暴走電車と暴走息子
佐倉の命が死の瀬戸際に差し迫ろうとしている頃、柏木は上西神駅にて電車が来るのを落ち着かない様子で待ち続けていた。
5分毎に来る電車ですら、今は待ち遠しく思える。次の電車が来るまで2分間。永久と思える時間が経過した後、ようやく電車がやって来た。
『上西神ー。上西神ー。お降りの方はお忘れ物など無いよう、願います。上西神ー』
柏木は降車する人が降りるのも待てずに電車に乗った。関西中央第3高校駅までは3駅ある。時間で言うと約20分。柏木は電車に乗るとすぐに湯村にメールを送った。
湯村の携帯に柏木からのメールが着信した。自動読み上げ機能によりメールが読み上げられる。この携帯はメールの相手の声を再現する優れものであるため、まるでメールを送った本人がそこでしゃべっているようであった。
「双? 今上西神で路面電車に乗ったから保健室につくまでは多分早くて30分くらい。それまで佐倉くんを何とか持たせて。命さえ終わらなければ、私が絶対助けるからっ!」
だがそれは、佐倉を間近で見ている湯村にとっては、死刑宣告のお知らせのようなものであった。
「30分……か……クソ、直人、しっかりしろ!」
今から30分もの間、佐倉の身体が持つとはとても思えなかった。だが、湯村には友人に声をかける以外の手段を今持ち合わせていなかった。
その声に反応したのか、それとも偶然か、佐倉が天井を向いたまま、湯村に声をかけてくる。
「ゆ……湯村、そこにいるか?」
「あ、ああ。気がついたか? 直人。大丈夫だ、あと少しでお前は助かる。必ずだ! 気をしっかり持て!」
「はは……懐かしいな……その台詞……なあ、中学の頃のこと、覚えて……」
と、言いかけたところを湯村が無言で殴りつける。
「だからそういうヤバいフラグが立ちそうな台詞を言うなと、さっきから言ってんだ俺は!」
「ぐ……ひ、ひでぇ……」
佐倉は話していた内容を最後まで言うことが出来ずに力尽き、また浅い呼吸へと戻った。
「ソウ! サクラは?」
扉を開けて入ってきたのはアメリアだった。湯村はアメリア、氷上にも一斉送信で佐倉の状態をメールしていた。アメリアは学校から比較的近い場所にいたため、先に戻ってこれたのだった。
「ギリギリってとこだ。なぁ、アメリア。お前どうにかしてこいつの命を助ける方法、わかんねぇか?」
「え? わ、私……no idea……わかんないよ……。あ! そうだ、トールは? トールはどうしたの?」
アメリアは周囲を見回した。だが、役に立たない嘱託医と、湯村しか部屋の中には居なかった。
「氷上は……連絡はしたんだが、返事がねぇ。しかもこれは学校で偶然起こったトラブルだ。あいつも全世界の未来を常に観察しているわけじゃない。メールを見たとしても、この傷でこの出血。今から来ても何かできるとは思えねぇ」
ふと、何かに気づいたのか、急に静かになった佐倉の手に嘱託医が触れた。
「脈が……どんどん弱くなっている……マズい。これは本当にマズい……」
それを見たアメリアが叫ぶ。
「ユー! ユーはDoctorなの? なんとかしてよ! サクラ、死にそうなんでしょ?」
「アメリア、放っとけ。そいつは使いもんにならねぇ……なあ、保健室のお医者さんよぉ。何で医者になったんだ? 人の命を、助けるためじゃねぇのかよ……」
嘱託医はそれを聞いて言葉も無く俯いた。
「僕は……僕だって……」
「何もしねぇなら出て行ってくれないか。居るだけ邪魔だ」
湯村は嘱託医の方を見ずに言うと、彼は肩を落としながら部屋を出て行った。
上西神の駅を発車した電車に乗った柏木は、そわそわと、自分の時計を何度となく見ていた。だから気が付かなかった。電車の状態がいつもと違っていたのを。
最初に気がついたのは乗客の一人だった。
「おい、なんかこの路面電車、運転荒くないか?」
路面電車は電力で路線の上を走る。つまり、運転が”荒い”という表現は、ハンドルの問題ではない。速度の問題だ。
「た、確かに。なんだかいつもよりも揺れが大きいような……ていうか、この電車」
そして乗客の多くがその事実に気付き始める。
「この電車、こんなスピードでいつも走ってないよな?」
その発言を電車が聞いたかのように、車両のスピードはますます上がっていった。辺りの道路にはもちろん電気自動車も走行している。だが、自動車が線路にいようといまいとお構いなしに、路面電車は暴走していった。
そして、車内に放送が入る。
『えー、ご乗車の皆様。大変申し訳ありませんが、この電車は特急電車として急遽運用させて頂きます。ご乗車のお客様は、急スピード、急ハンドル、急ブレーキ等に十分ご注意いただき、お近くの手すりや吊革に、しっかりとお掴まり下さい』
奇妙な放送が車内に響いた。この路面電車、各駅停車と急行しか運行していないはずだ。それが特急電車だというのだ。だが、仮にその特急電車しても、このスピードは異常だった。
激しい揺れと猛スピードで、車内には悲鳴に近い叫び声も上がる。だが、5分に1本の路面電車なので乗客はなんとか全員が席に座ることができていた。
「なに? どういうこと?」
ガタガタと揺れる車内。柏木は窓の外から周囲を見た。路面電車は目を疑いたくなるような猛スピードで走っていた。電気自動車のクラクションが鳴りっぱなしの公道で、爆走する路面電車は驚くことに、ただの1台の自動車にも激突していなかった。
まさかという気持ちで前方の運転席を見た。すると、運転席に座っている駅員は、柏木の視線を受けて軽く帽子を上げて挨拶する。まるで、今、柏木が駅員の方を見ることを予め知っていたかのように。
『毎度ご乗車ありがとうございまーす』
亜麻色の髪で抜群のスタイルをした駅員は、柏木だけに向かって場内アナウンスをする。よく見ると、隣には猿ぐつわを噛ませられ、縛られている駅員がわずかに見えた。
「氷上さん!」
さらに1分後、電車はありえない速度で関西中央第3高校前駅に停車した。
『関西中央第3高校前ー。関西中央第3高校駅ー。この電車は、ここで回送電車となります』
放送後、よくわからないまま渋々降りていく乗客に混じって、柏木は学校へと駈け出した。
保健室からは、湯村に出て行けと言われた嘱託医がちょうど扉を開けて出てきたところだった。
「き、君は……?」
「ごめんなさいっ!」
柏木は出てきた嘱託医を突き飛ばすと、扉が閉まる前に隙間から滑りこむ。
「美月! どうして?」
30分かかるという連絡を今受けたばかりの湯村はどうしてものの5、6分で柏木が到着したのか、驚きを隠せない様子だった。
「説明は後で! 双、どいてっ」
自分も必死だったが、それ以上の剣幕の柏木に、思わず湯村が身を引くと、柏木が佐倉に手を触れ、能力を発動する。
「細胞再構築!」
佐倉の体が保健室のベッドから浮かび上がった。そして、床にある血液、屋上にある血液、包帯の中に溶け込んだ組織が佐倉に向かって集まり始める。
10秒ほどの間だっただろうか。佐倉の体は、ベッドの上にゆっくりと舞い降りた。身体には一切の傷という傷が無くなっていた。
「……佐倉?」
だが、佐倉は何も言わなかった。先ほどの苦しそうな浅い呼吸も、震えも全くない代わりに、微動だにしなかった。
「まさか、間に合わなかったっていうの? そんな……」
全速力で走ってきたため、息を切らしながら柏木は、細胞の修復が終わった佐倉をまじまじと見た。やはり、呼吸もしている様子はなかった。柏木は細胞は治せても、命までは戻せない。力なく、その場へとしゃがみこんだ。
保険室内に、暗い空気が漂いはじめたその時、入り口の扉が開いて、白衣の女がつかつかとベッドに歩み寄った。
「はい、死んだふり乙!」
その女性がベッドの手前で身体を一回転させ、佐倉のお腹に思いっきり体重を乗せたエルボーを当てる。するとベッドに寝ていた重症患者は、とても元気な叫び声を廊下に響かせた。
その後、湯村、柏木、アメリアからも同様に厳しい仕打ちを受けたのは言うまでもない。
その晩、5人は再び湯村の部屋に集まり、メーカー・ジャパンのミーティングを行った。
「成宮善次郎。慶宝恩寺の息子だな」
氷上が自分の手元にあるノートPCのキーボードを叩くと、湯村の部屋に備え付けられたPCの画面が遠隔操作され、成宮の顔が浮かび上がる。
「あ! こいつだよ! 今日俺のこと撃ったのは!」
人のことをあまり悪く言わない佐倉が、珍しく恨みがましい目線をディスプレイに向けた。湯村は気に食わない物でも見たかのように視線を外す。
「真天階宗の一人息子だ。この関西シェルターの大口出資者である、成宮豪士郎の跡継ぎでな。中学の頃に悪ふざけが高じ、人を何人か殺している」
「けっ、それで平然としてやがったのか。あの野郎」
「Murder……高校生なのにもう人殺しなのね」
湯村は吐き捨てるように言い、アメリアは同情するように呟いた。
「だが実は、あいつは警察に前科がない。事件のたびに代わりの犯人が教徒の中から自首してくるんだ。高校に入ってからの殺人は5人だな。2ヶ月前も教師を一人、殺している」
「でも、氷上さん。今って、AAAが関西シェルターを仕切っているんでしょ? 好き勝手できないと思うんだけど」
氷上はキーボードを叩くと、『写真屋』から得た情報を画面に出した。
「AAAは真天階宗と非干渉協定を結んでいる。成宮はこの関西にいる限り、自由に動くことができる」
「ふん。AAAと真天階宗が手を組んだとかそういうのはどうでもいい。ともかく、こいつは気に食わねぇ。一度ぶっとばす」
湯村が呟いた。すると氷上は、湯村の発言に頷く。
「そうだな。それには私も賛成だ」
「氷上さん。今はそんな宗教団体に関わっている場合じゃないですよ。下手をすると私達、『夜』とAAAと真天階宗の3つから狙われることになるんですよ」
柏木は、氷上と湯村が押せ押せムードだったので注意を促した。
「いや、それがその3つは独立しているとも言えんのだ」
「え?」
氷上は画面を切り替えた。画面には『夜』の発生する場面が表示されている。
「ここと、ここを見てくれ。それと……ここ、だな」
「Fumm? Strangeな格好をした人間が見えるよ? 赤いマントを着てるネ」
「そうだ、アメリア。赤いマントは真天階宗のユニフォームだ。『夜』の発生には、真天階宗が深く絡んでいる可能性がある」
ぴく、と反応した湯村が顔を上げた。
「つーことは?」
「ということは、だ。やつらを捕まえて、ぶっ潰して、成宮を吊し上げ、『夜』に関する情報を引き出す。それが次のステップだ」
それを聞いた湯村と佐倉はガッツポーズをして喜んだ。
「俄然やる気出てきた。あいつらが普通の高校生でも能力使ってかまわねぇんだな? 氷上?」
「無論だ。むしろ手加減は許さん。『夜』は3日毎に現れることがわかっている。次に現れるとすれば明後日だ。つまり、明日中には片を付けておく必要がある。徹底的に潰してやれ」
「「了解!」」
湯村と佐倉は、強く沸き起こる戦意を抑えながら、お互いの右手と左手を、拳で軽くコツンと突き当てた。




