関西シェルターへ
氷上から国内留学の書類をもらって帰った夜、湯村の母親は書類に目を通していた。
「学校が留学資金を全額補助、ねぇ……。双がねぇ」
書類に目を通したらしく、母親は書類をテーブルの上に置いた。
「いいんじゃないの。行ってくれば」
「へ?」
予想外の答えに湯村は拍子抜けした。弟が誘拐され、生死不明となってから、母親は湯村の安否を必要以上に気にかけるようになっていた。もちろん、母親は湯村の前ではそんなそぶりは見せなかったが、現役不良の湯村がたまに遅く帰るとかならず玄関で何かしら作業をして待っているのだった。そんな母親が、湯村がこの関東シェルターから出るのを許可したということは実はかなり異常なことであった。
「……わかった。でもお袋、必ず帰ってくるからな」
「え?」
母親はしばらく湯村の顔を見ていたが、とたんに笑い始めた。
「な、なんだよ」
「あなた、戦場にでも行くような口ぶりねぇ。大げさよ。関西に行くくらいで。ほんの数年前までは、飛行機で関西まで1時間ちょっとだったのよ」
湯村の父も母のその返答には驚いていたようすだったが、少しの間の後、頷いて湯村に言った。
「まあなんだ。母さんがいいなら、父さんは構わんが。気をつけて行ってこいよ」
「う、うん」
夜中、湯村が自室で寝静まった後、湯村の父と母は、寝室で彼らの息子のことについて話し合っていた。
「まさか、母さんが行っていいというとはな」
「止めると思ってた?」
かわいらしい笑顔で湯村の母は彼女の夫に笑った。
「まあ……な、昔のこともちょっと思い出してな」
「光のことね」
いなくなった彼らの子供の名前を出すと、彼らの間に一瞬の静寂が訪れた。湯村の弟が誘拐され生死不明となってしまった事件は、彼らの心に暗い爪痕を残していた。
「……ああ」
「もちろん、怖いわよ。『双までいなくなったらどうしよう』、って。光がいなくなってからいつも考えてた。あの子、勘のいい子だから、そんな私のことなんて、きっとわかってたでしょうね。グレたあとも、家に帰ってくる時間が妙に常識的な時間だったもの。笑っちゃうわよね」
湯村は中学に入ってから不良になった。喧嘩をして怪我をしてくることや学校から呼び出しを受けることはたびたびあったが、19時を回って帰宅することは一度もなかった。
「でもね、今回のあの子の話には、あの子の強い意志を感じたのよ」
「そうか? 俺にはあいつが旅行気分で行くように見えたが」
「いいえ。あの子が私たちを置いてまで外に出る理由は、そんなに軽い物じゃないわ。もっと重い、きっと、私達には想像も出来ないような理由があると思うのよ」
父は、彼の妻の方を見ていた。
「女の勘、というやつかい」
母は、首を横に振って言った。
「ううん。母親の勘よ」
「そうか。俺はお前が納得しているならそれでいいんだ」
湯村の父と母は、それで会話を終えると眠りについた。
三日後、湯村と佐倉と柏木は、指令室に来ていた。指令室には、氷上、林田、そしてメーカー・ジャパンのスタッフが彼らを見送るために集まっていた。
「佐倉……お前の荷物の多さは何なんだ? 女子か」
氷上は佐倉が自分の体を大きく上回るリュックをしょってきているのをみて言った。一方、湯村はアタッシュケースひとつ、柏木は旅行鞄にキャリーバックを持ってきていた。氷上は三人を交互に見比べた。
「うーん。修学旅行の感が否めないなぁ。我々はシェルターを取り戻しに行くんだぞ。もっとびっとしろ。びっと」
そういう氷上の恰好はというと、麦わら帽に大きめのサングラス、サマードレスを着用し、大きな旅行用のアタッシュケースを2つ転がしていた。林田は頭を抱えたが、もはや組織の中ではだれも突っ込むものはいなかった。
「では、気をつけていってらっしゃいませ」
「「いってらっしゃいませ」」
林田がそう言って敬礼すると、スタッフが全員氷上に向かって敬礼した。氷上はサングラスを外すと、皆にウインクして見せた。
「まかせなさい。関西なんてちゃちゃっと取り戻して、すぐ帰ってくるさ。留守は頼んだよ。林田校長代理」
「本当に、少し私には荷が重いのですがね。承知いたしました。皆様のお帰りを心からお待ちしております」
挨拶を済ませた氷上と3人の高校生は、移動するエレベーター「exit」に乗った。exitのエレベーターは地上に通ずる乗り物で、上や横に動いた後、4人は地上の出口から外へ出た。
「寒い!」
エレベーター「exit」で着いたのは地上にほど近い地中に作られた屋内駐車場のようであった。外気と通じているのか、気温は0度を下回っていた。バカンスの恰好をした引率の大人は寒さのあまり声を上げた。薄暗い地下駐車場にはB2と書いてある。地下二階のようだ。様々な車、軍用車が置いてあった。そのうち7人乗りのワンボックスカーの前で止まると、氷上は携帯に呼びかけワンボックスカーの扉を開けた。
「うわ、広ーい。ソファふかふか」
「よく寝れそうだ」
「元々旅行用なんだろう」
三者三様にコメントをする。氷上は運転席に座るとエンジンをかけ、車に声をかけた。
「ジョージ、調子はどうだい? 関西シェルターまで行きたいんだが」
すると車のスピーカーは彼女に答えを返した。
『おいおいトオル、ちょっと遠出が過ぎないかい。僕だって6時間も運転すれば、それなりに疲れるんだぞ』
「すげ。車が喋っている」
佐倉がすかさず反応すると、車は佐倉に返事を返した。
『やあ。喋る車は初めてかい? 僕はジョージ・トマソン。トオルの作った人工知能を持つ車さ』
「こんにちは。お久しぶりね。ジョージ」
『やあ。ミツキ。相変わらずチャーミングだね』
喋りかけた柏木にジョージが答えるが、そのコメントに氷上が不平を言う。
「お前、私のときにそういう気のきいたセリフを言ったことないよな」
『蛙の子は蛙というだろう?』
ジョージは生みの親の氷上に似て皮肉屋であった。氷上はため息をつく。
「自分で性格インプットしたんだもんな。仕方ないや。じゃあ、関西シェルターへ行こう。ステルスモードで、敵影の警戒も忘れないようにな」
『アイアイ。我が創造主』
静かなエンジン音でワンボックスカーは地下駐車場を地上へと出た。湯村と柏木は先日の地上戦で外を見ているが、佐倉は雪原に完全に埋もれた東京を見るのは初めてだった。朝だったので地上は見晴らしがよく、遠くまでよく見えた。東京タワーとスカイツリーの頭がわずかに見え、遠くに富士山が見えていた。あとは見渡すばかりの氷の大地が広がっていた。ときどき盛り上がっている場所があるのはシェルターの出口だろう。
「うおーーーーーーーーーー! すっげーーーーーーーーーーー!」
叫ぶ佐倉を、無言で湯村が殴る。
「痛ぇ! なんだよ」
「うるせんだよ」
「ほら、喧嘩しないの!」
一触即発の空気を柏木がなだめる。
「関西シェルターに行ったら敵は多いぞ。なにせ敵の手に落ちているシェルターだからな。作戦で仲たがいを起こしたらそれが全員の敗北につながる可能性だってある。味方とは仲よくしておけ」
氷上がそういうと、二人はにらめっこを止め、大人しく両サイドの窓から外を見た。柏木は湯村にぴったりとくっつくと頭を預けて眠り始めた。しばらく柏木の体温や彼女から漂ってくるいいにおいなどが少し気になっていた湯村であったが、氷上が先日見せた湯村にそっくりの男の写真を思い出すと、そんな気分は吹き飛んだ。光・湯村の弟。写真の人間が誘拐された彼の弟である可能性は極めて高かった。氷上の画像認識ソフトが湯村の顔との近似が95%以上であるとのデータを算出したからだ。
「光……」
湯村が弟の名を呟く。彼は本当にいなくなった彼の弟なのか。仮にそうであったとしても、誘拐された今までの空白の時間というのもある。湯村と出会ったとき、彼は湯村を兄弟だとわかってくれるのだろうか。旅行気分の男、関西シェルター内の気温が夏日だと疑って止まない引率の大人、彼氏の肩に体を預けて眠る美少女、そして、繊細な金髪の不良。4人を乗せたワンボックスカーは関西シェルターを目指し、西の地平線の彼方へ消えていった。
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