを切り替えるスピードも飛躍的に早くなった。能力の節約が可能になったのだ。そのため、いくら攻撃されても湯村は戦い続ける自信があった。


 そこが、蓮波の狙い所であった。湯村が鮫を完全に蹴散らした後、次弾をわざとゆっくりとスライムの表面から射出した。だが、湯村のところへ到達するよりもずっと前に鮫がいる時、湯村の腹部に鈍い痛みが走る。


「なんっ……だって……」


 地面に落ちた水滴は湯村が気づかないほどの緩やかなスピードで集まり、湯村のスピードが緩んだタイミングを見計らって鋭い棘を形成して湯村の腹部を背後から刺していた。咄嗟に速度コードをオンにし、棘から逃れ、棘を払うが、湯村の左腹には5cmほどの大穴が開いていた。


「うあああああっ」


 水が散らばっているところから遠くに一瞬で逃れ、転げまわる湯村。しかし、腹部に空いたその傷の痛みと、そこを酸で焼かれた痛みで身体を思うように動かせない。耐えるのがやっとという状態だ。


『能力に頼るからそんなことになるのよ。アンタのその能力は相手を牽制するためにあるわけじゃないわ。どう見ても即座に相手を沈黙させるためにある。だから、打撃の効かないアタシとの相性は最悪というわけ』

「くっ」


 なんとか痛みをこらえて湯村は立ち上がったが、左の腹からは傷口からだらだらと血液が流れている。


『どうする? 続ける? ほっといても死にそうだし、アタシはどっちでもいいわよ。アンタがアタシと戦っている間は、そこの屋上にいる男と地下にいる女二人は殺さないでいてあげようじゃない? あら。アタシってなんて優しいんでしょう。あ、でも、うちの兵士達には殺しちゃって良いっていってあるから、あまり時間はないんだけど。ごめんなさいねぇ』

「はぁ、はぁ、はぁ」


 肩で息をする湯村。失血し始め、少しだがフラつきはじめて来ていた。その間も鮫は緩急をつけながら湯村を攻撃し、時折地面からは鋭い刺が湯村を狙った。やがて、公道に蓮波の体の一部が万遍なく散らばり、湯村はその中央に立たされていた。


『アタシの胃酸の結界が出来上がったわ。アンタがどんなに早く動けようと、この攻撃を続けていればやがて能力が限界を迎える。能力の限界が来るか、出血多量で死ぬかくらいは選ばせてあげるわ』


 唯一湯村が助かる方法があるとすれば『逃げる』ことであったが、アメリア、柏木、佐倉という仲間の存在が、湯村の枷となり、一人で逃げるという選択肢を彼から奪っていた。


 そしてアメリアも、次第に迷路のようなAAAオフィス地下で銃器を持つ連中に追い詰められようとしていた。

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