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メーカー・ジャパン  作者: ラストラ
第二章 関西遠征編(上)
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計算済みの幸運と計算外の不運

 昇天閣<深淵>。その最奥の部屋「バカラ」で、氷上の最後の勝負が始まっていた。ディーラーの中井川がカードをめくる。


 バンカー 3

 プレイヤー 5


「プレイヤーのスタート時二枚の合計が5以下ですので、カードをもう一枚引かせていただきます」

「ああ」


 バカラは次のカードをめくるかめくらないかが完全にルールで決まっており、自動的に勝負が進んでいくのが特徴だ。客はカードに触れることもなく、ディーラーはルールにしたがってカードを配置するだけだ。それゆえ、イカサマはもし起こるとしてもディーラー側でしか起こり得ない。


 中井川はディーラー歴だけで言うなら佐々木よりも長い経験があった。カード扱いは滑らかであり、客に目線を配るのはもちろんのこと、ブラックジャックで”カウンティング”を使う客やイカサマをする客がいれば即座に見つけることの出来る”目”も持っていた。その目を持って、中井川は注意深く氷上を観察しながらゲームを進めていった。彼はイカサマをする技術はもってはいたが、昇天閣ではやったことはなかったし、先ほどの一部始終をみてなおイカサマをする勇気は中井川にはなかった。


「では、プレイヤーにカードを一枚配置、バンカーにもルール通り次のカードを配ります」


 中井川は仕事に忠実にカードを配る。プレイヤーとバンカー、両者には最初2枚ずつのカードが配られるのだが、表向きとなったその2枚のカードの傍に一枚ずつ、新たなカードが裏向きにして配布される。


「氷上様、折角ですので氷上様に開けるカードの順番を選んで頂こうかと思うのですが」


 最後の勝負を盛り上げようとするディーラーの配慮だ。氷上は中井川の申し出に頷いた。周囲も固唾を飲んで様子を見守る。


「ではバンカーから頼む」


 氷上が答えると中井川が頷き、バンカーに置いてあるカードをめくる。カードはスペードのAエースだった。


「スペードのAですね。ということは数字の1ですので、バンカーの合計は4になります」


 会場がざわついた。バンカーの新しい合計点4はスタート時のプレイヤー合計点である5を下回っている。ということは今からプレイヤーのカードに新しく一枚加われば、おのずと合計得点は5より大きくなることが予想される。


 バカラにおいて10からKキングまでの16枚のカードは数字上0にしかならない。全カードのほぼ1/4が0点にしかならないのだ。なので今の時点でプレイヤーとバンカーの合計得点が並べば、”引き分け”に賭けている氷上に勝機はあったのだが、これで氷上の勝ちはほぼなくなってしまったのだった。


「氷上様、よろしいでしょうか。プレイヤーのカードをめくりたいと思いますが」


 中井川の手は汗ばんでいた。1人の人間の人生を台無しにする勝負の決着が自分の手でついてしまうということに彼は緊張していた。自分がカードをめくることによって、このまだ若く未来のある女性を死んだほうがマシだったような運命に突き落としてしまう。その可能性が大きく、またそうなってしまうだろう確信がディーラー歴の長い中井川にはあった。


「いいぞ。めくってくれ」


 会場のスタッフたちはもはや遠巻きではなく、皆が集まってバカラのテーブルと氷上を取り囲んでいた。氷上が勝つためには9がでなければならない。9が出れば、合計が14になり繰上げでプレイヤーの合計は4になる。さらに、プレイヤーの3枚目のカードが9であれば、それでゲームは決着とするのがバカラのルールである。だれがどう言おうともバカラはあらかじめ定められたルールでしかカードを動かせない。それはあたかも人生に似ていた。


 ゆっくりと中井川の手がカードをめくっていく。端っこの方からカードが見えてくる。どうやらハートのようだ。これはカードゲームを盛り上がらせるための”絞り”というめくり方の技術である。ただこのめくり方はカードが駄目になってしまうため、大一番の勝負でしか用いられない小技であり、勝負が決まればそのカードはその場で廃棄される。


「カードは……」


 中井川がカードをめくり終わる。勝負の間、中井川はずっと氷上を見ていた。だが氷上は勝負が始まってからピクリとも動かなかった。何らかの仕掛けにせよ、ノーアクションで出来るイカサマなどない。中井川は氷上にはイカサマがないと確信した。だからこそ、このカードを引くことを恐れたのである。このカードで、この女性はお終いだ。


「……ま、まさか」


 耐えられなくなったスタッフが思わず目の前に顕になったカードを見て声を漏らした。佐々木は視力が良くないため目を細めてテーブルを見たがそれでもカードが見えない様子で、周囲の人々の反応を見回している。


「……ディーラー、私にはこのカードがハートの9に見えるのだが。宣言してくれないか?」


 止まっている時を、氷上の一言が溶かす。中井川ははっと気を取り直して、ゲームの結果を報告する。


「プ、プレイヤーのカードは9……ハートの9です! プレイヤーの合計は4になります」

「配当をお受取りください、は?」


 氷上がこの最後のゲームが始まってから最初の動き、それは”タイ(引き分け)”に29億ベッドしている自分のコインが置かれている場所を中井川に指し示すことだった。


「中井川!」


 不意に西田が叫ぶ。中井川が西田の方を見た。西田が目で何かを中井川に伝えようとする。だが中井川は首を横に振って西田の言わんとする事を否定した。


「西田さん。俺、それなりにこの業界長いっすから、客がイカサマしてれば見抜く力はあると思うんス。けど、この人勝負が始まってから1回も動いてないんすよ」

「……そうか。お前がそう言うならば仕方ない、か」

 

 西田が氷上の前に配当のコインを持ってくる。


「氷上様。疑って大変失礼いたしました。232億分のコインになります」

「そ。じゃあ、これ換金してくれる? んで、5人分のオーバーカラムへのチケットと、余った金で5人のホテル代もね。もちろん、全員最高級スイートで頼むよ」


 そう言うと、氷上はバカラの席を立った。呆然と見守る昇天閣のスタッフたち。バカラの部屋を出たところで、氷上はとあるところへ電話をかけた。


「車田か? 氷上だ。上手く行ったぞ。礼を言う」


 電話の相手の車田という男は、明るい声で氷上に返答した。


「今朝、急に電話がかかって来たときはいたずら電話かと思いましたよ。一年前のゴタゴタで氷上社長は亡くなったと思ってましたからね。困ったときは我々にお任せくだされば、なんなりとご用意いたします。氷上エレクトロニクスの下請け、車田ホビー店がね」


 車田が嬉しそうに話すのにつられて、氷上の顔も自ずと綻んだ。


「御社がAAAトリプル・エーからの直接監視の対象から外れていたことはラッキーだった」


 氷上エレクトロニクスは各シェルターに大きな影響を与える会社であった。湯村を発見したゲームセンターのゲームも氷上の会社の関連会社が作ったものだ。つまり、関西にも氷上エレクトロニクスの息のかかった会社がいくつか存在していたのだ。昇天閣がもともと用意していた豪華なトランプも、この車田ホビー店が各おもちゃ屋に出している高級トランプを点字加工して作っていたものだった。


「極薄液晶でトランプを作るなんて、よく考えましたね」

「まあ最後はなんとなくトランプで一儲けしなきゃならないんじゃないかと思っていたのでな。関東を出る前から設計図だけは作っておいたんだ。問題はどうやってこのトランプとすり替えるかだったが、思いもよらぬ展開になったので自然な形でカードを使わせることができてよかったよ」


 氷上は極薄の液晶で出来たトランプを用い、イカサマを行なっていたのである。配られたカードが場に置かれた時、携帯であらかじめプログラミングされたカードが氷上の指定した通りの数字のマークを出すようにしてあったのだ。先ほどのバカラの場は、氷上の手のひらの上で行われていたといっても過言ではなかった。


 しかも最後、中井川は”絞り”というめくり方をしていた。カードに癖がついてしまうため、あのゲームの直後液晶カードは廃棄されるはずである。ネタがバレる心配は無かった。


「お陰で大儲けできたんでな。車田の会社の方に一部研究資金として送っておく」

「ありがとうございます」


 車田がそう返答した所で、携帯がキャッチホンの着信を氷上に告げた。氷上は車田に軽く挨拶をして電話を切り替えた。かかって来た番号は知らない番号だった。


「私だが」


 氷上は特殊な電話番号を用いているため、通常では予め番号を知っているか、氷上からの着信にかけ直す以外では偶然氷上の携帯には繋がらない。電話をかけてきたということは、だれかに番号を聞いた者か番号を非合法な方法で手に入れた人間、すなわち彼女の敵からの電話であることを意味していた。電話に出る氷上の顔が警戒心に染まる。


「やあ、ドクター・氷上かい」


 甲高い聞き覚えのある声が耳から聞こえた。とりあえず氷上は不快だなと純粋に思い、黙って電話を切ってみた。すると、しばらくしてまた同じ電話番号から電話がかかって来た。


「氷上博士! 待ちたまえ。相変わらず君という人間は失礼だな! いきなり電話を切るやつがあるかね! 私は善意でこの電話をしているというのに。」

「……なんだ」


 氷上は心底嫌そうに日村に答える。


「そうそう、それでいいんだ。まずはこの映像を見てくれたまえ」


 渋々と氷上が映像通話通信を受け取ると、湯村、佐倉、アメリアが雪の中で倒れ、真ん中で3人の中を交互に介抱する柏木の姿が見えた。


「! ……っ、これは!」


 氷上の目が大きく見開かれる。それは、氷上の高速並列思考ニューロ・アクセラレータがあらかじめ算出していた危機予測の未来と大きく異る映像であったからだ。驚く氷上のところへ日村が話しかける。


「君の部下達の命は、我々の掌の上にある」


 氷上は黙っていた。すると日村は続けた。


「我々の要求は簡単だ。関東シェルターの原子力発電所のありかを言え。そうすれば彼らは助けてやろうじゃないか」


 ぎり、と氷上は音もなく奥歯を噛み締めた。関東シェルターの原子力発電の位置。これは関東シェルターを建設してきてから、氷上と氷上の会社が必死で守り抜いてきたものだ。だからこそ、一年前のAAAによる全シェルター強襲の時も関東だけは生き残ることが出来たのだ。


 だが、氷上の元で戦ってくれている4人の高校生も、関東全域の人間と同じくらい氷上にとっては大切な存在であった。彼らと関東全域の命運なんて、天秤にかけられるわけないじゃないか。と、そこまで思い、ふと、氷上は冷静に今の状況を客観的に見つめた。自分は高速並列思考で関西に来る前に起こりうる事件の予測は立てていたはずだ。なのに今起こっていることは氷上の予測の外に出てきた事実であった。これはどういうことなのかと。


 答えは比較的早急に見つかった。未来予測で出来なかった最悪の未来を持ってくる人間。それを氷上は1人だけ知っていた。それは、関東で散々苦しめられた銀髪の男、橘静希であった。氷上は名前までは知らないが、関東でことごとく氷上の予測を裏切り続けたAAAの中央リーダー。柳議員が逮捕された今は実質AAAの首領になっているはずだ。ならばきっと今回のこの事件、銀髪の男が絡んでいるとみて間違いないだろう。


「あいつ……っ、ここまで来ていたとはな!」


 昇天閣のルーレットのテーブルの前で、ギャンブルに大勝したはずの氷上が悔しそうにテーブルを叩く様子を、コーディーネーターの西田が不思議そうに眺めていた。

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