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メーカー・ジャパン  作者: ラストラ
第二章 関西遠征編(上)
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カニバリズム

「ダメだっ、ちょっと待ってくれ」


 関西シェルターの敵地ど真ん中で、キスをするかしないかを本気で悩んでいる男がいた。しばらく電話口で待っていた氷上であったが、埒があかないと判断し、助け船を出すことにした。


『あー、すまん。湯村。ちょっとからかってしまった。マジレスするとな、人工呼吸しろ、という意味だ。人の吐く息は空気中より多くの二酸化炭素を含む。空気中の二酸化炭素は0.04%、人の吐く息は今のお前で4%くらいだ。お前が息を吹き込めば、アメリアの身体に二酸化炭素が戻ってくるということなんだ』

「そ、それを早く言えばいいんだ」

『女の子にキスできる大義名分だとおも……』


 湯村は電話を強制的に切ると、アメリアに向き直った。


「はあ、はあ、ソウ? トールと話したの? トール、なんて言ってた?」

「お前に人工呼吸しろってさ。すまん。我慢してくれ」


 湯村は跪き、アメリアに顔を近づけて言った。アメリアは笑った。


「トールが、そう言ったのなら、キットそれは本当、だよ。ソウ、お願いね」


 アメリアは両手を広げ、目を閉じた。湯村の目の前に柔らかそうな唇が近づく。湯村は大きく息を吸い込むと、アメリアの口に自分の息を送り込んだ。やわらかい唇の感触がしたが、湯村は邪念を払い、人工呼吸を行った。





「ど、どうだ」


 1分後、心の忍耐力がどんどん減っていく湯村がアメリアに問いかけた。


「うん、少しだけど、楽になってきた。胸の痛みがなくなってきた」

「そうか、じゃあ、もういいか」


 立ち上がろうとする湯村の袖を少し赤みのさした顔で引っ張るアメリア。


「ごめん、まだ、苦しいの」

「そう……か」


 湯村は仕方なく人工呼吸を続行した。





 約3分後、アメリアは復活した。


「わーい、復活だよっ! Thanks、ソウ! ……あれ? ソウ?」


 アメリアが周囲を見回すと、湯村はビルの屋上の隅っこで、フェンスにもたれ掛かって自省モードに入っていた。


「俺は悪くない。不可抗力だった。俺がやったのは人命救助だ。それ以上でもそれ以下でもない」


 アメリアは湯村の肩を叩いた。湯村が振り返るとアメリアはえへへ、と笑ってみせた。それから手を後ろに組み、少し身体を前に折り曲げると、上目遣いに湯村のことを見つめて言った。


「じゃあ、今のはノーカウントにしといてあげるよ。今度ちゃんと、本当のをもらうね?」


 アメリアはスキップしながら、ビルの階段を降りていった。やれやれと言いながら湯村も後からビルを降りていった。地上では、倒れた追手達が少しずつ起き上がっていたが、湯村たちを見ると怯えたように逃げていった。通りには、まだまだ倒れている人々が大勢転がっていた。


「これ、ソウが全部やったの?」

「まあ、な」


 アメリアが尊敬の眼差しで湯村を見つめてくる。湯村はその視線に耐えられず、先を行きながらアメリアに言う。


「ほら、行くぞ。昇天閣はもうすぐだ」


 二人は昇天閣までの道のりを平和に進むことができた。だが、昇天閣の入り口に着いた時、一人の男が彼らを待ち受けていた。左半分が殴られたように赤くなっているその男は、沢渡だった。


「よくも、うちらのネットワークをボロボロにしよったな」


 沢渡は湯村たちに追いつくのに走ってきたため、肩で息をしていた。


「なんだお前? まだいたのか。俺は知り合いと待ち合わせなんだ。そこをどけよ」

「はん、そうは行かへん。こっから先は、AAAは入れんのや」

「どうして?」


 沢渡は笑った。


「なんや、そんなことも知らんのか。田舎者が。笑わすな」

「谷口組のterritoryだからだよ」


 アメリアが代わりに答えた。沢渡がアメリアを睨みつける。


「阪井、貴様さえおらんかったら、今頃は」

「いまごろ? 何よ、マイ・ダーリンは凄い強いんだから」

「ダーリンはやめろ」


 その時、沢渡の携帯がなった。舌打ちした沢渡だったが、着信を見ると真顔になり、電話に出た。


「はい、お疲れ様です。アンダーカラムの沢渡です……はい……はい……わかりました」


 電話を切ると、沢渡はこちらを見て不敵な笑みをこぼした。


「クックック。お前らはもう終わりや。AAAの日村さんが、俺に直接許可をくれたんや。俺はこれで、人を超える!」


 沢渡が取り出したのは、赤と緑色のカプセルだった。それを見た湯村が、沢渡を止めようと声をかける。


「沢渡。やめとけ。その薬を飲んだら、お前、もう人間には戻れないぞ」

「人間やと? はは。そんなん、一人目を殺した時とっくに辞めたわ!」


 手のひらいっぱいに載せたカプセルを頬張る沢渡。しばらく噛み砕いた後、それらを飲み下した。


「うは、うはははハハハハハ! 身体から力が湧き出てくる感覚! これや! 俺が求めてたもんは!」


 そう言うと沢渡はふらふらと湯村達の方へと熱に浮かされたような目つきで歩いてきた。沢渡の目は血走り、泳いでいた。


「……」


 そして湯村との距離を後5mと詰めたところで立ち止まると、沢渡は屈みこんだ。湯村とアメリアに緊張が走る。二人の勘が、沢渡の屈んだ行動を、攻撃の準備動作と判断したからだ。


「コード……」


 湯村が速度コードを発動しようとしたその時だった。ガリッという不快な音が、沢渡の方から聞こえてきた。


「うあぁぁぁぁ!」


 叫んだのは湯村でもアメリアでも沢渡でもなかった。それは、湯村によって倒されていたAAAの追手の一人であった。彼は、沢渡によって、頭を丸ごとかじられていた。


「お前! 何をしている!」

「いやァ!」


 アメリアは悲鳴を上げ、湯村は顔をしかめた。だが沢渡は、もう事切れたその男の頭を貪るように噛み砕き、飲み込んでいた。


人肉嗜食者カニバリズム、か。もともと潜在的に持っていた人間を見つけ、その嗜好を増長させたな」


 いつの間にか氷上が、昇天閣の中から出て、入り口のところへやってきていた。


「氷上」


 湯村が氷上に声をかけると、湯村に向かって軽く手を振ってみせた。


「そろそろ君たちが来る頃だろうと思って、顔を出してみればこれか。相変わらず日村のアプローチには、反吐が出そうだ。私は人の反射神経や運動能力に対し、異常遺伝子の活性化を試みた。だが、あいつは犯罪者や犯罪者予備軍ともいうべき人間が持つ、嗜好や性格に関わる遺伝子に目をつけたのだな」


 沢渡が顔を上げて雄叫びを上げた。氷上が湯村とアメリアに言う。


「食欲が満ちれば、こいつは自我が戻り、我々に攻撃してくるぞ。恐らく他人の細胞を取り込んで時間が経てば経つほど厄介になっていくはずだ。今のうちにこいつを殺してやれ。それがクラスメートだった君たちに出来る、彼に対する最後の友情だ」


 湯村は頷くとこめかみに力を込めた。彼にだけ知覚できる青色のウインドウが、彼の眼前に展開する。


「沢渡……悪く思うなよ」


 湯村は地面を蹴ると、沢渡の方へ走りだした。

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