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メーカー・ジャパン  作者: ラストラ
第三章 関西遠征編(下)
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リバーシブル

 黒い鮫は小さなアメリアの身体をひと飲みで飲み込んだ。佐倉は救出に向かうべく、壁を掴む手に力を込めた。だがその時、魚の体からくぐもった声が聞こえる。


弾倉解放エア・バースト


 佐倉の見ている前で化物に変化が起こり、魚体がフグのように膨れ上がる。そして黒い鮫の体は破裂音とともに散り散りになると、中から小さな塊が佐倉目がけて飛び出す。そうして目の前まで迫った塊を、佐倉は素手で受け止めた。


「うおっと。大丈夫か。アメリア」

「Thank you、サクラ。死ぬかと思ったよ」


 アメリアの身体は震えていた。極度の緊張からか、全身は汗でびっしょり濡れていた。よほど恐ろしかったのだろう。アメリアは何度か深呼吸をしたのち、自分の銃を見てみた。弾倉のカウンターは0になっている。


「あー。やっぱりそうだよね」

「どうした?」

「とっさに、透明の弾丸インビジブル・バレットの奥の手を使っちゃった」

「奥の手? 今魚を倒したやつか」

「うん。圧縮空気を開放して、自分の身を守ると同時に周囲の敵を吹き飛ばす。あのsharkはワタシを飲み込んだから破裂させることができたの。けど……弾切れになっちゃったよ」


 アメリアはすまなそうに首をうなだれた。アメリアの弾丸はアメリアが特殊な空気を吸い込み、吹きこむことでしか銃弾を補充できない。そのため、弾倉を空にしたアメリアは戦力としてはもはや機能しないことを意味していた。


「まあ、いいんじゃねぇの。先生も言ってただろ。俺達の目的は敵を倒すことじゃない。柏木を助けること、そして、俺達が無事に帰ることだってさっ」


 佐倉の言葉が最後まで終わらない内に次なる鮫が彼らを飲み込もうと水面から顔を出した。水中には2体の背びれが漂っている。また新しい鮫が現れたのだ。佐倉は壁の手に力を込め飛んで移動し、鮫の攻撃を躱す。


「ちっくしょう、キリがねぇ」

「サクラ! 前」


 次々に壁を飛び移っていく佐倉であったが、飛び移ろうとした先にも新たな鮫が出現する。


「くっそっ」


 佐倉は浮いた足で壁を蹴り、そのまま20mほど離れた反対の壁へ移動する。しかし、またすぐに新たな魚影が佐倉達の足元に浮かび上がった。

そうして彼等がどれだけ避け続けようとも、新たな魚は増え続ける。やがて、人を溶かす液体で満ちた一階フロアは、いつしか大量の黒い鮫が次々に二人に向かって襲いかかる状況となった。


 佐倉は次第に壁に飛びつくのが困難になってきていた。一階フロアの壁が佐倉の力によってどこもかしこも崩れていたこともあったが、もっと本質的な問題が起きていたのだった。


「力が……まさか!」


 ――――制限時間


 佐倉の遺伝子は能力の使用限界に達しようとしていた。





「湯村くんが制限時間を迎えたのと同じ反応であること、現れた男は湯村くんの双子の弟で、その男が君たちを助けたということから、僕が導き出した答えは『リバーシブル』だ」

「『リバーシブル』? どういう概念だ、それは」


 氷上のマンションで、木津と氷上は湯村が倒れた原因を探っていた。氷上はこれまでの一部始終を木津に話し、木津はしばらく白紙のノートに考えをまとめるためにペンを走らせていたが、ふとペンを置くと氷上にそういった。


「『リバーシブル』って、君は知らないかい? 裏表どちらも着れる服なんだが」

「洋服の『リバーシブル』なら知っているが、それが遺伝子とどういうつながりがあるんだ」


 氷上がそう言うと、木津は自分のノートを見せながら解説を始めた。


「もちろん君のことだから遺伝子が二重螺旋構造になっていることは知っているだろう?」

「ああ。一対の塩基配列がもう一方の塩基配列と対になって遺伝子が傷ついた時のバックアップとしての役割を担っている」

「そうだね。それが一般的な常識だ。だが、一方がバックアップで、一方がオリジナルであると誰が保証できる?」


 氷上は信じられない様な目で木津を見る。


「なん……だと?」

「遺伝子はアデニン[A]にはチミン[T]、グアニン[G]にはシトシン[C]という組み合わせで出来ているだろう? オリジナルがATTGであればバックアップ側はTAACだ。だが、単純な塩基配列だと考えてATTGとTAACが同じ機能なわけないじゃないか」

「直樹、君も科学者なんだから馬鹿なことを言うな。ワトソン博士とクリック博士のノーベル賞を吹き飛ばすつもりか。確かに二重螺旋構造は二重なのだからどちらもオリジナルにはなりうるかもしれない。だが、わかっているだろう? そのうち一方だけがATGコドンをもっているから実際に機能するのだと。ATG構造のバックアップはTACだ。m-RNAは生成されない」


 氷上の言っていることは生物学的に正しいことである。一方のDNAしか働かないのは鏡に写った言葉がそのままでは意味を成さないのと同じく、身体の中で機能していないのだ。バックアップ以上の機能を逆側のDNAは持たない。これは動かしようのない真実である。


「まあ、普通に生きていれば、ね。だけど、君が作ったプログラムによって遺伝子を活性化された子どもたちはどうだい? ATGコドンなんて関係なく、遺伝子の能力部分を強制的に活性化させているんだろう? バックアップ側が活性化されないという保証はない」

「じゃあ、あのもう一人の湯村は」

「今そこに寝ている彼の能力の『リバーシブル』だよ。仮説だがね。彼の能力は自分の情報を編集することだったね。だとすればもしかすると」


 氷上は椅子から思わず立ち上がった。自分の想像が恐ろしくて口の中が乾燥していた。逆に顔面には冷や汗が流れている。


()()()()()()()()()()()!?」

「かもね」

「馬鹿な……そんな能力があれば世界をも破滅させてしまうぞ」


 氷上は木津の意見に反論する根拠を見つけることが出来なかった。湯村のもう一つの能力が木津の言う通りであれば関東シェルターの件も、先の『黒』との戦いも説明が付いてしまうからだ。


「まあ、敵だったらの話だよ。幸い彼は味方だ。それより、君は今以上に遺伝子活性化プログラムの研究をす進めるべきだと僕は思うね」

「今以上に?」

「ああ、しかも早急に。彼の能力が何かの間違いで暴走したら地球は氷期どころじゃなく、空中分解してもおかしくない」


 木津は真剣な顔で氷上に言った。氷上は頷く。するとさらに付け加えてこういった。


「それで……ミス氷上。ものは相談なんだが、君の研究に凄く頼りになる共同研究者を僕は一人知っているのだが、紹介して欲しくはないかい? 実はアメリカから帰ってきたばかりで住処もなければ明日食べていく日本円も持ち合わせていないらしいんだ、彼。だけどすごくいいやつなんだ、僕が保証してもいい」


 氷上は溜め息を付いて、目の前の男を見た。


「それは先ほどモールス信号でノックをしていた男じゃないだろうな?」

「Excellent! さすがミス・氷上。名推理だ!」


 氷上はしばらく呆れた顔をしていたが、気を取り直すと目の前の木津に向かって右手を差し出した。


「メーカー・ジャパンへようこそ、ドクター・木津。我々はあなたを歓迎する」

「木津直樹。知っていると思うけど。これからやっかいになるよ、天才少女。日本がピンチであることを知らずにアメリカで研究してた負い目が僕にはある。協力は惜しまない」


 木津は氷上の手を取り、固く握手をした。そこへ、あくびをしながら金髪の少年がソファーから顔を上げた。


「ふあーあ。何してんの? 旧友との再会?」


 それを見た氷上は木津の手を振りほどき、湯村に向かって叫んだ。


「湯村くん! 君ってやつは……君ってやつは、何ていいタイミングで起きるんだ! 大好きだ! 抱いてくれっ」


 湯村のいるソファーへ向かって大きく手を広げ、飛んで行く氷上。その顔面に湯村の右足がめり込む。氷上は顔を抑えてうずくまった。


「うおっ……きょ、教師に足をあげるとは……」

「アンタが股間に向かって飛んでくるから悪いんだろうが! このド変態女!」


 そんな氷上を、木津は苦笑しながら遠くから眺めていた。


「なるほど。確かに14年は人にとって長い年月なのだな。僕の知っている天才少女とはかなり性格が異なる」


 そんな木津の足元で、佐倉からのSOSを知らせる着信が氷上の携帯を鳴らした。

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