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メーカー・ジャパン  作者: ラストラ
第三章 関西遠征編(下)
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写真屋

 闇。一寸の光も届かない、底無しの闇。


 柏木は、体に触れた分子の構造が解る能力を有している。闇に飲まれていく彼女が感じたのは、『無』だった。何のエネルギーも感じない冷たい空間。柏木は頭ではなく肌で、死を意識した。


 氷上、アメリア、佐倉に続いて湯村が柏木の前を役所の非常口へと走っていた。役所のカウンターを乗り越え、スタッフのデスクの上を走りながら机の上の物を蹴散らしていった。


 非常口へと到達した湯村は、背後にあった柏木の気配が希薄になっていることに違和感を感じて振り返る。湯村が視界に認めたのは真っ暗な闇の中に埋もれつつある、柏木の姿であった。


「コード・発動(オン)!」


 視線があったと同時に湯村は能力を発動した。コードの略式は二度目であったが問題なく発動し、湯村の周囲の空気が256倍の速度で流れ始める。


 湯村は能力が発動するかしないかのうちに柏木の方向へ向かって走り始めていた。闇に捕われそうになっていた柏木の身体を壊さないようにそっと抱きかかえると、非常口に高速でバックする。


 そして、先に役所を出ていた氷上、佐倉、アメリアの横に瞬間移動をしたかのように、湯村が柏木を背負って出てきた。


「ふわっ、双。え? あたし……あ、ああ。助かった……のね」


 湯村に降ろされてへたり込む柏木。


「危なかった。アンダーカラムで能力を活性化アクティベートしてなかったら、間に合わなかった」


 隣でその様子を見ていた氷上は、柏木と湯村の無事を確認して胸をなでおろしていた。全力疾走したため、まだ肩で息をしている。


「はあ、はあ、湯村くん。よくあの状況で後ろを振り返る余裕があったな」

「いや。偶然だった。こんなことなら先に能力を使っておけばよかった」

「すまない。私の未来予測が役に立たないために……」


 氷上は溜め息をつきながら自らの力の無さを悔いた。だが、落ち込んでいる氷上よりも精神的にダメージを受けている人間がもう一人いた。柏木である。彼女は床に座り込んだまま、両手で身体を抱えながら震えていた。


「美月? 大丈夫か」


 氷上が声をかけると柏木は力なく頷いた。


「……本当に死ぬかと思ったんです。私、氷上さんと出会ってから本気で死を思い出したの、初めてかもしれない」


 その様子を見ていた湯村が氷上に尋ねる。


「どういうことだ? 美月は死なない肉体なんじゃなかったのか」

「恐らく……これは推測の域を出ないが、さっきの現象は何らかのエネルギーを吸収する現象だと思う。分子の運動エネルギーなのか、それとも光のエネルギーなのか、ぱっと見ではわからないが。エネルギーで細胞を安定させている美月には天敵とも言える現象だ。闇に飲まれていれば無傷では済まなかっただろう」


 氷上があれこれ今の現象について考えを巡らせていると、突然佐倉が叫び声をあげた。


「お、おい。みんな見てみろ! 役所がなくなっちまったぞ」


 4人が振り返ると、先程まで湯村達が居た役所は跡形もなく消え去っていた。その代わりに、役所の跡地に真っ黒い焦げのような跡が残っており、うっすらと煙が立ち上っていた。


「Mysterious……! 建物がVanishしたよ。ええと、消えちゃったの!」


 アメリアは不思議そうにその黒い焦げを眺めていたが、何を思ったのか、ツンと指で触れてみた。


「あっ、熱っ。これ熱いよ!」


 氷上はその様子をじっと見ていた。


「熱い……か。エネルギーを吸われたのに熱い、と。となると……いや考えるのはよそう。よし、諸君。次の行き先に向かおう」


 氷上はポンと手をたたくと駅と書いてある方へ向かって歩きはじめた。


「おい、どこへ行くんだ」


 湯村は柏木が立ち上がったのを確認して、歩きはじめた氷上に尋ねる。


「情報が足りない。今のまま考え続けることもできるが、足りない情報が多い状態で推測し続ければ私の能力は疲弊する。したがって、情報を集めにいくんだ」

「集めるって、先生。ここは敵の支配下ですよ。アンダーカラムでも仲間集めに苦労したっていうのに。これからまた、同じ事をやるんですか」


 ようやく自分を取り戻した柏木が、氷上に指摘すると氷上は首を振った。


「いや、オーバーカラムに関してはセキュリティが厳重なのでな。同じ事をやろうとすればアンダーカラムの100倍苦労することになるだろうからそれはしない。湯村くん。弟くんの画像データを覚えているか」

「当たり前だ。俺はそのために来たんだからな」


 湯村の目に力がこもる。そう、彼は生き別れの弟がここにいるという画像データがあったから関西までやってきたのだ。


「あの写真はオーバーカラムにいる情報屋から買ったものだ。なにせ関西スタッフとの連絡手段が完全に途絶えていたし、次から次へと攻めてくるテロリストたちの対応をするのに精一杯で、他の地域に偵察を送っている余裕など、この一年間は無かったからな。今から、その情報屋に連絡を取り付けてみる」

「駅にいるのか?」

「いや、だが駅に行かないとシェルター内では彼と接触することができないんだ。無線やネットの類は全部奴らに監視されている。知らないか? 昔は駅の掲示板に『XYZ』と書いて連絡を取ったりしていたらしいぞ」


 それだけ言った氷上は、意味ありげにニヤリと笑うと、駅の方へ向かってまた歩きはじめた。4人は首をかしげつつ、氷上の後を付いていった。





 オーバーカラムは電力が豊かな地域である。シェルター内は明るく、天井の液晶はくっきりと夏の青空を映し出していた。シェルター内の冷暖房設備や風を作り出す装置も正常に働いており、シェルター内は至極快適な外部の環境を再現していた。


 街並みは少し欧風の作りになっており、歩く人々の服装もなんだかおしゃれである。ところどころにカフェやレストラン、ブティックが立ち並び、石畳の風情のある通りを歩いていると、ヨーロッパのおしゃれな街に迷い込んだような錯覚に陥ってもおかしくない。


 道路標識や案内板には観光名所への案内なども書いてあり、生きるためだけではない、娯楽施設を有する余裕のある場所なのだと思わせた。


「関西シェルターを計画する時は本当に大変だったんだ。大阪、神戸、京都とキャラの濃い街がいっぺんに氷に埋もれてしまってな。やれ京都風の街には住みたくないだの、大阪弁を話す人間と同じ空気を吸いたくないだの、観光施設は潰せないだの、それが実現できないなら氷に埋もれてもいいという有力者が多数いてな。大変だった」


 歩いて駅の方へと向かいながら氷上はかつての会議を思い出し、眉をひそめた。


「凄そうっすね、その会議」


 佐倉が氷上の隣を歩きながら相槌をうった。


「ああ、すっごく大変だった。それで有力者……おもに神社仏閣の主達が大量に出資をするという条件で、オーバーカラムは欧風の街並みに加え、京都のような寺や神社といった施設も建てられた。おそらく設計上は関東より敷地としては広いはずだ」

「でも結果としてはよかったんじゃないですか。宗教とかないと、外はこんな厳しい環境ですもの。すがりたい人もいるでしょう。ご先祖を祀るところも欲しいという人もいますでしょうし」


 氷上は頷いた。


「ああ。結果としては良かったんだがな。あの京都のジジイどもが……」


 氷上がブツブツ独り言をつぶやきはじめたところで、5人は上西神かみせいしんという駅に着いた。


 オーバーカラムには駅がある。ということはつまり、電車があるということである。驚くべきことにオーバーカラムには路面電車が走っていた。電力を大量消費する、公共交通機関があるということに氷上を除く一同は驚いていた。


 オーバーカラムの建設に用いられた費用は実は全シェルター中最も多い。先程述べた有力者が大量の資金を投入してきたからである。そのため、寺や神社のあるオーバーカラムには通常より多くの原子力発電所が隠されており、それ以外にも風力、地熱、水力などのありとあらゆる発電によってかなり多くの電力を確保することに成功していた。 


「ほ、本当に電車がある……5分おきに電車が来る……だと! どんだけ無駄遣いしたら気が済むんだ! 電気セレブどもが!」


 氷期以降初めて見た電車に興奮した佐倉が妙なキレ方をしたため、電車に乗る関西の住民達から白い目で見られてしまった。氷上は佐倉の頭をおもいっきり殴って黙らせる。


「馬鹿。目立つんじゃない。これからめったに会えない情報屋に会うんだから、私達が目立ってしまうと奴が姿を見せなくなってしまうかもしれない」

「す、すんません……つか、すげー痛い」


 やがてホームにいた乗客がみな電車に乗り、アナウンスが駅に流れると扉が閉まった。氷上達は路面電車には乗車せずにホームに残る。次の電車がやってきてホームに入った所で、氷上は4人の学生たちをベンチに座らせると彼らに向かって話し始めた。


「アメリア。今私達がここに立って、今何台目の電車だ?」

「2台目だよ」


 アメリアがよどみなく答える。


「そう、2台目だ。我々はこれからあと3回分の電車をこの駅で待つ」

「するとどうなるんですか」

「奴が現れる、と言われている」


 氷上が説明している内に3台目の電車がやってきた。乗客たちが降りては出口の方へ向かっていき、また新しい乗客が上西神から車両へと乗り込んでいく。


「氷上、駅はこの駅で間違いないのか? この路面電車、意外に複雑で駅名も似たようなものが多いぞ」


 湯村の疑問に、氷上は真剣な表情で返答する。


「どの駅にいても変わらない。5回、決まった場所にいれば奴は現れる」

「まさか」


 氷上は頷いた。


「そのまさかだよ。奴の名は『写真屋』。本名はしらない。オーバーカラムにいる限り、奴の目から逃れることはできないと言われている最強の情報屋だ」


 驚く4人の高校生達をホームに残し、三台目の電車が発車した。自動運転であり、ホームには駅員一人いなかった。


 あたりには誰の目もなく、電車が出てしまえば静寂だけが残るホームを、何者かの目がじっと見つめていた。

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