成宮
突如やって来た男に2人の仲間が潰された不良たちの視線は、屋上の入り口に立つ佐倉へと集まる。
「お前も見いひん顔やな。そこの金髪と一緒に転校してきたやつか? ふざけやがって……」
そう言うと、扉の近くにいた不良の一人が佐倉の胸ぐらを掴んだ。
「おいおい何だ。俺はダチを飯に誘いに来ただけなんだが」
そう言って佐倉は不良の手首を強く掴んだ。
「痛てっ! あたたたたたっ! 何やお前、離せっ!」
佐倉の握る力が強かったため、不良は慌てて掴まれた手を振りほどく。
「隙みっけ」
湯村は佐倉に気を取られたタイミングを逃さず、近くにいた不良へ足技を出す。背中を思い切り蹴られた不良が前のめりに倒れた。
「こ……この野郎!」
「よーし。随分感覚が戻ってきた」
軽いステップを踏みながら湯村が体勢を取る。すると倒れた不良は倒れた姿勢から懐に手を入れ、立ち上がりざまに何かを出してきた。
「ん?」
湯村は今ワイシャツに黒いパンツという制服であったが、そのシャツがパックリ割れていることに気がついた。見ると、不良の手にはキラリと光る長物が見えた。
「仕込み刀……? 高校生が何持ってやがんだよ!」
「殺してやるぞ金髪ぅ!」
オーバーカラムに居住する人間は富裕層から選別されている。差別と言うよりはカラム内の経済を上手く回すための住み分けが主な理由であったが、とかくこのオーバーカラムに居住する人間は、金持ちである。
では、金持ちの不良はそうでない不良と何が異なっているのかというと、服装、乗り物、そして武器であった。オーバーカラムにいる不良は物騒な武器を所有しており、AAAですら取締に苦労している。
「うぉおいっ! ちょっと待てっ! 危ないって!」
入口付近では、電磁警棒、要するにスタンガン付き警棒を持った不良が佐倉を取り囲み、追い詰めていた。
「さっきまでの勢いはどうした?」
「こっちもビリビリが待っとるで~」
左右前後に追い詰められながらも、持ち前のフットワークで隙を見ながら攻撃をしかける。
「しつこいなこのデカイの!」
「ぐわっ」
だが佐倉も無傷ではいられない。時々学ラン越しに警棒に衝撃が走る。
「痛てーな、おいっ」
「まだ動くかっ」
もともと頑丈にできている佐倉は、スタンガンの警棒を多少受けてはいたが、身体を麻痺させるは至らなかった。もちろんこうしたスタンガンも、氷期以前のものと比較すると、あまり強い電圧を流すものは市販されていない。電気料金が高騰しているため、こういった電気製品のスペックが低く抑えられるようになっているからだ。
いずれにせよ、武器を持つ不良集団に苦戦を強いられながらも、なんとか湯村と佐倉は善戦し、14人であった不良を残り6人まで減らすことに成功していた。とはいえ、二人共満身創痍であった。
「はぁ、はぁ、こんなことなら、能力を使っておけばよかった」
「違いない。つっても、そんな暇与えてくれそうにないけどな」
「直人、あと6人、行けるか?」
「なん、とかな……」
佐倉と湯村は、傷つきながらも不良の集団の撃退に成功しようとしていた。だが、その時、一発の銃声が佐倉を撃ちぬいた。
「直人ーーーー!」
湯村が銃弾の飛んできた方向をみた。そこには、先程は居なかった新しい不良の5人組が現れていた。先頭の一人は中でもひときわ目立っていた。
着ている制服は湯村たちと同じく、学ランであったが、上着の前のボタンは開かれ、ダークグリーンのTシャツが見える。髪はウェーブがかっているボサボサの髪で、その前髪の隙間から鋭い眼光がこちらを睨みつけていた。
「な、成宮さん……」
残った不良の一人が青ざめながら銃を持った男の名前を呼んだ。
「自分ら、なにしとん。こんなぽっと出の二人組にやられて。死にたいの?」
「い、いや、こいつ、多分他の地区から来たやつで、なかなかの……」
不良の言葉は最後まで終わらなかった。成宮と呼ばれた男が発言した不良に発砲したからである。
「うわぁっ!」
「言い訳とか時間の無駄や。しゃべんなや。自分」
さらに成宮は倒れた不良に蹴りを一発入れると、倒れた佐倉と湯村の方に近づいてきた。
「銃……だと。そんなものを持ち歩いて、警察に捕まるぞ」
佐倉は成宮の顔を睨みながら言った。
「はは。今日のゲストはよう吠えるなぁ」
「ぐふっ」
成宮は、腹部を撃ちぬかれ血を流しながら跪く佐倉の顔を、銃身で横殴りに殴った。大きな身体が、屋上の床に伏す。
「直人! ……てめぇ!」
「やめとけ。お前じゃ俺には勝てねぇ」
湯村は、そう言う成宮が、全く隙がないことを感じていた。訓練された人間。そんな雰囲気が、成宮からは発せられていた。
「何者だ、お前は」
「何者でもねぇよ。この学校を仕切っている。それだけだ、今日は見逃してやるからそのデカブツを連れてとっとと屋上から去れ。ここは俺達のシマだ」
「くそ……覚えてろ……」
湯村は佐倉の身体を抱えると、屋上を出て行った。
「すま……ねぇ、湯村」
「しゃべるな。コール、柏木!」
湯村はポケットに入った携帯電話に話しかけ、柏木への通話を行った。
湯村が柏木に電話をする少し前、すでに学校は終わっており、柏木は昨日襲われた役所跡に来ていた。役所の敷地に残された黒いシミの辺りには「KEEP OUT」と書かれた黄色いテープが張り巡らされ、警察が現場検証を行なっていた。
「これで27件目だってねぇ」
「怖い怖い。おっと、口にだすのも駄目なんだっけ」
住民が意味不明な台詞を口にしながら、冷ややかな目で通り過ぎていく。柏木は、役所跡を少し見た後、役所周辺の人型の焼け焦げがあるところまでやって来た。
「活性化」
柏木は携帯電話を操作し、物陰に隠れて能力を発動する。確かめたいことがあったからだ。
「細胞再構築」
自らの持つ奇跡のキーワード。粉微塵にまで分解した組織を復活させる呪文を、柏木は唱える。
「……そう。やっぱりだめなのね」
柏木が黒いシミに手を触れながら発動させた能力は、辺りに何の変化ももたらさなかった。もし細胞が少しでも残っていたなら、柏木の能力なら再生可能である。とはいえ、昨日死亡した肉体であるので、復活しても綺麗な死体がひとつ出来上がるだけになってしまうのだが。柏木の能力では組織は修復できても、命までは再生できない。
だが、今目の前にある黒いシミから、柏木は細胞を復活させることはできなかった。
「細胞が分子レベルにやられてしまうのね」
あの時氷上が自分にいった言葉は真実であった。柏木でも殺される。『夜』と自分の能力の相性は、恐ろしく悪い。久しく感じなかった寒気を感じ、柏木は自らの身体を両手で抱えた。
「私は死ぬわけにはいかない。死んでしまった、街の人達の命を背負っているのだから」
まだ氷期が始まったばかりの頃、柏木は西栄市という原子力発電所のある街に住んでいた。発電所はAAAの標的となり、制圧され、人質は全員殺されてしまった。彼女はその生き残りである。彼らの無念を晴らすため、彼女は生きている。
柏木が踵を返し、マンションの方へと戻ろうとした時、携帯の着信音が鳴った。
「はい、柏木です」
声で反応する携帯が着信応答する。
「美月か? 俺だ。実は直人が銃に撃たれて重症なんだ、今学校の保健室で休ませている。お前の能力で何とか出来ないか」
「AAAに襲われたの? 双は大丈夫?」
「俺は大丈夫なんだが直人がな。で、お前どこにいるんだ?」
「昨日の役所の辺り。ちょっと確かめたいことがあって。すぐ電車で戻るから、動かないで待ってて!」
柏木は電車の駅へと一目散に走っていった。
一方、学校の保健室では、湯村が保健室の嘱託医に怒鳴り散らしていた。
「救急車呼べねぇってどういうことだよ!」
「いや、だからあのー、この件に関しては、無理なんです」
気の弱そうな白衣の嘱託医が、湯村の剣幕にたじろいでいる。佐倉は包帯を巻いたものの、止血が思うようにいかず、保健室のベッドには血が滲んでいた。屋上で失血した量と合わせると、もうかなりの出血になる。
「な……んてこった。お前を……昼飯に誘ったばっかりに……くっそ……もう、誘わねぇ」
「冗談言ってねぇで黙ってろ直人! クソ、止まれ!止まれ!」
湯村が力の限りガーゼで抑えているが、佐倉の出血は止まる様子がない。やがて、佐倉はうわ言を言いながら震えはじめた。ショック状態だ。
「マズい。佐倉くん、気を確かに持つんだ!」
何もしない嘱託医が佐倉に声をかける。
「言ってねぇで何とかしてくれよ! あんた先生なんだろ!」
だが、嘱託医は何かに縛られているように動かない。
「すまない……僕には……駄目なんだ、成宮は……成宮だけは……」
嘱託医は涙を流しながら、両の拳を握りしめていた。
「湯村……頼みがある……俺が死んだら、家の犬にさ……死んだって伝えてくれ……本当に可愛がっている犬なんだ」
湯村は佐倉を思いっきり殴った。
「そういう台詞は本当に死ぬやつだけ言っていいんだ、黙ってろって言っただろうが馬鹿野郎!」
狭い保険室の床は、佐倉の血が滴り落ち、湖を作り始めていた。湯村は汗を掻きながら必死の形相で、佐倉の傷口を押さえることしか出来なかった。




