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メーカー・ジャパン  作者: ラストラ
第二章 関西遠征編(上)
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黒いコイン

 バカラをプレイしている氷上のところへ着信が入る。氷上が画面で確認すると、彼女の制作したワンボックスカー『ジョージ・トマソン』が大破したという情報がそこには記載されていた。その画面を一瞬だけ見て、何事もなかったように目をゲームに戻す氷上。


「始まったか」


 独り言を言う氷上に、隣のカップルの女性のほうが話しかけてきた。


「あら? 何か状況が変わりました?」

「いや。こっちの事情でね。思わず独り言を言ってしまった。気を悪くされたら失礼」

「いえ、ゲームで何か起こったのを見過ごしたかと思っただけですわ」


 カップルの女性は柔和に笑うと、またバカラに集中し始めた。


 バカラは単純なゲームである。『バンカー』と『プレーヤー』という、2つの場所に置かれたカードをそれぞれ個別に合計し、9により近いほうが勝ちとなるゲームだ。カードは合計が6以下なら自動的にもう一枚引き、6以上ならそれ以上引かないというルールなので、カードを引く・引かないといった駆け引きやディーラーの思惑などの要素が存在しない。


 客はただ、どちらが勝つかにかけるだけである。自分の賭けた側が勝てば、ベットした額と同じだけの配当金がもらえる。引き分けに賭けた場合のみ賭けた額の8倍が戻ってくる仕組みだ。ただし引き分けは双方7以上の場合にしか適用されず、確率はごくごく少ない。


「1億、バンカーに賭けよう」

「私はプレイヤーに2億」


 各々が勝負に出た所でディーラーがカードを引いていく。氷上はプレイヤーに1億かけていた。


 バンカー 4

 プレイヤー 2


「6以下なので双方もう一度カードを引かせていだだきます」


 バンカーに絵札のカード(0ポイント)、プレイヤーに4(4ポイント)のカードが出た。


 バンカー 4

 プレイヤー 6


「プレイヤーの勝利でございます。配当をお受取りください」


 各々の顔に落胆と喜びの表情が沸き起こる。表情の見えない紙袋の男は別として。


 氷上はというと勝ったのにも関わらず目を細め、口惜しげに顔を歪めていた。アイスコーヒーを注文してはがぶ飲みしている。すぐに次の賭けが始まってしまうため、考えがまとまる前にまた場に集中しなければならない。


「2億、プレイヤーだな」

「私は5千万、引き分けで」

「いいね、俺はバンカーに1億」


 ディーラーがカードを配り始め場に配られる。氷上はプレイヤーに同じく1億を賭けた。


 バンカー 8

 プレイヤー 5


「バンカーの勝利でございます。配当をお受取りください」


 バカラの特徴はゲームの進行が早いことだ。賭けたら結果が出るまではものの数十秒~2、3分である。そのため、1回あたりのゲームに関する印象が非常に薄い。


 先ほど今井が説明した昇天閣ローカルルール「最大所持金の3倍まで賭けられる」と「負けて所持金がマイナスになっても負けた額をそのまま賭けに使える」は、一攫千金を狙いたいものにとっては魅力的なルールだった。しかし、最後のルール「マイナスのまま4回負けたらゲームオーバー」は、このゲームスピードを考えると気づかない間に経過してしまう可能性があった。


「なかなか巧みに作ってあるじゃないか」


 先ほど負けた金額を回収されながら、氷上は頭をフル回転させて攻略法を思案していた。すると、今井がカップルのところへ行って何やら耳打ちしていることに気が付く。だが、それに気を取られているうちに次のゲームが始まった。


「儂は1億5千、プレイヤーじゃな」

「俺は引き分けに5千万」

「私も……同じにしようかな、引き分けに5千万」


 すると、ディーラーの佐々木は驚いた顔を一瞬した後に、二人組のカップルに忠告する。


「よろしいのですか? そちらの女性、先ほど賭けてお分かりになったと思うのですが、引き分けはリスクが高いですよ。勝てば8倍の配当ですが、負ければベットした4倍を没収されてしまいます」


 カップルが二人共頷くとディーラーはカードの配布を開始した。氷上はバンカーに1億賭けた。


 バンカー 2

 プレイヤー 1


「ではもう一度カードを引きましょう」


 バンカーに絵札が出て総点2、プレイヤーに2が出て総点3となり続行、さらにバンカーに5、プレイヤーに4が出て総点ともに7となり、引き分けとなった。


「素晴らしい! よく当てましたね!」


 周りのスタッフが拍手を二人に送る。氷上は1億を没収され残りが9億となっていた。さらに時間が進み、氷上は残りが5億になっていた。なかなか勝利できず、氷上の額に汗が流れる。すると、今井が氷上のそばにやってきて耳打ちする。


「次、引き分けが来ますよ」


 氷上は驚いて、今井の方を見た。


「なんだと?」

「次は、引き分けなんです。ディーラーの顔を見てください。あのディーラーはかなりの凄腕です。ある程度カードの流れを読むことが出来るくらいの。ですが、感情を殺すのがまだまだ二流というところでして。客は大抵バンカーかプレイヤーに賭けます。ですから客の金を総取りする”引き分け”がやってきたとき、勝利を予感してあのように唇を噛みます」


 氷上が見るとディーラーは唇を軽く噛んでいた。それを見たカップルが、顔を見合わせて頷いた。


「賭けてみてください。損はさせませんから」


 今井はウインクしてみせると後ろに下がった。カップルが二人共引き分けにベットするのを見て、氷上も引き分けに賭ける。負けを考慮して1億をベットした。これなら負けてもマイナス4億。ベットした1億も含めるから手元には1億残る計算だ。1000万は<深淵>では使用できないから負けたら1億1千万の残りということになる。それならば、<深淵>を出ればいいだけの話だ。スロットでまたコツコツ貯めれば首の皮は繋がる。


 ディーラーが唇を噛むのをやめ、カードを配布し始めた。数回カードを引いた後、ゲームの結果はなんと引き分けだった。


「結果は引き分けです。配当金をどうぞ」


 氷上の手元に8億が入り、残りが14億になった。氷上の顔が明るくなる。今井は頷いた。


「言ったでしょう? お客様が楽しんで頂くことこそが我々の目的なのですから、と」


 氷上はそれから今井の忠告をしばしば受けるようにした。すると、面白いように勝ち始めた。最初は1億ずつしか賭けなかったバカラの会場は急激にインフレの様相を見せていた。他の客にも今井が進言したためだ。右手を弄るときはバンカーが勝つ可能性が高い。足を踏み鳴らしているときはプレイヤーが勝つ可能性が高い。など。癖は多岐に渡ったがそれ故逆に真実味があった。


 そして、幾度と無く続くバカラの会場で皆が主に勝っていた時、ディーラーが唇を噛んだ。会場は色めき立った。今度来るのは間違いなく”引き分け”なのだと。リスクの配慮をしていた客達も、次は8倍だからこれで終わりにしようとかなりの額をベットしてきた。そうするとディーラーが悔しそうな表情を見せる。


「こ、今夜のお客さんはかなり強運の持ち主揃いで」


 ディーラーの稼いだ(客から巻き上げた)お金はディーラーの給料に直に響く。また、この先ギャンブル場での進退もその実績がすべてだ。だから、客がなぜだか分からないが自分の勝負に次々と勝っていく様子は、ディーラーの彼にとって、死活問題であった。損失をある一定額以上出せば、最悪の場合命が危ない。だが彼は彼になぜ客が勝利できるのかわからないようすであった。


 氷上も手持ち29億に対し、9億の金額を賭けた。勝てばちょうど20億プラス配当金72億で92億になる。そうすれば一人10億として5人分のオーバーカラムのチケットを勝っても十分なお釣りが来る。残りは研究費にでもしようか。他の客の表情も、氷上同様に表情は明るかった。


 だが、いざカードがオープンになると会場は悲鳴に包まれた。


 バンカー 8

 プレイヤー 7


「バンカーの勝ちでございます。配当金をお受取りください」


 一気に静かになるバカラの室内。紙袋の男が、配当金のコインを受け取っている様子がみられた。だが、残ったカップルの二人、中年の男性、氷上からは、ベットした金額の4倍がペナルティとして引かれた。引かれた4名のテーブルからは、ゲームコインがすべて失われていた。つまりハングオーバー、所持金がマイナスに傾いたことを意味していた。


 ディーラーは手元の引き出しから黒いコインを取り出すと、氷上に7枚、カップルには合計15枚、中年の男性には5枚のコインを置いた。コーディネーターの今井が恭しく説明を始める。


「マイナスに傾いたお客様がいらっしゃるようですのでご説明させて頂きます。その黒いコインは1枚1億円の負債を表しております。以後はこのコインでゲームを行なってもらい、あと3回のチャンスが与えられます。ご説明の復唱になります。4回連続で負ければ残念ですが、ご退場頂くことになります」

「ふざけんなよ! こ、こんなの認められない。イカサマじゃないか!」


 カップルの男が立ち上がった。


「イカサマ、と申されますと?」

「お前はわざとそのディーラーの癖を俺たちに教え、俺達が調子に乗ったところでディーラーの癖を逆手に使い、俺達をマイナスに陥れたんだ! これがイカサマでなくてなんだと言うんだ!」

「と、申されましても、私が行ったのは単なる助言です。御堂様がそれを信じ、その通りにお賭けになったから今回のような結果になったと思いますが」

「貴様!」


 御堂と呼ばれたカップルの男のほうが席を立ち上がると、今井に掴みかかろうと迫った。酒も入っているのだろう、男の顔には赤みがさしており、怒りに任せて拳を繰り出した。だが、次の瞬間、男は仰向けに倒されていた。


「ぐ……ふ、畜生! 畜生! 俺の会社! 俺の会社は潰させないぞ!」


 御堂は倒された後ももがき、涙を流しながら悔しがった。今井は静かに、倒れた男に話しかける。


「失礼な真似をいたしました、御堂様。しかし我々コーディネーター、お客様に楽しんで頂くのが仕事です。マイナスに傾いても、4回はチャンスがあることをお忘れでしょうか。今回はマイナスに傾かれた4名の方がいらっしゃいます。たとえば、ご協力なさってみてはいかがでしょうか」

「ど、どういうことだ?」


 今井はにこやかに続ける。


「損失を埋め合うのですよ。賭けはバンカー、プレイヤー、引き分けの3通りです。4人いらっしゃるならどちらさまかがそれぞれ別のものに賭ければ、4名様のうち1人か2人はプラスに戻ることが出来るのではないですか?」


 御堂は息を整え、起き上がった。


「そ……そうか! そしてプラスに傾いた奴が残った奴の損失を埋めればいいのか!」

「ご理解いただけて私も嬉しく存じます」


 今井は御堂に深々と礼をした。御堂は振り返ると、氷上に話しかけた。


「あんた……いや失礼、君も今の話が聞こえただろう? 俺たち、協力しようじゃないか」


 氷上が頷くと、御堂は男性の方にも声を賭ける。


「僕も正直、困っていたところだ。御堂くんと言ったかな。君たちが協力してくれると助かる。もちろん、僕が勝てば、君たちの損失は僕の金で埋めようじゃないか」

「ありがとう」


 御堂の隣に居た女も、中年の男性と氷上に向かって話しかける。


「わ、私ももちろん協力するわ。だって、御堂さんと私は運命共同体なんですもの」


 4人が頷きあった所で、紙袋の男が重々しい声を発する。


「君達、茶番はいいから早く席に着いてくれないか。君達が無駄話をしている間に4ゲームは楽しめたというのに。私をいつまで待たせる気だね?」

「き……いや、申し訳ない。さあ、席に着こう。俺達はまだ終わっちゃいないんだ」


 御堂は一瞬不服そうな顔をしたが、今井に倒されて冷静になったのか着衣を整えて女と席についた。


「ではみなさん、ゲームを始めます。バンカー、プレイヤー、引き分け、どちらにお賭けになられますか」


 4人の負債者が人生を賭けたギャンブルをしている後ろで、ギャンブルコーディネーター今井の口元が歪んだ笑いを浮かべていた。

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