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メーカー・ジャパン  作者: ラストラ
第三章 関西遠征編(下)
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波からの逃走

「氷上だ。佐倉くん、無事か?」


 木津の足元に置いてあった携帯に氷上が声をかけると、携帯は自動で通話に切り替わった。画面には『佐倉 通話中 Sound Only』と表示されていた。だが、電話から聞こえてきたのは少女の声だった。


『トール、アメリアだよっ。ヘルプなのっ』


 アメリアの声は走りながら電話をしている為か、とぎれとぎれに聞こえていた。


「アメリアか? 何故君が佐倉くんの携帯を持っている? 彼はどうした?」

「今ワタシ、サクラを背負ってビルから逃げてるんだよ。魚が……わわっ」

「もしもし? ……おい、アメリアどうした?」


 電話はそのまま通話を終了してしまった。ソファーに座っていた木津が自分のリュックを背負って立ち上がる。


「ミス氷上、僕らもいこう。魚が歩行者を襲う状況というのはちょっとわからないが、電話の向こうの彼女は敵の攻撃を受けているようだった」


 それを聞いた氷上は頷き、木津と湯村に話しかけた。


「さっそくで済まないな、直樹。それとワタシのことは昔のように”透”と呼んでくれ。そろそろミスとか天才少女とか呼ばれるのがむず痒くなってきたからな。それで、湯村くん……」


 そう言って、氷上は湯村の方へと振り返ったが、そこに湯村はおらず、開いたベランダの窓ガラスと外から吹く風に揺れるカーテンだけがそこにはあった。


「……行ったか」

「えーっと、透。彼はどこに? というか、いつの間に僕の隣からいなくなったんだ? 彼の能力は細胞情報の改変だろう? 瞬間移動なんて出来ないし、彼にできることは精々皮膚の硬質化くらいのものじゃないのかい?」


 それを聞いた氷上は少し笑みを浮かべながら木津に答えた。


「ああ、湯村くんね。彼は確かに細胞情報を編集するだけしか能がない。どういう風に細胞を改変するか、なんて情報も遺伝子上には記載されていなかった。しかし、彼がこれまでゲーマーであったということ、ゲームプログラムに細工をするという人生を送ってきたことで、彼の中に細胞を把握し、制御するソフトウェアが構築されているのだよ」

「本当かい? 僕は彼の逆側の遺伝子が持つ能力にしか着目していなかったけど、彼は……」

「ああ、彼がうちで最強のエージェントだよ」

「……実に興味深いね」





 時間は少し遡る。制限時間が迫った佐倉と、空気の銃弾が使えなくなったアメリアに訪れたのは、大量の鮫による波状攻撃であった。


「……く、頭がふらついてきた。もうこれまでか……すまねぇ、柏木、アメリア」


 アメリアを左手に抱え、右手でフロアの壁に張り付いた佐倉がそう呟いた。体長が7~8mもある黒い鮫はもはや10数体になり、それらが一気に周囲から二人に向かって飛びかかってきた。オカマの声が聞こえる。


『終わりよ、アンタ達は。いただきまぁす。うふ』


 鮫が巨大な口を開けて佐倉達に襲いかかる。アメリアは迫り来る危機に恐怖し、目を閉じて佐倉にしがみついた。


「一点……」


 だが佐倉の目は死んでいなかった。飛びかかる魚群を冷静に見つめ、壁をつかむ右手に一層の力を込める。


「……集中……『ヘラクレスの大鎌』!!」


 佐倉は渾身の力を右手に込め、目の前の空間を薙ぎ払った。クレーン車を片手で軽々と持ち上げるような怪力を右腕にだけ集中させて振るわれた腕は、空気を裂き、人工的なカマイタチとなる。鮫は横薙ぎに身体を裂かれ、1階フロアの沼は割れ、ビルの外壁が壊れて外の空間が顔を出した。


「アメリア……逃げろ……後は頼んだ」


 佐倉は自分が作り出した隙間へとアメリアを抱いたまま飛び出す。沼が元の形へと戻る前に佐倉の足は壁を蹴り、AAAのビルから外へと逃げ出すことが出来た。だがそこで、佐倉の意識は途切れる。


 アメリアは重い佐倉の身体を抱え、空気銃を使って懸命にAAAのビルから逃げていた。空気銃の残弾数は0であった。アメリアは口から空気を少しだけ吸い込んで空気の銃弾を補充したのだった。


 だがアメリアの能力である巨大な肺活量は、酸素と二酸化炭素の交換を過剰に行ってしまうために、ひとたび使用してしまえばたちまち重症の過呼吸状態に陥る。それによってアメリアの血液は極端なアルカリ性となり、意識が朦朧としてしまうのだ。


 もちろんそのままアルカリ化を放置すれば死ぬ可能性もある。朦朧とする意識の中、アメリアは手探りで佐倉の携帯電話を取り、氷上に連絡したのだ。


 AAAビルの沼は、ビルに出来た間隙から意思を持つスライムのように流れ出すと、夜の公道を這ってアメリアの追撃を開始した。


『逃がさないわよぉぉ!』

「はぁ、はぁ、はぁ」


 逃げることによる体力の消耗ではなく、銃弾を補充したことによる体内のアルカリ化から来る症状に苦しみながら、アメリアは透明な銃弾インビジブル・バレットを撃ちながら逃げる。そこへ、鉄砲水のように道路上を1mほどの高さになった液面が、飛び跳ねる鮫を従えてアメリアを追いかけてきた。


「あうわっ」


 地面にアメリアが投げ出される。同時にアメリアが抱えていた佐倉もその隣に横たえた。アメリアは自身の銃のトリガーを引くが、空気銃からはもう何も発射されなくなってしまった。


「Out of ammo……か。もうこれ以上銃弾の追加はできないよ。ママ……パパ……ごめんね」


 倒れたアメリアの目に涙が流れる。そこへ、濁った溶解液で作り出された大波が二人を飲み込んだ。


『おほ。おほほほほっ。楽しいわぁ。絶望に苦しむ女を咀嚼するのは。快・感。ああ……アイデアが湧いてきた。また新しいポーズができそうよん』


 夜の公道にオカマの声が木霊する。


「やれやれ。今度のバケモンはスライム状のオカマかよ。AAAの悪趣味ここに極まれりだな」


 だがその声に答える一人の少年の声が、オカマを愉悦の世界から引き戻した。


『誰っ? 誰よっ! アタシをオカマと言っていいのはアタシだけよっ』


 道路上にいる溶解液の化け物は、ビルの上に二人を避難させた湯村を見つけることは出来ない。その間に、湯村は二人を介抱する。


「アメリア、このボトルでいいか」


 湯村はアメリア専用の空気ボトルをアメリアに差し出す。それを吸い込むと、身体のバランスが少しずつ戻ったのか、アメリアの目に力が戻り始めた。


「ソウ……?」

「ああ、遅くなってすまねぇ。起きたらもう既にお前らが行った後だって聞いてな。間に合って良かった。氷上もこっちへ今向かっているはずだ」


 アメリアは安堵の表情になった後、泣き始める。


「お、おい。アメリア」

「ふえぇえええん。もう駄目だと思ったよー。絶対絶対死んじゃうと思ったよー。怖かったよー」


 湯村の胸に顔を埋めて泣くアメリアの頭を湯村は優しく撫でる。そこへ、暗い影が二人の上に迫ってきた。


『ここかぁ!』


 アメリアが顔を上げると、ビルの壁面を伝って溶解液が彼らの居るビルの屋上へと迫っていたのだった。溶解液の表面には、ごつい男の顔が浮かび上がっていた。湯村の背後から溶解液の波が襲いかかってきた。さらに溶解液からは黒い鮫が飛び出してくる。


「気を……つけて、ソウ。アレは触ると溶ける液体で、鮫は倒しても倒しても出てくるの」

「大丈夫。触っても溶かされるまで触れていなけりゃいいんだよな」

「え? うわわわっ」


 鮫はアメリアと湯村のすぐ傍まで迫っていた。だが湯村は振り向かず、ただ声を発しただけだった。彼の細胞を変質させる、あのキーワードを。


細胞編集者コード・ライター、A2x001202 00325503 から 570 に対して書き込み、パラメータは0BFFで」

『なにをワケの分からないことぉお!』


 次の瞬間、状況に変化が起きた。化け物から出てきた鮫は一匹残らず叩き返され、スライムの液面に無数の衝撃が同時多発的に叩き込まれる。


「どんな形状をしていようが、高速で拳を叩き込めば弾けねぇことはないだろ?」

『ぐおおおっ』


 波は不自然に反り返り、ビルから公道へと落ちていった。それをゆっくり歩いてきた湯村がビルの上から眺める。


「さて、返してもらおうか。うちの”自称彼女”を」


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